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今回は「新しい音階を知る」回です。

ここでは3つめの教会旋法を紹介します。非常に独特な曲想で使いどきは限られますが、表現できる曲想の幅はさらに広がります。

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1. フリジア旋法とは

メジャースケールの「ド」「ラ」以外をリーダーにすることで新しいスケールが得られる。「ドリア」はレを、「ミクソリディア」はソをリーダーにして並べ直した音階でしたが、今回やる「フリジア」の場合は、ミです。

フリジア旋法

綴りは「Phrygia」で、言語によっては「フリギア」とも読まれます。主音であるミから和音を作るとミ-ソ-シでマイナーコードとなるので、これはマイナー系の旋法です。もし第ii音にシャープがついていれば、おなじみのEマイナースケールになりますね。

EフリジアンとEマイナーの比較:F音にシャープがつくか否か。

この「下がった第ii音」が、フリジア旋法の特性音です。

Aフリジア旋法

マイナー系列の旋法ということで、Aを中心音にして再確認します。

フリジア旋法

第ii音にフラットということは、つまりは中心音とその上の音との関係がなめらかな半音差になっているということです。このシは主音へと傾く強傾性音となります。それゆえこの音は、短調の主音であるラへと導かれていく音ということで、ときに下行導音Upper Leading-toneと呼ばれます1

我々が普段聴いている「ラとシの全音関係」が崩れて半音差になったことにより、引力の働き方が変わります。通常の短音階であれば、シはドと半音差です。そのため、すぐ下に中心音があるけれども、比較的上行を行いやすい状況にありました。

通常

対してフリジア旋法の場合、一転して下方と半音差になりますから、当然下への傾性を強めます

フリジア旋法の場合

そのため、理論的には中心音であるラの中心性がより高められることが期待できます。この下向きの重力のためか、フリジア先方には独特の”重さ”があって、文字どおりどこか”浮かない”感じがします。

比較実験

今回も、普通のマイナーキー楽曲とフリジア旋法楽曲を比べてみましょう。

こちらがフリジア旋法の場合。コードはシンプルに、VIm♭VIIを繰り返しています。やっぱりこの重苦しい感じが、フリジア旋法の基本。これをもし普通のマイナースケールにしてしまうと・・・

こんな感じ。♭VIIは基調外和音になってしまうので避けて、コード進行はVImIVVImIImとしました。フリジア旋法特有の「へばりつくような重さ」はなくなり、マイナースケール本来の「浮力」が戻ってきた感じがしますね。

2. フリジア旋法の用法

フリジア旋法でトーナル・センターを正しく認識させるのはなかなか大変です。フリジア旋法を正しく聴かせるには、コードをかなり制限する必要があります。

フリジア旋法で使うコード

基本的にはもう、この2コードのみで回すのが基本です。リーダーのVImと、フラットがついたことで基本のコードとなった♭VII。これ以外の和音だと、フリジアの音階が持つ響きがきちんと活かされなくなってしまい、やりたいことがよく分からなくなってしまうのです。シに♭がついていますから、下手するとDマイナーキーやFメジャーキーに聴こえてしまいがち。

失敗例

主和音を多めに使うというのはドリア・ミクソリディアでもそうでしたが、フリジアは特にそこが大事です。これまでの旋法でも懸念事項であった「他の調に聴こえてしまう」という現象が、フリジア旋法は特に起こりやすい。

こちら、Aフリジア旋法のつもりでメロディを作りました。A音を「モーダル・トニック」に仕立てあげようと、メロディが頑張ります。
しかしコード進行はAmGmFΔ7で、これだと最後のFのところで、なんだかトニックに落ち着いたような雰囲気が出ちゃっています。たったこれだけの進行でアッサリと、F音がキー・トニックになってしまったのです。恐れていた「モーダル・トニックの敗北」です。

本当にフリジア旋法のメロディラインが作る「モーダル・トニック」が、コード進行の「キー・トニック」によってかき消されるのはあっという間です。油断することなく流れやバランスに注意しながら、音を組み立てていく必要があるのです。

