ご指摘を受けまして、改めて色々とソースをあたりなおしてみました。結論から言いますと、これもまた流派・文化圏の違いから来る語義のぶれと見られます。具体的には、以下の3パターンが見られました。
①弱起の対訳としてのアップビート
まずかなり古くまでさかのぼると、upbeatがドイツ語のauftakt(アウフタクト、弱起)の対訳として選ばれているのが発見できます。
こちらは1908年、フーゴー・リーマンのドイツ語音楽辞典が英訳されたものです。現在でも辞書などでAuftakt⇄Upbeatが訳語関係にあるのを見つけることができます。
②狭義のアップビート
もうひとつが、クラシック系で一般に広まっている説明で、それがご指摘の「upbeatは最後の拍、downbeatは最初の拍」というものです。手持ちの本だと、”Music Theory Essentials“というアメリカ系の和声本の説明がこれでした。
参照されたWikipediaも、出典を見るとGrove Musicという、100年以上の歴史がある伝統的なクラシック系の音楽辞典による定義となっています。
③広義のアップビート
最後に、このサイトにある表拍/裏拍に相当する語としてのupbeat/downbeatは、ジャズ系、あるいはドラマーたちの現場で広まっている言葉使いのようです。
手持ちの書籍だと”Great Songwriting Techniques“というバークリー系(=ジャズ系)の本がそうで、「the upbeat of beat 3 (=3拍目のウラ)」といった表現が見られました。
こちらの動画では、クラシック系の定義を述べたうえで、「定義上はそうなんだけど、ドラマーたちが”ダウンビートでプレイする”なんて言った場合には…」と言ってジャズ/ポピュラー系の説明に移っていきます。動画中にあるように、表拍で足踏みをするdown-upの動作がミュージシャンの日常にあるわけなので、それがアップビートの語義を拡大する誘因にもなったのではと推測します。
保守的に伝承されるクラシック系と、ラフなコミュニケーションを多く行うジャズ/ポピュラー系とでは、後者の方が言葉の乱れや拡大解釈が浸透していきやすい傾向があり、幾つか他の語でも同様の現象が見られます。
・トライトーン : 本来は「増四度」のみを表すが、ポピュラー系では「増四度ないし減五度」を表すという認識が見られる。
・シンコペーション : 本来は「拍が後ろに食う」のみをさすが、ポピュラー系では「拍が前ないし後ろに食う」ことを表すという認識が見られる。
アップビートもこのパターンではないかと思うところです。
いずれにせよ、見落としていた語義を指摘していただけて助かりました。注釈をつける形で対応しようと思います。