目次
4. トレシーロ
フォワード・クラーヴェの前半部分に相当する「タ・・タ・・タ・」のリズムだけをループするリズムパターンもまた定番になっていて、こちらは「Tresillo(トレシーロ/トレシーヨ)」と呼ばれます1。
周期が短くなって、かなりシンプルになりました。
ポップスでもこのリズムの用例がたまに見られます。
「Clocks」は一曲を通して、「Miracle Drag」はサビにてトレシーロが使われています。スネアがリズムを強調していて分かりやすいですね。「Stand by Me」はもう少しささやかで、ベースラインがこのリズムを打ち出しています。
倍速バージョン
トレシーロに関しても、やはりポピュラー音楽で人気なのは倍速バージョンの方かなと思います。
特にJ-Popでは、サビのメロディのリズムにこれを使用したヒット曲が散見されます。
Mr.Childrenの「Any」は、サビ(1:13-)のメロディがこのリズムを繰り返しています。ゆったりなテンポながらも躍動感があるのは、トレシーロの力と言ってもよいでしょう。
「世界に一つだけの花」ではサビだけでなくAメロ・Bメロも含めて使われています。「アゲハ蝶」については「Stand by Me」と同様、メロディではなくベースがトレシーロのリズムになっています。
デンボーのリズム
とりわけトレシーロの3打をキック・スネア・スネアに割り振ったパターンは有名です。
こんなふうに、4つ打ちのキックにスネアが彩りを加えるという塩梅で、安定感と軽快さのバランスが抜群ですよね。このリズムはダンスホールレゲエアーティストであるシャバ・ランクスの「Dem Bow」という曲で象徴的に用いられたことから、レゲエ界隈ではズバリ「Dembow Rhythms」とも呼ばれます。
特にレゲトンと呼ばれるジャンルにおいて、このリズムが最大の定番になっています。もちろんレゲエに限らずEDMなど様々なジャンルで、四つ打ちにトレシーロのアクセントを合わせたデンボー・スタイルのビートは見つけることができます。
5. トレシーロの拡張
クラーヴェ、ジャージクラブ・ビート、トレシーロ……これらの魅力の根源がどこにあるかといえば、それは8や16といった4の倍数の枠組みが、「3」で分割されることでしょう。
結果としてリズムの打点は4の枠組みの基本に対してずれて配置されることになり、魅力的なシンコペーションが生じます。トレシーロは8マスを3:3:2に分割しましたが、さらにもっと「3」を増やしたリズムが、ポピュラー音楽では多数開発されています。
ダブル・トレシーロ
こちらは、16マスのグリッドを3:3:3:3:2:2で分けた形。これはトレシーロの「3」の回数を単に増やしたとも言えますし、見ようによっては、3:3:2の各部を倍に膨らましたとも言えます。
こうした点から、このリズムは俗にダブル・トレシーロDouble Tresilloと称されます。
「Beautiful Day」は一曲を通して、「初めての呼吸で」ではサビでこのリズムが使われています。ロック系の曲ではこんな風にスネアを使ってアクセントを明確にアピールしたりしますね。このリズムパターンは「エヴァンゲリオン」の“ヤシマ作戦”の音楽でもおなじみ。かなり特徴的なので頻繁に使えるものではありませんが、インパクトのあるリズムですよね。
倍速バージョン
そして、これを倍テンポにしたパターンはさらに汎用性が高く、実に様々なジャンルで用いられています。
フォワード・クラーヴェとちょっとアクセントが似ていますが、微妙に違います。こちらもやはりEDMなどのフレージングのリズムとして非常に有用で、多くの曲で利用されています。
実際の曲例
単なるトレシーロより周期が長いため、この倍速で演奏しても周期が1小節あり、飽きにくい適度な複雑性を備えているのが魅力。実践では、トレシーロだとちょっと単純すぎるなと感じた時に、このダブル・トレシーロはかなり有力候補になってきます。
“Mombasa”は「インセプション」というSF映画のBGM。多くのシンコペーションを含むこのリズムは、“ヤシマ作戦”と同じく緊迫感のある場面の音楽にぴったりです。
クアドラプル、そして無限へ…
倍速にしたことで、1小節の中に3:3:3:3:2:2という分割が作れました。じゃあそうなると今度は、2小節ずっと「3」を続けたらもっと面白いんじゃないか?と考え始めるのは必然です。
4倍トレシーロ
2小節をできるだけ「3」で埋めて、最後を「2」で帳尻合わせするとすると、分割は3:3:3:3:3:3:3:3:3:3:2となります。これだけの長さがあっても、定番のひとつとして特にベース・ミュージックなどで時折活用されています。
このリズムに特定の名称はまだついていませんが、ダブル・トレシーロから考えればクアドラプル・トレシーロQuadruple Tresilloとでもいったところでしょうか。
上のプレイリストだと、最後の2曲は途中でリズムを崩したりして、より一層パターンを複雑化させています。「3」の打点が続きすぎて本来の4拍子の枠組みが脅かされるほどですが、それがかえってトリップ感に繋がって効果的に働いているという感じがします。
無限トレシーロ
こちらはかなり究極のケース。最初はシンプルな4つ打ちから始まりますが、1:06からベルのようなシンセが2:3:3:3……というリズムで鳴りはじめ、そこからは延々と「3」が続いていきます! 1:53でドロップに入る際にいったんリセットされますが、そこからもまたすぐ「3」が続いていきます。いつまでも……
その他のバリエーション
この記事で紹介した主なパターンをまとめると、以下のようになります。
他にも「ルンバ・クラーヴェ」と名付けられた別のパターンがまだあったり、あるいはそういった定型から微妙に打点をリズムをずらしたようなバリエーションは本当にたくさん考えられます。
アレンジするうえでのポイントは、トータルの周期の長さと、「3」のリズムをどこに配置するか、それからキック・スネアとどれくらい打点をずらすかなどでしょう。
今回は南米やカリブの国々で発展したリズムを見てきました。またこれらの音楽のルーツには、アフリカの音楽が深く関わっています。和音の理論に関してはクラシックやジャズなど西洋音楽の貢献が大きいですが、現代のポピュラー音楽のリズムを議論する際には、こうしたアフロアメリカン系統のジャンルの影響なしには語れません。こんにちのポピュラー音楽というのは、クラシックからまっすぐ流れる一本の川などでは決してなく、さまざまな流れが合わさった広大な海だと思ってください。その多様性こそが音楽の進化を促し、私たちを絶えず楽しませ続けているのです。
まとめ
- キューバ・ラテン系音楽で使われる基本のリズムパターンを「クラーヴェ」といいます。
- クラーヴェの中には、ポップスでよく使われるリズムがいくつかあります。
- クラーヴェから派生して生まれたような定番リズムがいくつもあります。自分でアクセントを変えてアレンジしてみるとよいでしょう。