Blackadder Chord

コード編 Ⅷ章:研究室
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Information

この記事は、自由派音楽理論のコード編をVIII章の前節まですべて理解した人向けに書かれています。例えば「ハイブリッド・コード」「トライトーン代理」といった用語については、それぞれ該当する記事ですでに紹介がなされているため、ここで殊更もう一度解説は行いません。また、文中で登場する「ドレミ」は原則的に階名であり、断りのない限り、「ド」は調の主音を指します。


#1 Blackadder Chordとは

Blackadder Chord“とは、Joshua Taipaleという音楽研究家が名付けたとある現代ポップスのコードの名称です。2017年にYouTubeの動画で解説がなされた、まさに「名付けられたてホヤホヤ」のコードなのです。

解説動画

英語の分からない方のためにかいつまんで説明すると、「ラブライブ!サンシャイン!!」の「Guilty Eyes Fever」という曲に、すごく聞き慣れないコードが登場した。
驚いてコードを分析したがイマイチ解釈が分からず放置していた。しかし後に、別のいくつかの曲で同じコードに遭遇したため、ジャズファンの人々に見覚えがないか訊いてみたが、誰からも返答はなかった。

そこで改めてきちんと分析して、「Blackadder Chord」というクールな名前をつけた・・・という話です。御本人はこのコードを使用した楽曲を7曲見つけており、以下の曲が挙げられていました。

1. Guilty Eyes Fever (ラブライブ! サンシャイン!!)
2. ラブラドライト (OSTER Project)
3. CANDY LOVE (竹達彩奈)
4. リズムとメロディの為のバラッド (竹達彩奈)
5. わんだふるワールド (竹達彩奈)
6. クローバー♧かくめーしょん (三者三葉)
7. おはよう、またあした (けいおん!)

(そして今では、こちらのスプレッドシートにたくさんの使用例が集められています。)

ナゾの新コードがJ-Popから飛び出してきたというのだから、なんとも面白いストーリーですね。Taipale氏は日本のアニメがお好きで、Tom-H@ckや百石元(けいおん!のBGMでおなじみ)などに影響を受けているそう。我々にとっては、二代目マーティ・フリードマン的な存在なのではないでしょうか。

Blackadder Chordの構成音

さてBlackadder Chord(以下、Blk Chord)がどんなコードかといいますと、Augコードに対し、そのルートの全音上をベースに据えたコードであると動画では説明されています。

VII♭ blackadder

強烈な不協和音ですね! ルートからの度数で見ると、RtM2+4m7という編成になります。では実際の楽曲例などの紹介に入る前に、まずは前提となるコードに対する認識を共有したいと思います。

#2 Blackadder Chordの多態性

動画中では参考として上の楽譜のみが掲載されているものの、その中ではいくつかの曲が紹介されており、またこのコードが話題になって以降は、様々な場所でこのコードを使用した楽曲の情報がたくさん集められています。

それらに共通しているのはこのRtM2+4m7という堆積関係のみであり、その文脈は曲によって異なります。つまりこれは、多態性のあるコードなのです。

多態性とは

「多態性」というのは別に音楽理論用語ではなく、ようは「見た目が同一でもそこに含まれる文脈が異なる」ということです。これは他の多くのコードでもあることで、たとえばハーフディミニッシュなどが分かりやすい。

ハーフディミニッシュたち

度数構成は同じですが、それぞれにそれぞれの出身がありました。左から順に「短調のii」「VI7を短調のVと見たときのRel.IIm」「パラレルマイナーからの借用」「リディアンスケール由来の借用1」「ダブルドミナントの属九の一転の根音省略形体」です。

こうした意味上の違いは、表現や印象に直結しますから、自由派音楽理論はこのような「文脈」の情報に重きを置きます。また解釈だけでなく実践面においても、由来やルート位置の違いから、テンションの基本候補も異なり、演奏スケールも異なる。それゆえ、「ハーフディミニッシュとはこうである」とは一概には言えないわけです。

