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あるコードが指示されたとき、それをどういう配置で演奏するかを、「配置(Voicing)」と、それから、コード同士の繋ぎ方に関する技術を「声部連結(Voice Leading)」と呼ぶんでしたね。
基本的なコード理論ではこの辺りの知識はほとんど述べられませんが、ジャズ理論は「演奏の理論」ですから、比較的早期に配置と声部連結に関する理論が登場します。ここでも、基礎的なところをいくつか紹介しておきましょう。
1. ヴォイス・リーディング
まずコードを連結する際にはやはり、なめらかで移動の少ない動きが推奨されます。それは、演奏を正確に行う意味もありますよね。あんまり音が飛び飛びだと、綺麗に弾きづらいですから。
特にドミナントセブンスコードの3rdと7thは、半音でしなやかに解決することが模範的とされます。ただし、セブンスコードが基本のジャズでは、G7→CΔと進む際には、上譜のようにシが解決せずに留まることになります。まあ、コレも割り切れない雰囲気がまんざら悪くありません。
2. Open or Close
ヴォイシングについて、何かしらのジャズ理論書を手に取れば、そこにはかなり多くのテクニックが示されています。今回は、ピアノでのバッキングを想定して話を進めましょう。
Close Voicing
まず、コード構成音を1オクターブ内にギュッと収めた配置のことを、クロース・ヴォイシングClose Voicingといいます。4つの音が集まることから、「4 Way Close」と呼ばれることも。
ルート音を弾いてくれるベースがいる場合、ルートは省略することもしばしばあります。セブンスコードで言うと、クロース・ヴォイシングはこの4種類しかありませんね。これらは、片手でコードを完結できる配置というわけです。
配置の際に一番上に来る音のことを、トップノートTop Noteといいます。ジャズの演奏では、トップノートにルート音が来る形は、響きがあまり豊かでなく稚拙な感じがするので、他と比べるとあまり好まれません。特にメジャーセブンスでは、すぐ半音下に7thの音がいますから、響きとしてもずいぶん淀んでしまうのです。
Open Voicing
これに対し、オクターブ以上に広がった形は、オープン・ヴォイシングOpen Voicingと呼ばれます。4 Way Closeの状態からコードトーンのどれかをオクターブ下に下げれば、必然的にOpenの配置が得られます。
例えばトップノートを7thに固定すると、上の3つが代表的な形として考えられます。いずれの配置も、適度に幅が開いていて、豊かな響きがする良い配置です。ルート以外が底に来てしまって大丈夫か?と思うかもしれませんが、今回は「ベーシストが他にいて、ちゃんとルートを弾いてくれている」のを前提と思ってください。
あまり極端な幅が開いてしまうと、響きが分離してしまってイマイチになります。
単体だとさほど気になりませんが、アンサンブルの中だと、上下に分かれすぎたこの配置はなかなか綺麗に聴こえづらくなってしまいます。
Drop Voicing
先ほど述べたように、4 Way Closeの状態からどれかの音を下げることで、オープン・ヴォイシングが得られる。そこでジャズでは、「上から数えて何番目の音を下ろすか」で、ヴォイシングに名前をつけています。そのようなヴォイシングのことを、ドロップ・ヴォイシングDrop Voicingといいます。
Drop2 Voicing
例えば上から2番目の音を下ろす形は、Drop2 Voicingと呼ばれます。
ご覧のとおり、7thがトップなら5thが底に落ち、5thがトップなら3rdが底に落ちる・・・という形になります。トップノートとその下の間に適度なスキマが出来るので、トップが高らかに聴こえる形と言えますね。
Drop3 Voicing
同じ要領で、上から3番目の音を下ろすならDrop3 Voicingと呼ばれることになります。
Drop3は、トップノートの3度下に音が残る形になるので、そこがハーモニーになって柔らかく色彩豊かな印象をもたらします。
Drop2&4 Voicing
2番目と4番目を下ろし、上2音・下2音のバランスにしたものを、Drop2&4 Voicingといいます。
全体がバランスを保って広域に広がるので、音の広さを表現したい際に有効です。一番右のやつ、ピアノだけだと底がシで上にドがいるので不協和ですが、このさらに下にベースが加わると、また聞こえが変わります。
Drop2、Drop3、Drop2&4。この3つが基本的なDrop Voicingの形態となります。「Drop4」や「Drop3&4」なんかを考えてみると、これは音が分離しすぎてしまい、先ほどの「イマイチ」なパターンになってしまいますよね。上記3つのヴォイシングは、音のバランスが良いのです。
ヴォイシング暗記の重要性
このように、ジャズ理論ではそれぞれのヴォイシングに名前がつけられていて、演奏技術のひとつとしてとても重要な役目を果たしています。面白いのは、「上から○番目」という風に、トップノートが中心になって命名がされていることです。
これには文化的背景が絡んでいて、初回でも説明しましたが、ジャズにおいては決まったメロディラインに対してコードをつけていく「リハーモナイズ」が頻繁に行われます。そのため、一番上のライン(=メロディ)が決まっていて、その下に伴奏をつけていくという感覚が自然なわけです。
