目次
前回に引き続き、「スラッシュコード」の用法を見ていきます。今回は非常に使いやすく効果も目立つという、お得な技法を学べる回になっています。
さて、コードのルート以外の音を低音部が奏でるのが、「スラッシュコード」。前回扱ったのは、コードの3rd5th7thをルートに据えることでサウンドのバランスを変化させる「転回形」でした。
しかしスラッシュコードには、他にもまだまだ使い方があります。2つ目の用法を学ぶのが今回の趣旨です。その名も、「ペダルポイントPedal Point」です。
1. ペダルポイントとは
「ペダルポイント」は簡単なテクニックで、コードの変化に関係なく同じベースを弾き続ける技法です。
これは前回もサンプルに使用した、IIVIIVというシンプルな進行。このベースをIにずーっと固定してみますね。
ベースはトニックの位置にいるわけですから、さっきと比べると格段に安定感が増しました。このように、ベースを固定することで特定のコード感を保つことができます。ベースに選ばれる音はド・ラのようなトニック系の音か、逆にドミナントを司るソの音がよく用いられます。
トニック感を保つペダルポイントは「トニック・ペダル」、ドミナント感を保つペダルポイントは「ドミナント・ペダル」と呼び分けられたりもします。
IV/Iというのは、見方を変えれば「IVの5thをルートにとった『第二転回形』である」とも言えますね。この場合どちらか一つに解釈を定める必要はなく、単に「転回形を用いてペダルポイントを構成している」と考えます。
2. メジャーのトニック・ペダル
IやVImのようなトニックをベースに据えたトニック・ペダルは、すでに確認したとおり、ドシンとした安定感を曲中にもたらしますから、そうした安定を演出したいときにはすごく効果的に活用できます。まずはメジャーキーでのトニック・ペダルから見ていきましょう。
こちらは極めてわかりやすい使用例。ベースは1:03でIImのコードに合わせてレを弾く以外は、メロの間じゅうずっとドをキープしています。フレーズまでも同じという徹底ぶり。
この曲は、「いつか我々は星に還り 我々が何者であるのかの答えを知る 孤独な時の霧を超えてきた旅人 空から来た創造物」という歌詞の、なんだかSFチックで壮大なテーマの作品。ストーリーの巨大なスケールを表現するのに、このトニック・ペダルは最高にマッチしています。
チャップリンの劇中演説をサンプリングしたイントロから始まるコールドプレイの楽曲。これも相当分かりやすいですね。ウワモノは色々とコード感を変えているのですが、ベースが単一のフレーズだけでひたすら押し通しています。2:50までほぼ1フレーズですからね。すごい。
ペダルポイントはすごく印象的な技法ですから、使うときはしっかり使うとよいですね。
こちらかなり究極の例で、ウワモノは色々とコードを演出するのですが、ベースは一曲を通してドから全く動きません。厳密には繋ぎとしてソの音も使われていますが、アクセントとなる箇所はずっとドで、単一のフレーズを鋼のように固くリピートしています。この曲は歌詞が非常に穏やかで平静にあふれるラブソングです。その安定・平静の表現としてトニック・ペダルが利用されているといったところでしょう。ずっしりと構えたベースから安心感のようなものをリスナーは感じられるわけです。
Iに合わせるコード
ベースがIを奏でているあいだ、上には色々なコードを乗せることができます。いくつか例を見てみましょう。
- IV/IIV/IIΔ7
こちらはKey Fのメジャー系スリーコードでトニック・ペダルを行使した例です。コード自体もメジャーコードの連発ですから、とても開けた明るい感じがしますよね。ウワモノのコード自体はごくごくシンプルなのですが、ペダルポイントにすることで複雑な音響にすることができているのが面白いところです。
- IVII/IVI/IVm/I
こちらはかなりオススメの、パラレルマイナーコードと併用したパターン。壮大さや緊張感があって、サウンドとして非常に面白いです。他にはIIやII7、サブドミナントマイナーのIVmなんかも乗せるとよく映えます。
スピッツの『醒めない』はパラレルマイナーコードを交えたトニック・ペダルの実践例。イントロですね。ベースはトニック一発で、その上にギターがIVIImVIIと重ねています。
トニックマイナーをブチ込んでいるのが特に印象的ですね! ふだんはなかなか盛り込みづらいトニックマイナーですが、こうやってペダルポイントの文脈上であれば、「色々変なコードが乗っても当たり前」というようなコンディションが出来上がっているので、導入しやすいです。
3. マイナーのトニック・ペダル
一方マイナーキー環境では、VImのコードルート、つまりラの音をベースがキープし続けることがトニック・ペダルとなります。こちらもやはり同様に、安定感や重厚感の演出にぴったり。特にヒップホップやテクノなどシンプルなループで曲を作るジャンルでよく見かけます。
Eminemの代表曲『Loose Yourself』は、トニック・ペダルの堂々とした感じをセルフ・ボーストの表現として活かした典型例です。ウワモノは6-6-4-4か6-6-4-5のどちらかでループしているのですが、ベースは最初から最後までラから全く動きません。安定したキックのリズムも相まって、歌詞の世界観と実によくマッチしていると思います。