全く同じことが、Blk Chordにも言えます。なので、まずは「全部をひとくくりにしようとしない」。これはこのコードを語るうえで絶対に忘れちゃいけない前提です。

Blackadderの多態性

しかもBlk Chordは、非常に多態性が高い。そこには2つの理由があります。

ハイブリッド・コードである

ひとつはこれがハイブリッド・コードであること。ハイブリッド・コードがテンション&オミットの形でも表現できることは、IV章のラストで説明しました。このコードも、Taipale氏はハイブリッド・コードと第一にみなしていますが、テンションコードと見ることもできます。

テンションコード的見方

曲によって乗るスケールが異なるため、(-5)か(+11)かは一意には定まりませんが、とにかくドミナントナインスにオルタード系の装飾を施したコードということです。スラッシュコードともテンションコードともとれる。これがBlk Chordの多態性を増す要因のひとつです。

Augmented Chordである

もうひとつは、これをスラッシュコードと見た場合、ウワモノのコードクオリティがAugであることです。

Augコードというのは、Diminished Seventhと同じく、転回してもコードクオリティが変わらないことでおなじみです。12音を四等分割したのがDiminished Seventh、三等分割したのがAugmentedですよね。

Augmentedと転回

ですから、Blk Chordのように「上がAug、下が独立したルートのハイブリッドコード」という場合、どのAugを意図しているのかについては3通りの解釈があるわけです。

3種類の解釈

したがって、テンションコードなら(-5)と(+11)を加味すればまあ2種類、augが3種類で、計5つの形がある。そして当然これは、単にコードネームの解釈です。そのうえで、じゃあドミナントナインスだとすれば、どんな由来あるいは意図で差し込まれたものなのかという「文脈」でまた細かい枝葉が分かれますから、先ほどのハーフディミニッシュよろしくそれらを個別にカウントするなら、Blk Chordの「態(文脈)」は普通に10種類以上はあります。

#3 Blk Chordの分類

そろそろ実際の曲例を紹介したいところですが、この“多態性”の問題があるため、まずはその「態」を分類してから各論に入った方がスッキリでしょう。図にしてまとめました。

分類図

図中のコードは、Blkが生じる由来の候補となるコードたちで、平たく言えば、これらのコードの代理としてBlkを導入しやすいわけです。

見てお分かりのとおり、とても複雑ですね。なんといってもコードにとって最重要な3rdの音が明示されていないため、M3系の文脈からも、m3系コードの文脈からも、このコードに辿り着けるところが、Blk Chordの多態性に拍車をかけています。
Taipale氏は特に「3rdが入っていたらBlkとは呼べない!」などと細かく定義をしていないため、世の人たちもその辺りを気にせず、このインターバルがあったら「Blkコードの曲みっけ!」と集めてきている。そういう現状です。

ですからまあまず、「色んな由来のあるコードが全員まとめてBlackadder Chordと呼ばれている」ということを改めて認識してください。各“態”の詳細はこれから述べるので、この小さな文字を頑張って読まなくても大丈夫ですよ。

#4 Blk Chordを聴く

それでは、様々な由来のBlk Chordを、実例を確認しながら見ていきます。

①ホールトーン系

Blkの構成音がちょうどホールトーンスケールと一致しますので、ホールトーンで演奏をしている場面であれば、いつでもこのBlk Chordをブチ込むことができます。

こちらは「メロディ編」でホールトーンスケールを紹介した時のサンプル音源ですが、このピアノのバッキングを全部Blkにしちゃいましょう!

特に何の違和感もありませんね。まあメロディ編の記事で紹介した時に述べたとおり、ホールトーンは常に奇妙なサウンドがするので、今さら奇妙なコードを盛り込んだところで、大差ないのです。

実例

この系統の実例と言えそうなのが、冒頭の動画にもあった「Guilty Eyes Fever」です。

メロディが「ミレド」と全音差になっている箇所を利用し、メロ自体には一切臨時記号を発生させずにホールトーン世界に入っているという巧みな例。そこで、コンスタント・ストラクチュアでBlkを使うことで、よりショッキングな印象を与えています。

②スラッシュコード系 – (1)経過偶成

ウワモノとベースがそれぞれ独立した形で進行した最中にこのコードが発生する形です。特にIからIV、またはVからIVへと動く途中にIVのBlkコードは容易に発生し得ます。

