目次
4. バリエーション
ローマ数字分析はおよそ200年前ごろに発明されたもので、長い歴史の中でいくつかバリエーションが生まれています。海外でよく使われるのは、マイナーコードに対して「m」をつける代わりに小文字のローマ数字にするというものです。
特に英語のクラシック系理論書でよく使われる傾向にあります。こういう本を読む時は、「mがついてないからみんなメジャーコードだ」と勘違いしないよう注意が必要になりますね。
あるいはもっとカジュアルなのになると、普通にアラビア数字を使う場合もあります。
これは複雑なコードネームを表現するには全く向いていないですけども、基調和音くらいのシンプルなコードを表現するぶんには十分に事足ります。だって、ローマ数字なんて誰も好んで使いたくはないですよね。特にSNSでの短いテキストでのコミュニケーションであれば、アラビア数字での代用はよく見られます。
この場合、「3」と書いてあれば基本的にはIIImのことか、あるいは文脈によってはIIImでもメジャーのIIIでもどちらでもいいというような含意になったりします。あくまでもカジュアルなコミュニケーションのための表記なので、「その辺は察してね」という感じです。
このサイトでも、時折この簡単な書き方を併用していこうと思います。
5. マイナーキーでのディグリー
ここまでメジャーキーでの話をしてきましたが、ではマイナーキーにおいてはどのようなディグリー振りをするのでしょうか? 一般的な音楽理論では、例えばAマイナーキーならAmコードがリーダーなわけですから、Amに背番号I番を着せるべきと考えます。
Cメジャーキーの時には「VIm」と呼ばれていたAmさんが、リーダーらしく「Im」という名前で呼ばれることになるほか、III・VI・VIIには諸事情で♭がつきます。ですから従来の理論では2種類のナンバリングシステムを習得し、キーの長短に応じてそれを使い分ける方針になっています。
調性のモニズム問題
ですから伝統的な理論では、曲がメジャーキーかマイナーキーかを判別して、それ次第で番号振りが変わるということになります。
ただこの方針には問題があります。まず単に2種類のシステムを覚えるのが面倒であること、そして何より、レラティヴキー間の判別できない場合の対処法が定まっていません。
- AmCFC
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音声プレーヤー
こちらは典型的なケース。さてこの曲、Cメジャーキーでしょうか、それともAマイナーキーでしょうか? 音階の構成音が同一であるこの2つのキーは、“レラティヴキー”と呼ばれる関係にあるのでした。その違いは中心音の認知のみ。さてC音とA音、どちらが中心か?
……きっと答えは人によって分かれてくるはずです。
水掛け論です。それもそのはず、メジャー/マイナーキーシステムが確立された18世紀にこんな音楽はありませんから、この音楽はいわば”想定外”の存在。現実的に言って、こうした曲の長短を客観的に判別する方法は存在しません。
キャプテン、背番号6
しかし困ってしまうのは、そういうキーの長短が曖昧な曲は今もう巷に溢れかえっているということです。コード編序盤で説明したように、今は調性の“モニズム”の時代。こういう長調とも短調とも言えない曲こそむしろトレンドなのですから、それを分析しようと思うたび水掛け論になっていたらやっていられません。
そんな状況を受けて、ロック音楽の研究を数多く発表しているミドル・テネシー州立大学のトレヴァー・デ・クレルク博士は2021年に“Six-Based Minor”というシステムを提唱しています。日本語で言うなら、「VI度基準短調」とでもいったところでしょうか。
Six-Based Minorというのはつまり、マイナーキーのリーダーをVImと呼ぶということ。別の言い方をすれば、その曲がAマイナーキーだとしてもナンバリングはCメジャーキーと同じものを使うということです。
上のように、マイナーキー側が譲歩して、メジャーキーの表記に全乗っかりします。そして、「VImが中心とみなされるとき、その音楽はマイナーキーである」というような考え方にする。
そもそもレラティヴキーのペアは境目が曖昧で、ポピュラー音楽では「2つでワンチーム」のような関係を築いているのが実状です。だったらチームのユニフォームは同じでいいじゃんというアイデアなのです。
決してマイナーキーという概念自体をなくすのではありません。ちゃんとどっちがキャプテンかは気にかけます。ただキャプテンが決まらないとユニフォームを着せられないような制度はやめにしようということです。
よくよく考えたら、リーダーの番号が1番じゃなきゃいけないと決まっているものでもありません。サッカーではよく5番や6番の選手がキャプテンになったりしています。調性のキャプテンを担っていたとしても、背番号は6のまま。それならキーが曖昧でも混乱は起きない。これがSix-Based Minorの考え方です。
この制度にのっとれば、例えばDmというコードは、CメジャーキーでもAマイナーキーでも、どちらだとしても「IIm」と呼ばれることになります。これなら、長調短調がハッキリしない曲に遭遇しても問題なく番号を振ることができて、不毛な口論は起こりません。
メジャーキーなのかマイナーキーなのかは結局あいまいなままですが、それで問題ありません。メジャー/マイナーキーの二分制度は古典派クラシックが作り出したシステムであって、それ以外の音楽には必ずしも当てはまらないからです。
なお、従来の理論に則った「Im、IIm(-5)・・・」というディグリー振りについてはII章やVII章で再会して、最終的にそちらもマスターすることになるのでご安心ください。最初はポピュラー音楽第一で、なるべくスリムに最小限のことを学んでいくのがI章の方針です。
日本にこの“Six-Based Minor”という言葉はまだ全く入ってきていませんが、しかし実践でこのやり方を採用している人は日本にも一定数存在していて、決して2021年以前に存在していなかった方法論ではありません。現場のミュージシャンどころか伝統を重んじるアカデミックの人間ですらこのメソッドを採用しなきゃと思うほどに、調性の曖昧な曲の存在が昨今顕著になってきているということです。自由派音楽理論ではこうした最新の理論動向を取り入れて、ポピュラー音楽に最適化された理論を構築していきます。
なかなか話として長くなってしまいましたが、要点をまとめると話はシンプルです。現代の音楽のコード進行の基礎を担っているのは、メジャーコード3つ、マイナーコード3つの合わさった6つの基調和音たち。そしてそれらにI〜VIの番号(ディグリーネーム)を振り、今後はその番号を用いてコードを呼んでいく。
まとめ
- キーに関係なくコード進行を論じるために、キー相対的なコードの名付けが必要になります。
- そこで、コードのキー内の相対位置を数字で表したものがディグリーネームです。
- 自由派では、“レラティヴ”な2つのキーに対して単一のディグリー振りを行う“Six-Based Minor”を採用します。