用語の使用方針

音楽理論用語の中には、流派によって使われ方が異なったり、あるいは歴史の中で言葉の意味が広がりを持ち定まっていないものがあります。ここでは自由派音楽理論の基本的な用語の使用方針について述べます。ただし言葉の意味は時間とともに変化するものですから、今後も情勢の変化に応じて方針を変更する可能性はあります。

重大な前提として、以下に述べる用語の使用方針は、(1)自由派音楽理論がコンテンツを作る際に用語に一貫性を持たせるため (2)他流派の人間に対し見解の相違を明らかにするため に述べているものであり、学習者にこれを強いるものでは一切ありませんし、これ以外の解釈が誤りであると主張するものでも全くありません。自由派の大原則のひとつが、表記や用語の使用について自由意志に基づく選択が可能であることです。学習者においては、以下をひとつの見解として踏まえたうえで、最終的に自身の判断に基づいて自分の中での用語の使用方針を決定して頂きたいと思います。

方針を提言しないものについて

自由派は、流派ごとの多様性を認めることが大前提の流派です。そのため、自由派自身が理論を展開していくために必要な用語に対してのみ方針の明示を行い、それ以外の語については、流派ごとの見解や歴史上の変化をそのまま紹介するに留める、すなわち端的に言えば「必要のない論争に首を突っ込まない」のが基本的な方針です(IIIの和音の機能分類、モードという語の解釈などがそれにあたります)。

#1 Chord / Harmony

原則的に、Chordは「和音」、Harmonyは「和声」という訳語と対応させます。「和声」という言葉には、(1)配分、(2)配置、(3)声部連結 に関する情報を含めて論じるという意味合いを込めます。
例えば自由派の参考文献のひとつである「コード理論大全」には「和音の繋がりを和声(Harmony)と呼び」とありますが、自由派はこれよりも狭義の言葉として「和声」の語を用いるということです。単に和音の繋がりをいう際には、コードの「進行(Progression)」ないし「接続(Nexus)」という言葉を用います。

Melodic/Harmonic

Melodic/Harmonicという言葉は、もっぱらマイナースケールに対してあてられる名称としての印象が強いため、これらを汎用的な形容詞として使用することは基本的にありません。

#2 Key / Tonality

Keyは「key signature」「major/minor key system」といった表現に代表されるように、「メジャーもしくはマイナー」という古典派の二元論的世界観に基づいた語であり、Keyとはあくまで古典派が作ったシステムであると捉えます。

Tonalityは日本語では「調性」と訳され、「調」とセットで扱われる単語ですが、自由派ではTonalityがKeyと密接に関わった言葉とはあまり捉えません。Tonalityは“Tone”という非常に広範な語から生じた単語であり、Keyというシステムの内部(下位)にも、Keyシステム外部の領域にある音楽においてもTonalityは存在しうると考えます。Tonalityという語の詳しい扱いについては後述します。

#3 Scale / Mode / Chord

自由派では、「Mode」や「モード音楽」という言葉が多義的であることをまず認めます。そのうえで、第一義的には、「Mode」も「Chord」もParent Scaleから生じる“子”としての概念として採用します。すなわち、「Scale」という概念の一階層下に「Mode」と「Chord」が平等かつ対照的に存在すると考えます。

スケール・モード・コード

(ただしこの図は、「コードの背景に必ず対応するスケールがひとつ存在する」といった思想を意図するものではありません。)

この点において、コードスケール理論で用いられる「Chordscale」という言葉は、自由派の用語の方針とは合致していません。Lydian Chromatic Conceptで用いられる「CHORDMODE」という用語の方が、ChordとModeを同階層として扱っている点で近似しています。しかしいずれにせよ、自由派ではコードスケール理論そのものを体系の内部に採用していないため、この語については「この流派ではこのような意味で使っている」という程度の、俯瞰的な説明に留めます。

コードスケール理論で用いられるModeの概念(=スケールの子としてのモード)と、そうではない用法としてのMode(=旋法のキャラクターを活用するモード音楽におけるモード)を区別する一助として、メロディ編III章では一貫して「旋法」という日本語を用いるようにしています。

Chordal/Modal

ChordalとModalという言葉は、主にメロディラインに対する形容詞として用い、二者は「対照的」な概念としてとらえます。ただし二者は「互いに排他的」な概念ではなく、ある音楽のある箇所が、ChordalかつModalであることは可能とします。またChordal/Modalは、ひとつの楽曲の中のひとつの時間、ひとつのパート、複数のパートが生む総合的音響など、それぞれの切り取り方について異なる判断結果が現れうると考えます。すなわち、これらの言葉を音楽のカテゴライゼーションを目的に使用するのではなく、ある音楽の、ある旋律(もしくは複数の旋律の関係性)に対する形容詞として用います。

Chordal/Modalは、厳密に定義しにくい概念ですが、ある音楽がChordal/Modalであると言う際の基本的な判断基準を強いて言語化するならば、以下のとおりです。

