目次
1. 音楽の相対性
改めまして、ポピュラー音楽を構成する基本となるのが「六つの基調和音」です。
これは「キーの音階をもとに“お団子がさね”で作ったコードたち」でしたから、基調和音のメンバーというのはキーごとに異なるんでしたね。ギタリストがたくさんのコードを覚えているのは、言ってみれば色んなキーの基調和音を弾くためです。
例えばある歌い手のためにCメジャーキーで曲を作ったとしましょう:
- CEmAmF
しかし歌い手にちょっとキーが低いと言われて、半音2つぶんあげてくれと頼まれたとする。そうすると当然演奏するコードも変わってきます。
- DF
mBmG
キー2つ上げなら、これはDメジャーキーへの変更となります。使うコードはDメジャーキーの基調和音たちへとガラッと入れ替えになりました。
さてそれではここでひとつ質問があります。キーを上げる前の曲と上げた後の曲、この2曲は“同じ”曲ですか?
絶対と相対
——答えはイエスでもあり、ノーでもありますよね。
どちらの言い分にも一理あります。これは“同じ”という言葉の意味次第ですね。つまり、音楽の構造に関しては2つの異なる視点——絶対と相対——があるということなのです。
コードネームというのは、どちらかというと絶対的な視点から音楽を見たものです。その視点からすると、この2曲は“異なる”ものとして映ります。
では逆に、この2曲が本質的に“同じ”であるということを理論的に説明するにはどうしたらいいのか? そのためには音楽を絶対的な高さではなく相対的な構造から分析する必要がありますが、まだそのためのツールを持っていないのです。
例えば「全全半全全全半」という並びがメジャースケールを規定しているように、あるいはカラオケでキーを上げ下げしても別の曲になったとは思わないように、私たちは音楽を絶対的な音高よりもむしろ相対的な距離感に基づいて感受しています。そこからすると、音楽理論が分析すべきはその相対構造です。
たとえば「中心音」という概念は、キーに対して相対的な言葉です。Dメジャーキーだったら、Dが中心音。F♯マイナーキーだったら、F♯が中心音。
この相対化によってスケールのメカニズムが明らかになりました。じゃあ次は、コード進行を相対化しようではないか。それがこの記事の内容です。
2. ローマ数字で書く
そうはいっても、せっかくABCDで短く言いやすいものが、長くなってしまっては不便。そこで選ばれたのが、ローマ数字です。1番目の和音から順番に、ローマ数字で番号を振っていくのです。
こうだ。そしてこのように名付けた新しい名前を、ディグリー・ネームDegree Nameといいます。
上図はCメジャーキーの場合。一番左の和音はコードネームだと「C」ですが、ディグリーネームだと「I」と呼ばれるわけです。数字以外はコードネームと同じ形式を保ちますので、マイナーコードには「m」がつきます1。
ディグリーの読み方
読み方については「Two-minor」「Five」など英語で読む人、「に・まいなー」「ご」など日本語で言う人、それから「二度・マイナー」「五度」という風に、「度」という助数詞をつけて読む人がいます。
3. さっそく実践
これからの表記はコードネームではなくディグリーネームを使っていくことになります。そうはいっても、この説明だけでは抽象的でわかりにくい。実際に現実のシチュエーションで、コードネームとディグリーネームをどんな風に使い、変換していくかを紹介します。
ディグリーへ抽象化する
お気に入りのコードに出会った。ウェブで調べたら、キーはG、コードは「Em-C-G-D」らしい。 せっかくだから、他の調でも使えるようにディグリーネームで覚えたい。
そうなったらまず、頭の中にGメジャーキーの基調和音を思い浮かべる必要があります。その方法は、鍵盤や楽譜で確かめながらやるか、五度圏でやるか、2通りの方法があるのですが、まずは前者からいきます。
Gメジャーキーでは、♯は1つです(これは五度圏で確認)。G、つまりソの音から音階を作って、コードを重ねていって基調和音を作る。そしてI IIm IIIm IV V VImと番号を振っていく!
こうです。
それからGのとなりはAm、AmのとなりはBmというふうにコードネームを振っていくと・・・
こうだ! これで調べると、先ほどの「Em-C-G-D」というコードは、ディグリーだとVImIVIVという表記になることが分かります。これで抽象化は完了。もしこれをキーCで使いたければ、逆に具体化しなおせば「Am-F-C-G」と分かります。
五度圏を使って変換
しかしやっぱり、楽譜で考えるというのはけっこう大変な作業です。今度は前回やったように、五度圏を活用しましょう。
コレで一発! やっぱりこっちの方が楽ですね。
ディグリーの位置を確認すると。中心がI、時計回りに進んだ方がV、逆がIV。マイナーの方は、左からIIm,VIm,IIImの順になっています。
このようにして、具体的なコード進行をディグリーへと変換する分析作業を、ローマ数字分析Roman Numeral Analysisといいます2。
ディグリーから具体化
ちょっと一緒に即興演奏をしよう!キーはEメジャーで、コードはIV-V-Iで行こう。
こんな風に言われたら、今度は具体的なコードネームに直さないと演奏できません。五度圏を使って、Eメジャーキーの基調和音を確認します。
ここから楽譜に起こすこともできます。
こうですね。つまり、キーEのIVVIとは、A-B-Eという進行を指していたわけです。
やっぱりこの五度圏は印刷して部屋の壁に貼っておくべきでしょう!🌝
チームメンバーとユニフォーム
ローマ数字分析は、言ってみればコードに対して背番号のついたユニフォームを着せるような作業だと思ってください。「メジャーキー」というのはひとつのチームのシステム、フォーメーションです。そして着られるユニフォームの番号はI~VIと決まっています。でも実際何のコードがそのユニフォームを着るかは、キーによって変わります。そしてどのコードもチームをかけもちしていて、違うチームに行けば違う番号のユニフォームを着る。そんなふうにイメージしてください。
コードネームはミュージシャンが演奏する際に必要な実務上の情報であり、調性音楽の“分析”において重要になるのは相対構造の方です。だからこの記事以降の内容では、コードネームよりもディグリーネームがバンバンに登場して解説の中心となっていきます。
したがって、基本であるCメジャーキーでの基調和音とローマ数字の対応は頑張って早いうちに覚えてもらいたいと思います。今後の解説でもIImVなどとポンポン登場するので、その時頭の中でDmGと変換できるようにしてほしいのです。他のキーに関しては、実際の作曲の中で登場したキーから順番に少しずつ覚えていけば十分です。
ローマ数字を覚えて他で役立つ場面なんて、おしゃれな時計の文字盤が読みやすくなるとか、ドラクエやFFのナンバリングが読みやすくなるくらいしかないんですけども、音楽理論の中でだけは本当に大活躍するので、ぜひ辛抱して身につけていただきたいところです。