偶成和音

こういうことです。下降しようとするとバスと、上行しようとする上三声。とても自然な流れです。このように偶発的に発生する和音を、クラシック系理論では「偶成和音」というのです。

実例

IVをルートとするBlk Chordについては、この系統と解釈するとしっくり来るものが多い印象です。

槇原敬之 – どんなときも。

サビ入り直前の和音ですね。ストリングスがサビ頭のIVへとスムーズに流れるために「ソ→ラ」という上行のモーションを作り、一方でベースはIVへと下行するために「ファ→ファ」という下行のモーションを作る。結果として、Blkが生まれるわけです。


日本の六(日本の増六)

クラシック系の人からは、このIVblkに対して「イタリアの六」や「ドイツの六」との類似性を見出し、「日本の六」って呼んでみたら? なんて意見もあり、Taipale氏自身もこれを気に入って、「フォーマルな名前として提案していきたい」と述べています。

クラシックでは、単なる度数堆積に基づく静的な名称だけではなく、「文脈に応じてさらに追加の名前を与える」という文化が存在しているのです。Blk Chordの中でもIVをルートとするものは使いやすく使用頻度も多いので、それに対する限定的な名称としては、面白いのではないでしょうか。

②スラッシュコード系 – (2)aug+反転ベース

もうひとつのスラッシュコード系列が、augコードを弾くウワモノに、なぜか増四度ひっくり返ったベースが加わるという形。(1)の「経過偶成」と似ていますが、以下の点で異なります。

  • 偶成和音よりも長く(1小節など)持続する
  • 「反行の順次進行」という原理に頼っていない(構築が和声的でない)
  • クラシック系統というより、「トライトーン代理」「アウトサイド」といったジャズ系統の文脈を指向している

最後が重要で、複数流派をまたがって理解する自由派にとっては、ジャズ指向で用いられたものをクラシックの言語で解釈することは、適切とは言えません(逆もまた然り)。その文脈、作曲者の意図や指向も含めての楽曲分析ですので、この(1)と(2)の区別は必要です。

実例

サンボマスター – 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

ドラマ「電車男」の主題歌でおなじみ、サンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」。イントロやAメロでのリフ、2つめのコードに「Aaug/D」が使われています。世界はそれをBlackadder Chordと呼ぶんだぜ。

こちらについても、シンプルにaugを弾くギターと、ちょっと遊びでIVの前にファを弾いてみたベースとが合体した結果生まれたと見るのが自然でしょう。

この「スラッシュコード」タイプは、そもそもがパートごとの独立から生まれたもの。それゆえ、単一のスケールから解釈していくような類のものではありません。この曲のばあいAメロでは、ボーカルはこの不思議なコードを無視してフツウにAメジャースケールでメロディを歌っています。

雀が原中学卓球部 – 灼熱スイッチ

こちら、変わったコード進行をよく使うことでおなじみの田中秀和さん作曲のアニメOPソング。サビがIII+/♭VIIというコードから始まっています。
ルート音のVII→VIという流れをみると、後述の「dom9のsubV型」とも取れそうですが、こちらについては作曲家ご自身がTwitterにて「augのベースを裏にした」と述べてらっしゃるので、確実にこの系統になります。

「トライトーン代理の際に、ベースかウワモノどちらかだけが反転することもある」件については、VI章のジャズ理論編でも説明していること。そういった“遊び心”のようなものから、このBlkが生まれたりするわけです。

③テンションコード系 – (1)domi9

一方、スラッシュコードではなくテンションコードとみなした方が自然な場面もある。一次/二次ドミナントやその裏コードを、ちょこっとアレンジするとBlk Chordが生まれます。

Blkが出来るまで

特に、omitされている3rdを仮に追加したとしてもサウンドに何ら支障をきたさない(かつホールトーン系ではない)ような場合には、このdomi9由来である可能性が高いです。

実例

先ほどのスラッシュコード系統がポップ・ロックのジャンルから発生しやすいのに対し、こちらはなかなか高度なテンションコードですから、ジャズっぽい作風で発生しやすいと言えます。

