コードネームの判別法

コード編 Ⅳ章:新しい技法

さて、このIV章のラストまで進んできたところで、ポップスに必要な技法はほとんど出揃ったといっても過言ではない。その過程で、例えば「sus2」と「add9」のように、「似たものどうしのコード」というものが幾つか存在しました。この節では、そういったややこしいところを一挙に確認します。

#1 二種類のプロセスパターン

まず確認しないといけないのは、「コードネームをつける」とひとくちに言っても、その意味は大きく分けて2つあるということです。

A: 伝達・指示具としてのコードネーム

ひとつめは、自分が作った曲のコード進行を他人に伝える、伝達・指示具としてのコードネームです。これは例えばバンドで自作の曲をみんなに演奏してもらう場面などを想像してください。この場合の正しいコードネームとは、「自分が思い描いている演奏を相手がしてくれるようなコードネーム」ということになります。自分が弾いてほしくない音、あるいは押し出して欲しい音、そういった情報が伝わるようなコードネームが望ましいわけです。

B: 分析・解釈結果としてのコードネーム

もうひとつは、他人が作った曲を自分で分析して読み解く祭の、分析・解釈結果としてのコードネームです。これは例えば作品を耳コピして、その技法を学ぼうとするときを想像してください。この場合の正しいコードネームとは、「作家がどのような意図でその音を構成したかをよく汲み取ったコードネーム」ということになります。本当の正解は、闇の中ですけどね。それでも、微妙な音使いから、つけるべきコードネームが見えてくることはあります。

それこそ、「あるアーティストの曲を耳コピしてコード譜にして、バンドメンバーに渡して演奏する」なんていう時には、この2つ両方の側面から考えないといけないことになります。この記事でも、ところどころこの「A・B」両面から確認をしていきます。
そうはいえ、どちらにしても良いコードネームを判断する方法に関しては、そう違いはありません。本論に進みましょう。

#2 三種類の変化パターン

それではまず、コードネームはどのようにして複雑化していくのか、そのパターンをおさらいしておきます。

変位(Alteration)

第一の変化パターンは、「変位」です。コードの構成音の位置が上下に動く、そして多くは臨時記号を生じる。aug、♭5、sus4などがその代表ですね。

5thの変化

変位和音は、「元の構成音が変化した」という文脈があるため、「変化前の音は鳴らさないでね」というメッセージを基本的には伝えることになります。これはけっこう重要なポイントです。
例えば「sus2」だったら、これは3rdを吊って緊張感を作っている場面なわけなので、3rdを気軽に鳴らして欲しくはないということが、明示的ではないですが大抵の人に伝わるはずです。

テンション(Tension)

第二の変化パターンが、「テンション」です。トライアドやセブンスコード、シックスコードの状態からさらに音を加えてコードを豪華にする。9thコードや、ついこないだ軽く紹介した「+11」「-13」といった高度なヤツらですね。

11thの比較

テンションコードは、「元のコードに音が加わった」という文脈なので、本来のRt・3rd・5th・7th(6th)の音と普通に共存します

変位和音とテンションコードは、どちらで表記すべきか紛らわしい時があるのですが、この「それぞれの文脈」を理解していると、まず判別がしやすくなります。

省略(Omit)

最後に忘れてはいけないのが、音を抜くことを明言する「オミット」です。ここまでの内容では、3rdを意図的に抜く「パワーコード」がこれに該当します。

omit3

しかし、実際のバンドスコアなどでは、たとえパワーコードでもいちいちomit3と書くことはせずに、単にC-F-Gなどと書くことが多いという話でした。その辺りについても、後述いたします。

スラッシュコード(Slash Chord)

音の変化とは違いますが、「スラッシュコード」もコードネームの解釈においては極めて重要な要素になります。

hybrids

「スラッシュコードとも取れるしテンションコードとも取れる」という状況に遭遇することは、けっこうあります。どちらにすべきなのか、それについてもやっぱりこれから解説していきますね。

#3 変位か、テンションか

まずは、変位和音とテンションコードの使い分けを確認します。念のため、コードネームが「キャラかぶり」をしているペアを挙げておきますね。

かぶり1
かぶり2

テンションの方は、音を付加しているので、きっちりトライアドがあってその上に…という形ですが、変位はやっぱり三音のまま。

応用テンションはまだ前回紹介したばっかりなので、ちょっとややこしいとは思いますが、まあ今はナゾでも後々コードネームに迷った時にまたこのページに戻って来ればよいのです。

分かりやすい例

先述のとおり、基本的な判断基準は「音が変位しているのか、付け足しているのか」です。分かりやすい例を見てみましょう・・・

変位和音の例

こちらは、「マイナーセブンスフラットファイヴ」の節で紹介されたコード。これはもう確実に(-5)という表現を使うべきで、(+11)を使うと誤った表記と言えます。
テンションコードとしてしまうと、「C」の音が加わってしまいますからね。

F#(+11)

