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1. Blackadder Chordとは

Blackadder Chord“とは、Joshua Taipaleという音楽研究家が名付けたとある現代ポップスのコードの名称です。2017年にYouTubeの動画で解説がなされた、「名付けられたてホヤホヤ」のコードなのです。

解説動画

英語の分からない方のためにかいつまんで説明すると、「ラブライブ!サンシャイン!!」の「Guilty Eyes Fever」という曲に、すごく聞き慣れないコードが登場した。
驚いてコードを分析したがイマイチ解釈が分からず放置していた。しかし後に、別のいくつかの曲で同じコードに遭遇したため、ジャズファンの人々に見覚えがないか訊いてみたが、誰からも返答はなかった。

そこで改めてきちんと分析して、「Blackadder Chord」というクールな名前をつけた・・・という話です。御本人はこのコードを使用した楽曲を7曲見つけており、以下の曲が挙げられていました。

1. Guilty Eyes Fever (ラブライブ! サンシャイン!!)
2. ラブラドライト (OSTER Project)
3. CANDY LOVE (竹達彩奈)
4. リズムとメロディの為のバラッド (竹達彩奈)
5. わんだふるワールド (竹達彩奈)
6. クローバー♧かくめーしょん (三者三葉)
7. おはよう、またあした (けいおん!)

(そして今では、こちらのスプレッドシートにたくさんの使用例が集められています。)

ナゾの新コードがJ-Popから飛び出してきたというのだから、なんとも面白いストーリーですね。

Blackadder Chordの構成音

さてBlackadder Chord(以下Blk)がどんなコードかといいますと、Augコードに対し、そのルートの全音上をベースに据えたスラッシュコードであると動画では説明されています。

強烈な不協和音ですね! 度数構成で言うと、Rootと、その2・6・10半音上の音で出来た独特な四和音です。 Joshua氏が見つけた7つの例には様々なルート上でこの編成のコードが登場していますから、ルートが何であろうととにかく[0,2,6,10]のフォーメーションになっていればBlackadder Chordだということになります。

2. 形態の多様性

しかしココでややこしい問題が生じます。[0,2,6,10]のフォーメーションで積まれたコードというのを「Aug+全音上をベース」で解釈するのが必ずしも最適とは言えないところがあるのです。 Blkのフォーメーションはすごく変則的で、ルートによっては臨時記号を2つ伴うものも多くあります。そのためひとくちに「Blackadder Chord」といっても、その文脈しだいでその解釈、コードネームは変わってくるのです。 具体的には、「スラッシュコードか否か」と「異名同音のスペリング」とという2つの大きな解釈分岐点を抱えています。

スラッシュコードか否か

コードを分析/表記する際にスラッシュコードにするか否かの判断には難しいものがあって、人間の手が介入してくるという話は、「コードネームの決定法」で述べました。 Blkに関しても、これをスラッシュコードでなくテンションコードと見ることも可能です。その場合、不在である3rdを補完したうえでコードネームを決めることになります。
スラッシュコードか、テンションコードか
「本来は長3度があるんだけど、それがomitされているんだ」と解釈すれば、Blkはドミナントナインスコードの亜種ということになります。1 Joshua氏がこのコードをまず「スラッシュコードだ」とした理由は、はっきりとは分かりません。その方がコードネームがシンプルで済むとか、聴覚印象としてaugの質感が強いインパクトとして感じるのでaugで記したとか、あるいは鳴ってもいない3rdを勝手に「長3度」と限定してしまうことをはばかったとか、まあいくつか考えられるでしょう。 現状としては、「スラッシュコード的なBlk」も「テンションコード的なBlk」も一緒くたになって「Blackadder Chordを見つけたぞ!」と収集されています。先述のスプレッドシートの中には、きっと3rdが鳴っているものもいくつか含まれているのではと思います。 だから、Blackadder Chordという語は、単一のコードネームとは対応しません。この語はいくつかのコードネームの可能性を内包している集合体、つまり「総称」であると理解することが、ファーストステップとしてかなり重要になります。

