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調性引力論 ❺ シェルについて

今回は「新しい言葉を知る」回です。

またもコードとメロディの関連性について論じます。表現力を高めるうえでとてつもなく重要な理論であり、最終的には編曲技術にも繋がります。作曲の根本を成すコンセプトですから、ジャンルを問わず最重要です。

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前回、「コード内ディグリー」という概念を導入しました。コードのルートから見て何度の位置にメロディが居るかが、メロディの印象に重要な影響を与える。そこで今回学ぶのは、基本である1・3・5・7度それぞれが持つ意味です。

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1・3・5・7の「奇数度」たちは傾性論で言うと音本来の傾性を抑える効果を持っていて、そこに関する差はほぼゼロです。じゃあメロディメイクのさい、どの度数をとっても音楽的に同一なのか? もちろん、そんなわけはない。

例えばコードがCのとき、メロディが「ド」ならそれはメロディが「ルートの響きを補強している」ということですし、メロディが「ミ」なら「3rdの響きを補強している」ということです。メロディは人間にとって最も耳につきやすい部分なわけですから、そのメロディがどこの響きを補強するのかというのは、当然曲想に強い影響を与えます。

1. 表質(Shell)

I章で述べたとおり、メロディの各音はまず本来的に「カーネル」を備えていますが、コードが鳴ることによってそこにさらなる役割、性質がプラスで上乗せされることになります。たとえば本来的に傾性の小さい音であっても、それがコードの中で「偶数度」になってしまうと話が変わってきて、少し傾性が強まる。それは、コードとの関係性によって付加的な性質が与えられているということです。

コードと傾性

メロディの元々の性質には「カーネル」という名前をつけましたけど、この「付加的な性質」にはまだ名前が付いていません。やっぱり名前がないとどうしても、今後の解説に差し支えます。また新しく、名前をつけるしかないのです。
自由派音楽理論では、そのような「コード内ディグリーに応じてメロディに与えられた“付加的な性質・役割”」のことを表質Shell/シェルと呼ぶことにします。

…ちょっとここ数回で用語が渋滞してきたので、もう一度まとめましょう。

和名 原質 表質
洋名 カーネル
(Kernel)
シェル
(Shell)
意味 調の中心音からの相対的な距離によって生まれる役割や性質 コードのルートからの相対的な距離によって生まれる役割や性質
決定要素 スケール・ディグリー コード内ディグリー

こうなります。I章で学んできたメロディ単体の性質は「カーネル」で、これを意識したライン作りは「水平的な作曲」です。対してII章でここから学ぶ「コードとメロディの関係から生まれる性質」が「シェル」で、これを意識することで「垂直的な作曲」もできるようになろうということです。

メロディ一音一音が中心核カーネルを持っていて、そこにコードが重なることで、メロディは外側にもう一枚のシェルをまとい、より複雑な姿に進化する。コードによって、まとう殻の色形は異なる。メロディの仕組みを、そんな風にイメージしてほしいのです。

カーネルとシェル

カーネルとシェルという“二段階構造”でメロディを捉えられるようになると、楽曲分析の際に見える情報量が劇的に増えます。そして作曲・編曲の際にも、この概念が強力なガイドラインになります。

2. カーネルとシェル

ある音のカーネルは、キーが変わらない限りずっと変わることはありません。一方でシェルは、コードを付け替えさえすれば別のものに変わります。この点からして、カーネルの方がより根幹的な性質、対するシェルはもう少し付加的で表面的な性質と言えます。極端な話、メロディが同じことを繰り返している間にシェルだけを付け替えるということだって可能です。

こちらはI章でも紹介した「リコリス」という曲で、サビがひたすらミの音(Key:Aなので実音はC♯)の連打で成り立っているのでした。しかしコードが進行していくことで曲の展開は担保されている—。そしてこのとき起きているのは単にコードが変わるというだけでなく、同音連打のメロディの響き方もその都度着せ替えられているのです。

楽譜:リコリスのICD分析。コードがD-A-E-F♯m-D-C♯なので、ICDは7,3,6,5,7,1と変化していく。

このように、少し濁った7度の状態から始まり、よりシンプルな奇数度になったり、時に偶数度になったりして、緊張と弛緩の波が自動的に発生しているわけなのです。
コードが作り出すシェルは、メロディにとって“仮面”のような存在です。ミの音はミというカーネルの役割から逃れることはできませんが、コードを変えることで違うシェルに“着せ替え”してあげることはできます。

仮面

これまでコード進行はコード進行、メロディはメロディで別々に考えるような頭の働かせ方がきっと基本だったと思いますが、メロディとコードが相互に関係していて、コードを動かせばメロディの響きも変動するというまるでパズルのような仕組みに頭を慣らしていくことがここからは重要になってきます。

3. シェルの違いを知る

そんなわけで、I章で「カーネル」についてはかなり深く理解しましたが、この「シェル」に関してはまだビギナーだったことが判明したわけです! メロディ理論の世界は広い。まずは基本である1・3・5度と、それからジャズでは同じく基本に含まれる7度がもつそれぞれのシェルの特徴を見ていきます。濁りの強い2・4・6度の特徴は理論的に高度なところなので、また後ほどにしましょう・・・。

