コードの機能分類

コード編 Ⅰ章:新しい言葉

§1 和音ごとの役割

前回の話はこうでした。「六つの基調和音」には仲良しのペアがあり、3つのグループに分かれる。同じメジャーコードでも印象が違って感じられるのは、「中心からの相対的な位置」が違うためである。

レラティヴの鏡関係

それゆえ同じメジャーコードでも、展開上の役割はそれぞれ異なる。例えば序論では「お辞儀のピアノ」の例がありましたが、Iのコードには「着地した感じ」「帰ってきた感じ」のようなものがある。

IVIのコード進行

この感覚は、メロディが「中心音」に至ったときに「帰ってきた」と感じるのと同じです。この能力は幼少期に獲得されると言われており、認知心理学ではこれを「調性スキーマ」と呼びます。

I以外のコードについてもまた、音楽をそれぞれのキャラクターでもって「展開」させる働きがあるわけです。これはシナリオで言うところの「起承転結」や、お笑いで言うところの「フリ・ボケ・ツッコミ」などと似ていますね。

緊張と緩和

こうした「展開に対する人間の心理」については、「緊張と緩和」と言う表現がしばしば用いられます。高まった緊張感が解消されるときに心地よさ、気持ちよさがあって、そのバランスやタイミングが時間芸術を組み立てるにあたって重要であるという考え方です。

緊張と緩和

例えばホラー映画なら、ちょっとずつ「何か出てくるぞ…」と匂わすことでゆっくり緊張を高めるやり方もあれば、前触れもなくいきなり驚かせることもある。あるいは一旦「肩透かし」をしてホッと一息ついた後に幽霊を登場させることで余計にビックリさせるなんてテクニックも定番ですよね。

そういう展開性、「緊張と緩和」の波というものが音楽にもあるわけです。それで言うとIVIという進行は、「緩和→緊張→緩和」という流れを分かりやすく示していると分析できます。「明るい」「暗い」のように和音が備えている「音響上の性質」とは別に、コード進行のストーリーの中でコードが担う「展開上の役割」という観点が、音楽においては重要なのです。

§2 機能和声

そして一般的な音楽理論においてはこのようなコードの音楽展開上の意味を、コードが特定の役割を担っているのだという意味を込めて機能Functionと呼び、「機能」に基づいてコード進行を論じる理論体系を総称し機能和声Functional Harmonyと言います。

機能 (Function)
あるコードの、その調内における意味。展開上与えられた役割。

今まではメジャーコードとかマイナーコードとか、コード単体のことしか論じていませんでした。今回は、「時間芸術」としてのコード進行の組み立て方を学んでいく、大切な回と言えます。

最初期の機能論

「機能」の分類基準をどのように設け、何種類に区分し、各和音をどのように分類するかは、実は流派や学者によってバラバラです。最初期の機能和声論はまず3種類のメインカテゴリ、その下にさらにサブカテゴリ…とすごく丁寧なストラクチャで機能を分類していましたが、くわしすぎたのが逆に面倒くさがられ、現代ではほぼ死に絶えています(少なくとも日本では)。

激しい記号ふり最初期の機能論。いろいろな記号で「機能」を細分化している

後世の人々はこれを元にしてシステムを改造したり、3つから4つにメインカテゴリを増やしたり、ぜんぜん違うシステムを作ったりしていて、広義で言えばそれら全てが「機能和声論」です。

現在の一般的な機能論

そんな中、現在日本で最も一般的であるのは、「3種類のメインカテゴリ」だけを残したシンプルな形式の機能論です。この記事では、その「現行で一般的な機能論」を紹介することにします。

その3機能というのがこちらです。

機能名 役割 代表的な和音
トニック(T) 緩和・帰還・着地・休息・落ち着き IVIm
ドミナント(D) 緊張・展開・昂進・活発・揺さぶり VIIIm
サブドミナント(S) やや緊張・浮遊・揺れ動き IVIIm

トニック・ドミナント・サブドミナント。それぞれ頭文字をとってTDSと略記します。1

「役割」については、その表現の仕方は人によってさまざま。書籍によっては、このような主観印象的な表現を避けているものもあります。

それでは各機能をもう少し詳しく説明していきますね。

T :トニック機能

「緊張と緩和」で言うところの「緩和」、すなわち「帰還・着地・休息・落ち着き」としての役割を、トニック機能Tonic Functionといいます。六つの基調和音の中でこの役割を果たしうる典型的なコードはもちろんI、それからVImです。