異名同音のスペリング

Blkの解釈を輪をかけて難しくしているのは、異名同音のスペリングの問題です。 すでにIII章の「異名同音を区別する」やIV章の「コードネームの決定法」などで説明してきたとおり、鍵盤をポンと叩いただけでは、そのスペリングは決定されません。それはたとえ白鍵であってもです。文脈の量に応じてスペルがどんどん定まっていきます。
スペリング
これはルート次第で傾向が大きく変わってきますが、まず6半音(トライトーン)のところが増4減5かで割れます。そして、10半音はたいてい短7でしょうが、まれに増6ということも考えられます。 最後に2半音はまず間違いなく単なる長2でよいですが、一応理論上は減3という可能性もあります。2 スペリングはコードネームの決定に関わります。曲中でBlkに出くわしたとしても、それをじゃあ正式なコードネームに直そうとなったとき、個体によって「9(-5)omit3」とか「+6(+11)omit3」といった風にバラけていくわけです。 これは乗っているメロディなどから相応しいスペルが一意に定まることもあれば、情報が足りずにスペルが定まりきらないことも十分に考えられます。

augとスペリング

スラッシュコードで表記する場合も、スペル問題と無縁ではありません。「augは転回しても構成音が変わらない」とよく言いますが、実際にはスペリングが変わります
augの転回
日常ではこの辺りのスペリングやコードネーム付けを緩く済ませていて、でもそれはあくまで利便性のため、便宜上の処置であるということも、やはりIV章の「コードネームの決定法」で説明しました。 だから「このBlackadder Chordはスラッシュコードで記そう」と決まったとて、さらに「じゃあaugのルートは3つのうちどれと見るのが最も相応しいのか?」というタスクがまだ残っているのです。 スラッシュコード型Blkはベースが独立して存在してくれているから、上三声のaugを何ルートで表記しても一緒じゃんと思うかもしれませんが、それはあくまでも日常レベルでの話で、コード編VIII章のレベル感としては、そこも区別してナンボというところです。
augのスペリング
例えばこちらの場合、「E+/D」以外の2つは、dとdが同時発生するという奇妙な様子になっています。もちろんスラッシュコードの特殊性からこのような“呉越同舟”が起きる可能性もゼロではないですが、まあよっぽどでなきゃ「E+/D」が適切なスペルとなるでしょう(もしくは分母をCにする)。 テンションコードだとしても、スラッシュコードだとしても、その中でさらに文脈次第でスペルとコードネームの可能性が分岐する。ここがBlkの難しさであり、面白さでもあります。

総称、親、抽象としてのBlk

これまで特殊な名前を授かったコードといえば、V章で「神秘和音」、VII章で「トリスタン和音」がありましたが、これらとはコトの次第がずいぶん異なります。 神秘和音はスクリャービン、トリスタン和音はワーグナーの特定楽曲に由来するコードで、しかも楽譜が明示されている和音です。だからこの和音を論じるときには、スペリングがどうだとか、バリエーションがどうだとかで話が極度に複雑化することはありません。 Blkは違います。まず7曲の実例から始まって、サンプルは今やもっと増えていて、そして楽譜はない。彼らに共通しているのは、[0,2,6,10]というフォーメーションだけです。 だから「Blackadder Chord」という言葉は実のところ、その内側にたくさんの文脈が集まった集合体、たくさんの路線が集まるターミナルのような存在になっているのです。
ターミナル駅としてのBlk
同様の性質は通常のaugやdim7も持っていて、VII章で紹介したエンハーモニック転調は、この特質を利用した転調であると言えます。ただBlkはその広がり方がもっと顕著で、掘り下げ甲斐のあるコードになっています。 それでは具体的に、どんな文脈からBlkを解釈することが出来るのかを分類していきましょう。

Blkの系統図

まずBlkの実例の解釈がどんなふうに分かれていくかというのを、先に見取り図として示してしまおうと思います。
Blkの系統図
Blkのインスタンス達はまず3つに大別され、その中で再度枝分かれし、最終的に6つに分類されます。3 ここからは、具体的なBlkの実例が楽曲の中でどのように機能するのか、各系統を順に見ていきます。