放課後ティータイム – おはよう、またあした

不滅の名作青春アニメ、けいおん!の劇中バンドのカップリング曲。作曲は、このアニメのBGM全般を担当している百石元さんです。これはもう見るからに、ii-V-Iの流れに挿入されたIIルートのコードですので、トライトーン代理のIIが由来で間違いないでしょう。

ほか、実際の曲例こそなかったけれど使い勝手のよかったルートのパターンをサンプルとして置いておきます。

IIm7IIIm7VIm7VIblk

いちいち「9(+11)omit3」と書くのも大変なので、「blk」という表記を用意してみました。今回のVIblkは、トライトーンを+4とみなし、P5を普通にフレーズで演奏しています。ソ・ラ・シ・ミの四音を基本に回して、+4の不協和はブルーノート的に使うことで馴染ませてみました。

IIm7IIIm7VIm7IIIblk

そのVIをトライトーン代理でひっくり返したIII7をblk化したパターン。これは見方を変えると「VI+でベースのみ反転」という、先述の「スラッシュコード型」とも取れますから、二重のコンテクストで保護された状態と言えます。そのせいなのか、変わった構成音のわりには聴きやすいですよね。

VIm7IVøIVblkIII7

最後はわりと珍しい、VII7をひっくり返したIV7のblk化。これは「トライトーンを+4とみなしP5を演奏」で行きましたが、「o5とみなしP4を演奏」でもまた面白いサウンドになります。

VIm7IVøIVblkIII7

こちらは「P4とo5」の構成で弾いたバージョン。必然的に、ブルーノート的憂いを帯びています。先ほどの+4タイプはコードネームにした際には「9(+11)omit3」になり、こちらは「9(-5)omit3」となります。これは、最も細かいレベルでの「態」の違いと言えますね。

③テンションコード系 – (2)Half Dim.

もうひとつ、ハーフディミニッシュを微妙に変位させても、このBlk Chordに行き着きます。

ハーフディミニッシュから

IVがルートのBlkを「スラッシュコード系」で紹介しましたが、それらは別の角度から切り取ると、このハーフディミニッシュの文脈に支えられている部分もあると言えるはずです。我々がIVøに親しんでいるからこそ、ポンとルートをファに出来るのです。

この系統は実例をIV以外に(私は)見つけられていないのですが、他にハーフディミニッシュをとるルートとしておなじみのVII、IIIで実際にblkを作ってみると、これが可能だとハッキリ分かります。

VIm7IIm7VIIblkIII7VIm7IVM7VIIblkIII7

おなじみのマイナー・トゥー・ファイヴとほとんど変わりませんよね(だってたったの一音差だから)。

IIm7V7IIIblkVI7

ハイ。こちらも見慣れたIIIøがちょっぴりオシャレになったという感じ。こんな調子で、二次ドミナントやハーフディミニッシュは、想像よりは簡単にBlk Chordへと変身させることができます。ぜひ作曲の際に、試してみてください。

文脈と認知の重要性について

これらは、ハーフディミニッシュ由来と意識して演奏した影響か分かりませんが、「aug的質感」 はあまり感じませんね。やはり我々、ルートがI・III・VIのとき以外のaugにあまり慣れていないので、このVIIblkを「IV+/VII」だとか、IIIblkを「VII+/III」と脳が解釈することはないのでしょう。それもまた、面白い話ですよね。

この「記憶・認知に基づく人間のディグリー感の判断」については、ひとつ後の「ファントム・フリー」という記事でも取り扱っている話題です。

補遺

今回は、あくまでも「ポップスで使用されるコードからの発展」という形から生じうるBlkを考えた結果、以上の5種類の分類に落ち着きました。しかし大衆音楽を離れてクラシック・ジャズの方面まで視野を広げれば、当然もっともっと話は大きくなります。

「神秘和音」から

たとえば「四度堆積和音」の回で紹介した、スクリャービンの「神秘和音」にも、ちょうどBlkと同じM2・+4・m7のインターバルが含まれます。

神秘和音

この神秘和音をスクリャービンが実際に用いている例が、1907年のピアノソナタ第5番。

Sonata no. 5, Op 53 (mm.263-264)

