目次
1. コードスケール理論
もう一度、ジャズ編前半の内容を思い出してもらうと、ジャズの理論システムにおいてスケールの存在が非常に重要になってくるという話でした。コードクオリティが指定されても、それは基本的に1・3・5・7度の音しか示さなくて、2・4・6の音選びが分からない。「コード」という状態は、インプロビゼーション(即興演奏)を主眼に置くジャズ理論にとっては不完全とも言えます。
そこで、一部のジャズ理論においてはコードとスケールを表裏一体の存在として捉えて精密に理論化していて、これをコードスケール理論Chord Scale Theoryと呼んでいます(以下、適宜「CST」と省略します)。
The Chord Scale Theory describes the interrelation between chords and scales. They form a functional unity with two different manifestations, each representing the qualities of the other.
コードスケール理論は、コードとスケールの間の相互関係を述べるものである。二者はふたつの違った形で現れて、互いが互いのクオリティを象徴することで、機能的なまとまりを形づくる。Barrie Nettles, “The Chord Scale Theory Jazz Harmony”, p16より
やや抽象的な言い方ではありますが、コードとスケールは、形こそ違えど互いが互いを示唆しあう、統合された存在であると捉えるのです。
メロディ編の「教会旋法の総括」で、ドリア旋法がジャズのインプロでよく使われるという話をしました。
ジャズ的な考え方では、これは「Am7一発でアドリブ」というよりも、「Aドリアン一発でアドリブ」なのです。考えてみればスケールというのは、名前を言えばそれで7つの音程を指し示すことができるのだから、コードネームよりも情報伝達において優秀だと思いませんか?
(→1・3・5・7度しか分からない)
(→全てのインターバルが分かる)
文字数が少ないくせして、内包する情報量は多いのです!
伴奏者も、「Aドリアンならば乗せるテンションは9,11,13か」とすぐに判断できる。これが“スケールがコードを象徴する”ということ。逆に楽譜に「Am7(13)」とあれば、「13thってことは、F♯が入るのか。じゃあこのコード上でアドリブするなら、まあAドリアン辺りかな。」とも判断できます。これが、“コードがスケールを象徴する”ということ。お互いがお互いの存在を示唆し合っているのです。
こうやって考えることで、理論のシステムが即興演奏に適したものになるだけでなく、頻繁な転調への対応力も高まり、またこのシステムで無ければ思いつきづらいコードやスケールの発想も生み出されてくるのです。
Chord-scale study can distill the set of relationships between harmonic ideas to a more manageable set and allow for clearer thinking about how to interpret progressions when arranging them or improvising.
コードスケールの学習は、ハーモニーのアイデアの間にある関係性の連なりをより扱いやすいものへと純化させ、アレンジやインプロの際のコード進行の解釈において、よりクリアな思考を可能にする。Joe Mulholland & Tom Hojnacki, “The Berklee Book of Jazz Harmony”, Introduction Xより
ですから基本的に、ほとんどあらゆるコードのタイプに対してそれに対応するスケールが存在する、というか名前をつけて管理しているということになります。
以前EΔを例に挙げて「ポピュラー系理論ではスケールの名前が足りていない」と述べました。コードスケール理論では、当たり前のように個々のスケールに名前がついています。
この「コードとスケールでワンセット」という考え方を理解すると、よりレベルアップした見方で音楽理論を見つめることができるようになります。改めて、「コードスケールChord Scale」という言葉の指すところを明確にしておきましょう。
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A chord scale is a linear rendering of a complex chord–an extended chord structure, with tensions and non-chord tones arrayed within an octave.
「コードスケール」とは、複雑なコード、拡張されたコードの構造を、テンションやノンコードトーンをオクターブに収まる配列として、順に並べて表現したものである。)Joe Mulholland & Tom Hojnacki, “The Berklee Book of Jazz Harmony”, Introduction X
非常に抽象性の高い語なので、もうひとつ引用します。
The chordscale defines basic harmonic and limited melodic activity (when compared to the chromatic scale) for a given chord symbol.