3. ホールトーン型

最初に特殊なパターンを済ませてしまうと、Blkの構成音はホールトーンスケールと対応させることができます。

Wholetone
というか、ホールトーンスケールのどの音をルートにしても、そこからBlkを作ることができます。
ホールトーン上に作るBlk
今回は便宜上f・g・bというスペルを選びましたが、これは恣意的なものです。「等間隔の六音音階」であるホールトーンスケールは、七音前提のスペリングシステムのことわりから外れた特別な存在であり、スペリングを定める明確な論理がありません。 具体的なコードネームをあてがたいので、「Blk」をそのままコードシンボルとして使ってみました。この点で、ホールトーン型はBlkが最も抽象的なBlkのままインスタンスとして顕現することのできる文脈形態であると言えます。 ホールトーンで演奏をしている場面であれば、いつでもこのBlk Chordをブチ込むことができます。
Blk投入前

こちらは「メロディ編」でホールトーンスケールを紹介した時のサンプル音源ですが、このピアノのバッキングを全部Blkにしちゃいましょう!

Blk投入後

非Blkの例と比べても、そんなにサウンド上の違いは大差なく聞こえるかと思います。ホールトーンで作る世界はそもそも常時奇妙なサウンドがするので、今さら奇妙なコードを盛り込んだところで、大差なしという感じです。

実例としては、Guilty Eyes Feverの例が該当するでしょうか。Blkを連続で繰り返すこの瞬間だけは、ノーマルな調性から逸脱したホールトーン世界に突入していると言って差し支えないと思います。

4. スラッシュコード型

改めますとスラッシュコードは、「ペダルポイント」に代表されるように、ベースに総体のコード感からの独立性、解離性が認められる場合これに該当します。

偶成和音型

スラッシュコード型の発生形態のひとつとして、「偶成和音」が考えられます。これは、和音の各音が(特に半音階的な)移動を行った際に、偶発的・瞬間的に生じる和音のことをいいます。 例えば和音がVからIVへと移ろうとき、そこにクロマティックな移動を挟み込むと、Blkが生じます。 このように、I+/♯IVというコードが瞬間的に発生しました。4 そのコード内部にフレーズがあるのではなく、フレーズがコードを作ったというような様相を見せた場合に、「偶成的だ」という形容になります。ですからこれはコードスケール系の理論とは遠いところにある、クラシック和声的な解釈ですね。実例を見てみましょう。

槇原敬之 – どんなときも。

サビ入り直前の和音ですね。ストリングスがサビ頭のIVへとスムーズに流れるために「ソ→ラ」という上行のモーションを作り、一方でベースはIVへと下行するために「ファ→ファ」という下行のモーションを作る。その結果、「偶成和音」としてBlkが生じます。

以下の条件を全て満たす場合、この型とみなすのが適切になるでしょう。
  • 各パートが半音階的に描くラインの途中で生じる
  • 短時間だけ生じる
  • コード内にフレーズを伴わずに生じる
  • ひとつの楽器がコードトーンを完成させるのではなく、複数パートの合算で初めて完成する
計画的なオーケストレーションでしか発生しないので、この型との遭遇率は高くないでしょう。

ベース単独反転型

偶成和音と似ているものの毛色が違うのが、「augを演奏しているときにベースだけがトライトーン反転する」という形です。

サンボマスター – 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

イントロやAメロでのリフ、2つめのコードに「Aaug/D」が使われています。5

単なるIIaugでは、ベーシストからすると変化がなくてつまらないから、ちょっとIV度に行ってみた。そういう遊び心のようなものを感じます。ロックバンドという前提(=各メンバーが持つ個の裁量が大きい)をふまえれば、これは「IVへ進む代理ドミナントとしてのIV7altを全員で設計している」というよりは、「augでベースだけ反転」と見る方が自然でしょう。 この型が「偶成和音」と違うのは、継続時間が長く内部にフレーズが生まれていて、コードが「フレーズの流れから偶発的に生じたもの」とは言い難くなっているところです。6

