Skip to main content

5. アンティシペーション

またシンコペーションの中でも、リズムを本来の位置から前倒し(=より早く)にずらすことでスピード感を高める技法は、非常によく使われるアプローチです。

これは加工前の状態で、アクセントが全てオモテに乗っている、言ってしまえば面白みのない状態です。このうちいくつかの打点を前倒しにすると……

こうです!リズムが手前へ手前へと傾くことで、文字どおり“前のめり”な感じ、まるで演奏者たちが通常のリズムを待ちきれずに飛び出したかのような「フライングスタート」っぽい感覚が生まれます。こうしたリズムを前倒しにするタイプのシンコペーションは、特にアンティシペーションAnticipationと呼ばれます。

アンティシペーション(Anticipation)
音を本来の打点(とされる位置)よりも前に鳴らすリズムのこと1
俗に、リズムが“食う”とも表現する。

アンティシペーションは特にロック音楽やEDMにおいて特に重要で、暴れ出しそうなパワー、衝動的な勢い、そういったものを表現するのにぴったりの技法です。

ONE OK ROCKの『Nobody’s Home』は、その“前のめり”のリズムが非常に顕著な一曲。最初に轟音のパートへ移る0:23の小節またぎの瞬間や、Aメロが始まる0:45、そしてサビ入りでタイトルを歌う“Nobody’s home”の“home”の箇所など重要な部分をはじめとして、かなり多くの箇所でアンティシペーションが発生しています。

こちらは非常に極端な例。イントロからもうずっと食ったリズムになっていて、頭に揃えるのはサビの始めだけで、他はずっと前のめりな雰囲気を演出しています。この曲は、楽曲のいちばん出だしの音からすでにシンコペートしているため、小節の頭がどこなのか混乱してしまうかもしれません。そういう場合は2・4拍目に刻まれるスネアを目印にすると良いでしょう。

Zeddの『Spectrum』では、冒頭の歌は強拍/表拍にアクセントの乗った安定的な状態からスタートします。特に韻を踏む「out」と「doubt」の箇所は小節のちょうど頭にボカンと乗っていて、かなりぺったんこに重たいアクセント配置となっています。しかしその後の「drama, a-a-ah」の箇所ではうってかわって全ての打点が裏拍で前倒しになります。モーツァルトもびっくりのメリハリのつけ方ですね!!
0:32~のパートも、最初は小節頭でジャーンと鳴らして、その後ウラのアクセントが極端に連続するというリズムのコントラストを繰り返す構図になっています。こうして表裏のアクセント構造を切り替えることで、リズムによって緊張と弛緩の流れを生み出しているのです。

この曲も0:47~から4つ打ちパートがあって、ここは先ほどの『ミュージック』と同様、キックとそれ以外の打点が重なり合わないことがこのラウドで迫力ある音響にすごく貢献しています。この曲のキックとボーカルが大迫力で聴こえてくるのには、もちろんミキシング/マスタリングの技量もあるにせよ、それ以前にメロディメイクの時点でまず大勝ちしているわけなのです。

前倒しか、後ろ倒しか

ドラムだけに着目した場合、アクセントが前倒しか後ろ倒しかは判別しにくい場合もあります。しかし演奏全体がシフトする場合には、コード進行の変わり目が大きな判断要素になりますね。コード進行は通常、毎小節の頭で切り替わるとか強拍で切り替わることが多いですから、コードの切り替えが早まってたら前倒し、遅くなってたら後ろ倒しと判断ができます。というか作曲においては、どっちにするかの選択権をあなたが握っているということでもあります。

前倒し
後ろ倒し

先述のとおり、「前倒し」の方は前のめりの勢いがあります。一方で「後ろ倒し」の方は論理的に考えると前倒しの逆の効果を持つものであって、言ってみれば落ち着いた感じ、チルい感じを漂わせます。「後ろ倒し」の方はそんなに見かけることが多くありませんが、チルなムードを演出する際の手札として持っておくと役立つでしょう。

“ずらし”以外の形態

最後に少し補足を。これまで見てきたように、シンコペーションは、打点の“ずらし”という形で現れることが多いです。その場合、ずらし元となる位置は空白となります。ただそれとは別に、打点を“ずらす”というよりはただただオフビートにアクセントが来ているというケースも当然あります。これは特に、パーカッション以外のピッチを有する楽器のフレージングで言えることです。

例えばスピッツの『ロビンソン』のイントロの印象的なギターアルペジオは、1/8グリッドを一定のリズムで埋めていきますが、1拍目ウラや4拍目ウラに高いピッチが来て、これが事実上のアクセントとなっています。

ロビンソンのアルペジオ

このようなケースも、シンコペーションの一種です2。ただインパクトで言えばもちろん、本来予期される打点が消失している方が強烈ですから、このタイプのはマイルドな部類のシンコペーションと言えますね。ギターではこうやって弦を1本ずつ弾いて和音を表現する「アルペジオ」の奏法がお馴染みですが、一番高い音をどのタイミングに持ってくるのかでアクセントのラインを調節できると考えるとよいです。


このように、シンコペーションというのはその概念のシンプルさとは裏腹に、どこでどんなふうに適用するかでさまざまな効果が得られる、リズム理論にとってかなり重要な考察要素となります。今後曲を聴いてなんだかハマってしまうリズムに出会った時は、ぜひこのアクセントの表裏に着目してみてください。

まとめ

  • 強拍や表拍など本来重みがあるとされる位置とは異なる場所にアクセントを置く技法を「シンコペーション」といい、ポピュラー音楽で日常的に使われています。
  • 打点をずらすことでシンコペーションを作る場合、前にずらすのか後ろにずらすのかという選択肢が存在します。
Continue

1 2 3