古典派長調の様式

コード編 Ⅶ章:古典の世界

ここからの内容は、長らく東京藝大の教科書であった「和声」という書籍と、それに置き換わる新教材として出版された「新しい和声」という2つの書籍を最も参考にして作られています。

和声―理論と実習 (1)
Posted at 2018.4.17
島岡 譲
音楽之友社
新しい和声──理論と聴感覚の統合
Posted at 2018.4.17
林達也
アルテスパブリッシング

もちろん参考文献に挙げたような洋書も参考にしています。

「和声」は三巻組の巨大な理論書で、古典派の典型的な音の流れが極めて詳しく説明されています。本のタイトルがズバリ「和声」というのはちょっと紛らわしいので、今後この本を呼ぶ時には、著者の名前をとって「島岡和声」と呼ぶことにします。
一方で「新しい和声」の方は、世界的標準に合わせた和音の表記が導入された後発の新教科書です。こちらは一巻完結。

ただ前回宣言したとおり、まずは難しい「和声学」よりも先に、クラシックらしさに直結する「古典派の様式」から学んでいきます。ここでは、なるべくこのサイトのコード編の順番にならって様式を紹介していくことで、「ポピュラー理論ではこうだけど、古典派ではこうだ」というのを順に理解していく形に致します。

#1.古典派長調のチェック

クラシックが長調と短調を明確に切り分け、それぞれ使うコードを限定しているという話は、コード編のはじめにしました。まずは長調の方の様式を紹介するところから始めようと思います。

まずは、改めて古典派の長調がどれほど明るいかを再確認しましょう。

ハイドン

パッと聴いただけでも、とにかくI・IV・Vの和音だけで大部分を構成しているのが分かりますね。まさに、何の悩みもない貴族のための音楽という感じです。

サリエリ

映画「アマデウス」でおなじみの、イタリア人作曲家アントニオ・サリエリ。やはりシンプルで極端に明るいコード進行をしています。

モーツァルト

サリエリ同様、底抜けに明るいコード進行で、「ソファミレド」や「ミファソラシド」「レーミファミ」といった定番フレーズを使い倒しています。こうして聴くとやっぱりモーツァルトはリズムの緩急がすごい。メロディが踊っているかのようですね。

エティエンヌ・ユメール

こちらはフランスの作曲家。国は変われど、明るいサウンドは全く変わりません。

どれにしたって、もうビックリするくらい明るいですね。これが古典派の長調。ポピュラー音楽の長調とは明るさのケタが違うのです。

#2.古典派長調のコード体系

古典派はコード進行に関するルールがすごく厳しいという話でしたよね。まずは古典派長調を司る基本のコード進行形式を見てみます。

コード進行図

ちょっと意図が判りにくいかもしれないので補足すると、たとえばIImVには直接矢印は繋がってないですが、進行可能です。右上の黒い矢印が、「S群からD群へは何だって進めますよ」と示しています。同様に、VImIImVImVなども可。ただ長調でマイナーコード2連発というのは、実際にはあまり無いですけどね。表にまとめると以下のようになります。

進行元 進行先
I すべて
IV IIImV
V IVIm
VIm VIV (稀だがIIm)
IIm V

「接続系理論」が頭に入っている人にとっては、古典派の様式はすごくカンタンです。三行でまとめられます。

  • 使うのは四大接続(A¹・B¹・C¹・D¹)のみ
  • ただしIIImは原則非使用
  • ただしIImVへしか進めない

補足しながら説明していきますね。

使うのは四大接続のみ

これはもう「接続系理論」の冒頭で説明しましたが、古典派は流麗なコードの流れが基本です。全ての「2族」と「E型」は使用せず、聴きやすいコード進行だけで曲を構成します。

IIImは原則非使用

ロマン派以降の作品ではIIImの使用はいくらでも見受けられるのですが、古典派ではこの和音は驚くほど使われていません。近い存在であるI/IIIの方が圧倒的に愛用されているのです

IImの扱いが限定的

古典派におけるIImの役割というのは非常に限定的で、Vに進む手前の「タメ」としてしか使われません。IV-Iの終止はあっても、IIm-Iという動きは基本的にナシ。
またVImについても、あくまでもスパイス程度の使い方をすべきで、短調に聴こえてしまうような大々的な使い方はしません。

