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モーダル・インターチェンジ

1. スケールを入れ替える

ジャズ理論のスキームの中で、様々なノンダイアトニック・コードを曲中に入れ込む原理となるのが、モーダル・インターチェンジModal Interchangeです。 「モーダル」は「モード」という語の形容詞系で、メロディ編III章の「7つの教会旋法」にてこの語は初登場しました。「モード」という言葉は「スケール」と意味がよく似た語で、この差についてはこの章のもう少し後にて触れることになります。現時点では、同義語だと捉えて差し支えません。 ですからつまり「モーダル・インターチェンジ」はシンプルに「音階の交換」を意味していて、キーの主音を動かさないまま一時的に別の音階にチェンジする技法のことをいいます。例えばCメジャーキーの時に、一時的にCマイナースケールに音階をチェンジするテクニックはその典型です。
モーダル・インターチェンジ (Modal Interchange)
パラレル・スケールの音を借りて、コードを変位させること。つまり、パラレルなスケールが有するコードを借用すること。1
「パラレル」とは、「主音が同一である」という意味。この技法によって借用したコードを、「モーダル・インターチェンジ・コード」と呼ぶ。
語義としては「音階の交換」ですが、“コード”理論だからなのか、もっぱら“コードを借りてくる技法”という風に、コード単位で定義する説明がしばしばなされます。ただ実際にアドリブ演奏をする時には当然スケールそのものが変わるわけですから、「音階をチェンジする技」と認識しておくのがよいでしょう。

パラレルマイナー

「モーダル・インターチェンジ」に該当する技法というのは実は既に紹介済みで、II章でやった「パラレルマイナー・コード」はまさしく、この「モーダル・インターチェンジ・コード」の一種であり、また最も代表的なものでもあります。
パラレルマイナーの機能
ミ・ラ・シのいずれかにフラットがついた音階からコードを借りてくる。組み合わせ論で、フラットの付け方は7とおり考えられる。ジャズ理論ではそのそれぞれに音階名をつけているというのも、メロディ編IV章で説明済みですね。
借用元一覧
ちょっとだけ簡単に復習しておきましょう。
IIm7IIIm7IVm7V
こちらはミ・ラ・シに全部フラットを付けたパターンで、これは「ナチュラルマイナー」からの借用ということになります。
IVΔ7IVmΔ7IIIm7VIm7
こちらはIVΔ7のラにだけフラットを付けたパターン。「ラにだけフラット」となると…上の楽譜を確認するとこれは「ハーモニックメジャー」というスケールが該当しますから、これを「ハーモニックメジャーからのモーダル・インターチェンジ・コード」と説明するわけです。

マイナーなパラレルマイナー

「パラレルマイナー」で紹介済みの7つのスケールの中でいうと、「ハーモニック・メジャー」と「ミクソリディアン 6」は際立って聴き馴染みが薄いですよね。
ハーモニックメジャー
ミクソリディアン b6
「3つの短音階」のメンバーでもないし、「7つの教会旋法」にも含まれていないですから、こういうジャズ系の本格理論でないと、名前自体が登場しません。ハーモニックメジャーは「ハーモニックマイナーが明るくなったから」というようなネーミング、そして「ミクソリディアン 6」はもう、見たまんまですね。 このようにジャズ理論のスケール界には、「どの音階に似ているか」という観点から名付けられた“派生スケールたち”が無尽蔵に存在しています。

