Skip to main content

ジャズのヴォイシング基礎

4. メロディのハーモナイズ

ここまでは、単なるコード演奏の話でしたが、ジャズにはもうひとつ重要な作業があって、それが決まったメロディに対してコードをつける、つまり「ハーモナイズ」です。ハーモナイズについてはメロディ編のV章で厚く紹介していますが、今回はちょっとシチュエーションが違っていて、メロディに加えてコードももう決まっているうえでの音配置の話になります。

今回はこの『星に願いを 込めながら作ったオリジナル曲』を題材にとって、ハーモナイズの定番のやり方を見ていきます。

ノーマルなヴォイシング

まず、特に何か技巧を仕込むわけでない普通のハーモナイズをする場合には例えば次のような形が考えられます。

今回は強拍にだけ和音をつけました。さてメロディに対するハーモナイズにおいて最初に注意すべきなのは、メロの直下に音をつけるかどうかという観点です。例えばD7のところはメロのすぐ半音下のa音が5thとしてありますが、これを鳴らすとメロディはかなり濁ります。5thの重要性の低さや、またメロディラインが次にまさにaの音を鳴らすことも踏まえると、ここは省略した方がベターです。
また次のG-Δのところも、13thであるe音を足しても悪くない場面です。こちらはトップと全音差で濁りがマイルドなので、実際に足すという選択も十分考えられるラインではありました。そのようにあえて意図的にメロディを濁らすというのもアイデアのひとつとしてありますが、原則的にはメロディは綺麗に聴かせるというのが基本方針でしょう。

Drop2

ここでもし左手がベースを弾くことに終始している前提を取り払い、両手を使ってメロディをコード付けすることを考えると、また選択肢が広がります。代表的なヴォイシング法が、トップから数えて上から2番目、つまりトップの下の音をオクターブ下ろして左手で弾くドロップ2Drop2という方法です。

例えば最初のFではトップが5thなので、その下に来る3rdをオクターブ下ろします。その次D7はトップが-13thですが、コレはコレ自体が5thをずらしたものと考え、その1つ下ということでやはり3rdを下ろしました。「下ろす」というとなんだか複雑な操作をしているように聴こえますが、つまりは右手と左手で構成音にカブりが生じないようにして、トーンの配分をバランスよくしているというのが本質です。

4 Way Closeと比べると音域が広いぶん響きがきらびやかです。また上から“2番目”を下ろすことにもメリットが多く、まずメロディの2度下につく音と衝突するという事態を自然と避けられます。ぶつかる音でなくとも、メロ下の音をどかすことでそこに隙間ができ、メロをメロとして単独で聴かせやすくすることができます。それから(ピアノ内での)トップとボトムの関係が多くの場合3rdシェルとなるので、ピアノ単体で聴いた際のサウンドとしてもリッチです。

なお今回D7やG-Δのときピアノはルート音をベースに任せ、自分では弾いていません。このようなヴォイシングはルートレス・ヴォイシングRootless Voicingと呼ばれ、ベーシストがいる場合には日常的に用いられる選択肢です。なんならピアノソロであえてルートレス・ヴォイシングを行なって機能感や進行感を曖昧にさせることも、ジャズ的表現のひとつとして考えられます。

(Drop2のほか同様にして上から2・4番目を下ろす「Drop2&4」や3番目を下ろす「Drop3」なども定番として存在していますが、ここでは割愛します)

ブロックコード

もうひとつ定番の方法で、メロをオクターブ下で左手がユニゾンしながら、その内側を他の指で埋めていくというものがあります。

音域はDrop2より狭く密集度は高いですが、なにせメロディをオクターブユニゾンしているので、そのラインがクッキリと聴き取りやすいのが特徴です。この手法は(おそらく)メロディが分厚いブロックのように聴こえることから、ブロックコードBlock Chordと呼ばれます。
音の圧がなかなか強いので、今回の場合オクターブ上にして高めで演奏してあげてもマッチします。

元来メロディの位置が高すぎると音がか細くて聴きづらくなるところを、オクターブ下のユニゾンがうまく厚みを補ってくれる形になります。

内側のコードの埋め方はまた色々考えられますが、中には「George Shearing Style」と名前の付けられたメソッドもあり、これは6thコードとdim7の2つを使ってシステマティックに配置を定めていくといった内容のもの。そんなふうにプレイヤーたちの編み出したテクニックが知識として共有され財産となっているのです。