VII番目の和音について

また、自由派が基本から除外しているVIIm(-5)は、古典派長調においても基本的に非使用で、限定的な用途しか持っていません。

ただ面白いのは、同じ構成音のコードが「V7のルートを消したもの」という認識で登場することです。

V7の根音省略

このような和音は「根音省略形体」と呼ばれ、島岡和声を含むいくつかの和声本では、和音の数字にスラッシュを入れるという独特な表記をします。「見た目が同じだから一緒じゃん」ではなく、この2つは「本質的に違う意味を持った和音」として区別するというのが、古典派の一般的な見解です。

ですから古典派の書籍では、III番・VII番の和音は亡き者かのような無視具合で進んでいくものも普通にあります。次回で短調の様式について学ぶと、III・VIIを無視する理由ももっと良く分かりますよ。

#3.古典派の機能分類

ダイアトニックコードの紹介を終えたら、次にするのはTDSの機能分類ですね。ただ既に述べたとおり、古典派理論にとってTDSというのは歴史的に「後付け」の存在です。長短を明確に分ける古典派にとっては、IをVImで代理するというような考え方も希薄ですし、TDSで音楽を語るメリットが全然ないのです。

20世紀以降の理論書では、ある程度ポピュラー理論と同じような分類が書かれたりはしますが、それはあくまでも後付けの分類であり、古典派のスタイルを語るうえでは必要のないものです。したがって、クラシックと機能和声の詳細についてはまたⅧ章まで先延ばしすることにして、ここでは扱いません。

プラガルとプレドミナント

ただ近年のクラシック界ではちょっと面白いことが起こっているので、それは紹介します。

上のコード表を見ると、IImIVでは自由度や求められる役割が随分違ってくることに気づきますよね。そうであるならば、この2つを同じ機能としてくくるには無理があるのではないか? 役割を区別した方が、理論として美しくまとまるのではないか? そんな考えが生じてきてもおかしくはありません。

そこで「新しい和声」では、IImのようにドミナントの前に置かれるものをプレドミナントPredominantと呼び、一方IVIのように、ドミナントへ行かずにトニックへ行ってしまうものをプラガルPlagalという風に区別しています。1

このような区分はこの書籍独自というわけでもないようで、例えば書籍でいうと「Theory for Today’s Musician」では、「プレドミナント」と「サブドミナント」を別々の用語として使用しており、ここでいう「プラガル」だけが「サブドミナント」と呼ばれ、プレドミナントはまた別のものと認識されています。

プレドミナントTheory for Today’s Musician p72より

WEB上でも、ミシシッピ大学の教授ベンジャミン・ウィリアムス氏が同様の区分を提唱している論文や、オレゴン大学の教授オースティン・パティー氏による解説などが発見できました。

何度も述べているとおり、TDS機能というのは極論、20世紀の流行に過ぎないとも言えます。今後100年でスタンダードが変わっていくかもしれませんね。このページでも、二者を区別した方がよいと判断できる場合は、それぞれをPrDPgという表記で区別しますね。

#4.コードのまとまり

さあ分類のあとは、コードのまとまりを作っていく作業になります。島岡和声では、コードの進行の基本的な枠組みをカデンツKadenzと呼び、ざっくり3種類に分別しています。2

  • K1 : TDT
  • K2 : TPrDDT
  • K3 : TPgT

カデンツの頭文字「K」をとって、それぞれK1・K2・K3と呼ばれます。単語が連なって「センテンス」となるように、和音が連なって「カデンツ」を成すというのが、島岡和声の説明。
これはもちろん、先ほどのコード進行ルールに沿ったうえでのものなので、例えばK3の一種と称してIIVVImと進行することなどは出来ません。

また、TといってもIの和音を使うのが基本で、VImで終わる「偽終止」はあくまでもスパイス的存在ですし、大きなまとまりの始まりでは必ずIを使って、曲が長調であることを明示します

