ポピュラー音楽理論の正体

さて、前回前々回で確認したおおまかな歴史の流れを、もう一度おさらいしましょう。

最小限の音楽理論史必要最低限の音楽理論史

まず古典派理論が確立され、モダン・ジャズ理論が発展し、それが成熟しきった頃にロックンロールが生まれ、それ以降様々な音楽をミックスして発展してきたのが、近代のポピュラー音楽です。

音楽理論の、二大流派。その中身は、平たく言ってしまえばこういうことでした。

二つの理論

しかし「歴史と流派」で確認したとおり、ポピュラー音楽のために新しい理論が作られることはありませんでした。

じゃあ、いま日本にある「一般的な音楽理論」の正体って、一体なんなのか? 色んな本やウェブサイトが掲げている「誰でも分かる音楽理論」って、一体なんなのか? それを知っておかないと、よそで理論本を買ったりするときにも困ることになりますから、そこを解明しておきましょう。

#6.一般音楽理論の正体

でもまあ、難しい話ではありません。いま日本にある「一般的な音楽理論」の正体は、概ね2つの流派が長い時間をかけてゴチャ混ぜになったものです。

伝言ゲーム

クラシック理論とジャズ理論の決定的な日本語書籍が出版されたのは、それぞれ60年代と70年代の話。そこから伝言ゲームに次ぐ伝言ゲーム。知らぬ間に歴史や流派の話は消え去り、特に目立つ用語や禁則だけが生き残り、それが無印の「音楽理論」と呼ばれるようになったのです。もしくは、単にジャズ理論や古典派理論が、特に流派を名乗らず「音楽理論」とだけ銘打っているというパターンもあります。

もはや音楽理論の歴史を把握している人の方が少ないのかもしれません。どこで何のために生まれたのか分からないものを「音楽理論」として教えている人だって、いるわけなのです。

偉人が誰かは知りませんけど

そして話にも尾ひれがついて、「江戸時代のベタ集」だったものがいつの間にか「2000年に及ぶ偉人たちの叡智の結晶」と呼ばれるようになり、「ジャズの即興演奏のガイドライン」だったものが気づけば「正しい音楽を作るために守るべきルール」になっていたわけです。

ちなみにその「混ざり具合」については物によって本当に様々です。ですから書籍を購入する際には、作者の経歴を検索することをお勧めします。「ジャズ科卒」「バークリー音楽大学卒」などとあればかなりジャズ寄り、「○○音大卒」であればかなりクラシック寄りである可能性が高いです。

教える側のやり口

教える側はこの現状をどう思っているのでしょうか? 中にはこうした歴史に詳しくない人もいるでしょうし、知っていたとしてもそれを包み隠さず話すことはまずないでしょう。だから流派の話も、もし知っていたとて詳しく触れないでしょうし、むしろその辺を明らかにしないまま「すごい歴史のあるやつだから、すごいんだぞ!!」というアピールに利用されているシーンの方がよく目にします。

自信があるなら勝手にすれば

偉人たちを引き合いに出して「あなたは同じくらい天才なんですか?」と自己肯定感を低下させ、「知らないとデタラメな音楽になってしまう」と恐怖心を植え付ける。こんなの、マインドコントロールの手法と何ら違いありません

心に枷

こんな言われ方をしてしまったら、心のどこかに「かせ」がかかってしまうのは当然のこと。ひどいですよね。

だから音楽理論を学んだ人の中には、「理論的に説明がつかないと気持ちが悪い」「禁則と教わったものはついつい使うのを遠慮してしまう」といった強迫観念に、無意識のうちに縛られている人がたくさんいます。200年前にできた理論が、全部を説明できるわけないのに。とてもかわいそうなのです。

ゴチャ混ぜ理論の実用性

話を聞いて、こう思った方もいるのではないでしょうか。2つの流派が混ざったなら、いい具合にちょうどいい理論にまとまっているのではないかと。

ちょうどよくなる

しかし、やっぱりそんなウマい話はありません。一昔前の音楽であるクラシックやジャズと、現代のポピュラー音楽とでは、目指す音楽のスタイルが全然違うのです。だから、せっかく学んだ理論が実践に活きないという事態が、発生してしまいます。

百聞は一聴にしかず。音楽は聴いて確かめるのがいちばんです。音源で説明いたしましょう。

ダンスの音+ダンスの進行

何ということもないダンスミュージックですが、実はこのコード進行、ジャズやクラシックに言わせれば禁則だらけなのです。

見解の相違

こんな具合で、ダメ出しの嵐。 でも、現実世界では、むしろこういうコード進行が最近のトレンドです。聴いた感じも、別に不自然じゃないですよね。なのにこの曲は「理論的におかしい」と言われて矯正されちゃうわけですね。

従来の音楽理論では、どこまでいってもこの現代的でカッコいいコード進行は教えてくれません。じゃあ物は試しということで、一回素直に古典派の原則に忠実に合わせてみましょうか。

ダンスの音+古典派の進行

はい、めちゃくちゃダサいです。どうぶつさんたちがピクニックをしている光景が私は浮かびました。
これは、音の流れがあまりにもベタ過ぎて、童謡みたいで面白くないんですね。いくら高等な技法を盛り込んだところで、昔のスタイルで現代のダンスミュージックを作ってカッコよくなるわけがない。当たり前ですよね。

じゃあ今度は、ジャズの原則に従ってみたらどうなるでしょうか?