コードスケールは、与えられたコードシンボルに対して、基本的なハーモニーとして使える音、そして(12音何でもありのクロマティック・スケールと比べれば)メロディに使える音をより限定的に定義するものである。Barrie Nettles, Richard Graf, “The Chord Scale Theory Jazz Harmony”, p.25
つまり、スケールと似た外観ではあるものの、何となしに使われる「スケール」という言葉とは違い、そこに何がテンションとして使用でき、どの音がアヴォイドなのか、そしてどのコードと結びついているのか。そうした情報をセットにしたパッケージが、「コードスケール」ということです。
2. スケールの命名にあたって
そんなわけで「コードスケール理論」では、膨大なパターンのスケールに対してドンドン名前をあてていきました。そしてその際、ネーミングのベースとして活用されたのが、教会旋法です。上でも「リディアン」「アイオニアン」といった名前が並んでいたから、薄々勘付いていた人もいるのではないでしょうか。
具体的にどのように名前をつけていくかは、次節以降の記事で紹介していきます。
まだ理論の“枠組み”しか話していないので想像しづらいと思いますが、「コードスケール理論」においてこの教会旋法を名前の基礎に利用することは、とても合理的なのです。特に教会旋法を使った作曲をすでに経験している人であれば、予想以上にスンナリとスケール名の暗記を進めていけます。
ここは一応コード編の「VI章」という“奥地”ですから、多少なりとも教会旋法の音の配列は頭に入っているという前提で、ここからは進めさせて頂きます。
ペアレント・スケール
教会旋法をネーミングに利用するということで、CSTの世界ではメジャースケールはもっぱら「アイオニアン」、マイナースケールは「エオリアン」と呼ばれることになります。
そして「メジャースケール」という言葉はむしろ、7つの教会旋法が生じる元となる「親」として捉えられ、それゆえペアレント・スケールParent Scaleと呼ばれます。
メロディ編では「アイオニアンとメジャースケールは実質同じ」と述べましたが、このCSTのフレームワーク内では、二者は別次元の存在として区別されますので、注意してください。
「親」であるCメジャースケールは、いわばCメジャー“キー”を象徴する存在であると言えます。一方でメジャースケールの「子」であるCアイオニアンは、Cメジャーセブンス“コード”を象徴する存在の一つということになります。キーから意味的に独立し、その代わりどの音がテンションでどの音がアヴォイドかといった情報を有する。
“親”のCメジャースケールを「ペアレント・スケール」と呼ぶのに対し、メジャースケールから生まれた“子”である7つのスケールは「ダイアトニック・モードDiatonic Modes」などと呼ばれます。
まさに「ダイアトニック・コード」を「Δ7、m7、m7、Δ7、7、m7、ø7」みたいに頑張って暗記したのと同じように、今度はテンションまで全部込みのデータとして「アイオニアン、ドリアン、フリジアン、リディアン、ミクソリディアン、エオリアン、ロクリアン」とそれぞれの構造を暗記していくということです!
3. スケールトーンの分類法
「インターバル、テンション、アヴォイド、コードとの結びつき。全てをセットにした情報がコードスケールであり、教会旋法をベースにした命名が成されている」などと説明されると大それたものに感じられますが、そんなことはありません。「コードスケール理論」は、今までの知識から繋いでいけば、自然と受け入れられる内容です。その中身を少しずつ覗いてみましょう。
バークリーのCSTでは、スケール内の音を3種類に分類します。
- コードトーン
コードクオリティを決定する根本となる音たち。 - アヴェイラブル・テンション
テンションとして使用可能な音。 - ハーモニック・アヴォイド・ノート
スケールの配列を完成させるために必要だが、コードの音として伸ばすには受け入れられない音。
「コード・トーン」とは、基本的には1・3・5・7度の音を指しますが、例えばsus4ならば3rdではなく4thがコードトーンとなります。
こちらが、「アイオニアン」をCSTのコンセプトのもと情報化したもの。先述のとおり、これを「メジャースケール」と呼ぶことはない。「メジャースケールの主音から生まれた第一子、アイオニアン」なのです。
バークリー方式では、「アヴォイド」のみを黒塗りの音符で明示するのですが、今回は視認性を考えて、テンションとアヴォイドは共に黒塗りで、しかしアヴォイドの方だけを赤でカラーリングすることで区別をつけました。
アヴォイドについては、“テンションの一員ではなくスケール中のでのみ使う”という意味を込めてか、「11th」ではなく「4th」というラベリングを施します1。
4. コードスケール理論の実践
そんなわけで、「アイオニアン」というたった6文字に、「Cメジャースケールから生まれた“子”で、メジャーセブンスのコードとセットになっており、9thと13thがテンションの選択肢にあり、4thはP4だが、これはアヴォイド」という情報が全て含まれているのです。
