目次
この記事では、単音のピッチを表す場合には小文字のアルファベットを用いることで、コードネームとの区別をします。ドレミでの表記は階名を指します。
ここまでは主に近代音楽の発展的な技法について紹介してきましたが、最後は少し純理論的な内容を取り上げます。それが、ややこしい事例におけるコードネームの決定法についてです。
I章の段階で、演奏をコードネームに変換する際の基本的なポイントは確認しました。
鳴っている音を「コードトーン」と「ノンコードトーン」に切り分けて、情報を削ぎ落としたうえでコードネームにするという話です。ただこの時はまだ、「六つの基調和音」しか紹介していない序盤だったため、解説できた内容はかなり初歩的なものに留まりました。
あれからたくさんのコード種を学び、その結果としてコードネームをどうすればよいか迷う場面というのも増えてきたはずです。そこで、コードネームにまつわる諸々の疑問をこの記事ひとつで出来る限り潰してしまおうというのが今回の主旨です。
この記事のレベル感
ここはV章のラストですから、内容もそれなりに踏み込んだものになります。鍵盤上で区別がつくレベルのコードネームの判別は、この記事のトピックではありません。
こういう区別よりもさらに難しい、人的判断が必要なレベルの事例を説明していきます。
- 音が鳴っていないときの「omit」ってどこまで細かく書くべき?
- スラッシュコードでも書けるし、そうじゃない形でも書ける時に、どっちにすべき?
- 異名同音ってどうやって判別すべき?
言うなれば、よくある「コードネーム判定ツール」のような機械では判定できないような次元の内容を、理論的に解剖していくことになります。
1. 音楽とコードネームの関係性
さて「音楽そのもの」と「コードネーム」の間にある関係性というのは、大きく分けると2つ存在します。「音楽をコードネームに」変換する行為と、「コードネームを音楽に」変換する行為です。
しかし「コードネーム」はヴォイシング(音の配置)や細かい演奏の情報を削ぎ落としているため、データとして持っている情報量が少ないのだという認識は重要になります。
だから「分析」と「演奏」の際には、人間の手が介入しています。人間の手によって情報を削ぎ落とされ「コードネーム」と化した音楽は、人間の手によって情報を埋め合わせて再び音楽へと復元されるわけです。
これはI章で既に述べましたが、コードネームの情報をどれくらい綿密にすべきかというのは、目的と状況しだいで変わってくるものです。
分析結果としてのコードネーム
楽曲の分析において「良いコードネーム」とは、「作曲者の意図や音楽展開上の意味などを深く汲み取り、正確に反映させたコードネーム」というのが基本指針になるかと思います。
異名同音の判断などについては、細かな音使いや前後関係から相応しいものが定まっていくことが多いですね。そしてどれくらい細かくコードネームを書くかについては、やはり何のために分析をしているのかという目的次第です。
演奏指示具としてのコードネーム
一方でコードネームは、演奏内容を伝えるために使われることもある。バンドで自作曲をみんなに演奏してもらう時などの場合です。綿密に書かれた楽譜ではなくコードネームで相手に音楽を伝えるということは、相手に演奏の裁量を委ねることを意味しますよね。
この場合は「自分の意図から逸脱しないように演奏がなされるコードネーム」というのが基本指針になるかと思いますが、誰がどんな楽器でどんな風に演奏に携わるのかという状況が大きく関わってくるので、こちらの方が話は複雑です。
例えば演奏を委ねる相手が「ギターで書かれたとおりにコードを鳴らすだけ」であれば、必要以上に細かく書かれたコードネームは、押さえるのが大変で困ってしまうでしょう。ある程度シンプルなものが好まれるし、それから異名同音の区別もさほど問題になりません。