もちろんこの場面でCに鳴ってほしいわけがないない。だからこれは「変位和音」であり、(-5)を使うということになります。

  • A:伝達の場合
    他人がこのコードのうえで自由に演奏する際、万が一にもCの音を弾かれたら困るので、そのメッセージを込めて(-5)とする。
  • B:分析の場合
    他の一般的な楽曲での前例や、Cメジャーキー内のノンダイアトニックコードであることを踏まえると、背景にCの音がある蓋然性は低い。よって(-5)を意図していると結論づける。

ですから、11thや-13thといった応用レベルのコードネームは、sus4や6thコードといった「キャラかぶり」との構成音の微妙な差に着目し、音が「変位している」のか「加わっている」のかを考えて決めることになります。

音階から考える

次はもう少し分かりづらい例を見てみます。

Cナゾ

このような「演奏」があって、楽譜におこしたというシチュエーションを想像してみてください。2個のコードが問題です。ここでは便宜上「ファ」になっていますが、異名同音の「ソ」かもしれない。そこはナゾです。
これが変位和音で(-5)なのか、テンションコードで(+11)なのか。さっきと違って、もし仮にP5thを補ってもそれはソの音ですから、大して問題ではない。判断しづらいのです。

あっても悪くはない

こんな時には、このコードの背景にある音階をきちんと考えてあげると良いです。

  • A:伝達の場合
    他人がこのコードのうえで自由に演奏するなら、どの音階で演奏して欲しいのか。どの音は鳴らしてほしくないのか。
  • B:分析の場合
    前後関係、曲全体で使われている音階や曲想、内容などから、どの音階を意識して生まれたコードなのかを推測する。

今回の場合、背景にある音階は、ファにだけシャープのついた「Cリディアンスケール」だと推測できます。

Cリディアン

この判断は、知識と経験に基づく面が大きいですね。もしファじゃなくソだったとすると、下のような音階ということになりますが・・

変なスケール

聞いて分かるとおり、この場面にファのナチュラルはふさわしくありません。ようは、「ファと見なさないならば、結果的にファが鳴らせることを暗示してしまう」わけです。
だからもしファが合わない場面だったら、これを「ファです」と宣言することで、ファを封じ込めることがよい情報伝達と言えます。

もちろん「A:伝達の場合」で貴方がこのようなブルース調のフレーズを構想しているのであれば良いですが、そうでなければここは、(+11)の表記を選ぶのが正解です。

音階とコードネームは密接に関係しているということを、このくらいのレベルになると意識した方が良いということです。特にジャズ系理論では、むしろ「スケールからコードが生まれる」というような考え方が一般的なので、こうしてスケールを元にしてコードを解釈していくのは基本的な方法論です。

#4 omitか否か

次に、「omit」について。「パワーコード」の記事では、“たとえパワーコードで演奏するのであっても、バンドスコアなどではいちいちomit3とは書かないのが普通”、という話でした。

だんだんここまでの話で、その理由も想像がつくのではないでしょうか?

  • A:伝達の場合
    他人がこのコードのうえで自由に演奏をする際、どうしてもその音を鳴らして欲しくないと明言したい場合にのみomitを使う。アレンジしたりフレーズを乗せる際にその音を別に使っても構わないようであれば、omitは書かない方がいい。
  • B:分析の場合
    「特別な意図を持ってコードトーンが鳴らされずにいる」と推測できる場合には、omitと書く。特段の意図が読み取れない場合には、わざわざomitと書く必要はない。

特に5thの音はたびたびomitされますし、編曲の中でたまたま3rdの音が鳴らされていないタイミングもあるでしょう。そういう時にいちいちomit5、omit3と書いていたらキリがありませんからね。

#5 スラッシュコードか否か

続いてスラッシュコード。中でもハイブリッドコードは、大抵のばあいテンションとomitを使ったコードネームで書くこともでき、「どちらとも言える」という状況が多いことでおなじみです。

ハイブリッドコードのばあい

これは「A:伝達の場合」でも「B:分析の場合」でも決めるのが難しいところですが、特に前者の場合、どちらにするかによってベース・ウワモノそれぞれ演奏内容が微妙に変わってきます。

ハイブリッドコードと見る場合

まずハイブリッドコードと見た場合、ベースを担当するパートはウワモノと独立してひとりでVの演出をすることになるので、ルートを弾く責任が増します
普段は気軽に弾けるレの音も、今回はウワモノに加担しすぎるかなと、控えめにすることが考えられます。

逆にウワモノは、IIm7の演出に徹することになるので、サブドミナント的なフレーズ回しが自ずと選ばれていきます。ルートであるレの音を大事にしつつ、Vのコードではあまり見ないドの音を積極的に弾いて、対してソの音は原則弾かない。そうやってドミナントコードとの差別化を図るでしょう。