こうやってバンッ!と整理して表示されると、確かに“クリアな思考”でスケールを理解することができる。そんな気がしてきませんか? コードとスケールの対応関係や、テンション/アヴォイドの情報などを、このように明快にまとめていくのがコードスケール理論なのです。
少し、実際の場面とセットでこの理論を実践してみますね。
- II–7V7IΔ
こちら、もはや説明不要の王道ジャズ進行ですが、これをCSTを用いて、“よりクリアな思考”で理解したいと思います。ノーマルなコード理論の考え方では、これはずっとCメジャーキーの中で、ダイアトニックコードのみですから、もしここで即興演奏するなら「Cメジャースケールをずっと使えばいい」となりますね。
しかし、CSTの世界では、こうは捉えない。このポピュラー音楽的アプローチだと、ジャズでは通用しなくなってしまうのです。主な問題点は、2つ。
- 「コードそれぞれのサウンド」を意識した即興演奏ができない
- キーの情報に依存しており、頻繁な転調に対応できない
前者については、やっぱり即興というのがポイント。コードクオリティを提示する3rdと7thは重要な音で、逆にアヴォイド・ノートは長く伸ばさない…。そういった「マナー」の上にインプロの文化が成り立っています。だからたとえ「ずっと白鍵のみ」だろうと、「Dm7の時はこんな感じの指さばき」「G7の時はこんな感じの指さばき」と、別々に認識していなくては、音楽的な演奏ができないわけです。
後者もすごく重要で、コード進行が複雑になり、キーがはっきりしなくなればなるほど、Cメジャースケールという“親”に頼っている状況はドンドン不都合になっていきます。
- A–9FΔ(+11)B(9)E+Δ(9)
例えばこんなコード進行をピアニストが作って、バンドのみんなでコレを元に演奏するとします。初めはふつうのAマイナーキー風ですが、後ろのコード2つは難しいです。Cマイナーキー方面からの借用っぽいですが、どんな音階でどんな演奏をしたらいいのか、コード進行の緊張と弛緩の流れはどう捉えるのかなど、細かいところですり合わせが必要そうです。
メンバーに意図を伝えるとき、コードスケール理論がなかったら、話し合いはこんなふうになるでしょう。
グダグダになってしまいました。キーの情報に依存してしまっていると、こういう時にいちいち「ここは○○キーの□□のコードのつもりで、4thと6thの乗り方は・・・」なんていう風に、冗長な説明をしないといけなくなる。
「キーから頭を切り離してコード単位で、スケールの情報と一緒に」相手に伝達することが、ジャズにおいては望ましい場面が多くあるわけです。では、それを最も円滑に行うための方法論は何か? そうです、コードスケール理論です。
話がスムーズに進みました。コードスケールについてまだ詳しくない我々にはちんぷんかんぷんですが、これだけでもう伝えるべきことはきちんと伝わっています。1つのスケール名で7音ぶんの情報をズバッと伝えられるので、話がコンパクトに収まるのです。
伝える側も伝えられる側も、スケールまで含めて情報をきちんと整理したことで、「B♭øが実はハーフディミニッシュではなくマイナーセブンスの(+11)を意図している」「G7のスラッシュコードとみなしてもいい」といった、かなり繊細で高度な部分の情報を、スムーズに共有しています。 これこそがCSTの強みであり、Barrie Nettles氏が言う「クリアな思考」ということでしょう。
ウサギとカメ
言ってみればコードスケール理論はウサギとカメ、あるいはアリとキリギリスです。
CSTは、大量のスケールを覚えないといけませんから、最初はたいへん。また、「転調もしない、ソロもメジャースケール一発で十分、スコアも別に要らない」なんていうジャンルでは、さほどその効用を発揮できず、そういうフィールドではCSTの良さというのはイマイチ伝わりません。
しかし「キーの束縛から解放されたい」「複雑な音響情報を一発で伝達したい」というレベルに突入した時に、関係が逆転するのです。通常の理論で逆に手間が増えてしまい、そしてCSTの方が急激に便利なものに感じられてくるわけです。
Check Point
「頻繁な転調」もしくは「不定調性」の「即興演奏」において、キーに依存する一般的な音楽理論では対応力に限界がある。そこで、スケールに関する情報量を分厚くして、なるべくキー非依存な形で運用できることを目的に発生したのがコードスケール理論である。
この「コードスケール」のコンセプトが身体に馴染んでくると、音楽の見え方が変わり、キーからではなくスケールから音楽のアイデアを発展させていくことなども可能になり、スケール同士の関係性の繋がりがクリアに見えてくる。
CSTは従来の理論の延長線上にあるものの、全くの別物くらいに考えて取り組んだ方が理解は捗ると思います。このVI章の後半ではこの「コードスケール理論」の基本的な部分を理解し、その効果が体感できるくらいのところまでは進めたいと思います。