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パラレルマイナーと変位シェル

今回は「パラレルマイナーコード」たちと変位シェルの絡みを詳しく見ていきます。

同主調からの借用

コード編II章では、細かな音の乗せ方(ミ・ラ・シにフラットを付けるか否か)についてはおおむね各々のセンスに委ねて、さほど解説をしませんでした。ここへ来てようやく、そうした細部にメスを入れていきます。大半はセンスで既にまかなえている部分だと思いますが、まあ改めて言語化して、スッキリしましょうという感じです。

1. ミ : 明るさの調整

まずIVm♭VIIといったコード上で、ミにフラットをつけるか否か。これについてはコード編でもすでに説明していて、ミをナチュラルにすることで得られるものが2つありました。

  • ❶主調の明るさをキープすることができる(一時転調の度合いを弱める)
  • ❷「ミファソファミ」のような、主調で定番のメロディラインをそのまま使うことができる

❷については、前回の内容そのまんまの話ですね。ミにフラットがつくと、ファとの半音関係が喪失してしまう。半音関係が惜しければ、ミをナチュラルに保つという選択肢が出てくるわけです。

IVΔ7IVmΔ7IIIm7VIm7

これは意味的には「変位のキャンセル」に通じるものがあり、わざわざ同主短調から暗いコードを借りておきながら、「あんまり暗くしたくないから」とミで暗さを打ち消しに行っているのです。
だから、「パラレルマイナーをさりげなく使いたいのならナチュラル、主調とのコントラストをくっきり作りたいならミ」というのが基本的な判断基準です。

2. シ : ハーモニックマイナー世界

次に、IVmやVIにおけるシの選択ですが、ここではナチュラルをとった場合の「↔︎シ」という関係性が鍵になります。

ご覧のとおり、前回話題にした「ファ-ソ」と同じくこれは「増2度」というインターバルです。自然シェル世界では発生しない、あまり聞き慣れない音程。よくよく考えてみればこれは、「Cメジャーキーの中にCハーモニックマイナースケールを持ち込んだ」状態なんですよね。

借り元

パラレルマイナーは、短調からの借用。その“短調”というのが「ナチュラルマイナー」の短調なのか、「ハーモニックマイナー」の短調なのか、その風合いを決定づけるのがこの「ラ↔︎シ」という段差なのです。

を選んだ場合は否応無しに「不気味さ」や「中東っぽさ」を感じさせるため、それを避けたい場合にはシにもフラットをつけることになります。

「増2度の溝」がなくなり、馴染みやすいラインになりました。全ては表現したいもの次第ですが、一般的なポップスではこちらがマッチする場合の方が多い。実際のフレーズで聴き比べてみますね。

後者はやっぱりハーモニックマイナーの“中東感”が漂っています。この独特な響きを活用したいのでない限りは、シに♭をつけてあげた方が自然なメロディが作りやすいでしょう。

The Beatles – If I Fell (恋に落ちたら)

こちらはシを用いたバージョンの実例。サビの終わりでIVmが使われていて、「ラ-シ-ド-レ」というラインを構成しています。最もわかりやすいのは、曲のラストのギターフレーズ(2:10~)ですね。ラストもやっぱり「ラ-シ-ド-レ-ミ」というフレーズ。サブドミナントマイナーの哀愁たっぷりですね。もしシをナチュラルにして弾いてみると、かなりアラビアンな雰囲気が出てしまって、「恋に落ちたら」という感じではなくなってしまいます。
音楽に「禁則」はありませんが、その場その場で「そぐわないサウンド」というのは確実にある。曲想を理解して、使い分けられるようにしていきましょう。

得るもの、失うもの

ただこれはラと絡みたいからこうなるのであって、ド-シ-ドのようなラインであれば、シにする必要性は薄くなります。というか、にすると「シ↔︎ド」間の美しい半音関係を失ってしまうというデメリットが実はあるんですよね。
だから、ラを絡めないフレーズであれば、「シ↔︎ド」を使うためにシをナチュラルにする選択肢も十分考えられます。

潜在的に増2度を抱えてはいるものの、ラインとしてプッシュされていないので、取り立てて「不気味さ」「中東感」はありません。

当たり前のことですが、改めて観察すると面白い。「音階によって得意なラインが異なる」し、「同じ音階でもどう使うかで印象が変わる」ということです。

こちらはユニークな実践例で、IVm7の出だしで「ソラシド」と上がる時はラ・シにフラット、しかしその後「ドシド」の時のシはナチュラル。ひとつのコード内で両方のパターンを使ってみました。
「ドシド」というフレーズは、本来のメジャーキーの世界を感じさせるので、その後のVという明るいコードへスムーズに進むことができています。

こうやってひとつひとつの音について、自然シェルなのか変位シェルなのか考えてあげると、より自分の表現したいものが適切に出せるはずですよ。

aiko – 気づかれないように

実際の例をひとつ(動画はカバーです)。サビではIIImIIImIVmという風に、4つ目のコードでパラレルマイナーに入りますが、そこで「シ→ド→ラ→ソ」という動きが見られます。

気づかれないように

こんな小さなフレーズにもセンスが詰まっていて、「シ→ド」「ラ→ソ」という2つの半音進行を活かしていて、かつシからラへの増2度の跳躍は避けている。だから「中東っぽさ」なんて全然感じないし、自然シェルが多いのでメロディの揺れもさりげない。まさしくパーフェクトな“歌心”で、このハーモニックマイナー世界を使いこなしているのです。

3.ラ : 明るさの調整

ラに関してはミと同じで「明るさの調整」が基本的な判断基準になります(むろん、ミが生むカラーとラが生むカラーは異なりますが)。ラの選択権があるコードは♭IIIVm♭VIIなどですが、これらはみな原則シにフラットが付くことは確定しているので、たとえラがフラットだろうがナチュラルだろうが、「増2度」が発生するリスクはありません。

なので純粋に、サウンドの違いで選びます。を用いた場合はIVm♭VIに近いテイストを曲中に持ち込むことになるし、ラ♮ならば元々のキーが持つ明るい雰囲気を保つ形になりますよね。

実際のポップスにおいては、♭IIIVm♭VIIのいずれも「暗くする」というより「ちょっと雰囲気をおしゃれにする」目的で使われることが多いので、ラにはフラットをつけないことの方が多いんじゃないかと思います。
特にVIIの方は、ラを取るとコードクオリティが「ドミナントセブンス」になって、なかなか不安定でアクの強いジャズ風サウンドになってしまうので、使う場面を選びますね。

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