雀が原中学卓球部 – 灼熱スイッチ

こちら、変わったコード進行をよく使うことでおなじみの田中秀和さん作曲のアニメOPソング。サビがIII+/♭VIIというコードから始まっています。こちらについては作曲家ご自身がTwitterにて「augのベースを裏にした」と述べてらっしゃるので、確実にこの系統になります。

ようは、ジャズ理論ではIII7♭VII7に置き換える「代理ドミナント」がありますが、ベースだけがそれを実行したという形、それが「ベース単独反転型」です。逆に、ウワモノだけをトライトーン向こう側のaugにするというパターンも、アリかもしれませんね。

「トライトーン代理の際に、ベースかウワモノどちらかだけが反転することもある」件については、VI章のジャズ理論編でも説明しましたね。そういうジャズ的な“アウトサイド”の感覚から生じるという点もまた、クラシカルな技法である「偶成和音」とこれを区別した理由のひとつでもあります。

以下の条件を全て満たす場合、この型とみなすのが適切になるでしょう。
  • ベース・ウワモノ間で独立性がある
  • ベースをトライトーン反転させられるコンテクストがある(ドミナントコードであるなど)
  • フレーズの合算としてのコードではなく、コードが親でフレーズがある

5. テンションコード型

スラッシュコードとみなす根拠がない場合、これは「3rdがたまたま不在のテンションコード」という筋が濃厚になってきます。その場合には、その不在の3rdが長3なのか短3なのかによって解釈が変わります。 もちろん音響として3rdが鳴ってしまっていたらそれは(厳密な意味での)Blackadder Chordではなくなるので、「鳴ってはいないけど、鳴らすとしたらどっち?」という考察をすることになります。もしくは曲作りにおいては、当然作曲家自身にそれを決める決定権があります。

ドミナントナインス型

長3度が補えるという場合、それはドミナントナインスコードの亜種ということになります。
長3度を補う場合
例えばV、二次ドミナント、代理ドミナントといった各種ドミナントコードを、ちょこっとアレンジするとBlk Chordが生まれます。
domi9からBlkができるまで
そもそもドミナントコードは(-5)や(+11)のような変位を発動しやすいタイミングですから、そこで3rdを抜きさえすればもうBlkということで、特にジャズにおいてはこの系列のBlkが高い割合で見られるでしょう。

放課後ティータイム – おはよう、またあした

不滅の名作「けいおん!」の楽曲。見るからにii-V-IのVを代理したIIルートのコードですので、トライトーン代理のII7の亜種と見るのが自然です。

いくつか他のルートを例にとったサンプルを作ってみます。
IIm7IIIm7VIm7VI9(+11,omit3)
こちらはVI7を過激化させた結果としてのBlk。やはりオルタード・ドミナント系のサウンドとして普通に受け入れることができます。
IIm7IIIm7VIm7♭III9(+11,omit3)
今度はそれを裏にして、III7のBlk化。構成音を考えると、(異名同音を抜きにすれば)これは結局「VIaugでベース反転」と同じともとれますので、そう言われれば「ひねくれたaug」にも聴こえてきます。
2つの見方
だから、あるBlkがスラッシュコード型かテンションコード型かというのは、モノによっては本当に判別がつかないということもあります。かなり連続的、グラデーション的な関係にあるのです。 もうひとつ違うルートも試してみましょう。
VIm7♯IVøIV9(-5,omit3)III7
こちらは代理ドミナントのIV7の亜種としてのBlk。「Blkのトライトーンは+11かもしれないし、-5かもしれない」という話でしたが、この場面ではフラットファイブをチョイスしました。そのぶん浮いた4thはP4を弾く。だからルートがファで、シ・ドを絡めた演奏となっていて、なかなかの逸脱感、ダークさがあります。 楽曲創作の場面においては、コードスケール理論やメロディのカーネル理論なんかを活用して、Blkに具体的な肉付けをしていくと楽しいわけです。