コーダル 旋律や声部配置が、コードトーン/ノンコードトーンという分類意識に基づいて作られている
モーダル 旋律や声部配置が、同時に鳴る他の音との関係性よりも、自分自身の音高変化や反復構造を重視して作られている

したがって、自由派における「Modalな」という言葉は、必ずしも一般に言う「モード音楽」と一致せず、「モーダル・ハーモニーの理論に基づく」ことを意味しません。
例えば一般にモード音楽と呼ばれるものであっても、その中に「マイナー系のモードであることを示すためにトニック・コード上でのバッキングでは、minor 3rdを構成音に含めるべき」「あえて四度堆積を用いることでより従来の音楽から離れる」といった考えがあれば、その点に関しては「コーダルなアプローチだ」ということになります。

※ただし本編では現在コーダル/モーダルの代わりに「垂直/水平」という表現をもっぱら用いる方針に変更されました。これは「モーダル」という言葉の持つ意味のぶれを考えたとき、「引力」「傾性」などと同様に自由派独自の言葉を用いた方が誤解を生じにくいだろうと考えた結果です。

#4 Tonal / Tonality

Tonal/Tonalityという言葉については、Tonal Centerという言葉を大々的に使用している以上、明確な方針を提示する必要があります。自由派では、「Tonal」という言葉を「Modal」の対義語としては使用しません。Tonalは、あくまでも「Atonal」と対になる語であり、Modalと対になるのはむしろ先述のChordalであると考えます。
Tonalについてはより広義のもの、すなわち「ある音が中心として感じられる状態」を表す言葉として使用します。それはやはり、Tonalという語がToneという広範な語から生まれたものであることが大きな理由です。

Tonalは多くの和声学本で機能和声と結びつけて説明されますが、それは古典派和声学本だからそのように説明されるのであって、古典派和声が扱う領域の外側においてTonalが何であるかは、和声学本においては“述べられていない”という見解をとります。
たとえ「トーナリティは、機能和声が形作る音組織である」といった類の説明があったとしても、そこには「古典派的音楽においては」という暗黙かつ取り除くことのできない前提が存在します。このような場合に、「トーナリティという言葉は古典派和声学が作った言葉だから、その定義に全ての流派が従うべきだ」というのが保守的な見地ですが、「トーナリティという言葉は古典派和声学が作った言葉だから、彼らが想定していない領域においての用語の使用は、検討の余地がある」というのがリベラルな見地です。

実際に、近現代の音楽を領域に含めたうえでのTonal/Tonalityの捉え方について新しい提言もなされています。例えば「Music and Twentieth-Century Tonality(2012年出版)」に示される以下のような見解を、自由派は支持します。

In a texture where tonal centricity is ambiguous, the composer can assert it in different ways. He or she may choose to repeat a single note or chord that represents the desired tonal center in a prominent registral or metric position.

Paolo Susanni, Music and Twentieth-Century Tonality (p13)

そして同著p66にある次の一文をTonalという言葉に対する端的な定義として採用します。

  • Tonal music gives priority to a single tone, or tonic

Tonalという言葉をこのように定めたうえで、Tonalityという言葉については、そのような「priority to a single tone」を原動力として音階が形成する組織的性質(e.g. 導音が主音に対する傾性音として働くなど)がTonalityであるとします。

そしてTonalityには、程度の大小があるとも考えます。
例えばメジャースケールを用いて構築される音組織は、主音・属音・下属音それぞれから長三和音を構築でき、導音を有するといった点からTonalityが非常に明確です。「Tonalityが明確である」とは、「PriorityをもつSingle Toneがどれであるか明確」ということです。そのように捉えることで、例えば以下のような比較表現が可能になります。

  • ハーモニックマイナースケールが作る組織は、ナチュラルマイナースケールが作る組織よりも、導音を有するという点でTonalityが強固である。
  • 機能和声に基づく音楽はドミナントセブンスの解決を用いる点で、モーダル・ハーモニーに基づく音楽よりもTonalityが明確である。
  • しかしモーダル・ハーモニーに基づく音楽も、トニック・コードを用いて主音を明示するという点において、中世の教会音楽のようなモード音楽よりは、Tonalityが明確である。

ですから自由派の方針においてはモード音楽も民族音楽も、近代の音楽もTonalityを持ち得ます。これもまた、「Music and Twentieth-Century Tonality」の見解を引き継ぐものです。

If we accept this definition of tonality, we will realize that the larger portion of the world’s folk and art music can be categorized as tonal.
Paolo Susanni, Music and Twentieth-Century Tonality (p.66)

Tonalityを広義に捉える書籍はこれだけではありません。「和声の原理と実習」には以下のような記述があります。

調性には二つの異なった要素が含まれている。一つはいかなる音が主音として選ばれるかであり、一つは主音を起点とする音階各音間の音程関連である。前者は調を決定し、後者は旋法を決定する。調と旋法の両者が決定されるとき、はじめて具体的に調性が確認される。
島岡譲,外崎幹二 「和声の原理と実習」(p.239)