このカデンツを意識することはまとまりのある曲を作るために大切と言われていますが、もうココに来るまでにおそらく多くの作曲を経験しているであろう皆さんは、そこまでこのカデンツというものを意識しなくても、良い曲は作れるでしょう。

#5.借用和音

ダイアトニックコードの基礎をマスターしたら、次は他調からの借用です。二次ドミナントは、古典派にとって最重要な技法のひとつ。ダイアトニック世界が制限されているがゆえ、彩りをプラスする二次ドミナント群の存在は貴重なのです。

2次ドミナントたち

特にダブルドミナント(II7)は、長調の明るさをより強化してくれるので、IIm以上に愛用されています。もちろんこうしたコードを借用した後は強進行するのが鉄則で、III7→IImやII7→IVのようなポップス風の進行は、古典派ではありえません。

パラレルマイナー

一方でパラレルマイナーコード、すなわち同主短調からの借用和音は、あまり使われません。すでに言いまくっているとおり、長調はできるだけ明るくしたいわけですからね。パラレルマイナーは一切使わない方が、古典派らしさがクッキリと出ます。

逆にロマン派では、サブドミナントマイナーの切なさは感情表現にぴったりですから普通に使われますし、ドミナントマイナーやVIIを活用した曲も見られます。


ショパンの「ノクターン第2番」と、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」のサブドミナントマイナー。やはりこの情感の激しさは、ロマン派という感じです。

#6.セブンスやテンション

その次にはセブンスコードやナインスコードでサウンドを拡張していきますが、これも古典派では使われるものが限られています。特にオーケストラのような大編成では、音を濁らせることへのリスクが非常に大きいというのもありますからね。

またサウンドの流行としても澄明なものが好まれていたので、現代ではおなじみのメジャーセブンスなんかもあまり使われません。というか、使わない方が潔い古典派クラシックの雰囲気が出ます。

ただし、V7やII7のようなドミナントセブンスコードはめちゃくちゃ使いますし、ドミナントセブンス系のコードなら9thまで積むことも珍しくありません。それ以外は、ちょっとした音の流れの中で偶発的に生じるものや、装飾に使う程度に留めるのが古典派風です。

メジャーセブンスをフィーチャーしたクラシック曲といえば、エリック・サティの「ジムノペディ」やラヴェルの「水の戯れ」などがありますが、どちらも近代の曲ですね。

古典派らしさを出すのであれば、ドミナントセブンス以外はシンプルなトライアドに保った方が、古風な雰囲気を出しやすいです。

#7.スラッシュコード

またクラシックを特徴づける大きなポイントのひとつは、スラッシュコードの多用です。「転回形」と「ペダルポイント」は、古典派クラシックの重要なキーワードになります。

先ほどのコード進行パターンの話を聴くと、ものすごく自由度が制限されたように感じてしまいますよね。でも、それを補うために転回形を活用するのです。

ポップススタイル

これはよくあるポップス系のコード進行例です。でも古典派では、まずIIImがないし、IImIもダメです。V6だってまあ使いません。じゃあどうなるか?

クラシックスタイル

本当に微妙な違いですが、特にV7/IIなんかは結構クラシックな雰囲気が出ますね。こういう音づかいの積み重ねが、クラシックをクラシックたらしめています。
ですから先ほど「E型の接続は使わない」と言いましたけども、II/IIIのような動きであれば、あり得ます。

#8.コード進行のスピード感

また、古典派クラシックはコードの変化が不規則かつ素早いです。ポピュラー音楽では1小節とか2拍とか、一定のスパンでコード進行を変えていくのが基本ですよね。

スパンが不規則だと、演奏側もリスナーも慌ただしくて大変ですからね。でもクラシックの場合、例えばオーケストラなら色々な楽器が合わさってハーモニーを作りますから、各楽器がそれぞれの旋律を奏でていたら、自ずとコードがどんどん変わっていくことも普通に起こりうるわけです。

こんな風に、個々の楽器からするとただ自分のラインを奏でていたら、結果として毎音毎音異なるハーモニーが生まれているという感じ。実際、古典派が理論を確立するより前には、「コードを元にメロディを組み立てる」のではなく「メロディが重なった結果としてコードが生まれる」という音楽観が主流でした。
ですから、コードネームでザクザクと小節を区切っていくポピュラー音楽と比べると、コードの捉え方がすごく流動的なのです。