パートの始めや終わりをTにすると、どっしりと落ち着いた曲想が得られますね。また詳しくは後述しますが、IIImも文脈次第でトニックとしての役割を果たしえます

D :ドミナント機能

「緊張と緩和」で言うところの「緊張」、すなわち「展開・昂進・活発・揺さぶり」としての役割を、ドミナント機能Dominant Functionといいます。六つの基調和音の中でこの役割を果たしうる典型的なコードはもちろんV、それに次いでIIImです。

高まった緊張は緩和されることが期待されるため、Dの模範的な進行先はTであるとされます…が、緊張感を解放する方法はそれに限りません。パートの最初に使われることはトニックやサブドミナントと比べると少なく、パートの最後に使えば、高揚感を保ったまま次のパートへ繋がることになります。

S :サブドミナント機能

TDの中間程度の表現しづらいポジションで、強いて表現するなら「浮遊・揺れ動き」としての役割を、サブドミナント機能Subdominant Functionといいます。

例えば先ほどのIVIという”お辞儀の進行”は、いわば「緊張と緩和」の”0″と”100″を行き来するだけの進行です。そこに”50″の緊張レベルをもたらす存在が、S機能。そんなイメージです。六つの基調和音の中でこの役割を果たしうる典型的なコードはIVIImです。

パートのはじまりをSにすると、そういった浮遊感のようなものを楽曲にもたらすことができ、ジャズを含めポピュラー音楽で愛用される形のひとつです。

6つのコードのキャラクター

前回「リーダー・下の仲間・上の仲間」をやった時に勘づいたかもしれませんが、六つの基調和音は素晴らしくバランスの整ったチーム編成になっています。それは下表を見れば明らかなとおり。実にうまい具合に、配分がなされているのです。

和音 質感 役割
I 🌞明るくて 🗿着地感がある
IV 🌞明るくて 🐥浮遊感がある
V 🌞明るくて 🚀昂進感がある
VIm 🌚暗くて 🗿着地感がある
IIm 🌚暗くて 🐥浮遊感がある
IIIm 🌚暗くて 🚀昂進感がある

前回やった「リーダー・上の仲間・下の仲間」の正式な名称が「TDS」だったというわけです。明暗により曲の明るさをコントロールし、機能により曲の展開性をコントロールする。それが6つの基調和音を用いたコード進行作りの基本コンセプトと言えます。

§3 文脈によるIIImの二面性

上では便宜上、「このコードはこの機能」という感じで紹介しましたが、本質的にコードの”役割”というのは、ストーリーの流れの中から相対的に決まっていくものです。

六つの基調和音の中にもひとつ、「前後関係によって大きく異なる役割を果たしうる」とされる和音がひとつあって、それがIIImのコードです。このコードは時にTに類似した役割を果たす”二面性”を持つことで知られています。

  • IIImの二面性
    IIImは、前後関係によって2種類の異なる役割を果たしうる。Dとして働くIIImと、Tとして働くIIImである。それは前後関係次第で判別する。

いわばIIImはコード界のカモノハシ。さまざまな観点からみて、二面性をもった和音なのです。2

流派ごとの食い違い

しかしこのような文脈依存性を忌む体系においてはこの”二面性”を採用せず、どちらか片方に決めているものもあります。特にジャズ系理論では、クラシック系理論とは真っ向から対立して体系上の都合から完全にトニックだけに分類する流派があります。3

序論で述べた、「音楽のスタイルが違えばふさわしい音楽理論の形も変わってくる。クラシック系とジャズ系では、基本知識から既に食い違っているところもある」の典型がこの部分になります。

二本柱

ジャズ系とクラシック系とでは、コードの分類の基準がそもそも異なっています4

さっきIIImをカモノハシに喩えましたが、それで言うならば、クラシック系は「哺乳類/鳥類/爬虫類…」でグループ分けをし、ジャズ系は「卵生/胎生」でグループ分けをしているようなもの。ボーダーラインの引き方次第で、カモノハシはネコの仲間にもカメの仲間にもなってしまうけど、どちらも動物の”機能”に基づく正しい分類をしていて、何も間違ってはいない。そのようなイメージです。

このズレについてはVI章・VII章でジャズ/クラシックの哲学をよく理解してから、最終的にVIII章で完全な説明をすることになります。

自由派でも、「文脈依存」というのはずいぶん面倒がすぎるので、便宜上はIIImをドミナント機能のコードとして扱いますが、一方でこの”二面性”を認めます。前回やった「親密度」の話もありますし、VIIImがけっこう別物であるという意識は常に持ちます