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コードネームの決定法

3. omitについて

まず、音を抜かすことを示す「omit」について。オミットという言葉は、パワーコードを紹介した際に登場しました。

omit3 / パワーコードの場合

パワーコード

特にパンクやメタルなどでは、楽曲の大半がパワーコードで出来ていてもおかしくありません。そういった場合ですが、いちいち「omit3」とか、パワーコードであることを表す「5」などはつけず、普通の三和音とみなしてコードネームを書くという選択は十分ありえます。

IVVImIV

その場合上記のように、特別な示唆がない限りは音階に沿った普通のコードを奏でているとみなして、IVImのようにおなじみのコードクオリティで補完していくのが最適でしょう。

「分析」においては、パワーコードと通常のコードを区別することに分析上の意義がない限りはこの方針で差し支えません。例えば1周目はパワーコードで2周目からは3rdが入ってくるという構成になっていて、その構成的特徴を記録に残したいと思うならば、「5」のシンボルでそれを明記すればいいといった話です。

「演奏」を念頭においた場合にも、「ピアノやアコギに楽器を変えてこの曲を演奏するとしても3rdを弾かないでほしい、3rd不在のこのサウンドに意味があるんだ」という意図がない限りは、「5」とは書かなくて何の問題もないでしょう。

omit5の場合

全く同様のことが、コードの5thについても言えます。

5th不在のアンサンブル

5thが普通の「完全5度」であればそれは“無色透明のサポート役”であり、サウンド上の重要性が低いから、演奏の際に省略する第一候補になるというのはI章の段階から説明してきました。

上のアンサンブルでは、Rt3rdしか音が鳴っておらず、5thは常に不在。このような場合でも、5thが抜けていることに関して特別な意味が込められていない限りは、わざわざomit5と書くことはしません。

omitの考え方

このような判断にある背景は、先ほどの「メンバー選抜と座席」のコンセプトから考えるとわかりやすくなります。簡潔に言えば、omitとは「音が抜けている」のではなく「音を抜いている」ことを示すシンボルとして機能しています。

単にその音が“空席”であることを伝えるシンボルではなく・・・

空席

こうではなくて、もっと強い意志をもってその音が“着席禁止”であることを伝えたい時に限って使うシンボルである。

着席禁止

このようなイメージが、実情に近いかと思います。

  • 分析においては
    他のパートは普通なのにその箇所だけ3rdが抜けているなど、そこに意図的な演出上の意味を感じる場合はコードネームにもそれを含めるべき。
  • 演奏指示においては
    他のパートは普通でもその箇所だけは3rdを抜いてほしいなど、そこに意図的な演出をすることを伝えたい場合はコードネームにもそれを含めるべき

このように、レポートとしてメッセージとしてomitという情報が有意義であるかどうかが判断の分かれ目となります。

4. スラッシュコードか否か

次に、あるコードがスラッシュコードでも書けるし、そうじゃなくも書けるという時にどちらを選ぶかという話です。違いは「ウワモノとベースが分離しているか否か」ということですから、ひとえに認識の問題になってしまいそうですね。ただこれについても、コードネームは“レポート”であり“メッセージ”であるという視点を持つと、いくばくか見えてくるものがあります。

スラッシュコードにするケース

こちらはベースが全く動かないのが特徴のコード進行。対するウワモノが多彩に動いていますので、これはIII章でやった「ペダルポイント」の技法を意識したコード進行だと考えられます。
そのため今回これをコードネームに変換するにあたっては、上譜のようにスラッシュコードを使った表記を選びました。こうすることで、「ベースとウワモノの独立性」がきちんと情報化されました。

スラッシュコードにしないケース

一方こちらは、似ているようでちょっと違う。今度はベースが不動であるだけでなく、ウワモノのトップの方、ドとミも不動で、内側だけがスルスルと移動しています。これはIV章はじめで紹介した「ライン・クリシェ」の技法とみなすのが妥当です。

クリシェの本質は「コード全体がほとんど変化しない中、一音だけが動いていく」という点にあります。そのためコードネームに直すにあたっても、全てAmをベースにした表記を選びました。こうすることで、「全体で見た時の変化の少なさ」がきちんと情報化されました。

配置や連結とコードネームの関係

さて上の2つの例においては、構成音の同じコードが使われていたことに気がついたでしょうか?

