Blackadder Chord

コード編 Ⅷ章:研究室

§4 Blk Chordを聴く

それでは、様々な由来のBlk Chordを、実例を確認しながら見ていきます。

①ホールトーン系

Blkの構成音がちょうどホールトーンスケールと一致しますので、ホールトーンで演奏をしている場面であれば、いつでもこのBlk Chordをブチ込むことができます。

こちらは「メロディ編」でホールトーンスケールを紹介した時のサンプル音源ですが、このピアノのバッキングを全部Blkにしちゃいましょう!

特に何の違和感もありませんね。まあメロディ編の記事で紹介した時に述べたとおり、ホールトーンは常に奇妙なサウンドがするので、今さら奇妙なコードを盛り込んだところで、大差ないのです。

実例

この系統の実例と言えそうなのが、冒頭の動画にもあった「Guilty Eyes Fever」です。

メロディが「ミレド」と全音差になっている箇所を利用し、メロ自体には一切臨時記号を発生させずにホールトーン世界に入っているという巧みな例。そこで、コンスタント・ストラクチュアでBlkを使うことで、よりショッキングな印象を与えています。

②スラッシュコード系 – (1)経過偶成

ウワモノとベースがそれぞれ独立した形で進行した最中にこのコードが発生する形です。特にIからIV、またはVからIVへと動く途中にIVのBlkコードは容易に発生し得ます。

こういうことです。下降しようとするとバスと、上行しようとする上三声。とても自然な流れです。このように偶発的に発生する和音を、クラシック系理論では「偶成和音」というのです。

実例

IVをルートとするBlk Chordについては、この系統と解釈するとしっくり来るものが多い印象です。

槇原敬之 – どんなときも。

サビ入り直前の和音ですね。ストリングスがサビ頭のIVへとスムーズに流れるために「ソ→ラ」という上行のモーションを作り、一方でベースはIVへと下行するために「ファ→ファ」という下行のモーションを作る。結果として、Blkが生まれるわけです。


日本の増六

IVblkのm7というインターバルは、異名同音を読み替えると+6ともとれます。

クラシック系の人からはこのルートと増六の動きに関して「イタリアの増六」や「ドイツの増六」との類似性を見出し、「日本の増六」って呼んでみたら? なんて意見もあり、Taipale氏自身もこれを気に入って、「フォーマルな名前として提案していきたい」と述べています。

クラシックでは、単なる度数堆積に基づく静的な名称だけではなく、「文化文脈に応じてさらに追加の名前を与える」という風習が存在しているのです。Blk Chordの中でもIVをルートとするものは使いやすく使用頻度も多いので、それに対する限定的な名称としては、面白いのではないでしょうか。

ただし、以下の点には注意する必要があります。

  • 他の増六和音は典型的には短調においてプレドミナントとして機能し、後続はVへ進むのに対し、このIVをルートとするBlkは長調のIVへ進むという点では性質として異なっている
  • 「Blackadder Chord」の名の下集まったコードの中には明らかに「増6度」ではなく「短7度」とすべきものもあり、それを「増六の和音」と呼ぶことには大きな議論の余地がある

少なくとも流派や文脈を重視する自由派では、全てのBlackadder Chordを一緒くたに増六和音とみなすことはありません。

②スラッシュコード系 – (2)aug+反転ベース

もうひとつのスラッシュコード系列が、augコードを弾くウワモノに、なぜか増4度ひっくり返ったベースが加わるという形。(1)の「経過偶成」と似ていますが、以下の点で異なります。

  • 偶成和音よりも長く(1小節など)持続する
  • 「反行の順次進行」という原理に頼っていない(構築が和声的でない)
  • クラシック系統というより、「トライトーン代理」「アウトサイド」といったジャズ系統の文脈を指向している

最後が重要で、複数流派をまたがって理解する自由派にとっては、ジャズ指向で用いられたものをクラシックの言語で解釈することは、適切とは言えません(逆もまた然り)。その文脈、作曲者の意図や指向も含めての楽曲分析ですので、この(1)と(2)の区別は必要です。

実例
サンボマスター – 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

ドラマ「電車男」の主題歌でおなじみ、サンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」。イントロやAメロでのリフ、2つめのコードに「Aaug/D」が使われています。世界はそれをBlackadder Chordと呼ぶんだぜ。

こちらについても、シンプルにaugを弾くギターと、ちょっと遊びでIVの前にファを弾いてみたベースとが合体した結果生まれたと見るのが自然でしょう。
この「スラッシュコード」タイプは、そもそもがパートごとの独立から生まれたもの。それゆえ、単一のスケールから解釈していくような類のものではありません。この曲のばあいAメロでは、ボーカルはこの不思議なコードを無視してフツウにAメジャースケールでメロディを歌っています。

雀が原中学卓球部 – 灼熱スイッチ

こちら、変わったコード進行をよく使うことでおなじみの田中秀和さん作曲のアニメOPソング。サビがIII+/♭VIIというコードから始まっています。
ルート音のVII→VIという流れをみると、後述の「dom9のsubV型」とも取れそうですが、こちらについては作曲家ご自身がTwitterにて「augのベースを裏にした」と述べてらっしゃるので、確実にこの系統になります。

「トライトーン代理の際に、ベースかウワモノどちらかだけが反転することもある」件については、VI章のジャズ理論編でも説明していること。そういった“遊び心”のようなものから、このBlkが生まれたりするわけです。

