モーダル・インターチェンジ

§4 知識という凶器

最後に一つだけ、他人とのコミュニケーションにおける「モーダル・インターチェンジ」のややこしさについて補足します。

よりライトなポピュラー向けコンテンツでは、「教会旋法」や「ミクソリディアン 6」のような応用的スケールが紹介されないこともありますよね。そのような範囲においては、交換するスケールの候補が「3つのマイナースケール」しかありません。そのため、コンテンツによっては次のような説明がなされることもあります。

モーダル・インターチェンジとは、同主短調からコードを借りてくる技法をいいます。

これはあくまで、「狭い体系内での定義」であって、より「広い体系」を獲得した私たちにとってはこれは誤用にさえ見えるものです。しかし、この手の食い違いは「誤用」というのとも少し性質の違うものであることは理解しておくべきことです。

体系のレベルと概念の書き換え

序論で既に話があったとおり、音楽理論の知識はグラデーション状に広がっており、時にその知識は後になってからより上位の概念によって塗り替えられるものでもあります。

数学の場合

例えば数学でいうと、中学の時に「ルートの中身がマイナスになることはない」と教わりますが、しかし数年後にそれは「複素数」という形で覆ることになります。あるいは、複素数を習わない進路を進んだ人は、狭い体系のまま学習を終えることになります。では中学校の先生は全員、誤った数学を教えているのでしょうか? そうではないですよね。

やっぱりいきなり完成形の理論を見せられたら、圧倒されて勉強を諦めてしまうという人もいます。ポップに削減された「狭い体系」は、そういう人たちにとっては救いに他なりません。だから、「狭い体系」を学ぶ人に罪がないのはもちろんのこと、それを教える人のことも、暖かい目で見守るべきです。彼らが音楽理論を「ちょっと分かる」人を増やしてくれて、その人たちがやがて理論を「もっと分かる」人になっていくのです。

アップグレード

(そもそも、このVI章まで進んだ現段階においてさえ、まだまだ後になって塗り替えられる「まだ狭い状態の概念」は残っていて、私たちもまだ人のことをとやかく言っている場合ではありません。)

だから「誤った理論」を伝えることと「狭く閉じた理論」を伝えることは、同一視すべきではありません。「音楽理論はひとつではない」というのは、流派差のような「種類の違い」もありますが、このような「広さ(深さ)の違い」というのもあるわけなのです。

これをまた同じように俯瞰して相対的な価値観から眺められるようになれば、理論にまつわる余計なギスギスは減らしていけるでしょう。もう我々は言い方次第で人を傷つける凶器になるほど鋭く研がれた知識を手に入れてしまっているという意識、このことはくれぐれも忘れないで頂きたいと思います。


そんなわけで、今回はジャズ理論のスケールへのこだわりと情熱を認識する回となりました。「即興演奏」「素早い情報運搬」という目的が無いのであれば、スケールの名前までは覚えなくてもよい部分です。ただこの「スケールを入れ替える」という発想自体は発展性のあるアイデアで、応用可能性が本当にたくさんありますね。

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