目次
4. ルート基準のスケールチェンジ
このようにジャズの演奏においては、「1・3・(5・)7度が固まっていて、残りが変動する」というような環境に常態的にさらされています。
その結果ジャズプレイヤーたちは、キーに関係なくコードのルートから音階を捉える能力がグングン発達します。例えばさっきの「攻めのフラットナインス」というアイデア、「何キーからの借用?」とか言われてもよく分かりません。ただ、スケールの各音程がどんな配置になっているかだけは明確に把握しています。
さらに転調が頻繁になればなるほど、「今のキーが何か」というのはドンドン不明瞭になってきて、コードのルートしか目印になるものがないという状況が深まります。そうなったとき、ルートを基準点にしたスケール認識というコンセプトが必要になるのです。コレを本格的に論じるのがこの章後半の「コードスケール理論」なのですが、そこに入る前にちょっとだけ覗き見というか、ルート基準思考の面白さを少し紹介したいと思います。
大元の演奏
こちらはよくあるジャジーな進行で、2つめのコードがIII7ですね。この演奏では、標準的なハーモニックマイナーのフレーズを弾いています。このIIIを固定の基準点として他のスケールにすり替えてみます。
オルタード・ドミナント・スケール
これはV章の「オルタード・ドミナント」の項で紹介したもの。5th9thの音を上下に変位させて、難しめのサウンドを交えるスケールでした。このスケールは、どこかのキーからの借用とかいう話ではありません。キーがどうではなく、「ルートからこの度数間隔で演奏すれば、面白くなる」という情報として記憶しているのです。
実際の例
例えばこちら、199小節目のA7altは、オルタード・ドミナント・スケールのサウンドがとても分かりやすい場面です。まずベーシストがルートのAを鳴らし、ピアノ左手は3rd7thに加え、-13thの音を鳴らしています。右手は分散和音風ですが、なんといっても3拍目の-5thの音が特徴的です。
オルタード・ドミナントのポイントは通常の9th5thを鳴らさずに変位させるところにあり、このe♭音の異質な存在感はオルタードならで、いかにもモダンジャズらしい毒気があります。
ジャズでは曲によっては一曲の中にたくさんの7Altが登場し、この曲もそうですが、毎回どのテンションの味を出すかというのを考えてフレーズが作られています。例えば少し手前の195小節目の方のAalt7では、いわゆる変位のキャンセルにあたる+9thが強調されています。
ホールトーン・スケール
こちらは「ずっと全音差」でおなじみのホールトーン・スケールにチェンジした例。コードルートであるミを出発点にしてホールトーンを作ると、うまい具合にソ♯、レという風にドミナント・コードの原動力であるトライトーンが形づくられます。ジャズプレイヤーはこのことを暗記し、“隠し武器”のひとつとしてストックしているわけです。
実際の例
こちら1:16-のGΔのところから、コードはF♯ø→B7→EΔと進んでどうやらEメジャーキーに転調したようですが、そこからページが切り替わるといきなりC7altへ進むと、おまじないの効果音のような奇妙なフレーズがなだれ込んできます。これこそがSF感・魔法感に定評のあるホールトーン・スケールの仕業です。
この曲はこの場面以外にもC7altに対してホールトーン・スケールをあてる場面が何度か見られます。具体的なフレーズ自体は即興だとしても、「ここはこのスケールで行こうかな」という事前の計画がある程度練られていたりするわけですね。
コンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケール
コンビネーション・オブ・ディミニッシュ、略して「コンディミ」と呼ばれているスケール。スケールを構成している音をひとつ飛ばしで見てみると、ミ・ソ・シ♭・レ♭。これはディミニッシュセブンスの構成音です。また、残った4つを見てみると、ファ・ソ♯・シ・レで、これまたディミニッシュセブンスであることがわかります。
2つのディミニッシュコードが組み合わさっていることが、名前の由来です。段差も面白くて、「半全半全半全半全」という風に、半と全を交互に繰り返しています。それこそ即興演奏をするのに、間隔を覚えやすそうなスケールですね。これもウマいことドミナントセブンスのコードトーンをちゃんと全部含んでいます。
実際の例
こちらまず130小節目のG7altはあいさつ代わりのホールトーン。そしてページが変わって136小節目に再度訪れたG7altでは一気に音階を駆け下りていきます。こんなフレーズどうやって作るのだろうと不思議に思うところですが、その構成音をよく見ると、コンディミスケールそのままになっていることが分かります。
これはフレーズを終わりから逆さまに辿っていくと分かりやすく、まずルートのg音に対してラストの音はそれより半音高いa♭。次は全音上がってb♭。次は半音上がってc♭(=b)……という具合で「半全半全半全半全」となっていることが確認できます。
それから、こうして前後関係があることで見えてくるものもあります。例えば今回は後続がCΔというメジャー系コードなわけですが、Gをルートとするコンディミでは13thがちょうどそのメジャー性を象徴するe音です。対してe♭音は構成音に含まれないため、この点においてコンディミはメジャーへと解決する時の方が自然に入れ込みやすいことが見えてきます。
もし後続がC-7の時にコンディミを使うとしたら、逆にこのe音は控えめにして、代わりにa♭やb♭を押し出すというような調整をすることになるでしょう。そのあたりの匙加減もまたアドリブスキルのひとつというわけです。
だからこれらのスケールを使いこなす際には単に構成音を覚えるだけでは足りず、実際のアドリブ分析を通じてプレイヤーたちがどの音をどんな風に活かしているか学ぶ必要があります。
こんな具合でジャズプレイヤーは微妙にテイストの違うスケールをいくつも覚えていて、状況によって違うカードを繰り出すという、高度なたしなみをしているのです。
モーダル・インターチェンジとの違い
スケールを入れ替えるという点で言えば、これは前回やった「モーダル・インターチェンジ」と似ています。しかし、モーダル・インターチェンジが常にキーという概念とセットで、キーの主音を軸にしてチェンジしているのに対し、今回やっていることはその瞬間のコード・ルートを軸にしたチェンジで、微妙に内容が違います。
こちらの方がキーが不安定な環境に特化していて、トーナリティとは関係ない“その瞬間”のサウンドに着目しているわけです。
今回のようなスケールチェンジは一般には「モーダル・インターチェンジ」という語の範疇には含まれず、これといった名前は付けられていません。この行為があまりにも日常的な所作だからかもしれませんね。
即興演奏という文化が、“その瞬間”に繰り出す技の引き出しを持つという考え方を生み、それがメジャー/マイナーキーシステムと他調からの借用というノーマルな音楽理論の枠組みから逸脱した新しい方法論を理論化させました。異なる音楽のために異なる音楽理論がいくつも生み出されてきたことを知ると、理論に対する向き合い方もより自由で柔軟なものになると思います。