③テンションコード系 – (1)domi9

一方、スラッシュコードではなくテンションコードとみなした方が自然な場面もある。一次/二次ドミナントやその裏コードを、ちょこっとアレンジするとBlk Chordが生まれます。

Blkが出来るまで

特に、omitされている3rdを仮に追加したとしてもサウンドに何ら支障をきたさない(かつホールトーン系ではない)ような場合には、このdomi9由来である可能性が高いです。

実例

先ほどのスラッシュコード系統がポップ・ロックのジャンルから発生しやすいのに対し、こちらはなかなか高度なテンションコードですから、ジャズっぽい作風で発生しやすいと言えます。

放課後ティータイム – おはよう、またあした

不滅の名作青春アニメ、けいおん!の劇中バンドのカップリング曲。作曲は、このアニメのBGM全般を担当している百石元さんです。これはもう見るからに、ii-V-Iの流れに挿入されたIIルートのコードですので、トライトーン代理のIIが由来で間違いないでしょう。

ほか、実際の曲例こそなかったけれど使い勝手のよかったルートのパターンをサンプルとして置いておきます。

IIm7IIIm7VIm7VIblk

いちいち「9(+11)omit3」と書くのも大変なので、「blk」という表記を用意してみました。今回のVIblkは、トライトーンを+4とみなし、P5を普通にフレーズで演奏しています。ソ・ラ・シ・ミの四音を基本に回して、+4の不協和はブルーノート的に使うことで馴染ませてみました。

IIm7IIIm7VIm7III♭blk

そのVIをトライトーン代理でひっくり返したIII7をblk化したパターン。これは見方を変えると「VI+でベースのみ反転」という、先述の「スラッシュコード型」とも取れますから、二重のコンテクストで保護された状態と言えます。そのせいなのか、変わった構成音のわりには聴きやすいですよね。

VIm7♯IVøIVblkIII7

最後はわりと珍しい、VII7をひっくり返したIV7のblk化。これは「トライトーンを+4とみなしP5を演奏」で行きましたが、「o5とみなしP4を演奏」でもまた面白いサウンドになります。

VIm7♯IVøIVblkIII7

こちらは「P4とo5」の構成で弾いたバージョン。必然的に、ブルーノート的憂いを帯びています。先ほどの+4タイプはコードネームにした際には「9(+11)omit3」になり、こちらは「9(-5)omit3」となります。これは、最も細かいレベルでの「態」の違いと言えますね。

③テンションコード系 – (2)Half Dim.

もうひとつ、ハーフディミニッシュを微妙に変位させても、このBlk Chordに行き着きます。

ハーフディミニッシュから

IVがルートのBlkを「スラッシュコード系」で紹介しましたが、それらは別の角度から切り取ると、このハーフディミニッシュの文脈に支えられている部分もあると言えるはずです。我々がIVøに親しんでいるからこそ、ポンとルートをファに出来るのです。

この系統は実例をIV以外に(私は)見つけられていないのですが、他にハーフディミニッシュをとるルートとしておなじみのVII、IIIで実際にblkを作ってみると、これが可能だとハッキリ分かります。

VIm7IIm7VIIblkIII7VIm7IVΔ7VIIblkIII7

おなじみのマイナー・トゥー・ファイヴとほとんど変わりませんよね(だってたったの一音差だから)。

IIm7V7IIIblkVI7

ハイ。こちらも見慣れたIIIøがちょっぴりオシャレになったという感じ。こんな調子で、二次ドミナントやハーフディミニッシュは、想像よりは簡単にBlk Chordへと変身させることができます。ぜひ作曲の際に、試してみてください。

補遺

今回は、あくまでも「ポップスで使用されるコードからの発展」という形から生じうるBlkを考えた結果、以上の5種類の分類に落ち着きました。しかし大衆音楽を離れてクラシック・ジャズの方面まで視野を広げれば、当然もっともっと話は大きくなります。

「神秘和音」から

たとえば「四度堆積和音」の回で紹介した、スクリャービンの「神秘和音」にも、ちょうどBlkと同じM2・+4・m7のインターバルが含まれます。

この神秘和音をスクリャービンが実際に用いている例が、1903年のピアノソナタ第4番にはこの「神秘和音」の原型と思しき和音が見られ、それがちょうどBlkになっています。

Sonata no. 4, Op 30 (mm.6-7)

6-7小節だけを切り取りましたが、その7小節目。ドミナントナインスらしきRt・M3・M9が鳴り、そのすぐ後に経過音的に+4が鳴る。まさしくBlkコードです。

増六和音

同時期1901年、モーリス・ラヴェルの代表曲「水の戯れ」にはさらに分かりやすい形でBlkのインターバルが現れます。

3小節目で、現代のコードネームでいうD9(+11)が登場します。M3rdを含む形なので、分類上はドミナントセブンス系列のBlkということになります。

ただし、楽譜ではm7のインターバルに相当するC音は、異名同音であるBで記載されていて、クラシック的分析においてはこれは先ほど話題に上がった「増六の和音」の一種として解釈されます。こういった過去の挑戦的なコードたちの歴史を結びつけていくという意味で、「日本の増六」という呼び名もまんざら悪くないと思いませんか?

なんならもっとロマン派の頃まで遡っても、例を見つけることはできそうですね。

ジャズ系理論から

コードスケール理論を学んでいく中でも、例えばメロディックマイナースケールの第VIモードは、Blkのインターバルを有しています。

Aeolian b5

ただいずれにせよ今回はあくまでも、「ポップス中に現れるこのコード」という筋から逸れないようにしながら進んでいきます。