ハーフディミニッシュ型

一方で、短3度が補えるという場合、それはハーフディミニッシュ・ナインスの亜種ということになります。ドミナントナインスの時と同様、ハーフディミニッシュを微妙に変位させてもBlkに行き着くことができるのです。
ハーフディミニッシュから
IV以外では、VIIやIIIをルートにとったハーフディミニッシュがお馴染みですよね。ちょっとBlk化を試みてみましょう。
IIm7V7IIIø(-5,9,omit3)VI7
IΔ7IVΔ7VIIø(9,omit3)III7(+9,-13)VIm9Vø(9,omit3)I7
最初のは、Rel.IImとしてのIIIøをBlk化したもの。9thのファが若干の異物ですが、特殊なのはその一音だけなので自然に溶け込んでいます。 後のはVIIøをBlk化したのと、それからRel.IImのVm7を強引にBlk化してみました。7 用法の違いとして、ドミナント型は後続をメジャーセブンスなどにして着地するのが普通ですが、ハーフディミニッシュならその後ろにドミナントを置くことも十分考えられますよね。だから極端な話、ハーフディミニッシュ型Blkの後ろにドミナント型のBlkを置くなんてことも出来そうです。

増六和音型

それから、ここまで[10半音]は短7度だという前提でさも当然のように進めてきましたが、これが増6度だということもあり得ます。VII章で述べたとおり、「増六の和音」は一般的なジャズ・ポピュラー理論では黙殺されていますので、ポップスで増六を見かける機会は多くないでしょう。たまたまそうなっているか、あるいはクラシック系の技法として流入したかといった形でしかチャンスがありません。 久石譲さんの「あの夏へ」は、極めてクラシカルな文脈から、増6度のBlkが使われている貴重な例です。静かなAmからの一連のコード進行に注目してください。 5つめのコードであるCm/E♭からパラレルマイナーの借用が始まり、同主短調が入り混じった中間状態に突入します。次のDm75thをオミットしているのが巧みで、CマイナーなのかCメジャーなのかをボカしています。その次いよいよ、DをルートとするBlkが入り、G7へと進みます。 「ドミナントに前置されるIIの和音」ということで、これはそう、「ナポリの和音」の文脈が色濃くあります。VII章の記事では、ショパンがナポリの和音を一転じゃなく基本形で用いた例を紹介しましたが、それと完全に面影が重なりますね。 増六和音にコードシンボルは用意されていませんが、強いていうならD♭+6(9,+11,omit3&5)です。8

近代クラシックとBlk亜種

ほかにクラシックで「増六Blk」らしきものが登場する実例としてはラヴェルの「水の戯れ」、シェーンベルクの「室内交響曲第1番」などがありますが、いずれもBlkの構成音に加えて長3度が鳴ってしまっているので、純粋なBlkとは言えない感じです。 彼らのような近代クラシックでの「増六型Blk、でも長3アリ」は、「フランスの六」に9度を積んだものと見るのが、歴史文脈的には自然でしょう。
フランスの六からのBlk
そもそも「フランスの六」は、ホールトーンスケールと対応していることから特に近代での活躍が目立つコードです。同じホールトーンスケールと対応するBlkと、本質的に類似しているのです。 和音が複雑化した近代において9度を乗せる発想は自然。ただ彼らには3rdを抜くという文化はなかったので、Blkと完全に一致はしなかった。そういった背景が伺えます。 改めて久石さんの例を見ると、増六和音をナポリの文脈で用い、かつ3rdを抜くことでジャズや近代の気配を絶ち、「ファンタジックなのにどこか侘しげ」というような情緒を生み出しているのは、すごく絶妙な采配に思えますね。

日本の六、または日本の増六

こうした増六和音の側面もあってか、Blackadder Chordを日本の増六Japanese Augmented Sixthと呼ぶのはどうかという提案がWEB上でなされ、Joshua氏もこれを気に入っていて、「フォーマルな名前として提案していきたい」と述べています。

しかし実際のところ、[10半音]が増6度とみなせるBlkはマイノリティのはずですから、「Blackadder Chord」と「日本の(増)六」をイコールで結んでしまうことは、理論分類上まったく推奨されないことです。あくまでもBlkの一部である、「あの夏へ」のような増六系統のBlkに対してのみ、「このBlackadder Chordは、日本の六タイプだ。珍しいね」という風に使うべきです。9