こちらはベースが徹底してモーダル・トニックを弾くことで、キー・トニックとモーダル・トニックを一致させることに成功した例です。フリジア旋法は、これくらいやらないと、すぐに調性がぐらつきます。

曲によっては色々なコードをうまく織り交ぜているものもありますが、フリジアが持つ本来の感じをきちんと聴かせたいのであれば、コードはシンプルなものに留めた方がよいでしょう。

こちらはフリジア旋法を利用したジャズ曲ですが、コードはVImと♭VIIをひたすら繰り返しています。こうした即興演奏のジャズや、ループ中心の電子音楽、BGMなど、コード進行による歌曲的な展開を必要としない分野で特にフリジア旋法は活用しやすいです。

3. フリジア旋法の理論

そんなわけで、VImとVIIで回していくのがとにかく基本なのですが、一応これまで同様のコード分類はしておきましょう。

共通コード

共通コード

この4つが「共通コード」ですね。ただIはセブンスまで乗せると特性音の♭が付きますから、その場合はやや扱いづらくなります。またIImとIVは中心を奪おうと虎視眈々なわけですから、やはり危険度は高い。共通コードが全然味方してくれないところに、フリジア旋法の難しさがあるわけですね。

VImIIImVIm

こちら、共通コードで動かしながらフリジア旋法を乗せてみた例です。キー・トニックは一致させられていますが、いまいちフリジア旋法の雰囲気が活きていません。中途半端ですよね。やっぱりVIIなしには成り立たないのがフリジア旋法という印象。

特性コード

シに♭がつくわけですから、特性コードはミクソリディアンと同じになります。

特性コード

VIIが、フリジアの頼みの綱ですね。Vmの方は中心が揺らぎがちなので、そんなには使われないですが、VII以外を使ってフリジア旋法のキャラクターを出したいなら、これを使うしかありませんね。

変性コード

変性コードもミクソリディアンと同じですね。

変性コード

IIImが変質してしまったことのダメージは大きく、これによりIIImVImというナチュラルマイナー調での最も基礎的なDTの解決を構築することができません
5度下行でトニックに至るというコード進行の最重要とも言えるモーションが封じられてしまうところに、フリジア旋法でのコード進行づくりの難しさがあるでしょう。

補助コード

ただでさえ不安定なフリジア旋法で臨時記号を使ってまで彩りを出すというのはかなりクレイジーですが、強いていうならやはりミクソリディアンと同じこの2つになるでしょう。

補助コード

一応どちらもフレーズ演奏のときシにフラットを付けられるので、フリジア旋法の特性音を押し出すことは出来ます。

VIm♭VIIVIm♭IIIIImVmVIm

こちらは補助コードを交えて複雑な進行を作ってみました。なかなかアグレッシブなやり方で、ずいぶん不安定(キー・トニックを奪われ気味)ですが、まあ形にはなっています。

VIm♭VIIVIm♭VIIImVmVIm

こちらは先ほどの♭IIIのところを♭VIに変えたパターンです。こちらもまあ、似たようなところです。

紹介こそしましたが、フリジア旋法の魅力が生きるのはやっぱりVImとVIIだけを使った潔いコード進行でしょう。フリジア旋法というだけでもう十分ユニークなので、それ以上ムリをする必要はありません。

4. ベースミュージックとフリジア旋法

そんなわけで、基本であるDTの5度下行が簡単に使えないといった事情からコード進行を構築しにくいフリジア旋法は、クラシックはもちろんのこと20世紀のポップスでも陽の目を見ることはあまりありませんでした。

しかし転機が訪れたのは1990年代以降で、シンセサイザーによるシンプルなベースラインのループによる音楽が一般化したことで活路が見えはじめました。ベースミュージックの世界ではコード進行がなくてもサウンドの変化だけで曲を展開していける。そこではフリジア旋法にも活躍のチャンスが十分にあったのです。

