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1 Blackadder Chordとは

Blackadder Chord“とは、Joshua Taipaleという音楽研究家が名付けたとある現代ポップスのコードの名称です。2017年にYouTubeの動画で解説がなされた、「名付けられたてホヤホヤ」のコードなのです。

解説動画

英語の分からない方のためにかいつまんで説明すると、「ラブライブ!サンシャイン!!」の「Guilty Eyes Fever」という曲に、すごく聞き慣れないコードが登場した。
驚いてコードを分析したがイマイチ解釈が分からず放置していた。しかし後に、別のいくつかの曲で同じコードに遭遇したため、ジャズファンの人々に見覚えがないか訊いてみたが、誰からも返答はなかった。

そこで改めてきちんと分析して、「Blackadder Chord」というクールな名前をつけた・・・という話です。御本人はこのコードを使用した楽曲を7曲見つけており、以下の曲が挙げられていました。

1. Guilty Eyes Fever (ラブライブ! サンシャイン!!)
2. ラブラドライト (OSTER Project)
3. CANDY LOVE (竹達彩奈)
4. リズムとメロディの為のバラッド (竹達彩奈)
5. わんだふるワールド (竹達彩奈)
6. クローバー♧かくめーしょん (三者三葉)
7. おはよう、またあした (けいおん!)

(そして今では、こちらのスプレッドシートにたくさんの使用例が集められています。)

ナゾの新コードがJ-Popから飛び出してきたというのだから、なんとも面白いストーリーですね。

Blackadder Chordの構成音

さてBlackadder Chord(以下Blk)がどんなコードかといいますと、Augコードに対し、そのルートの全音上をベースに据えたスラッシュコードであると動画では説明されています。

強烈な不協和音ですね! 度数構成で言うと、Rootと、その2・6・10半音上の音で出来た独特な四和音です。

Joshua氏が見つけた7つの例には様々なルート上でこの編成のコードが登場していますから、ルートが何であろうととにかく[0,2,6,10]のフォーメーションになっていればBlackadder Chordだということになります。

2 形態の多様性

しかしココでややこしい問題が生じます。[0,2,6,10]のフォーメーションで積まれたコードというのを「Aug+全音上をベース」で解釈するのが必ずしも最適とは言えないところがあるのです。

Blkのフォーメーションはすごく変則的で、ルートによっては臨時記号を2つ伴うものも多くあります。そのためひとくちに「Blackadder Chord」といっても、その文脈しだいでその解釈、コードネームは変わってくるのです。

具体的には、「スラッシュコードか否か」と「異名同音のスペリング」とという2つの大きな解釈分岐点を抱えています。

スラッシュコードか否か

コードを分析/表記する際にスラッシュコードにするか否かの判断には難しいものがあって、人間の手が介入してくるという話は、IV章の「コードネームの決定法」で述べました。

Blkに関しても、これをスラッシュコードでなくテンションコードと見ることも可能です。その場合、不在である3rdを補完したうえでコードネームを決めることになります。

スラッシュコードか、テンションコードか

「本来は長3度があるんだけど、それがomitされているんだ」と解釈すれば、Blkはドミナントナインスコードの亜種ということになります。1

Joshua氏がこのコードをまず「スラッシュコードだ」とした理由は、はっきりとは分かりません。その方がコードネームがシンプルで済むとか、聴覚印象としてaugの質感が強いインパクトとして感じるのでaugで記したとか、あるいは鳴ってもいない3rdを勝手に「長3度」と限定してしまうことをはばかったとか、まあいくつか考えられるでしょう。

現状としては、「スラッシュコード的なBlk」も「テンションコード的なBlk」も一緒くたになって「Blackadder Chordを見つけたぞ!」と収集されています。先述のスプレッドシートの中には、きっと3rdが鳴っているものもいくつか含まれているのではと思います。