度数の法則から考える

「シェル」の理論は、コード理論と深く繋がっています。コード編I章でメジャーコード・マイナーコードについて学んだ際には、コードトーンを分解する作業を通じて、度数が持つサウンドについても少し確認しました。3度はコードの長短を決める大事な度数。それに対して、5度は無色透明で響きをサポートする働きがある。そうして和音のサウンドが決定されていくのでした。

属性

したがって、Root・3rd・5th・7thそれぞれが生み出す「シェル」がどのようなものかは、必然的に導かれていきます。

  • Root Shell : 和音の底を支える基本の音。多くはベースと同じ音を奏でることになるので、ストレートで力強い。長短の強化はしないので、彩りには乏しい。
  • 3rd Shell : コードのクオリティ(長短)を明示する形になるので、カラフルで情感豊か。
  • 5th Shell : Rtと似て、無色透明でストレートだが、Rtと比べれば少しだけ響きは豊か。
  • 7th Shell : セブンス特有の「濁り」を押し出すので、複雑で大人っぽいサウンド。

論より証拠。音源で聴き比べてみましょう。

Root Shell

ルートシェル
VImIIImIVIIImVImVIIm(-5)III

メロディの印象に大きく関わる、「各コードが変わった時の最初の音」を必ずルートになるようにしてラインを作りました。まだ比較対象が無いので分かりづらいですが、非常にストレートなサウンドで、それが素朴な印象を生み出しています。

実はRoot Shellは意外とクセモノで、こうやって何度も続くと、ベースと動きが一致しすぎていてサウンドの多様性に欠けてしまいます。冒頭のキッパリした感じはなかなかイイですが、Iに解決した時がちょっと単純すぎてつまらない感じがありますね。

ただこのストレートさが生きる場面というのもあるので、それは今後の個別の記事で紹介していきます。まずは比較を進めていきますね。

3rd Shell

3rdシェル

うってかわってこちらは、コードの変わり目がすべて3rdです。3rd中心のメロディは、鳴るたびに長短のカラーをプッシュしてくれるので、情感が豊かに感じられます。メロディメイクにおいては、この3rdが間違いなくエース的存在です。

3rdはとにかく作りやすく聴きやすく、外れにくい便利な音でもあります。ずーっと3rdでも、全く問題ありません。今回は暗い曲調で、長短が強調される3rdという話でしたが、「悲しい」というより「ノスタルジー」を感じさせる雰囲気で、そこまで鬱々とはしていないですね。それは暗さだけでなく明るさも強調されるためかもしれません。

5th Shell

5thシェル

3rdの時の「情緒」とは違う、力強いものがあると思います。短調のもつ「悲しみ」の感じがいちばん強く出ているのはコレかもしれませんね。3rdに比べるとずっと直線的で、刺さるような質感があります。それは、5thが長短に全く影響しない音であることが大きく影響しています。

ストレートさという点ではRtとかなり類似していますが、ベースとユニゾンにならない分だけ、ある程度響きの豊かさが確保されているのがポイントです。

7th Shell

7thシェル

情緒という点では3rdに似ていますが、響きが複雑なぶん、伝わってくる質感も複雑なものになっています。全体の響きが濁ってホンワカした結果、「短調だ」という感じをいちばん感じさせませんね。大人っぽい表現に長けている反面、ストレートさやパワフルさはほとんどありません。

このように全く同じ短調のコード、同じリズムとサウンドでも、基軸になる度数が変われば全体の醸し出すものが変わるというのが体感できたかと思います。いちばんストレートなRtシェル、それに次ぐのが5thシェル、長短のカラーを司るのが3rdシェル、サウンドの複雑さ・リッチさをコントロールするのが7thシェル。
上の四曲は、それぞれ統一した度数を押し出した結果、それぞれが個性を帯びました。ですからこのような質感の差異に敏感になることは、メロディ作りにおいてはかなり重要なのです。

ガイドトーン

3rd7thの音は、コードのクオリティを決定する音であるという点で、特別な意味を持った音です。ジャズ理論では、3rd7thの音をガイドトーンGuide Toneと呼びます。3rdシェル、7thシェルは「ガイドトーン」をメロディでしっかり提示しているから、コードの質感がクッキリ出る…なんていう風に説明できますね。

カーネルとシェル

もちろん、メロディ一音一音のシェルを意識しながらラインを作るというのは高等な行為です。ましてや、I章で知った「カーネル」の側面もないがしろにしてはいけないとなると大変です。しかし、世のメロディメイカーたちはこういう質感差とその使い分けを理論か経験から修得して、魅力的なメロディを作っています。I章の冒頭で述べたように、メロディ理論は理解するのは簡単でも、体得するまでが長いです。

II章ではこの「シェル」をいかに構築していくかについてどんどん論じていきます。次回以降は、各シェルの活用法を実例と共に解説していきます。

まとめ

  • コード内ディグリーに応じてメロディに付加される音響的性質のことを、「表質」、「シェル(Shell)」と呼びます。
  • 根本的性質である「カーネル」と付加的性質である「シェル」、この二層の重なりがメロディの表現内容をおおよそ決定します。
  • Rt5th3rd7thの順にパワフル(ストレート)な響きから情緒的(リッチ)な響きへと変わっていきます。
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