5. アプローチ・ノートの活用

もう少しサウンドを暴れさせたい、でもメロディ本来の魅力を壊したくないというときには、アプローチ・ノートの考え方が重要になってきます。メロディ編II章で初出の用語で、コードトーンに対して順次進行で向かう音を指す言葉でした。

Cコード上でd→eのような動き。

特にこのVI章ではどんな音もテンションとしてガンガン和音に盛り込んできましたが、メロディ編でやってきた奇数度・偶数度の基本的な役割に立ち返ることが案外大事なのです。このアプローチ・ノートでの偶→奇という流れは、非常にミクロなレベルでの「緊張→弛緩」イベントが起きている瞬間であると言えます。そこで、メロが「緊張」を演出するこの瞬間であれば、ハーモナイズが過激なことをしてもうまく収まるはずです……! そのような理屈のもと行うハーモナイズのテクニックがいくつかあります。

先ほどの例で言えばD7のところのb→aという動きがちょうどアプローチノートの解決になっているので、ココを過激化させてみましょう。

ダイアトニック・アプローチ

まず、b→aというメロの動きは上からアプローチをかけているわけなので、そこにつけるハーモニー全体をスケール上で見てひとつ上のコードにしてしまうという方法があります。つまりここではVIIøにあたるEøをあてるのです。

D7という観点で見ればg音が入っていたりするのはドミナントの機能を阻害しているわけですが、それは次の音に行く時に解消される前提でやっているわけなので、いわばsus4的な効果として機能します。キーに対してダイアトニックな範囲でずらしを行うということで、これはダイアトニック・アプローチDiaconic Approachといいます。
なお使うコードは必ずしも隣接するコードとは限らず、例えばIVΔのコード内でアプローチするシの音をIΔでハーモナイズするといった形も考えられます。中にはターゲットがT機能ならS機能のコードで、S機能ならT機能のコードでハーモナイズすべきという見解を示す書籍もありました1

こんなふうに、本来のコード進行は単に「D7」であるところに勝手に別コードを局地的に挟み込むという荒技のようなテクニックがジャズでは普通に用いられます。

ディミニッシュ・アプローチ

次に、「緊張」を代表するようなコードとしてディミニッシュ・セブンスがありました。そして「パッシング・ディミニッシュ」に代表されるように、dim7の典型的な進行先は半音上です。そこでターゲットとなるコードに対して半音下のディミニッシュセブンスをブチ込むという手もあります。
今回のD7ならC♯oということになりますが、ちょうどメロもその構成音のひとつであるbであるので、全く支障なくこれを行えます。

cはルートに対しメジャーセブンスの音であるので、その違和感がアクセントとなります。特に今回は、dim7の各音が全て半音でD7(-9)に繋がるので、連結もスムーズです。これはディミニッシュ・アプローチDiminished Approachといいます。

ドミナント・アプローチ

ディミニッシュ・アプローチと似たアイデアで、ターゲットに対するドミナント・コードでハーモナイズするという方法も考えられます。D7だったら、その5度上のA7ということです。今回のケースだとこれをそのままやろうとしても(c・e・gが出てくるので)ディミニッシュ・アプローチと大差なくなってしまいますが、ドミナントならではのテンションまで視野に入れると新しいものが見えてきます。

A7にとっては-13thにあたるfの音を入れてみました。D7なのにナチュラルのfから入るという発想はなかなか出てきづらいところですよね。ちょっと今回のようなチルな場面に対しては過激すぎる気はしますが、それくらい強めの“毒”を盛り込める技であるということです。この方法はドミナント・アプローチDominant Approachといいます2

クロマティック・アプローチ

特にメロが半音で動く場合には、ヴォイシングする全ての音を半音で平行に動かすというやり方もあります。ただ今回のD7でこれをやると結果的にさっきのディミニッシュ・アプローチと同じになってしまいますので、その次のG-Δのところで実施してみましょう。

cのような一風変わった音を自然に入れ込むことができました。これはクロマティック・アプローチChromatic Approachといいます。メロディ編III章でもこの語は登場しましたが、今回はそれをメロディを飾るハーモニー全体に適用したものだと言えます。全ての音が「半音で解決するからOKでしょ」という論理で正当化されるわけです。