比較

つまり、「構成音は同じなのに、違うコードネームが振られる」というパターンの典型的な瞬間を目撃してもらったわけです。この事例から見えてくる、すごく大切なポイントがあります。それは、ヴォイシングや前後の連結に関する情報はコードネームには含まれないけども、コードネームの判断には影響するということです。

ヴォイシングや前後の連結に関する情報はコードネームには含まれないけども、コードネームの判断には影響する。

大切なことなので2回言いました。システマティックな思考を持つ人からすると、こういう「前後関係から判断、人間の認識が決める」というのは気に食わないかもしれません。でも逆に捉えれば、人間の脳でしか判別できない有機的な音の繋がりや意味性までも記号に託すことが可能なシステムなのだとも言えますよね。

伝わるメッセージの違い

上ではスラッシュコードか否かの「分析」を行いましたが、「演奏指示」に際しても、どちらで書かれているかによって微細な差は発生し得ます。そちらについても確認しましょう。

スラッシュコードか、テンションか

「IIm7/V」という定番のハイブリッドコードは、純粋にVからの派生として「V9sus4」ないし「V7sus4(9)」という表記をとることもできます。スラッシュコードにするか否かで、伝わり方はどう変わるでしょうか?

「IIm7/V」から伝わるメッセージ

まずベース担当の方は違いが分かりやすく、「IIm7/V」だと単独でV感を死守する役割なので、ソの音を弾く責任が増します。普段は5thのレも演奏候補ですが、分子サイドのルートを弾くことになるので、それが少し躊躇われる可能性があります。

一方でウワモノは、自分たち自身でルートのレを示す必要性があることを自覚します。そのため低めの位置でレを鳴らしつつ、3rd7thであるファ・ドがフレーズの主役になるでしょう。そして「サブドミナントとドミナントの混合感を出したいんだな」と解釈するので、より“ドミナントらしくない”演出のために、ドを目立たせる演奏が発生しやすくなると考えられます。一方でIIm7にとって“無色透明”となるラの音が、かなり軽視されるはずです。

そしてシの音については、ドミナントコードを感じさせる音ですから敬遠はしますが、「弾くな」とは言われていないので、フレーズの合間に挟むことも考えられます。

IVΔ7IIIm7IIm7/V

出来上がる演奏はこんな感じ。ベースはしっかりソの音ですが、他はどことなく穏やかで、「レ-ファ-ド」が生むサブドミナント的な質感が前に立ち現れてきます。

「V9sus4」から伝わるメッセージ

一方で9sus4で表記した場合。まずベースについては、先ほどと比べると孤軍奮闘ではないので、動きの自由度が増します。「ソドレソ」のようにsus4を感じさせるフレーズを弾いちゃうような目立ち方も視野に入ってきます。

対するウワモノは、各音のシェル状況がさっきと一変しますよね。まずレが単なる5thになるため優先度が一気に落ち、逆にラの音が9thを司る特徴的な音として主役に躍り出ます。ファの音は7thですから変わらず重要、ソはまあベースが弾いてくれているのでどっちでもよい。

ドの音が微妙なところで、「sus4」というコードから「ドを弾け」というより「シを弾くな」というメッセージを主として受け取った場合、ドの音はさほど強調されない可能性もあります。シに関しては、当然ながら演奏するのがかなり躊躇われます。フレーズの合間にすら差し込むことを避けるかもしれません。

IVΔ7IIIm7V9sus4

結果としてこんな感じの演奏が出来上がりました。聴き比べると、「ソ-ラ」の9度関係、「ド-レ」の2度関係、「ソ-ド」の4度関係が強調されたために“硬さ”や“鋭さ”が増して感じられるはずです。
つまり、表記次第で表面上の構成音としては同じでも、各音が持つ役割や重みが変わるという観点がポイントになります。

とはいえ現実的な話をしてしまうと、これほど細部のニュアンスに関しては会話で調整した方が確実ですから、コードネームにそこまでこだわる必要があるかと言ったら微妙です。「見た目がスッキリする方で書く」という人もいるでしょう。読み手サイドにしても、どこまで情報を汲み取るかは人それぞれです。
ただ、コードネームが単に構成音を指定する以上の“言外の含み”を暗示しうるという認識は、持っておいて損はないかと思います。

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