コードの分類学

さて、これで6種類のBlkの分類紹介は完了です。ただこれは一つの分類の仕方にすぎず、他の方法も考えられますし、この6種類から漏れるような実例が見つかるかもしれません。 解釈の割れかたについては主に注釈で補いましたが、要するにこれはメタ音楽理論でいう「イズム」や「モデル化」の問題です。Blkをどう分類するかは、一見Blk自体の議論に見えて、その実ほんとうの論点は理論体系のモデル自体にあるわけです。これは前回の「ナポリの六の解釈に関する詳論」を思い出してもらえれば、分かりやすいでしょう。 したがって、Blkを何系統何種類に分類するのかが適切かという議論はこのさい重要ではありません。着目すべきは、こんなにたくさんの形態の可能性、たくさんの文脈が[0,2,6,10]という単一のフォーメーションに集っているという状況です。 次は、その特殊性を何か面白い風に応用できないか?という応用論に進みます。

6. Blkの考察と応用

ここまででBlkを6種類に分けましたが……
Blkの系統図
読んでいて疑問に思った方もいるかもしれません。「長3も短3もどっちもあり得るとか、スラッシュコードともテンションコードとも見れるような例もあるんじゃないか?そういう時、どっちに分類するんだ?」と。
実のところ、Blkは同時に複数の系統に属しえます。それも、当然のようにです。上図ではツリーの形で表現したものの、実際の音楽で起きることはもっと経時的で玄妙なものなのです。 単にBlkのコードトーンが鳴っているだけでは何も確定せず、混沌としたままです。それが前後の文脈や同時に鳴るメロディなどによって、一致しないものが切られていって可能性が絞り込まれていくというプロセスを踏みます。
可能性が絞られていく
だから「複数の系統に当てはまることがある」というよりかは、「ひとつに定まるまでは常に複数の可能性が重なった状態にある」というのがよりイメージとして正確です。 これは何も珍しい話ではなく、例えばパワーコードが単体でポンとなっただけでは、そこに乗るスケールがメジャー系かマイナー系かなど知るよしもない。そこまで築いてきたトーナリティ、ルートの音度、フレーズとの絡みなどがあって初めてそれが見えてくるというのと、本質的には同じ話です。

多義性論の世界

VIII章のこれ以降の記事では、この「和音の意味の多重性・不確定性」がひとつのテーマとなって進んでいきます。我々はどんなふうにして和音の意味を特定するのか? 何を予期しながら音楽を聴くのか? この記事でも少し、そういう音楽の深遠なところに触れてみたいと思います。

文脈の多重性

Blkの中でもとりわけIVblkは使い勝手がよく、用例も多く見られますが、その理由はIVblkが同時に抱え込める文脈の多さにあるという仮説が立てられます。
♯IVのBlkの多義性
まず「augの反転」と見たとき、アッパーのI+はオーグメントの使いどきとして非常に有名なパターンです。手前に来るのはI、後続はIVが典型。 あるいは「偶成和音」とみても、IVというルートはVとIVの間のクロマティックな経過地点となれる。ルートの音度がダイアトニックだとそうはなれないですね。 そしてIVøといえばポップスの必殺技としておなじみだし、IV7はポップスでこそ頻用されないですが、代理ドミナントの一種としてジャズのボキャブラリーにはあります。そしてこの二者はどちらにしても、後続としてIVを指向します。 特殊例であるホールトーン系を抜きにしても、これだけの可能性をIVblkは内包しています。この点に関してIVは全ルートの中で一番です。
IVΔ7III7VIm9VIm/V♯IVblk
文脈が多重化していれば、それだけコード進行に組み込みやすい」という仮説は、前回のナポ六の解釈でもカレーうどんに喩えて説明しましたね。 IVはBlkに至る道筋がたくさんあるから必然的に遭遇率も高くなるし、またリスナーもこれを受け入れやすいのだと思います。何なら「各リスナーが、7・ø・augのうち最も聴きなじみのあるクオリティで認知して、その亜種として受容している」という可能性すら考えられます。 だからBlkを論じるうえでは、3rdが不在であるという特徴は凄まじく重要で、これが長3でも短3でも実際に鳴ってしまったら、それは単なるドミナントセブンスだったり、ハーフディミニッシュのインスタンスと化し、こうした奥深い広がりは全て失われてしまいます。

他のルートだと…?