トランスとフリジア旋法

特にフリジア旋法の使用が顕著に見られるのが、ゴア・トランスサイケデリック・トランスといった、一部のトランスのサブジャンルです。

ゴア・トランスはインドで生まれたジャンルで、中東にはフリジア旋法によく似た「フラットした第ii音」を有する音階が色々とあるので、そういった民族的な嗜好からフリジア旋法が適応したのかもしれません。もちろんトランスに限らず、ベースのループ音楽全般でフリジアの活躍する姿を見つけることができます。

こうしたジャンルではベースがずっと主音を強調し続けることが普通なので、トーナルセンターが乱れることもなく、実に自然に当たり前のようにフリジア旋法が使われています。普通のメジャー/マイナーキー楽曲と比べて中心性が弱いかもしれないにせよ、それもこうしたジャンルでは良い“トリップ感”として機能している感じがします。

トラップとフリジア旋法

さらに2000年代以降もベースミュージックの勢いは衰えず、特にヒップホップやEDMがトラップビートを流行させたことは、フリジア旋法にとっても相当な追い風になりました。
トラップも曲の展開をコード進行に依存しないどころか、そもそも和音楽器が全く登場しないような楽曲も普通ですから、フリジア旋法を取り込むことは容易でした。

単純にトランスでのフリジア様式がEDMと流れ、さらにトラップ音楽へと受け継がれていったという側面もあるでしょう。主音に対して半音上からへばりつく「下行導音」は重厚感があり、物怖じしないギャング的な“ワルさ”を演出するのにピッタリだと思います。

Adoの『踊』は脱J-Pop的なEDMサウンドが魅力ですが、メロのベースラインや1番サビ後の間奏部分(1:28-)でフリジア旋法が使われています。ボーカルのメロディ自体は完全に通常のメジャー/マイナーキー様式に則っており、ポップスとベースミュージックのハイブリッドな融合がなされています。

こうしたベースミュージック以外のジャンルでは、メタルでもダークな雰囲気の演出として使われることがあるかなという印象です。

5度下行のコード進行を基本とするクラシックの型には全然ハマらなかったけど、型が全く違う場所ならこんなにも輝ける。そういう音楽の面白さや奥深さを、フリジア旋法を通じて見ることができます。

フリジアとメジャーの対称性

さて、最後にひとつおまけの話をさせてください。主音の“上”に半音関係があるフリジアは、主音の“下”に半音関係があるメジャースケールとは対照的です。
実はメジャースケールとフリジア旋法は本当に完全な上下対称の関係にあって、主音から「全全半全全全半」で上がっていったものがメジャースケールですが、逆に主音から「全全半全全全半」で下がっていくとフリジア旋法になります。

Eメジャーのステップ構造
Eフリジアのステップ構造:Eから「全全半全全全半」で下がっていくと、E,D,C,B,A,G,F,Eと綺麗にフリジア旋法の構成音を辿る。

この点から、フリジア旋法は鏡に映ったメジャースケールだと主張することができます。今までメジャースケールの逆といったらそれはマイナースケールでしたが、真の意味で“逆さま”なのはフリジアなのである。……だから何だというと何でもないのですが、ここから何かしら創造的な音楽理論を考案してみたり、あるいはメジャースケールで作ったあるメロディを上下反転させてフリジア旋法にするといった実践でのアイデアに使ったりなど、この対称性にはひとつのロマンがあるのです。


さて、上下の“対称ロマン”の話はさておいても、フリジア旋法は昨今のベースミュージックにおいては絶対に無視できない存在です。カードとして持っておくとそうしたジャンルの作曲では必ず武器になるでしょう。

まとめ

  • 短音階の2番目の音を半音下げたものが、フリジア旋法です。
  • トニック感が薄くなるため、調性を保つのが難しく、使いどころが限られます。使う場合は思いきってシンプルなコード進行で使うのがよいでしょう。
  • 導音と主音の半音関係が失われ、第vii音の下方向への傾性が強まり、重たい雰囲気が生まれます。
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