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トライトーン代理の拡張①

前回は二次ドミナントのアイデアの応用で、「Related IIm」や「ii-V Chain」を学びました。今回も、既知の技法を発展させてパワーアップさせます。

1. トライトーン代理を拡張しよう

IV章にて、「トライトーン代理」というものを紹介しました。

V7♭II7に変えても、ウマいこと肝心の増4度部分が残る。それにより、コードを置き換えても違和感があまりないという話でした。日本では通称「裏コード」として知られる、代理ドミナントです。

比較

この構成音内のトライトーン関係というのは、V7に限らず、ドミナントセブンスコードであれば必ず持っているものです。じゃあ、この「トライトーン代理」を、これまでに習得した他のドミナントセブンスコードでやってもイケるのではないか?それが今回の内容です。

2. 代理二次ドミナント

そうはいっても、これまでに登場したドミナントセブンスコードと言えば、「二次ドミナント」だけですね。二次ドミナント群に対してV7⇄II7の置換えと同様の処理をほどこすと、以下のようになります。

楽譜 : II7は♭VI7に。III7は♭VII7に。VI7は♭III7に。I7は♯IV7に。VII7はIV7に。

各ペアのルートがトライトーン離れた関係にあること、また各ペアにおいて3rd7thの音が(異名同音はさておき)共通していることを確認してください。例えばII73rdがファ7thがドですが、これを反転させた♭VI7においては7thがファ3rdがドとなります。

このようにして連れてこられた新しいドミナントセブンスたちもまた、II7と同様に代理ドミナントと呼びます。あるいは、II7以外のこれら新顔だけを括る言葉として、代理二次ドミナントSubstitute Secondary Dominantsという言い方も一応あります。

和音の多義性と判断

ただ「新顔」といっても見慣れた顔が何人かおり、それが♭VII7IV7です。前者はパラレルマイナー・コードの一種として登場しうるコードで、後者はブルース的な様式の中で頻繁に登場するもの。

I7IV7V7♭VII7I7

このようなケースにおけるIV7♭VII7は、代理二次ドミナントとは見なされません。このあたりの解釈については、前後のコード、上に乗るフレーズやジャンル性も含めた文脈などから判別することになります。
それでは、ひとつずつその代理可能性について見ていきましょう。

VI7 : II7の代理

まず、次のような典型的なII7の用例があったとします。

これを♭VI7に交換しても進行の機能感が損なわれないということなので、実際にやってみます。

サウンド上の雰囲気はガラッと変わってVI系の妖しさが目立ちますが、V7への接続自体はスムーズで、そこに関してはII7と同じ役目が果たせていると言えるでしょう。

なお、バークリー系理論では代理ドミナントが半音下のターゲットへと接続した際の動きは(V-Iの実線矢印に対して)破線の矢印を用いて表します。

実際の例

終盤、43小節目(1:54)からの流れに注目です。キーはDで、大枠としてE–7A7sus4DΔというii-V-Iの流れがありますが、A7の手前にB♭9が挟まっています。
Vの和音に対し半音上からアプローチする別のドミナントたるVI7。これをII7が反転したものだと解釈するわけです。

VII7 : III7の代理

次は、VI-7へと進むIII7です。

これを♭VII7へと交換します。

こうなりました! やはりVIIというルートが独特の浮遊感を出しています。ただポップスでよく見る♭VII♭VIIΔと違ってラというノンダイアトニックの音が加わったことで強いひねくれ感が出ているのが特徴です。

実際の例


ジョン・コルトレーンの『It’s Easy To Remember』は♭VII7が分かりやすい一曲。

おなじみ2-5-1からはじまり、5小節目(0:17-)でゆったりとIVΔを弾いた次が♭VII7です。このコードに入った瞬間の、シ&ラという2つのノンダイアトニック音による捻れたような質感がポイント。後続はVI–7なので、4-3-6進行の「3」を裏返したものと解釈します。

このコードは、ポピュラー音楽においてもちょこちょこ見かけることがあります。裏返す前のIII7が頻繁に使われているからもう一捻りしたくなるといった気持ちもあるのかもしれません。

こちら、サビ最初はIVΔIII7III–7VI–7という進行。このIII7を2周目では裏返して♭VII7にするという、まさに“代理”が分かりやすく行われている例です。「明日なんか来る」のところですね。

III7 : VI7の代理

次は、II7へと進行するVI7です。

これを♭III7へと交換します。

これもVI7の時と話が似ていて、ふだんはメジャーセブンスコードとしてよく見るIIIがドミナントセブンスになって登場した形です。

実際の例

ハンク・モブレーの『Remember』。冒頭キーはAで、IV-III7にあたるD♭ΔC7から始まります。III7ときたら次はVI度のコードかと思いきや、半音下がってB7、さらに半音下がってB♭7と進みます。
セブンスの連続なのでいわゆるエクステンデッド・ドミナントを発動しているところですが、本来III-VI-IIと5度進行するはずのところがトライトーン反転して半音進行のIII-III-IIとなるわけです。

