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コードネームの決定法

5. 異名同音の決定

最後に一番ややこしいところ、コードネームを考えるうえでの鬼門となる異名同音のスペリングについて見ていきます。

既に楽譜となっている音楽にコードネームをあてるのであれば話は簡単ですが、音楽そのものをコードネームに直すときは、鳴っている音の異名同音の判定が難しい時もあります。

異名同音

黒鍵がややこしいのはもちろん、白鍵についても「そこはcじゃなくbと書くべきだ」なんていうトラップが潜んでいたりするという話は、III章ラストで説明しましたね。今回はテンションコードといった難しいレベルも含めて、音の正しいスペリングについて考えていきましょう。

キーと音階を意識

スペリングの基礎は、まずその時のキーや音階を意識するところから始まります。

まずは楽譜レベルからの確認です。こちらはAメジャーキーで、IIImIII7にクオリティ・チェンジし、二次ドミナントにしてVImへ解決!という場面ですね。
C7のところでは、「e」という珍しい音が書かれています。鍵盤で言えば、「f」と異名同音です。

fないしe♯

ここでeという綴りが選ばれているのは、やっぱり“座席番号”で考えてあげると分かりやすいです。

C♯7の座席順

C7にとって3rdの音はあくまでも「ルートから数えて3度の音」です。こう考えると、ルートから見て4度となる「f」の綴りを使うより、「e」の方が正しいということになるわけです。

クオリティ・チェンジで3rdを上げ下げする行為はあくまでも3rd内で起きるイベントであり、3番目の座席を奪い合う行為なのだというイメージを持つと、「e」のような表記の必要性が分かります。

転回形にすると…

そして、このC7の3rdをベースにとって「転回形」を作った場合、コードネームは当然次のようになります。

このように、分母は「E」で書くのがよい。このあたり、鍵盤からコードネームを起こすときなんかはうっかり「F」と書いてしまいそうなところですよね。でも理論的な話をすれば、それは“ミススペル”ということになります。

だから異名同音のスペリングに関しては、「ドレミ……を何個跨いだかで数を数える」という初歩的な簡易度数の発想が実は大事になってくるわけなんですね。

augと異名同音

より難しい例を見ていきます。

こんなコード進行があったとして、4つ目のコードに着目してください。構成音をみると、次のようになっています。

異名同音

ココは聴いた感じ、IIImの和音がクオリティ・チェンジしたIIIの派生形だと考えられます。コードトーンはc-e-gだから、Caugですね!

Fマイナーキーの進行

…と思いかけたところで、一度立ち止まって考え直す必要があります。

最初から全体を見直してみると、これはFmから始まる、明らかにFマイナーキーの音楽。フラット4つのキーであり、そこまでのコードには全てaの音が含まれています。それなのに、最後のCaugだけgとなっていて、ここだけスペリングが浮いているのです。

Caugの度数を確認

念のため確認すると、オーグメントというコードは、メジャーコードの5thの音が半音上がったものでした。

Caugのメンバー

ここでも「番号と座席」のアイデアが活きてきます。オーグメント、すなわちシャープファイブのシンボルが示すものは、5thにまつわる変化。あくまでも5thの中で完結する出来事です。

5番の席に座るのがgなのかgなのかという話で、gの当選はただちにgの落選を意味する。しかし今一度さっきの音源を振り返ると、g音はメロディラインの中に含まれていますね。

Caugの異名同音

こうやって演奏の中でg音がスッと登場して来れるのは、5thの枠がまだ“空席”だったからこそだと考えられます。加えてFマイナーキーという前提を踏まえたらば、ここは明らかにgではなくaと綴るのが理論上は適切なのです。

C(-13)omit5

5thは不在で、「短6度」が乗っているので「-13」というテンションを右肩に乗せる。コードネームは「C(-13)omit5」となります1

このように、その時のキー環境、メロディの動きなどをよく観察すると、鳴っている音がルートから数えて何番目の席なのかという“座席番号”の情報は自ずと定まってきます。そしてそれに基づいたコードネームをあてることが、理論上は正しいと言えます。

dim7と異名同音

似たようなことはディミニッシュセブンスでもよく起こります。

こちらはマイナーコードの合間にディミニッシュセブンスが挟まったコード進行。2つ目の和音は次のような構成音になっています。

dim7

この黒鍵に関しては、クラシック風な調子からしても、ソを半音上げてトーナル・センターへの引力を強めた、ハーモニックマイナースケールならではのgであるとみて間違いないでしょう。

G♯dim7

これに関しては言うことなしです。同様にして4つ目の和音もディミニッシュセブンスで、違うのはベース音だけ。ベースがb音だから、今度はBディミニッシュセブンスですね!