だから、Blackadder Chordという語は、単一のコードネームとは対応しません。この語はいくつかのコードネームの可能性を内包している集合体、つまり「総称」であると理解することが、ファーストステップとしてかなり重要になります。

異名同音のスペリング

Blkの解釈を輪をかけて難しくしているのは、異名同音のスペリングの問題です。

すでにIII章の「異名同音を区別する」やIV章の「コードネームの決定法」などで説明してきたとおり、鍵盤をポンと叩いただけでは、そのスペリングは決定されません。それはたとえ白鍵であってもです。文脈の量に応じてスペルがどんどん定まっていきます。

スペリング

これはルート次第で傾向が大きく変わってきますが、まず6半音(トライトーン)のところが増4減5かで割れます。そして、10半音はたいてい短7でしょうが、まれに増6ということも考えられます。 最後に2半音はまず間違いなく単なる長2でよいですが、一応理論上は減3という可能性もあります。2

スペリングはコードネームの決定に関わります。曲中でBlkに出くわしたとしても、それをじゃあ正式なコードネームに直そうとなったとき、個体によって「9(-5)omit3」とか「+6(+11)omit3」といった風にバラけていくわけです。
これは乗っているメロディなどから相応しいスペルが一意に定まることもあれば、情報が足りずにスペルが定まりきらないことも十分に考えられます。

augとスペリング

スラッシュコードで表記する場合も、スペル問題と無縁ではありません。「augは転回しても構成音が変わらない」とよく言いますが、実際にはスペリングが変わります

augの転回

日常ではこの辺りのスペリングやコードネーム付けを緩く済ませていて、でもそれはあくまで利便性のため、便宜上の処置であるということも、やはりIV章の「コードネームの決定法」で説明しました。

だから「このBlackadder Chordはスラッシュコードで記そう」と決まったとて、さらに「じゃあaugのルートは3つのうちどれと見るのが最も相応しいのか?」というタスクがまだ残っているのです。

スラッシュコード型Blkはベースが独立して存在してくれているから、上三声のaugを何ルートで表記しても一緒じゃんと思うかもしれませんが、それはあくまでも日常レベルでの話で、コード編VIII章のレベル感としては、そこも区別してナンボというところです。

augのスペリング

例えばこちらの場合、「E+/D」以外の2つは、dとdが同時発生するという奇妙な様子になっています。もちろんスラッシュコードの特殊性からこのような“呉越同舟”が起きる可能性もゼロではないですが、まあよっぽどでなきゃ「E+/D」が適切なスペルとなるでしょう(もしくは分母をCにする)。

テンションコードだとしても、スラッシュコードだとしても、その中でさらに文脈次第でスペルとコードネームの可能性が分岐する。ここがBlkの難しさであり、面白さでもあります。

総称、親、抽象としてのBlk

これまで特殊な名前を授かったコードといえば、V章で「神秘和音」、VII章で「トリスタン和音」がありましたが、これらとはコトの次第がずいぶん異なります。

神秘和音はスクリャービン、トリスタン和音はワーグナーの特定楽曲に由来するコードで、しかも楽譜が明示されている和音です。だからこの和音を論じるときには、スペリングがどうだとか、バリエーションがどうだとかで話が極度に複雑化することはありません。

Blkは違います。まず7曲の実例から始まって、サンプルは今やもっと増えていて、そして楽譜はない。彼らに共通しているのは、[0,2,6,10]というフォーメーションだけです。
だから「Blackadder Chord」という言葉は実のところ、その内側にたくさんの文脈が集まった集合体、たくさんの路線が集まるターミナルのような存在になっているのです。

ターミナル駅としてのBlk

同様の性質は通常のaugやdim7も持っていて、VII章で紹介したエンハーモニック転調は、この特質を利用した転調であると言えます。ただBlkはその広がり方がもっと顕著で、掘り下げ甲斐のあるコードになっています。

それでは具体的に、どんな文脈からBlkを解釈することが出来るのかを分類していきましょう。

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