IV7 : I7の代理

次に、IVへと進行するI7です。

今回はIVという異物を自然に聴かせるための布石として、Related IImにあたるG-7を手前に置きました。この状況で、I7を置き換えます。

どうでしょうか? VI7,VII7,III7らと違ってIVでメジャー系コードというのが聴き慣れないために異物感は強いですが、何にせよIVへ進んだ際の接続はスムーズです。

なおバークリー系理論では、上例のようにii-VのVが反転した場合、「本来のii-Vでは無くなってしまったが、iiとの機能的繋がりは依然としてあるよ」といったニュアンスから、破線のブラケットで二者を繋ぎます。

実際の例

セロニアス・モンクによる『Between the Devil and the Deep Blue Sea』。29小節目に注目です。この時のキーはEで、ii-VののちI7にあたるE♭7が登場したその直後にトライトーン反転してA7が現れます。このように反転前のセブンスと反転後のセブンスが連続するような進行も定番形のひとつです。

ちなみにその後すぐに登場するD♭13もまた代理ドミナントですね。

IV7 : VII7の代理

最後に、出番は少なかったですが、III7へと強進行するVII7というヤツもありました。これももちろん、トライトーン代理が可能です。

こちらが典型的なVII7の用法。クラシック時代からの伝統的な用法としては、後続はIIIのマイナーではなくドミナントセブンスが来ます。

交換したものがこちら。やはり隠しきれないブルースみのようなものがあり、ジャズというジャンルには実にピッタリです。

実際の例

こちら、ジョン・コルトレーンの『Equinox』。Cマイナーキーで、C-7とF-7をしばらく繰り返したのち、0:45のところでA7G♯7C♯–7というケーデンスが登場します。A7が来た瞬間に、ナチュラルのg音によってブルージーな雰囲気が広がるのが分かるかと思います。

このコードはノンダイアトニックの音が1音だけで、ミはブルーノートでお馴染みの音でもあるので、ポップスでも比較的簡単に用いることができます。

ABBAの『Money, Money, Money』では、冒頭のイントロがVIIV7IIIII+VIという進行になっています。
IV7をVIIの代理と考えると、6-7-2-3-6という進行の改造バージョンとして理解できます。トライトーン代理によってここにジャジーな香りが持ち込まれ、この曲のミュージカルのような独特な調子に一役買っていますね。

3. 演奏上のポイント

トライトーン代理を行う際のメロディメイクなのですが、やはり二次ドミナントが本来持っていたトライトーンの音を強調するようなフレージングをすると、良さが生きます。「ドミナントセブンスらしさ」を出してあげないと、パラレルマイナーあたりとそんなにサウンドが違わなくなってしまいますからね。

なんならジャズ理論では「コードだけ裏返して、使う音階は元のまま」なんていう外し方も技法の一つとして存在しています。

こちらはさっきの♭VII7を交えた進行ですが、実はサックスだけは裏返らずにそのままIII7のつもりで弾き続けたというバージョンです。具体的に言うと、シを弾かずに思いっきりシを弾き、またVII7にとってはセブンスを阻害する音であるラの音も何度か鳴らしています。

裏コードへ行かないという文字どおり“裏切り”行為であり、普通のハーモニー理論からするとこれはおかしな音使いなわけですが、実際のサウンドとしてはほとんど違和感なく成立しています。やはり一番の軸となるトライトーン関係の音(レ・ソ)がきちんと共通していることが大きいでしょう。
それから例えばシに対するシというのも一見めちゃくちゃなようで、度数で言うと-9thの音であって、ドミナントセブンスのテンションとしては全然ある音だったりするわけですよね。

実際の例

こちらチェット・ベイカーによる『It Could Happen to You』。イントロはGメジャーキーで3-6-2-5を2周するような進行ですが、最後のD7の後(0:08)にさりげなくベースがAへと反転し、裏コードを形成しようとします。ピアノもA-C-Eの音を重ねてトライアドを完成させますが、肝心のトップノートがA♭とはずいぶん衝突するBの音になっています。
B音は元のキーでのミの音であり、そこまでに至る軽快なダイアトニックのメロディラインを重視した結果この音になったのでしょう。一応「裏コードのA7に9thを乗せたオルタード・ドミナントである」という言い方もできますが、実情としては元の調性を重視したメロディと面白さを重視したコードの間で裏にひっくり返るかどうかの志向が分かれ、そこで欲張って両方ブチこんだ結果であると見るのが自然だと思います。
こんな一瞬でもさりげなく面白いイベントが起きていたりするので、実際の曲を分析することで得られるものはかなり大きいです。

こうした数々の代理ドミナントたちは転調のきっかけとしても非常に優秀で、特にジャズではii-Vと並んで基本的な技法のひとつとなっています。

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