パラレルマイナーだけじゃない

ただこの「モーダル・インターチェンジ」が包含する範囲というのは非常に広く、「主音が同じ別の音階」を参考にして音を変位させたらみなモーダル・インターチェンジなので、変位させる箇所はミ・ラ・シに限らないし、変位の方向はシャープでも良いわけです。 ですからメロディ編IV章のラストでやった「音階の調合」も、これまたまさしく「モーダル・インターチェンジ」が指し示す範囲のひとつとなります。
アラビック
レとラだけにフラットをつけたら、一体どうなっちゃうんだ…⁉︎😱 なんて実験を楽しんでいたわけですが、この場合結果的に「アラビックスケール」というのが出来上がったわけなので、このスケールを曲中で一時的に使用したらば、それはまさに「モーダル・インターチェンジ」です。 こちらは実験で作った「アラビックスケール」と「エニグマティックスケール」を、それぞれ2小節目と4小節目に盛り込んだ例でした。ここで出来上がった2つのノンダイアトニックコードは、紛れもない「モーダル・インターチェンジ・コード」です。あの時は「実験するぞ〜」なんてノリでやっていましたが、実はなかなか高度な部類のモーダル・インターチェンジを行っていたのです。

2. 解釈祭、はじまる

「モーダル・インターチェンジ」が包含するテリトリーは本当に広く、曲中に現れた様々なコードの解釈に決着をつける、いわば“解釈請負人”なのです。パラレルマイナーコード以外にも、これまで学んだコードの中で解釈を曖昧にしていたものが2つありますので、そこもズバズバ解決しましょう。


IVのハーフディミニッシュ

ひとつめは、ポップスの必殺技、♯IVøです。III章で紹介しました。 こちら、「II7(9)のルートを省略したもの」と考えてもよいですが、ジャズ理論ではこれもモーダル・インターチェンジで解釈します。II7の派生としてしまうと、次V7に行かなきゃダメな空気になっちゃいますからね。実際にはIVに進むことが多いので、ジャズではこれを二次ドミナントとはみなさないのです。 では何のスケールと入れ替えているかというと、「ファだけにシャープ」ですから、教会旋法の中にひとつだけあったシャープ系のスケール、「リディアン」から借りていると考えます。
リディアん

今まで漠然と「ポップスの必殺技」とだけ呼んでいた♯IVøに、「モーダル・インターチェンジ」という立派な名がつきました。

IIのメジャーセブンス

そして残るもうひとつは、II7の類似品である♭IIΔです。 「トライトーン代理」はあくまでも、トライトーンの共通性を利用した代理コードです。だからV7が♭II7になるのは分かるけど、♭IIΔになることは解釈できない。コード編IV章では、「クオリティチェンジが可能だ」という実践的説明のみでした。これについてもジャズ理論は、モーダル・インターチェンジの一種と解釈します。 IIΔで最もよくあるフラットのつき方はレ・ミ・ラ・シ。これも教会旋法の中にピッタリ該当するものがあります。「フリジアン」ですね。
フリジアン
だからジャズ理論ではこれを「フリジアンからの借用」と考え、トライトーン代理とは切り離して考えるわけです。

派生形の場合

場合によっては「シ-ド」の半音関係を楽しむためにシはナチュラルをキープすることもある。その場合にはレ・ミ・ラだけにフラットということになりますが… これはちょっと、紹介済みのスケールとはいずれとも合致しませんね。ついにモーダル・インターチェンジの敗北か……と思われるところですが、そんなことはない。このスケールにもちゃんと名前があって、「ナポリタンマイナー」もしくは「フリジアン・ハーモニックマイナー」と呼ばれます。
ナポリタンマイナー
「ナポリタンマイナー」というのは、クラシック系理論でこのII系列のコードを「ナポリの和音」と呼ぶことからついた名でしょう。2 一方で「フリジアン・ハーモニックマイナー」は文字どおり、フリジアンとハーモニックマイナーを合体したような音階だからという名。「音階の調合」で「ドリアとフリジアを合体させて、ドリジア旋法や〜」なんて遊んでたのと同じことを、正式にやっているわけですね。 そもそも音階の名前なんて付けたもの勝ちなのだから、モーダル・インターチェンジに敗北などないのです。主音のドさえ変わっていなければ、あらゆるコードはモーダル・インターチェンジの掌の上にあると言って過言ではないでしょう。