例えば上譜のように、メロディとコードだけがあり、伴奏なしという状態を考えます。ここに、特に何も考えず伴奏をつけてみると・・・
こんな感じになるでしょう。さほど悪くもありませんが、特に統一感もなく意志もなく、左手の一番低いところは常にルート音でベースとユニゾン。あまり面白くはない伴奏なのです。
これを例えばDrop2 Voicingで統一してあげると、聞き映えが変わってきます。
かなり微細な違いではありますが、でもこの微妙な差が大事。ポイントとしては、まずDrop2によってトップノートとその下に適度なスキマが生まれ、トップが聴こえやすくなっている点。それから、一番低い音が3rdや7thを取ったりするので、響きのバリエーションが豊かに感じられる点。
大事なのは、コードトーンに余計な重複がなくバランス良く使われているということです。無意識の演奏だと、右手と左手でウッカリどれかの音が重複してしまうなんてことはあります。Drop Voicingをきちんと身体が覚えていれば、バランスの良いサウンドを常に奏でられるということです。
3. いくつかのヴォイシング
ジャズはコード変化のスピードが速く、コード自体も複雑です。構成音の全てを押さえるのはなかなか大変。構成音を省略することもよくあります。
コード構成音のうち何がもっとも大事かと言われれば、それはルートですけど、その次に重要になってくるのはコードクオリティを決定づける3rdと7thの音です。ジャズ理論では、この2音を指してガイド・トーンGuide Toneといいます。
逆にいうと、5thの音はそこまで重要ではない。サウンドにはそこまで貢献しない、「無色透明」のサポート役であるという話は、I章序盤ですでに述べています。
シェル・ヴォイシング
そこでジャズでは、この5thの音を省略した配置がしばしばとられます。そしてそのような5thの省略された配置のことを、シェル・ヴォイシングShell Voicingと呼びます。1
これがii-V-Iでシェル・ヴォイシングを実施した例です。確かに、これでも必要最低限のサウンドは確保できています。
「Jazzology」では、5thをわざわざ盛り込む時には一番高い位置(トップノート)に置くことが多いと述べています。トップノートは、いわばバッキングの中のメロディラインとでも言うべきところですから、そこを美しくさせるためなら全然アリということでしょう。
こんな感じでしょうか。この時のAmのようなシチュエーションなら、変に5thを省略するよりも、トップに置いた方がCからの流れが綺麗です。
6thを入れたヴォイシング
あるいは、5thの代わりに6thを入れて、1,3,6,7度という構成を使うことも。さらに9thまで積むと、だいぶ大人っぽくなります。
こちら、とりあえず全部に5th抜きの6th入れで配置してみた例。ワンパターンですが、それでもかなり上質な雰囲気が漂います! 特にE7の時のドとか、A–7の時のファ♯なんかが、ポップスではあまり見かけないので、いかにもジャズっぽいって感じがしますね。こうしたクセの強い音はトップノートに置かず、内側に配置することで「隠し味」として機能させるのが基本です。こういう細かいところに、ジャズのクールさの秘訣があるんですね。
ちなみにA–7の時に「ファ」ではなく「ファ♯」を乗せる理由は、強傾性音のファだとコード感が乱れてサブドミナントっぽくなっちゃうからですね。いわゆる「アヴォイド・ノート」です。
‘So What’ Voicing
時代が深まるとともに、ジャズでも「四度堆積」のヴォイシングが様々な場面で活用されるようになります。その代表例が、マイルス・デイヴィスの「So What」です。
これは「四度堆積和音」の記事でも紹介しました。イントロが、渋くてかっこいいですね。そのピアノにご注目。
改めて確認すると、ベースがレ。ピアノはその9度上から「ミ・ラ・レ・ソ・シ」と積んでいます。4度・4度・4度・3度というフォーメーションですね。この特殊な四度堆積のヴォイシングパターンが、ジャズ界では「So What Voicing」と呼ばれています。
コードネームを強いていうなら、「Em7(11)/D」などとなるでしょう。ただこの和音はこの4度のヴォイシングが肝要なのですから、ヴォイシング情報を持たないコードネームで表記してしまうとそこのニュアンスが欠落してしまった感は否めませんね。
こんな風に四度堆積を使うと、ただでさえ不安定な調性をさらに不定にさせることができ、ドンドン複雑な曲想を生み出していくことができるようになります。四度堆積は、ジャズにおいては重要な技法のひとつです。
特にビバップが流行した後には、このようにコード感が希薄で、「コードに合わせた演奏を弾く」というコンセプトから脱却した「モーダル・ジャズ」というジャンルが流行しました。
他にも細かなテクニックが、様々な場所でいくつも紹介されています。説明し出せばキリがないので、この辺りで終わりにしようと思います。ジャズの奏者は、このヴォイシングに関する鍛錬に相応の時間をかけます。これをマスターすると、どんなメロディにも綺麗なサウンドの伴奏をつけられるというわけです!
どんな曲もおしゃれに早変わり。ヴォイシングはコードネームには含まれない情報ですが、このレベルでのこだわり、技術が作品をより芸術的にするのです。
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