左手がジャランとアルペジオで弾いているところが神秘和音ですね。さらにこの4年前に遡ると、その原型と思しき和音が見られ、それがちょうどBlkになっています。

Sonata no. 4, Op 30 (mm.6-7)

6-7小節だけを切り取りましたが、その7小節目。ドミナントナインスらしきRt・M3・M9が鳴り、そのすぐ後に経過音的に+4が鳴る。まさしくBlkコードです。こちら1903年ですから、まあこの辺りが最古のBlkコードかもしれません🤣 もっとも、ショパンの頃まで遡っても探せばありそうですけどね。

LCCから

リディアン・クロマティック・コンセプトにも、7 Principle Scalesの中に「Lydian Augmented」という、いかにもBlk向けっぽいスケールがあります。

リディアンaug

このスケールのII番目かIV番目をルートにしてコードを構築していくと、やはりBlkが生まれます。実際に書籍中でも、9th(+11)のコードがしっかりと紹介されていますよ。

LCCの場合George Russell, “Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization”, p33

別にLCCに行かなくても、通常のモダン・ジャズ理論の範囲でも、Blkを見出だせるペアレント・スケールが存在しているはずです。(例:メロディックマイナーの第VIモード)

まあこうした非大衆音楽での例を探し始めるとキリがないので、今回はあくまでも、「ポップス中に現れるこのコード」という筋から逸れないようにしながら進んでいきます。

#5 Blk Chordの応用

すでに述べているとおり、Diminished SeventhとAugmentedは音階を等分割して出来る和音。あとはまあ、トライトーンもそうですよね。ですからこうした和音たちは、構成音を変えずに認識だけをひっくり返すことができます

これを利用して、Dimをつなぎにした転調など行われますし、「中心軸システム」の回ではトライトーンの認識を逆転させて増四度で転調する「バルトーク的擬似終止(Bartokean Pseudo Cadence)」を紹介しました。

擬似終止

本来はシが導音、ファが下属音なのに、その認識を逆転させる。ファを導音、シを下属音と見立ててFへと解決してしまうテクニックでした。

Augも本来はこのような行為が可能なのですが、なにぶん扱いにくいコードゆえ、こういった応用例はあまり見られません。そこへきてこのBlkコードは、ルートが独立して動いていることや、理解不能な不協和を起こしていることもあって、こういった転調テクニックにも活かしやすいです。

Blkを用いた転調

こちらは普通のコードとBlkコードを交互に繰り返しながら、好き放題転調している例です。ご覧のとおり、調性はかなり曖昧ですが、保留音や半音移動をうまく使って流れを作っています。冒頭3小節に着目してみましょう。

Blkを用いた転調

あっという間に転調していますが、聴いた感じだと分からないですよね。Fblkのサウンドがぶっ飛びすぎていて、我々の脳も「もう着地してくれればどこでもいい」という感じになっているのではないでしょうか?

また今回は、augの奇妙なソを異名同音のラにすり替えて保留するというテクニックも使っています。こういうことが出来るのも、augならでは。この辺りは、和声のスキルが活きるところでもありますね。

このような奇妙な和声、不思議系BGMに使うもよし、ポップスの間奏なんかに挟み込むもよし、また表現の幅が広がります。

#6 Blk Chordの面白いところ

特にジャズに親しんでいる人たちにとってはこのくらいのコードは大したことでもないようで、YouTubeのコメントでもTwitterでも、「こんなのジャズじゃよくあるコードだぜ」というような、半ば冷笑的な意見も見受けられます。

しかしそれはなんとも短絡的な見解です。よくよく考察すれば、そこには面白い気づきがあるものです。

文化的側面

まずひとつ注目すべき点は、そのような複雑なコードがJ-Popの世界で積極的に取り入れられ始めているという、文化的興味深さです。例えば似たような話で、近年のトラップでは、「マカーム」と呼ばれる中東風の音階が盛んに使われています。

