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あるコードが指示されたとき、それをどういう配置で演奏するかを、「配置(Voicing)」と、それから、コード同士の繋ぎ方に関する技術を「声部連結(Voice Leading)」と呼ぶんでしたね。演奏が主眼であるジャズ理論においてはヴォイシングの情報も充実しており、「ピアノのヴォイシング」「ギターのヴォイシング」といった限定的な話題でも平気で一冊の本になっているほどです。
コード理論はふだんヴォイシングの情報を省くことでデータをスリム化していますが、いざそのパターンを論じようとなると、ものすごい文量になるんですね。言ってみれば具体的な“編曲法”に足を突っ込んだ話ですから、情報量が多くなることも頷けます。この記事ではピアノのヴォイシングをターゲットとし、そのうちの基礎的な内容を紹介したいと思います。
ヴォイシングと編成
大前提として、ヴォイシングのあり方というのはバンド編成によって大きく変わってきます。ピアノソロなら左手でルートを押さえる必要がありますが、もしベーシストが別にいる場合のピアノ演奏だったらルートを押さえる必要性は大きく落ちます。またその中でもさらに、右手でソロをとるので左手一本でコードを表現するのか、別にソロ奏者がいるから両手をフルに使ってコードを弾くのかでも変わりますよね(これがまたヴォイシング本の情報量が分厚くなる理由でもあります)。
今回まずは左手がベースを弾き、右手がコード弾きをするシチュエーションを第一に想定して話を始めます。そうすると左手はルート音をとるのが原則になりますから、話がだいぶシンプルになります。
1. ガイドトーンと2つのタイプ
ジャズのヴォイシングにおいて何を第一に意識すべきかといえば、それはやはりガイドトーン、つまり3rdと7thの音です。この2音が音楽の彩りにとって極めて重要な存在であることは、メロディ編のシェル論を経てすでに十分に理解しているかと思います。
加えてモダン・ジャズの基本進行であるii-V-Iは、コードクオリティがそれぞれ異なります。クオリティを明示することは、今ii-V-Iのサイクルのどこに位置しているのかを提示する、現在地確認のような意義もあるわけです。
そしてガイドトーンの2音だけを押さえることを考えた場合、そのヴォイシングは2パターンになります。すなわち3rdを下にするか、7thを下にするかの2択です。
たまにsus4にしたりシックスコードにしたりするにせよ、通常はおおむねこの2音を押さえることになります。ですからこの2種類のフォームがまず基本、ヴォイシングの原型であると捉えるとヴォイシングの分類が分かりやすくなります。ここでは便宜上3rdが下に来る形を「3-7タイプ」、7thが下に来る形を「7-3タイプ」と呼ぶことにします。
2. コード接続とタイプ
コードを進行させていくにあたって、このガイドトーンがどのような位置関係をとっていくかを把握しておくことは重要です。これはコード接続の度数によってある程度定まるので、度数ごとに見てみます。
5度の接続
ii-V-Iに代表されるような5度の接続をする場合、3-7と7-3のタイプを交互に使うとガイドトーン同士をなめらかな順次進行で繋ぐことができます。
具体的にどんな動きになるかはコードクオリティ次第で微妙に変わりますが、順次進行以内で収まる点は一貫しています。特にii-V-Iの場合(-7→7→Δ)は、それぞれ同音の保留があるので接続は本当にスムーズです。あるいはエクステンデッド・ドミナントのようにドミナントセブンスを連続させた場合は、ガイドトーンは共に半音下行で繋がります。
最も結びつきの強い5度下行をすると、ガイドトーン同士が反転しながら美しく繋がる。この事実自体がまず面白いですよね。
もちろんあえて音を跳躍させて耳を引くような動きを作ることもありますが、とはいえまずこのいちばん省エネなモーションを修得することが基礎となるでしょう。
2度の接続
2度の接続は隣接した場所への移動なので、当然ながらタイプの反転なく順次で繋がることになります。
3度の接続
3度の場合、2度のように平行移動をして同じタイプを連続させることも選択肢としてありますし、一方でタイプを反転させれば微妙にスムーズさで勝る接続になります。
この場合トップとベースが反行する関係になるので、動きとしてよりダイナミックになる点は違いとして重要です。
このような音同士の横の繋がりは、「ヴォイス・リーディング(声部連結)」というのでした。こうしてコードとコードの繋ぎ目を観察するのは接続系理論を思い起こさせますね。実際に、コード単体単体ではなくその繋ぎを見るということの重要さは共通していて、コード単体の弾き方に加えて「II-7からV7に行くときは7thをスッと下に降ろせばいい」というような連結パターンまでを頭に入れることが、流暢な演奏には必要となってきます。
3. 4~5音のヴォイシング