IVM7IIIm7IIm7/V

こんな感じ。ベースはしっかりソの音ですが、他はどことなく穏やかで、サブドミナント的終止を目論んでいるという意図が演奏に含まれています。

テンションコードと見る場合

逆にテンションコードと見た場合、ベース担当はルートの負担が減ります。編成等にもよりますけど、基本的にはウワモノもVのドミナント感を演出してくれるので、より自由に動けるはずです。

ウワモノは、今度は「IIm感」を出す必要がなくなったので、レの音を鳴らす重要性がやや落ちます(Vにとってレの音は“無色透明”のP5thですからね)。そして先ほどはなかった「ソの音も適度に混ぜる」という選択肢が生まれます。

逆に11th(ドの音)については、テンションとして記されているとはいえ、ドミナントの高揚感を阻害する音ではあるので、どちらかというと7th(ファ)、9th(ラ)の音に重心が寄っていくはずです。

IVM7IIIm7V11omit3

まあかな〜〜〜〜り微妙な差ではありますが、こちらの方が「全員でドミナント感を作りにいっている」演奏になります。

正直このくらい微細な差であれば、正直「パッと見て分かりやすいコードネーム」を選んでしまっても、さほど問題はないですが…ただやはり、コードネームにはこうした想いを込めるものだというのは、覚えておいて頂きたい。

  • A:伝達の場合
    ベースとウワモノを分離したいかどうか。サウンドに「混成感」を求めるか「一体感」を求めるか。目指すサウンドを想像して指定する。
  • B:分析の場合
    ベースとウワモノが分離しているかどうか。ベースのルート音をウワモノが拾っているかどうかといった点から、どちらを意図しているのか推測する。

今回はハイブリッドコードを例にとりましたが、転回形やペダルポイントなど、他のスラッシュコードについても同じような話です。

#6 異名同音など

とソのような異名同音は、これまでは何となく「元の音から上がっている文脈ならシャープ、下がっているならフラット」という判断をしてきたかと思いますが、上述のように、元となっているスケールを考えるのが、最も正確な判断に繋がります。スケールを想定することで、伝達の場合には演奏を正確に指示できますし、分析の際にも文脈を深く理解することができますからね。

Fの5thから下行

例えばこんな風に、トップノートが5thからスルスル下がってくるフレーズがある。なんとなしに考えると、「下がってきているから5thが変位してるってことで、フラットファイヴかな?」と思ってしまいます。
しかし、ここまでと同様に背景のスケールを考えると、ここではドの音を鳴らすことができ、逆にシが鳴ることはないだろうことは明らかです。

F Lydian Scale

この配列は、Lydian Scaleと呼ばれます。そうすると、先ほどのコードのシの音は、赤くハイライトしているようにスケールの4番目の音であって、5番目の音が変位しているわけではないと判断できます。
この考え方が染み付いてくると、「シ」や「ファ」など、理論を学び始めた頃は存在意義の分からなかったものの使い分けもよく分かるようになります。

マイナー・シャープファイヴについて

最後におまけ。III章「augとdim」でマイナー・シャープファイヴを亡き者としたときに、「このコードには実際には別の名前をあてた方がしっくり来る」と言いました。

仲間はずれ

その後ずいぶんこの件はほったらかしでしたが、ここでようやく説明する時が来ました。「スラッシュコード」を学んだ今であれば分かると思うのですが、この「マイナー・シャープファイヴ」は、#5を♭6と読み替えて、転回形の一種と考えるのが普通です。

転回形に読みかえる

そして現実問題として、この度数編成がこの「転回形」ではない文脈で登場することが稀であるため、「マイナー・シャープファイヴ」というコードネームに遭遇することはほとんど無いというわけです。
ただし、これまでのお話全部ひっくるめたうえで「マイナー・シャープファイヴ」とするのが適切であると判断されるようであれば、その時にはこのコードネームを使うことも“適切”と言えますよ。


さて簡単にまとめますと、コードネームはより正確に音楽を伝達/解釈できるものを選ぶべきで、そのためには背景にあるスケールを考察すると確実であるということですね。
なかなかややこしい部分もありました。でも逆に考えれば、「コード譜を誰かに渡して演奏してもらう」「コードを元にフレーズを乗せる」「曲を正確に分析にしてコードネームにする」といった場面でない限りは、そこまでこだわらなくてもよい内容とも言えます。鳴っている音自体は、変わりませんから。そこはバランスよく、気楽にいくといいと思います。

この節のまとめ
  • コードネームを正しく記述することは、音楽の正しい伝達/解釈に繋がります。
  • ある音が「変位」か「テンション」かは、変位でない時の音を足せるかどうかがひとつの判断基準になります。
  • 背景にあるスケールを考えると、異名同音の選択も含めた正確な判断が可能です。
  • スラッシュコードを用いるかどうかは、演奏に影響するので、「伝達」の際には重要になります。
コード編 IV章はここで修了です! おめでとうございます。次にどの編へ進むか、あるいは制作や分析の期間を設けるかを考えながら進んでください。

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