3. 解釈とは何かを考える

ただ、このモーダル・インターチェンジという理論の思考法が、VI章これまでの技法たちとは異なっていることにお気づきでしょうか? 今まで登場してきた技というのはいずれも、「5度の連結」や「トライトーンの推進力」といった“原理”によって導出され、それゆえ後続の進行についても“原則”が定まっているという、非常にロジカルな作りになっていました。
技法 原理原則的用法
二次ドミナント V-Iの強力な結束 後続は強進行すべき
Related IIm ii-Vの強力な結束 後続は強進行すべき
トライトーン代理 トライトーンの強力な解決 後続は半音下行すべき
この「根源的な原理から様々なテクニックが導かれていく過程」がジャズ理論の魅力でもあります。ところがこのモーダル・インターチェンジは、「主音が共通しているから」という、“原理”と呼ぶにはうすうすの理由であらゆる借用を正当化しています。だから借用する和音の前後をどのように繋ぐかについては、コード次第でまちまち。 ましてや音階の名前なんて付けたもん勝ちなのだから、これはもう完全に“後出しジャンケン”です。どんなコードが飛び出してきても、スケールを探して、なければ新しいスケール名を作っちゃえば解釈完了なのです。
先生! このラ・シにだけフラットがついたコード、何でココでこんなコードが使えるんですか!?
それはミクソリディアン 6にモーダル・インターチェンジしたからだよ
先生、このレにフラット、ファ・ソ・ラにシャープがついた変テコなコード、何でココでこんなコードが使えるんですか!?
それはエニグマティック・スケールにモーダル・インターチェンジしたからだよ
…なんでココでそのエニグマナントカっていうのに交換できるんですか……?
それは主音が共通だからだよ
…主音を変えなきゃ何やってもいいっていうのが音楽理論ですか……?
どんなコードだって解釈できるジャズ理論ってすごいよね
…じゃあもし主音を変えちゃったら……?
それは一時転調じゃん、何を今さら
何だかケムに巻かれた気がします。だから結局のところ「音楽は自由なんだから何をやってもいい、理論なんて後から付いてくる」という文字どおり“自由派”のアティチュードを、ジャズ理論も実質的には採用しているのだとも言えます。 極論を言えば、II7III7♭VI7あたりも主音が変位していませんから、これをモーダル・インターチェンジだとして処理することもシステム上は可能なわけですが、当然そうはしません。もっともっともらしい解釈があるからです。 そのような点から見ても、この「モーダル・インターチェンジ」というのは行き場のないコードたちの“受け皿”となっているような側面が一部見受けられますね。

音楽的解釈とは何か

したがって、単に「これはモーダル・インターチェンジだ」と判っただけで分析を終わらせてしまうことはオススメしません。それがサウンドとしてどんな意味を持つのかというのをきちんと考えた方がよいです。 ♯IVøだったらII9の根音省略と全く同じ形をしていること、♭IIΔだったら♭II7とサウンドや挿入位置が近似していることは、事実として認識し、考慮すべきことです。「体系上全く別モノです」なんていうのは、リスナーには関係のないことだからです。 「リディアンスケールからの借用と属調からの借用で、全然違う」という認識もそれはそれで大事ですが、同時に「でも結果としてファが出てくるという点では同じだ。これは聴き手にどんな印象をもたらすだろうか」と考えることも、大事です。 そのような音楽的意味については、借り先の音階が持つ文化性や、あるいはメロディ理論のカーネル論といった観点から複合的に観察するのが良いと思います。

体系上の都合から

理論書がこれらを一律で「モーダル・インターチェンジ」として説明しているのは、まずそうすることで細かなノンダイアトニックコードたちをひとつの章・ひとつの言葉でまとめてスッキリ紹介できるという便宜的な都合、そしてコードをスケールとセットで覚えることで知識をアドリブに直結させるという実践的都合が大きいのでしょう。 実践の際にはともかくとして、分析の際には音楽を「解釈する」とはどういうことなのか? あるいは、音楽を解釈する目的と目標、ゴールはどこにあるのか? そういう部分は常に自分に問いかけてほしいと思います。

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