ダンスの音+ジャズの進行

うーん、なんだか不気味な感じになってしまいました。転調しまくっているのでメチャクチャに聴こえるかもしれませんが、ちゃんと本格ジャズ理論に基づいたコード進行です。ジャズではこれくらい転調するのが当たり前なのです。

でもこんな高度なコード進行、ダンスミュージックではハッキリ言って邪魔ですね。複雑なサウンドやエレガントな転調なんて要りません。シンプルな方がいいのです。これじゃあ全然ノリノリの気分になれません。

最初のやつがいちばん良かった・・・

そうなんです。やっぱりクラシック理論はクラシックのためにあるし、ジャズ理論はジャズのためにある。汚名返上のため、それぞれ本来のサウンド編成で演奏し直してもらいましょう。

古典派の音+古典派の進行

うってかわって弦楽四重奏ですけども、コード進行自体はさっきのダンス調の時と全く同じです。同じコード進行なのに、「どうぶつさんのピクニック感」はなくなりましたね。「優雅なお茶会」って感じです。楽器や曲調が変わったことで、この明朗で優美なコードがビシッとハマり、サウンドの魅力も、コードの魅力も十分に引き出されたということです。

そう!クラシック理論というのは、こういう優美な音楽を前提にしてるんですよ。 さっきみたいな大衆音楽に無理やりあてはめて、ダサいだなんてとんだ風評被害です。

そうですね。次はジャズの方をいきましょう。

ジャズの音+ジャズの進行

これぞ!って感じです。すごく洗練して大人っぽい感じに聴こえますね。さっきのコード進行がデタラメではなかったことが証明できたと思います。本当に、さっきの不気味だったやつとコード進行は全く同じなのです。でも、適用するジャンルによって聴こえ方は全然変わる。

いかにも。あんなバカっぽいEDMサウンドで演奏されたって、この大人の魅力が出るわけないよ! 変な実験はやめてほしいね。ジャズ理論に対する冒涜だ。

お二人の言い分、どちらもごもっともです。それってつまり、こういうことですよね。

従来の音楽理論がいう「模範」なんて、けっきょくそのジャンルが目指したスタイルでしかない。ジャンルが変われば好まれるスタイルも変わるし、ましてやクラシックやジャズのような古い様式でもって現代の音楽を語るなど、全くもってナンセンスな話なのです。

Check Point

音楽はジャンルごとに個性があるのだから、音楽理論も違って当たり前。根本から目指す音楽性が違っている。だからポピュラー音楽とはかけ離れたクラシックやジャズの理論をいくらまとめ直しても、「ポピュラー音楽理論」にはならない。

音楽理論の中にはジャンルを超えて通じる知識もあるけれど、だからといって昔の様式までを「模範」や「原則」として学ぶのはおかしい。ましてや、高度な技法は覚えたとしても、ジャンルによっては使い道がほとんどない。

だからハッキリ言って、分厚い音楽理論書、マスターしても良い曲が書けるかは全く別問題です。だってそれはジャズやクラシックの技法なんだから。覚えた知識はどこかで活きるかもしれないけど、費やした時間に見合うだけの効果が出るかはとっても怪しい。

つまり、「先人たちが築き上げた知識の集積」なんて言っておきながら、見せてくれるのは結局200年以上前に作られて、もう70年以上更新されていないデータベースそのまんまなのだ。その無責任な現状も、「理論を破った先に真の創造性があります」とか、それっぽい言葉で誤魔化しているのです。

「伝統理論=ダメ」ではない

念のため言っておくと、クラシック理論やジャズ理論がダメだとか使えないということではありません。その理論でしか辿り着けない領域というのはあって、どちらもポピュラー音楽とは別次元のハイレベルな理論世界を作り上げています。だからこそこのサイトでも終盤にそれらの一部を紹介しているわけです。

ただ、学ぶのであればこうした歴史や方向性の違いを理解したうえで学ばないと意味がないということ、そしてこのような本格的な理論(もしくはそれを簡易化して生み出された世間一般の音楽理論)は、普通にポピュラー音楽を作りたいほとんどの人間にとっては最善のスタートと言えるか疑わしいということです。


さて。音楽理論って、なんか怪しい。なんか信用できない。そう思っていたのだとしたら、その直感は大当たりです。今の音楽理論の世界というのは、相当な「ごまかし」のうえに成り立っているのです。
いま音楽理論の要不要がこれほど議論され、これほど多くの人に敵視されているのは、起こるべくして起きた「因果応報」であると言えます。

音楽理論に学ぶ価値はあるのか

こうなってくるともう、音楽理論を学ぶなんてやっぱり時間の無駄ではないかと、そう思えてきますね。でも、それって結局まとめ方や教え方の問題なのです。その工夫しだいで、全然解決できる課題です。

ココまでずっと悪い側面を話してきたのは、まずそこを包み隠さず明らかにすることで、理論に対する不信感の正体を明確なものにして欲しかったからです。音楽理論には、良いところもたくさんあります。

だからまだちょっと希望を捨てずに、今度は理論を擁護する側の意見を聞きましょう。メリットとデメリット、両方が出揃って初めて正しい判断が下せるわけですからね。

Continue