文脈の多寡は、ルートによって異なります。例えばルートがIのBlkは、解釈の可能性がさほど広がりません。
IのBlkの解釈可能性
「augの反転」と見るならアッパーはII+,IV+,VII+のいずれかですが、どれだとしても決して聴き馴染みのないものです。またトニックたるI度がルートでは、クロマティックな経過和音にもなり得ません。 そして、トニックコード上でハーフディミニッシュを形成するなんてことも、まあ滅多にないですよね。けっきょく現実的な筋としては、二次ドミナントのI7を過激化させたのだという、属九系だけしか残らないのです。
IVΔ7III7VIm9Vm7I7(-5,9,omit3)
こういった感じの使い方になります。IVblkの時と比べると、「ドミナント系」の蓋然性が突出して高い一党独裁のような状態です。 I7♯IV7だったら、頻繁に使われるのは前者。でもIblk♯IVblkだったら使いやすいのは後者。なぜ? となった時に、この文脈多重性が有力な答えとして浮上してきます。 文脈の支えがないので、人によってはこの使い方だと“aug感”があまり感じられないという可能性もあるかと思います。言い換えればそれは、I上だとRt7thの結束力が強くて、ベースとアッパーが認知のうえで切り離されないという可能性です。

リスナーの認知を操る

同じ構造のコードでも、人によって意味の受け取り方が変わる。この特徴は、何か実践的なアイデアに昇華できそうです。そこで次は、前後関係やメロディの乗せ方を細かく調整することで、聴き手の認知をある方向にリードするような応用を考えます。さながらメンタリストのように、わずかな音のしぐさによって人間の意識をある方向へと誘導する、マインドコントロールをするのです!😈

こちらはCC+の繰り返しから始まり、8小節目でF♯blkが登場、そこからBΔ7へ進み、それをIVと見立てて4-5-1-6の進行でFメジャーキーへ転調するという例です。トライトーン転調にもかかわらず、実にスムーズですね。

一見すると単なるピボットコードですが、実は知的なトリックを実行しています。Blkに入った瞬間はオーグメントっぽくふるまい、しかし出ていくときにはドミナントセブンスっぽい顔をしているのです。

こんにちは
「CとC+を繰り返している」という前方の文脈があるので、Blkが鳴った瞬間は「ああ、またaugの繰り返しか」から始まります。そして今回はフレーズのインターバルを慎重にコントロールし、Augの香りをちょっとずつ弱め、ゆっくりと「スラッシュコード系」から「ドミナント系」へと変質し、終盤でM3rdであるA#音を鳴らすことでドミナントセブンスとしてのクオリティを確定させています。ほんの1小節の間に、目まぐるしいイベントが起きているのです。

カメレオン戦略

転調の際に転入先のスケールを先んじて演奏するというテクニックはよくあります。しかしコードクオリティ自体が変質していくというカメレオンのような挙動は、Blkのように「文脈多重性」の強いコードにしかできません。

カメレオン戦略

我々はベース音を聞き取る能力には長けていませんし、そこまでの流れによる誘導もあって、コードチェンジの瞬間はウワモノのC+がまず耳に飛び込んでくる。しだいにベースとウワモノが繋がって、ひとつのドミナントセブンスコードとして見えてくる。人間の脳の処理速度の遅さを利用したトリックというわけです。