Dua Lipaの『Houdini』は、ニュー・ディスコ系の4つ打ちとシンセベースでのトニック・ペダル例です。終盤のパートを除くほとんど全てのパートがペダルポイントになっています。ウワモノではシンセパッドがIVやVなどいくつかのコードを披露していますが、 ベースはほぼほぼラから動きません。この曲も歌詞としては強気な調子の歌で、そういったテーマの演出に一役買っています。
レゲエでもペダルポイントは活躍しています。イントロから若干のペダルポイントがありますが、分かりやすいのは0:49からのバース部分で、 パートを通じてマイナーのトニック・ペダルになっています。ウワモノのギターはおそらくフック部分と同じ6-2-3-3の進行で演奏していて、ベースが動くフックと動かないバースとでコントラストを作っているような構成ですね。
この曲はジャマイカの「ラスタファリ」という宗教的思想運動をテーマにした一曲で、赤・金・緑というタイトルは、その運動のシンボルフラッグのカラーを指しています。やはり堂々としていて、負けない・屈しない・恐れないといった雰囲気の演出に、ペダルポイントがかなり貢献しています。
こちらはJ-Popでマイナーのペダルポイントが使われた珍しい例。サビがVImIIIVImというロック調のコード進行ですが、ベースはラの音から全く動きません。サビの最初から最後までぶっ通しでマイナーのトニック・ペダルという、かなり挑戦的な作品になっています。歌詞が「他人のせいにするな」という非常に強いメッセージをテーマに持つ楽曲であるため、強靭な精神・動じない心といったものを音楽でも表現するためにペダル・ポイントが選ばれたのでしょう。
VIに合わせるコード
マイナー・トニック・ペダルの場合、基調和音のIIImIIImIVVはいずれを乗せても面白いですし、他II7も定番。ちょっと際どいですが、VIIなんかを乗せるのも不気味さがあって効果的です。
テクノサウンドでサンプルを作ってみました。6-5-4-3-2-1と下がって、そのあとはII7とVIIを乗せてみました。やっぱり最後2つは基調外和音ですから、独特な風合いがありますね。他はIVやIImを乗せたときの、ファの音との不気味な絡みもユニークです。
BGMでの用例
メジャー/マイナーのどちらにしても、どっしりした安定感をもたらすという点で、トニック・ペダルの技法は映画やゲームのBGMでも非常に活用しやすいです。
『虚空への前奏曲』は、シンプルなスーパーファミコンの音源なので、ベース音が非常に聞き取りやすいと思います。ウワモノはどんどん展開していくのに、ベースラインは一歩たりとも動きません。ベースとウワモノの分離が、異常な空気感を演出しています。これは『Clue Two』も同様ですね。
『A Hard Teacher』は映画「ラストサムライ」のBGMのひとつ。これは毛色がちょっと違って、どこか民族的で壮大な雰囲気を演出するのにペダルポイントが活用されています。
4. ドミナント・ペダル
ポップスやジャズではドミナントで伸ばしまくる「ドミナント・ペダル」もけっこう使われます。
こちら、前半はなにやら難しいコードが並び、途中からベースはV一発。その上でピアノが色々なコードを弾いている例です。ドミナント機能であるVのベースで伸ばしている間というのは展開上「緊張」のピークを構成している場所ですから、けっこうな濁りが発生したとしてもその後トニックに解決さえすれば文字どおり“万事解決”なところがあるので、強烈な濁りも展開上のアクセントとして受け入れられやすいです。
こちら実例。イントロ終わりの0:14〜0:20のところで、ベースがずっと同じ音を維持する傍ら、ブラスセクションが動いてコード感が変わっていきます。
5. ソプラノ・ペダル
そんなわけで、ペダル・ポイントは一定の低音を保つ技法。しかし正反対に、高音部を一定に保つ技法も存在します。それが、「ソプラノ・ペダル」です1。
先ほどの音源を流用しました。今度はベースがコードに合わせて変化する代わりに、シンセ・ストリングス・ピアノが全く同じフレーズを弾き続けています。
いちばん目立つ高音部が同じ音を続けるというのは当然耳につきますから、ベースでのペダル・ポイントよりもインパクトは強いですね。
この技法のいいところは、「リピートしている」というコンテクストがあるために多少の音のぶつかりは許容できるという点です。単体で聴いたら濁ってて気持ち悪いと思うようなサウンドでも、ソプラノ・ペダルの流れの中であれば自然に聴こえるというところがあります。上のサンプル音源でも、理論的にいえばきわどい音程が含まれているのですが、コンテクストでそれがかき消されて、サウンドとして成立しています。
これはペダルポイント全般に言えることですが、ベースとウワモノが別行動をすることで、コードネームで言えばすごく複雑になってしまうような、珍しいサウンドに出会えるというのがすごく楽しいところです。
知ってるコードを組み合わせるのもいいし、いっそコードネーム的考えを捨てて音を試してみるのもよいでしょう。
まとめ
- コードの変化にかかわらずベースが同じ音を引き続ける技法を、「ペダル・ポイント」といいます。
- IやVIのベース音で行うものを「トニック・ペダル」といい、ズッシリとした印象を与えることができます。
- Vの音をベースにとる「ドミナント・ペダル」や、高音部でこれを行う「ソプラノ・ペダル」も存在します。
- リピート効果によって多少の濁りが許容されるところがあり、複雑なサウンドを構成するのに最適です。