だから2拍ごとのコード変遷はもちろんのこと、1拍ごとにコードが変わる形も普通に見られるのがクラシックの特徴。これはピアノ曲でも同じで、例えばベートーヴェンのピアノソナタ8番(悲愴)第一楽章の終盤では、ものすごいスピードでコードを変えながら転調していく美しいパートがあります。

これほど速くコードチェンジをしていても、割と自然に耳に入ってくると思います。それは基本が聴きやすく統制されたコード進行で作られていることや、スラッシュコードが滑らかなベースラインを作っていることが大きな要因でしょう。

先ほど例に挙がったショパンのノクターンでも、コードがみるみる変わっていくフレーズが登場します。

こんな風に、メロディは自然なラインを保っているのに、和音も和音でドンドン美しく変化していく。こういう「メロディとハーモニーの一体化」は、「スケールとコードの分離」を積極的に行ったジャズとは正反対の側面と言えそうです。
こうやってスピーディーに動く場所と、反対にペダルポイントでどっしり構える場所とで緩急を作ったりすると、非常にクラシックらしくなるわけです。

#9.リズムの特徴

最後にリズムの側面から。クラシックは「表拍・裏拍」「強拍・弱拍」をけっこう区別するジャンルで、たとえば「弱拍なら多少濁った音があってもいいけど、強拍はきちんと綺麗に」とか、見ていくとかなり細かいルールがあります。

メロディのフレーズ作りにおいても、シンコペーションやアンティシペーションといった弱拍にアクセントが来るフレーズの出現頻度は、ポップスと比べるとずいぶん低いです。オーケストラでは指揮者がタクトを振ってリズムを司るというシステムも、表拍重視の旋律作りを自然と促していたのかもしれません。

逆にシンコペーションを多用したフレーズがあると、「裏拍のリズムが特徴的だ」なんてわざわざ評論されちゃうくらいの世界です。モーツァルトの交響曲 第25番なんかはその典型例ですね。

ですのでいかにも落ち着いたクラシック風の曲が作りたいのであれば、いつものメロディメイクを封印して、表拍中心のリズムで編曲してみると、なかなか古風な雰囲気が出せるはずです。


さて。ざっくりとクラシックの特色をまとめてみましたが、これら全て実践するだけでも、なかなか拡張高いクラシックの風合いが出ます。

こちらは、ここまでの内容を元にしてクラシック風で作ってみた例です。まだ本格的な「和声学」のテクニックは盛り込まれていないのですが、「様式論」にのっとるだけでもずいぶん格調高さが出ました。
とりわけ「マイナーコードをほとんど使わない」「転回形・ペダルポイントを多用する」といった点が目立って効果をもたらしています。

古典派クラシックは、「ダンスミュージック」や「ハードロック」といった現代のジャンルと比べると、こうした様式の重要性が大きく、いくらサウンドを真似ても、様式なしだと全然クラシック風にはなりません。

また、このユニークなコードスタイルをJ-Popに適度に混ぜたりすると、ほどよい高級感が生まれたりするので、ぜひ活用してほしいところ。

こちらは、くるりというロックバンドの、クラシック調を全面に押し出したアルバムからの一曲です。実はコード進行に古典派の様式がずいぶん盛り込まれていて、それがこの曲想に大きく貢献しています。オーストリアのウィーンで録音したそうですから、まさに古典派の世界ですね。

さて、次に知るのは短調の様式です。これを学ぶと、古典派理論の魅力がさらに見えてきますので、先へ進みましょう。

総括
  • 古典派長調では明るさを際立たせるため、特にマイナーコードの用法に制限があります。
  • 古典派では、始まりも終わりも主和音というのが基本で、「半終止」や「偽終止」はパートの途中のちょっとした場面にスパイスとして用いる程度というのが普通です。
  • 基本のコード進行に制限がある代わりに、スラッシュコードや借用和音を活用して彩りを付加していきます。
  • ポピュラー音楽を作るときとは作曲の思考法そのものを変えた方が、クラシックの哲学を理解しやすいです。

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