「最近のトラップ、こんな中東風のスケール取り入れてるんだよ、面白いよね〜」という話に、いったい誰が「いや、インドの音楽聴いたらそんな音階いくらでも出てくるよ? 騒ぐことじゃなくない?」と返事するでしょうか。 あまりにも的外れな意見です。
EDMと東洋の民族音楽という、一見まったく重なりそうにない二者が、音の世界の上ではなぜかピッタリとハマり、新しいセンスをもたらしてくれる。そしてそこに「ピッチベンドの表現を多用するEDMだからこそ、四分音を含むマカームと相性が良かったのでは?」などと考察を交えていけば、どんどん興味深いお話になってくるわけです。

Blackadder Chordも同じこと。洗練された技巧の極地ともいえるジャズの世界にいたコードが、ワチャワチャしたカワイイ日本アニメの世界と異様にマッチして、愛用される。その組み合わせの妙を人は楽しんでいるのです。

特に「Guilty Eyes Fever」では、メロに臨時記号がつかないで済むタイミングを狙ってホールトーンを導入するという、“ポップスならではの配慮”も見られました。そこには技術的な学びもありますよね。

認知科学的側面

もうひとつは、このコードが私たちに認知・記憶の面から音楽を見ることの重要性を示唆してくれることです。冒頭でBlkコードを3つに分類しましたが、解説中には、「変位和音ともスラッシュコードとも取れる」というような説明が、何度かありましたね。

このようなことは、既存のコードでもあります。例えば序盤でも述べたとおり、IVøには「リディアンスケールからの借用」「ダブルドミナントの一転の根音省略形体」という2つの文脈から辿り着ける。

そこで、Blkコードの中でもルートがIVのものは特に使い勝手がよく使用例も多いわけですが、その要因を「コンテクストの多重性」に帰する仮説を立てることができます。

コンテクストの多重性

序盤でBlk Chordの分類を行いましたが、あれは由来を元にした分け方です。では逆にルートの方から“逆引き”して、幾つの態(文脈)を持ちうるかを考えてみましょう。

ルート I II II III III IV IV V VI VI VII VII
②-1 偶成
②-2 aug
③-1 dom9
③-2 ø

今回は、ポピュラー音楽の範疇で一般的と思われるラインでマルつけをしました。少しだけ説明すると、例えば「I」の「②-2 aug」にマルがついていないのは、『IblkをIV+/Iと解釈しようとしても、IV+なんてコードはポップスでは全くもって一般的でないため、我々の脳がそう解釈することはないだろう』といった具合です。

△は、「二次ドミナントのトライトーン代理」に由来するルートに付いています。ジャズでは一般的でも、ポップスでこの技法が使われることが稀であるからです。

こうしてみると、IVが最も多くのコンテクストに支えられていることが分かりますね。
我々はI+からIVの流れを聴き慣れている。ベースラインがV→IVの合間にIVを通るパターンも聴き慣れている。IVøがIVへ流れるパターンも聴き慣れている。その記憶と認知が、IVblkというコードを聴きやすいものにしているのではないか?

Blkの正体

もちろん私は科学者ではないので、このような認知のプロセスにはこれ以上踏み入ることができませんが、このような「記憶と認知がコードの印象に与える影響」が“まったく無い”と切り捨てる方が暴論ではないですか。

IVM7III7VIm7Iblk

こちらは、Iblkの実践例。おなじみI7からの発展であるから、さぞかし使いやすいだろうと思ったのですが、なかなかフレーズ作りに苦労しました。とてもIVほど気軽に使える感じはしません。それは、Iblkが「I7からの発展」以外に支えとなるコンテクストを持っていないからではないでしょうか?

