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今回は「編曲技法を知る」回です。

これまでいくつか変わったコードを学んできましたが、それらの効果的な使い方を知る回です。ポップスで定番のコード進行を、パターンで直接紹介するという実践的な内容になります。

一音単位の細かい動きを扱うので、あまりそのように考えない荒めのロックや電子音楽ではあまり使わない技法ですが、バラードやJ-Popでは重宝します。

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1. コードを装飾する

曲を作る際に、次々とコードを進行させずに、ひとつのコードでしばらくドッシリと時間をとって続けたいという時もあります。でも全く同じコードを弾き続けていたら、それはそれで単調になってしまいますよね。

そんなときに、コードの大枠を変えないまま一音だけ少しずつ動かすことでバリエーションを作る手法が考えられます。

こちらはVImを基本にしながら、ソ→ファ→ファ→ミという風に一音だけを動かしたもの。ベースは動かず全体としてはほぼ停滞しているが、少しずつ変化があるので飽きは来ない。そういう良いバランスが作れました!

ポイントは2つあって、まず動かす一音を半音ずつの移動にすることで、変化を最小限に抑えていること。もうひとつは、他の部分をなるべく固定することで、コードがさほど進行していないような印象を与えること。この2つを守ることで、控えめな形でサウンドにバリエーションを与えることができます。このようなテクニックは、ライン・クリシェLine Clichéと呼ばれます。

ライン・クリシェ (Line Cliché)
ある固定されたコードの中で、どれかひとつの音だけを半音単位で動かすことで、コードが進行したという印象をあまり与えずにコードを装飾する技法1
「クリシェ」とは、「陳腐な決まり文句、常套句」といった意味の単語。

半音で移動する際には臨時記号を伴う音も出てきますが、前後の流れというのがあるのでそれも自然に溶け込めるというのも、またひとつのポイントです。

実際の例

こちらはマイナーコード上でのクリシェが実際に活用されている例。「王の宮殿」がテーマということで、メロはVImVImIImVImを基盤としたゆっくりとしたコード進行で進みます。そんな中アコースティックギターは半音単位で微妙に構成音を動かしてバリエーションを作り、また荘厳でファンタジックな雰囲気を演出しています。

特にIImのところ(0:44~)での動きが典型的です。ピアノロールで確認してみると……

ピアノロール:クリシェの動きKing Crimson. “The Court of the Crimson King”.

ご覧のとおり、最低音や最高音はキープしながら、内側の音を半音ずつズラすことで変化をつけています! こんな風に「内側の音でこっそり」というのは、クリシェで変化を小さく見せるためによく用いられる方法です。

メジャーコード上でのクリシェ

その名が「決まり文句」を意味しているとおり、ライン・クリシェにはいくつか定番の動きというのが存在していて、他にはIのコード上で5thを上昇させていく形が定型文になっています。

ちょっとずつ音が上がっていくので、ウキウキ感・ワクワク感を表現するのにぴったりな進行ですね。

実際の例

こちらは冒頭でこの進行が使用されています。やはり「ゆったりした調子の中で、少しずつ高揚していく」という性質が曲のテーマにうまく合致している感じがあります。

どの音を動かすか?

半音で動きさえすれば、途中で上がったり下がったりしてもいいし、クリシェの動き方に取り立てて決まりはありません。ただ「どの音を動かすか」に関しては、コードクオリティの根本である3rdを動かしてしまうと、メジャーからマイナー、マイナーからメジャーといった聴覚上大きな変化が発生してしまい、本来の目的が果たせない可能性があります。

こちらはマイナー始まりで3rdを上げていった例ですが、やっぱりメジャーになった瞬間ガラッと空気が変わってしまっていて、“装飾”というレベルを超えてしまっています。
もしメジャーコードだったら3rdを上げていくパターンも考えられますが、マイナーだと難しい……というふうに、コードごとに動かしやすい音というのが異なってきます。

全般的に使いやすい動かし方の典型例としては「Rtを下げる」か「5thを上げる」かです。その場合6th7thといった音を通ることになるわけですが、これはトライアドの根幹構造に影響しない部分だからですね。

素早く動かすクリシェ

上の例たちは1小節につき半音ずつ動かしていくというスローモーションでしたが、もっと短い時間内でスススッと動かすパターンも考えられ、その場合は次のコードへ進む弾みをつけるような効果をもたらします。

こちらはシンプルな6-2-5-1系の進行ですが、動きが全くなくて単調です。そこでピアノがライン・クリシェを入れ込むと……

こんな風に、ささやかながら音楽に前進するような流れが生まれました!