逆に「その部分のアドリブソロを担当してもらう」なんて話になると、いくらか精密に記述するよう心がけないと、相手が思いもよらない演奏をしてしまう事態も考えられます。むろんそういったすれ違いは多くの場合コミュニケーションですり合わせができますが、誤解の生じにくい記述をするに越したことはないでしょう。
このように、状況と目的があってこそ方針が決まっていきます。根本的な考え方としては、「分析」時におけるコードネームとは音楽の要点をまとめたレポートであり、一方「演奏指示」を想定した場合のコードネームとは相手へのメッセージであるというような感覚を持つと、ちょうど良い塩梅がイメージしやすいかと思います。
目的意識から来る相違の例
とりわけ、楽曲のメロディ部分をコードの一部とみなすか否かについては、この目的意識の差が顕著に現れます。
このように、メロディが伴奏にない音を単独で取っている時なんかはその典型です。
もし楽曲分析としてこの音楽が持つサウンドを言語化したいのであれば、メロディの音も含めてコードネームにすべきです。そうでないと、7thと6thが混ざる玄妙な質感、メジャーセブンスの憂いを帯びたサウンドといったものが記録に残されないからです。
しかし、これを弾き語りする人のためにコードネームを書くのであれば、メロディは無視してしまった方がよいです。まずコードを弾くのが大変になるし、それに伴奏とメロディとで7thや6thの音が重複してしまうと、音響的なバランスも崩れてしまうからです。
こうした差は、各種コード進行紹介コンテンツでも同様のことが言えます。コード進行を「分析」の意味合いで載せるところでは詳しい表記が選ばれ、ギター弾き語り層をターゲットにしたところではテンションを全て削ぎ落としたシンプルな表記が選ばれていたりします。
2. 7人選抜システム
さて、そろそろ本題に入っていこうかと思いますが、まず前提として押さえておきたいのは、現行のコードシンボルシステムが7人の選抜メンバー制の思想を根本としていることです。
こちらのコードの場合、(9) というシンボルにより、ファ♯の加入が確定しました。これは同時に、ファ♮が選ばれなかったことも意味します。選抜制というのは、そういう意味です。
つまりIIIm7(9)というコードネームは、ドレミファソラシの7音のうち「ミ・ソ・シ・レ・ファ」の5音に関するメンバーを指定し、「ラ・ド」に関しては未指定であるという状況を意味しているわけですね。
ファとファ♯はライバル同士で、どちらかひとりしか“席”に座れない。ラ・ドはまだ“空席”である…。こんな風に、1-7までの番号のついた座席が埋まっていくようなイメージを持つと、コードネームのシステムは分かりやすくなります。
実際の音楽においては、ミとミ♭のように同じ席を争うもの同士が共存して同時に鳴るということも考えられます。しかしそれはコードネームシステムにとっては例外的な事態、特殊な事例となります。
そういう時には表記が困難になる場合もありますが、そうした特殊事例についてはここではまだ扱いません。
ファ♯が選ばれたら、ファはメンバーから外れる。こんなの当たり前のことと思うかもしれませんが、案外この認識はコードネームを考える際に重要なキーポイントとなってきます。
“空席”と即興演奏
この“空席”の部分は、アドリブ演奏をする際に重要な問題となってきます。IIIm7(9)のコード上でさあアドリブ演奏をしようとなったら、メロディラインの通り道としてラ・ドも適宜使用することになりますよね。そしてそこはまだ選抜メンバー未定なわけですから、“意外な大抜擢”も考えられます。
空席の残っているコードネームを渡して誰かに演奏してもらうということは、良くも悪くもそういう自由選択の「余白」を残すことを意味します。空席をどう埋めるかは暗黙の了解で済むことも多いし、紛らわしそうなところは事前に打ち合わせをすることもあり得ます。
パラレルマイナーコードを紹介した時も、演奏の際はミ・ラ・シのどこにまでフラットを付けるのか擦り合わせをした方がいいという話がありましたね。
この“座席”のコンセプトを念頭に置きながら、各種まぎらわしい事例をチェックしていきましょう。