Blk Chordを「domi9のomit3」の一言で済ませることは簡単です。しかしその解釈は、「domi9における使用頻度では圧倒的勝者であるIが、この形においてはIVに劣る」という不思議な現実を説明してはくれません。
もっと言えば、IVblkがリスナーたちの耳に届いたとき、彼らがルート音を無視してそこに「aug感」を認知し、「分数aug」という名前がつけられていたという現実もすっかり捨象されてしまいます。

それを単に、「スケール理論を理解していない人間はこれをaugであるなどと言い出す。まことに愚かだ…」などと切り捨てることも、簡単です。しかしリスナーの聴覚と理論が食い違うならば、そもそもその理論は何のために在るのか? という話になります。だってその理論に頼って作曲をした人は、自分の意図しないaug感をリスナーに抱かせてしまう可能性があるわけなのだから。

「認知・記憶」という観点を考慮しない理論系がもつ脆さを、Blackadder Chordは示唆しています。

「多重文脈形体」というテーゼ

IVblkにおいて、もしm3の音(ラ)が鳴らされてしまうとdomi9の文脈が消失するわけですが、逆に言うとこれは、「omit3することで文脈の多重性を確保している」という別の研究題材にも発展させられますね。量子力学みたいなイメージで、「3rdを鳴らすまではHalf DimとDomi9が重なりあっている」なんていう話を広げていけます。

IVblkならば、工夫すれば「ホールトーン系」も含めた5つの文脈を内包することもできます。これが従来の目線でいけば、「どの文脈なのかを推測して確定しよう」という方に話が行きますが、逆にこれを「多重文脈形体」などと定義して存在を認めてしまえば、そこにさらなる発展性が生まれると思いませんか?

この発想って実は重要で、例えば「ダブルストラクチュア」の回では合唱曲の「フェニックス」が「VIIとVIImの中間を狙っている」例や、「IIIの和音を知る」の回ではコールドプレイが「IとIIImの中間を狙っている例」などを紹介しましたね。「多重文脈形体」は、Blk Chordに限らず、実際に存在しているのです。

いま世間一般にあるアヴェイラヴル・ノート・スケールの理論は、即興演奏に対する配慮がふんだんにありますから、「コードはスケールから生まれるものとし、二者を一体化して捉えることで、アドリブの際の不明点をなくす」というような指向性がありますね。

しかし、作曲だけに限定するのであれば、全てのディグリーのインターバルを明示化する必要はありません。全く正反対に考えて、「スケールに不明点を残すことで、スケール理論からは生まれづらかった“中間の表現”を、『多重文脈形体』を理論化して活用することで体系化していく」という発想もできるはずなのです。まさに、コペルニクス的転回です。

…これ以上話を広げるのはやめておきます。とにもかくにも、このBlk Chordを発端にして考えられることというのは実にたくさんあるのです。

名前について

さて、けっきょくこの「Blackadder Chord」、どうやっても“単一のコード”と捉えるには広すぎる文脈を持っているという実像が見えてきました。Joshua Taipale氏自身が発見した曲の中にもホールトーン系、テンションコード系、スラッシュコード系の3つが全部入っているわけなので、この名前をどれか一系統だけに用いることも不適切です。

ですからこの「Blackadder Chord」という言葉を使うのであれば、それはこうした一連のコードの「総称」として、あるいは敢えて「多重文脈形体」としてのこのコードを示したい時にふさわしい名前と言えそうです。より正確にコードを示したいならば、シンプルに従来のコードネームを使ってあげるべきです。

「だったらBlackadder Chordなんて名前、なくてもいいじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが、まずこのJ-Popに輸入された文化的意味を重視したいということ、「総称」としてあるぶんには便利であること、それから何より、ひとりで7曲も実例を見つけて採譜もして、動画にしてくれたJoshua Taipale氏に敬意を示したいということ。

Joshua Taipale氏Joshua Taipale氏

この3点から、「Blackadder Chord」という名前をこのサイトでは推進していきたいと思います。天体に発見者の名前が付いたりするのと同じ感覚でね。

この節のまとめ
  • Rt・M2・トライトーン・m7のインターバルから成るコードに対し、「Blackadder Chord」という名前が与えられました。
  • Blk Chordは(特に3rdが不定であることから)多数の文脈を持ちうるものであり、Blkはその総称ということになります。
  • Blkは、オーグメント、ハーフディミニッシュ、ドミナントセブンスといったコードの代理として使用することが考えられます。
  • Augコードの転回の性質を利用することで、Blkコードを転調のきっかけとして活用することもできます。

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