Bdim7

…しかし、ご覧のとおり、黒鍵の綴りがaに変わってしまいました。ここでもカギになるのは“座席番号”のシステムです。
ディミニッシュセブンスはあくまでも「セブンスコード」の一種であって、埋まる席番は1・3・5・7番です。だからルートがbなら「b・d・f・a」と席を埋めていくことになってしまうのです。

スペリングがもたらす影響

でもココの黒鍵だってやっぱりハーモニックマイナースケールならではのgと解釈すべきであって、aと綴るのは“ミススペル”です。
特にアドリブで演奏を乗せるなんて場合には、この書き方だとgの枠が“空席”だと勘違いされて、ナチュラルのソを演奏されてしまうリスクもあります。

未指定の席は任意で埋められてしまう可能性がある

この場面は本当は、「全体的なコード感はさっきのGo7と全く同じだけど、ベース音だけが違う」のですよね。ベースだけが独立して動いているのだから、これはスラッシュコードで記述すべき場面なのです。

G♯o7/B

「Go7/B」が理論的に見て最も正確なコードネームとなります。この書き方であれば、この場面で起こっていることが克明に反映されているし、「演奏指示」という視点で見ても、コレならAハーモニックマイナーの世界がしっかりと再現されるでしょう。

配慮としてのリスペル

音楽を「分析」するに際しては、上述のように異名同音をしっかりと意識することが望ましいですが、一方で「演奏指示」の際にはもうちょっと話が複雑になります。

例えばもし音楽理論にさほど詳しくないギタリストにコード弾きしてもらう時のことを考えたら、精密すぎるコードネームというのも考えものです。

Cフラットサーティーンス・オミットファイブ……ですか?

検索しても出てこないような複雑な組み合わせのコードを指定されても、困ってしまいますよね。

単にコードを弾いてもらうだけなら「C(-13)omit5」の箇所を「Caug」という認識でコードを弾いてもらっても、もちろん音響上の違いは全くありません。ここは拘らずに平易な綴りにすることが適切な配慮であるという見方もあるわけです。

異名同音を別のものに書き換えることは、リスペルRespellといいます。「配慮としてのリスペル」は、たとえ理論的一貫性において問題があるにしても、現実的には可能性のある選択肢です。

同様の配慮から、場合によっては楽譜でのスペリングとコードネームのスペリングが合致しないこともあり得ます。

スペリングの競合

楽譜の方はちゃんとa音として書いているんだけども、コードネームの方は簡素さを優先してCaug。このような不一致は本来避けるべきところではありますが、配慮だと言われると無碍にもできません。

実際に本格的な理論書であっても、依然として読者への配慮のために簡易なコードネームが便宜的に用いられることはあります。

慣用への寛容

特にディミニッシュセブンスに関しては「減7度」という概念がなかなかに難しいので、あまり堅いこと考えずにシンプルな表記にしようというような風潮、どこか寛容に捉える慣習が存在するように思います。

ほかにも実践世界では同様のリスペルが発生しうる場面はいくつも存在します。

精密か、簡素か

とりわけ「+11と-5」「-13と+5」というのが、リスペルされる典型的なペアですね。この辺りに関してはやはり、目的に応じるということになります。「簡易化する意義がない限り精密にする」も「精密にする意義がない限り簡易化する」も、どちらも立場としてあり得ます。

ひとつ気をつけて頂きたいのは、どこかで異名同音のスペルがおかしいコードネームを見かけたとしても、それは配慮の気持ちから便宜的にシンプルなものを選んでいるのかもしれないということです。それに対して「オマエ、適当やってんな!!間違ってんぞ!!」と責めるのは筋違いですよね。

また、理論上級者でない人がそのように簡素化されたコードネームを使っていたとしても、やはりそこは「いずれ違いの分かる人間になるだろう…」と遠目から温かく見守ってあげて頂きたいところです。

スペリング沼

ちなみに、現段階でまだ紹介できていないコードのスペリングというのもまだいくつか残っていて、ただそれは本当に高度な内容なので、VIII章まで進んでから解説することになります。

さらに複雑なスペリング

「目的に応じて相応しいものが変わる」ということで、この話は音楽理論の「流派」の談義に繋がる側面もあります。すなわち、何かひとつを絶対的に正しいと考えるのではなく、相対的な価値観を持つことでより豊かな考え方が得られるということです。

まとめ

  • 「音楽」と「コードネーム」の間には情報量の差があるため、互いを変換する際には思慮をせねばなりません。
  • 楽曲分析や演奏指示といった目的によって、コードネームをどう書くべきかが変わってくる場合があります。
  • 現行のコードネームシステムは、1〜7度の各度数につき1つの音を選抜するような仕組みになっています。
  • 演奏指示としてコードネームを用いる場合、未指定の度数がどう演奏されるかには注意が必要です。
  • スラッシュコードで表記するかどうかで、読み手に伝わる内容は微妙に変わります。
  • 異名同音の判別については、ルートから数えて何度の音なのかを考えるとやりやすいです。
  • 演奏者への配慮のために、コードネームをより簡単な表記で便宜的に表すことも考えられます。
これでコード編V章は修了です!おめでとうございます。この先は「自由派」から離れて、伝統的なジャズ理論、クラシック理論の体系を学びます。VI章とVII章はそれぞれ全く別流派ですから、どちらからでも読みはじめることができます。気になった方から行ってみてください。
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