また今回は半音移動でしたが、これに限らず全ての音が同じ度数を保って平行で移動する形のアプローチ全般はパラレル・アプローチParallel Approachと呼ばれます。

あるメロディ音に対してどのアプローチが可能であるかは、その音程によって変わります。クロマティック・アプローチはメロが半音で進行しないと成立しませんし、ディミニッシュ・アプローチはメロがdim7の構成音になっていないと難しいでしょう。ここもまたパターンに対する暗記が重要になってくるところです。

6. 実例を見る

それでは、ここまで紹介したようなテクニックを用いている実際の演奏を見ていきたいと思います。

Drop2ヴォイシング

ビル・エヴァンスによる『I Love You』。冒頭F13sus4,A13sus4でのフレージングが一貫してDrop2ヴォイシングになっています。広い音域、際立つメロ、トップとボトムの3rd関係の頻発といったメリットがきちんと確認できるかと思います。
これだけスピーディに動く中で常に同じヴォイシングの仕組みが保たれていることからも、ジャズプレイヤーたちはただ気ままに弾いているのではなくきちんと積み上げられた知恵の上に立っていることがよく分かります。

ディミニッシュ・アプローチ

もうひとつビル・エヴァンスによる『We Will Meet Again』。まずド頭からa-d-gというクールな四度堆積から始まり、そしてその次の上行するフレーズはまたずっとDrop2ヴォイシングになっています。
この時のハーモナイズの仕方がポイントで、コードCmに対しメロディラインはc-d-e-f-gと上行していくわけですが、Cmのコードトーンであるc,e,gにおいては9thを交えつつも基本的なハーモニー。対して偶数度となるd,fのところではディミニッシュセブンスでハーモナイズしていることが分かります。典型的なディミニッシュ・アプローチがここで実施されているのです。

ブロックコード

こちらはオスカー・ピーターソンによる『Satin Doll』です。のっけからオクターブユニゾンによるメロの補強が見られます。「ブロックコード」は一般に左手を使ってユニゾンするものを言うのでココは厳密に言うとそれとは異なるものですが、まあいずれにせよオクターブユニゾンの効果を見ることはできます。
そこから進んで17小節目から、いよいよ左手が右手とオクターブユニゾンする典型的なブロックコードの演奏を見ることができます。また内側の埋め方に着目すると、17小節目の後半ではGoをあてている箇所があり、これもディミニッシュ・アプローチですね。なお、それ以降の場面でも何度か同様のブロックコードが見られます。

四度堆積と平行移動

マッコイ・タイナーの『Inception』。こちらはかなり過激なコード進行ですが、5小節目に注目したいです。f-b-eという四度堆積のヴォイシングから始まり、全体をそっくりそのまま半音ずつ下行しながらG7-C7-F7と進みます。これはアプローチ・ノートと関係ないのでパラレル・アプローチとは呼ばないですが、パラレル・ハーモニーなどと呼ばれる平行移動の技法になります。

またここでは前ページで述べた「属七の5度下行連鎖ではガイドトーンが半音下行で繋がる」という性質が活かされている点もポイントです。よく見ると各和音でちゃんとドミナントセブンスのガイドトーンを押さえ、トーナリティの希薄な四度堆積の機械的な平行移動と見せつつもその実コードクオリティをきちんと提示していることが分かります。ちなみに189小節目以降に数回登場するかなり豪快な四度堆積+全音移動パラレル・ハーモニーも見ものです。


このように、やはり実際の楽曲を分析することで理論をより現実の手触りと共に理解することができ、一曲をよく観察するだけでもたくさんの発見があります。冒頭でも述べたようにヴォイシング論は具体的な演奏パターンを述べるものなので、音楽を抽象的にモデル化して語る通常のコード理論とは性質が全く異なります。ヴォイシングに強くなるには、最終的にはたくさんの実例に触れるほかないのです。さいわい今はWEB上に演奏を譜面化した動画もたくさんあるので、まずはそういったところから情報を集めるとよいと思います。

Continue

1 2