「Blackadder Chordは、それ自体は実体をもたない抽象概念である」という言葉の意味が、だんだん実感を伴って理解できてきたのではと思います。

Blkから得る教訓

「カメレオン戦略」は、ひとつのコードの内部でコードの見え方を変化させていくという面白いテクニックでした。これは図らずも、現行の一般的なコード理論が利便性のために捨ててきたものにスポットライトを当てる行為でもあります。具体的には、以下のような点です。
通常の発想 「カメレオン戦略」の発想
コード単位で音楽を見る コード内部の駆け引きまで見る
後方までふまえて総括的な分析 一瞬一瞬の体験を分析
クオリティは一つに定まる クオリティには認知の揺れがある
不確定要素は解釈で補完する 不確定要素はその不定性を利用する
「通常の発想」の方にリストアップされているのは、いずれもコード理論の基盤となるベーシックな考え方ですよね。でも「カメレオン戦略」の考え方は、全てその基盤から外れた発想で出来ています。だから先ほどの例を「通常の発想」で分析したら、次のような解釈に落ち着いてしまう可能性は十分にあります。
最後に長3度が鳴ってますから、これは属九のオルタードです。分数のaugなんて遠回りな解釈は不要ですね。後続のBΔ7に対する二次ドミナントです。Blkの正体なんて、シンプルなもんですよ。
こういった説明は一見エレガントですが、シンプルな論には文字どおりシンプリフィケーション(単純化)が伴います。「アッパーがたまたまaugである」という情報を捨てればデータサイズは節約できますが、その代わり「カメレオン戦略」のようなアイデアは出てこなくなるし、何よりリスナーが“aug感”を感じるというのは事実なのに、それを理屈で覆い隠すのは本末転倒でしょう。 理論は確かに音楽をシンプルにしますが、それは音楽をシンプルに見せているだけで、音楽そのものがシンプルになることはないというのは、忘れないでいてください。

解像度と死角

VII章の和声学やメロディ編V章のハーモナイズ論を通じて既に理解していると思いますが、ノーマルなコード理論の解像度というのはそんなに高くありません。「カメレオン戦略」は、その死角をつく技法だと言えます。 これは序論でも述べたことですが、なまじ理論に詳しくなると、理論で見える部分だけしか見なくなってしまう、それで音楽の全てを見た気になってしまうという危険は、VIII章まで来た今だからこそ改めて警鐘を鳴らしたいところです。 こうしたコード理論の“死角”については、この先の「ポリセミー論」で詳しく論じることになります。今回はその準備運動という感じでした。

7. 総括

さて、長かった説明もこれで終わりです。最後に内容を総括していきます。

呼称と語法について

Blackadder Chordにはいくつか他の呼称もありますが、このサイトでは、ひとりで7曲も実例を見つけて採譜もして動画にしてくれたJoshua Taipale氏に敬意を示して、この名を一貫して用います。
Joshua Taipale氏Joshua Taipale氏
また「Blackadder Chord」という語の使い方については、次のような意識で用いるのがよいかと思います。
  • 系統やスペリングを問わない「総称」として用いる。
  • 文脈が1つに絞りきれず、コードネームが明白でないときに用いる。
「スペリングが定まっていない状態の和音をどう表記するか」は、現行のコード理論ではなあなあになっている領域です。Blkのように分岐の激しいコードに対して総称が用意されていれば、都合のよいことでしょう。 例えば属七系だとハッキリ分かる時には単にコードネームで書くか、さもなくば「長3系のBlk」「属七系のBlk」「Blkの一種」といった風に表現するのが最適だと思います。 分析の際にはぜひ「アッBlkだ」で終わらせずに、どの系統は可能性が切られていて、どの系統が濃く残っているかといった繊細なところを分析すると、得るものが大きいはずです。

文脈のターミナル

さて、最終的に「Blackadder Chordとは何か」と訊かれたら、それは[0,2,6,10]のフォーメーションを持つコードであると、それ以外にありません。
0-2-6-10の構成音
しかし、どんな理論システムでこれを観察するかによって見えてくるものが違います。これは「ナポリの和音」と似ていますね。たくさんの文脈が交差する“ターミナル”であり、通る“路線”を把握していればそれだけ自由に“乗換え”ができるという、すごく知性を刺激するコードでした。 トップへ戻る

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