今回は次のような動かし方を選択しました。

VIm Rtを下げていく
IIm 5thを上げていく
V 3rdを上げていく

ポイントとして、クリシェの線が行き着く最後の音が、後続コードの3rdに隣接する(半音or全音)ようにしています。たとえ密やかに動いたとしてもそのラインに耳の注意が行くものなので、こうすることで後続コードの3rdが際立つことを期待しての構成です。

なお、これくらい細かい動きだと、コード進行分析をする時には“装飾”とみなしてコードネームには含めないということも十分あり得ます。「コード譜には残らないくらい微かな飾り」ということで、これはなかなかオシャレな技法です。というかこのような用法が、ライン・クリシェの本来の意味するところには近いはずだと思います。

ペダルポイントとの違い

ベースが動かずにウワモノだけが動くという点で言えば、この技法は「ペダルポイント」と類似しています。

しかしペダルポイントが「ベースひとりで孤軍奮闘、ウワモノは好き勝手し放題」というようなパワーバランスだったのに対し、クリシェは全員が協力して変化を抑えめにするという方向性の違いがあって、こちらの方が統制された編曲テクニックという感じです。

2. ベースライン・クリシェ

本来ライン・クリシェとは、ウワモノの一部でこっそりと音を動かすテクニックのことです。しかし逆に、ウワモノを固定したままベースだけがスルスルと動いていくパターンもあって、これが「ベースライン・クリシェ」などと呼ばれます。これは若干俗称というか、そういう領域に入ってきます。

マイナー系のベースクリシェ

これは、特にJ-Popのサビ後半とかでよく使われる、定番のベースラインです。ウワモノが全く変化せずベースだけが動いていくのですから、これは要するに、スラッシュコードの時に紹介した「ソプラノ・ペダルポイント」の一種とも言えるでしょう。飛び抜けて有名なコード進行なため、こうやって「ベースライン・クリシェ」という別の名前がつけられているのです。

ウワモノはVImをキープするのが基本ですが、ベースに合わせて微妙に音を変えることもしばしばあり、亜種がたくさんあります。

「やさしいキスをして」のメロには、このパターンの亜型が使われています。「あなたが眠るまで」に相当するパートのところですね。露骨に悲しい感じがするので、J-Popとは相性がよいです。

洋楽では、Led Zeppelinの「Stairway to Heaven」で使われているものが最も有名でしょう。こちらは、ベースの動きに合わせてギターもVImから音を変えていっているので、もはやクリシェとは言いがたいところがあります。ただ何にせよ定番であるということで、知っておいて損のないパターンです。

進行の後半に使う

クリシェと呼ぶかどうかはさておき、この進行は半音のなめらかな動きがとにかく魅力的です。J-Popでは、サビの始まりは普通の進行から始めて、サビの終盤だとか、あるいは1周のうちの終わりの方にこのクリシェを持ってくるパターンがあります。

「時々 思い出してください」や「涙がキラリ☆」なんかは、今からサビを終わらせにかかってますよ〜というのを分かりやすく演出していますね。「真夜中は純潔」の場合は、この進行のオシャレさを全面に出して、4-3-6進行の「6」のところにこのクリシェをはめ込むことで4小節のサイクルにしています。

メジャー系のベースクリシェ

メジャーコード系でも、定番の半音ベースラインのパターンが存在します。もうホントに、「クリシェ」の本来意味するところからはずいぶん離れてしまうんですけどね。

この4小節がまるごと使われることもあれば、前半2小節だけが引用されるケースもあります。細かなバリエーションもあって、ラストのコードをスラッシュコードじゃなく普通のVにするとか、色々あります。
上のコードを維持したままベースだけが動く結果、普通ではあまり出てこないコードが現れるのが魅力ですね。基調外和音がたくさん登場するので彩りが豊富なのがよいところで、バラード系でよく使われます。

こちらその典型例。ベースラインの移動が極小なので非常になめらか、そして基調外の和音がたくさん入ってくるので情緒が豊か。どちらもバラードに最適な曲想だと言えます。

同様の曲例たち。それぞれ微妙にアレンジを加えてはいますが、大筋としてはみんな同じこのクリシェの進行が型になっています。

3. クリシェの使いどき

「Cliché」はもともと、「決まり文句、使い古した常套句」という意味のある言葉です。ここまでの音源を聴いてもお分かりのとおり、聞けば一発で分かるほど特徴的な進行であるのが、このクリシェです。

だからこそ、使うときには思い切って全面的に使うのがよいでしょう。「やさしいキスをして」もメロでくどいくらいに繰り返し使いますし、メジャー系のベースクリシェはみなサビのド頭にコレを用いています。ですからもう、「私はこの曲においては、コード進行のオリジナリティでは勝負していません。その使い方と、そこにどんなメロを乗せるかで勝負します」くらいの気持ちで使うのがよいかと思います。

まとめ

  • 単一のコード上で、どこかの音を半音で動かす装飾技法を「ライン・クリシェ」といいます。
  • コードの質感変化を抑えることが重要で、全体をなるべく固定する、3rdは動かさないといった工夫を要します。
  • ベースラインが半音で動くものは、本来のクリシェとは少し意味合いが違うものの、定番の技法として有用です。
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