ここにおいては「主音」とそこからの「旋法」が調性という概念の中に含まれていると述べられており、TonalityとModeを対立する概念とはみなされていません。245ページではさらにこう続きます。

さきに中世の6種の旋法のうち、ただ2種のみが古典的調性として残った理由として、それが和声組織への適合性において他にまさっている旨を述べた。そこで今、和声的調性としてのそれらの優位性について述べよう。
島岡譲,外崎幹二 「和声の原理と実習」(p.245)

「古典的調性」「和声的調性」という言葉からは、当然ながら「古典的でない調性」「和声的でない調性」の存在が示唆されます。島岡氏のこれらの認識に則れば、例えばDドリア旋法は「古典的調性」ではないけども、主音と旋法が決定している点で「具体的に調性が確認される」と言えます。

語学/論理学の観点からの補足

先ほどもあったとおり、Tonalと明らかな対義語と言える語はAtonalであり、この二語は「a-」という接頭辞の意味からみて排他的な否定関係にあります。

排他的関係

もしTonalとModalを同様な「対照的かつ排他的関係」として捉えると、Modal MusicはAtonal Musicであるということになりますが、一般にAtonal Musicといえば近現代クラシックに見られる前衛的な音楽たちであって、モード音楽がAtonalであるという言い方には多分な違和感があります。これもまた、Tonal/Modalの対義語関係を自由派が採用しない理由のひとつです。

Tonalの語を広義にとることの意義は大きく、これにより、機能和声が作るファンクショナルな中心、キーシステムが作るシステマティックな中心、単一コードの反復が作るコーダルな中心、モード音楽におけるモーダルな中心、これら全てを包括する語として「Tonal Center」を用いることができます。他分野の音楽をなるだけ包括する音楽理論を目指す自由派にとって、この方針は必要なことなのです。
日本語の対訳で見ると、調(Key)は狭義をとり、調性(Tonality)で広義をとることで違和感が生じる可能性もゼロではありませんが、ここはTone-Tonal-Tonality(そしてAtonal)という英語での意味関係を優先します。

#5 協和/不協和

基本的に自由派は、静的な分類をして理論を美しく完結させることよりも、程度の多寡や中間性、多重性を重視して論じるのが基本方針です。それゆえ「協和/不協和」についても、これをハッキリと二分する動機がそもそも自由派にはありません。
本編では「不協和音」という語も登場しますが、短2度、トライトーンといった明らかに不協和な音程を伴うコードに対する形容でしか用いておらず、用語というほどの扱いを受けていません。そのためこうした用語については、自由派から方針を提示することはいたしません。

#6 ドレミ

「ドレミファソラシド」は、できるだけ階名として使用するのが基本方針です。しかし一方で、学習者たちがABCの音名に親しむまでの間、ドレミを音名として用いる“猶予期間”はあって然るべきだと考えています。準備編第2回で音名について学びますが、その直後から音名としてABCのみを用いることは、学習者へのかなりの心的負担を与えることが容易に想像でき、それは「学習コンテンツである」という当サイトの根本理念に大きく反するからです。そのため準備編の音階や五度圏の記事では、ドレミを音名として使用し、その後少しずつABCによる音名を交えていく形をとります。

#7 重力と引力

メロディ編では、「調性引力論」というメソッドが展開されます。ここでいう「引力」とは、活性音が不活性音へと、あるいはアプローチ・ノートがターゲット・ノートへ滑らかに進む性質といった、「旋律の進行先の滑らかさや自然さには程度の差がある」ことに対し、それを「ある方向へ引きつけられている」と比喩的に捉えて表現した言葉です。既存の理論では「音重力」「調性重力」といった言葉が既に使われているので、それらとの違いをここに示します。

音重力

島岡譲氏は、「和声の原理と実習」で「音重力」という表現を用いています。

上行は音重力に逆らうことを意味し、下行はこれに順応することを意味する。したがって本来安定状態への鎮静を意味する解決は一般に上行でよりも下行で行われる方がその本性にふさわしい。
島岡譲,外崎幹二 「和声の原理と実習」(p.250)

ここにおける「音重力」とは(まさに地球の重力同様)常に上方から下方へと向かうものとして表現されています。一方で自由派の調性引力論においては、例えばシは全音下行するよりもむしろ半音上行する方が自然であるとし、♯系の変位音全般も上行指向を持つと捉えています。このような違いから、「重力」という表現を使うことを避けて「引力」という言葉を選びました。引力は重力と違い上へ働くこともあるので、語としての妥当性、棲み分けも適切であろうと考えています。

Tonal Gravity

リディアン・クロマティック・コンセプトでは、「Tonal Gravity」、「tonal magnetism」という言葉が用いられます。これは完全五度の堆積関係において上から下へと重力が流れ、最終的にアルティメット・トニカル・オーソリティたるC音へ至るというものですが、この語と自由派の「引力」とは一切理論的関係を持ちませんし、この語を自由派のシステムの内部に用いることはありません。

本編ではまだ「重力」という比喩を用いてはいませんが、仮に用いるとしたら、それは原則的に島岡氏の言う「音重力」の方を汲みます。