ではこの3-7,7-3を原型としてさらに音数を増やした場合はどうでしょうか? もし右手で1・3・5・7度を全て押さえるとすると、以下4つの形が考えられます。
くるくると転回させて4パターンですね。①②はガイドトーンの下に音を挟んだもので、対する③④は逆にガイドトーンの上に音を挟んだもの。これらのように1オクターブ以内に4声が収まった配置は4 Way Closeと呼ばれます。またこれらを個別に呼ぶときには「1-3-5-7」「5-7-1-3」のように度数の列記で表現したりもします。
なんだか①〜④の並び順がずいぶんデコボコで変な並びに見えますが、①②はガイドトーンがトップに来る配置、③④は内側に来る配置という観点でのグループ分けです。どちらかというと、①②の方が響きが豊かなので何かにつけて便利かなと思います。特にメジャーセブンス系コードでは7thの半音上にかぶさる形でRtがトップに来る③の形はちょっと使いどきを選びます。
ヴォイシングと指使い
①②は指使いという観点から見てもペア関係にあり、普通にピアノで弾けばガイドトーンが小指・人差し指に来る点が共通しています。そして5度下行を最小の動きで行う際には3-7タイプと7-3タイプを交互に出すことになるので、この①②を交互に使うと、小指・人差し指が常にガイドトーンを弾き続けることになります。
なので初歩段階でガイドトーンをしっかり押さえながらコード譜どおりのコード演奏が出来るようになりたいという時には、まずこの①②ペアに習熟するのが近道と言えるでしょう。また5thがトップに来る④の配置で5度下行する場合、上方に動くと②の型へと移行できます。
4 Way Closeの4つの配置とその連結を理解することが、より応用的なヴォイシングを使いこなすための基盤になります。
テンションへの置換
これで1-3-5-7という基本のコードトーンを押さえるフォームは分かりましたが、やはりジャズの醍醐味はテンションです。音数をこれ以上増やさない前提で考えますと、この4音のどれかの音をずらして9th11th13th系統の音に替えることとなります。最も典型的なのは、ベースと重複しているRtを9thに置き換えることです。
やはり9thが加わると華やかさが一段階違います。特にRtがトップに据わって使いづらかった③がシンプルに3度堆積されたナインスコードの原型となり、だいぶ戦力になりそうです。また④も元々7thとRtが近くて若干指使いとして弾きづらかったのが、ちょうどよく間隔が空いて非常に弾きやすいフォームになったのも大きな変化です。
実際のところ、貴重な指をルートの重複に使うよりは9thに使用した方が豪華で良いという場面は多々あります。そのためか理論書の中にはこの③と④を配置の基礎とし、それぞれ「Position I / Position II」だとか「Type A / Type B」と命名しているものもありました。 1
ナインスコードからさらに置換え
Rt置換えの次に考えられるものとしては、サウンド上の重要性が低い5thを上下に動かして11thや13th系に替えること。あるいは7thを6thに替えるという手もあります。③のナインスコード配置をもとにアレンジしてみましょう。
また、音を抜くことでハイブリッドコード化したり、四度堆積化したりという変形の仕方もありますね。
特にドミナント・コードのときにはテンションの選択肢が豊富なためヴォイシングのパターンも相当な数になります。中でもオルタード・ドミナントを発動させる時は5thを上下にずらすことになるので、5thの代わりに-13thや-5thを使ったヴォイシングが頻発することになります。
なかなか複雑に見えますが、けっきょくガイドトーンは押さえる前提なわけなので、実際に注目するのは残りの2音になります。
ガイドトーンを軸としてその周辺に音を付け足していくという見方によって、ある程度パターンの分類感覚というか、見通しは良くなったのではないでしょうか。
やり方いろいろ
上ではナインスコードからのずらしという形で考えましたが、当然考え方(メソッド)は複数考えられます。他には例えばガイドトーンの上で直近にいるテンションを加え、もしそれがアヴォイドとなって難しいようなら5thやRtでしのぐという方法も紹介されていました2。
4音でテンションを含む配置を簡単に実現するならこの考え方も分かりやすそうです。ただいずれにせよ、ガイドトーンから物事を考えている点は同じですね。
左手でセブンスを押さえる
また、ここまで左手はベース担当という感じで短音でルートを弾くのみでしたが、一緒に7thの音を押さえる形もかなり優秀です。
音域の幅を広くとるのでゴージャスに聴こえるのと、右手の負担が1音減るので自由度が増すというメリットがあります。そしてこうやって左手の担当する音数が増えていくと、最終的にはV章でやったアッパー・ストラクチャー・トライアドのようなポリコードへと発想が進んでいくことになりますね。