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2. 音階の「中心」

先ほど「暗い音階」の時に、「中心をずらす」とか「中心を2個下に置く」といった表現をしました。しかし、目に見えない音の世界で「ずらす」だの「置く」だの、不思議なことを言っていますね。これこそ、音を具体的に捉えるための第一歩に他なりません。

中心ってなに?

実は楽曲というのは基本的に、12音のうちいずれかひとつの音が“中心”として働いてメロディやハーモニーが形作られています。そして例えばメロディラインがその“中心”の音で伸ばして終わったりすると、音楽全体がまとまりとして安定してメロディがひと段落ついたような印象をリスナーに与えることができたりするのです。

もちろん一般リスナーは決して意識的・言語的に楽曲の“中心”というものを読み取ってはいませんが、それでもその中心性から生まれる音楽の盛り上がり/落ち着きに関する展開を自然に感受してはいます。それは特別に音楽をやっていない人々の間でも曲調の明るい/暗いといった感覚がある程度共有されているのと全く同じ話です1

中心というのがどういったものを指しているのか、音源で比較しながら説明します。

こちらはふたつのよく似たメロディですが、最後の終わり方だけが異なっています。上は最後にメロディもベースも中心とされる音で終わったパターン。下は対照的に、最後でメロディもベースも中心ではない音へと逸れていったパターンです。
二者を比べると、上の方がよりベタな感じ、スッキリと自然にメロディが落ち着いた感じ、音楽のひとまとまりがきちんと終わった感じがあります。そういった質感・性質から、その音が音階を取りまとめるリーダーである、音楽の“中心”であると称するのです。音楽理論では、このように中心役としてふるまう音を中心音Tonal Center/トーナル・センターと言います。

中心音 (Tonal Center)
音楽の構築においてその中心地点、着地点となる音。伸ばしたり、フレーズを終わらせるときに最も安定感や落ち着きを感じられる音のこと。
中心音は、音楽の流れの中でリスナーに自然に(無自覚的に)認知される。音楽のつくりによっては、中心がハッキリと感じられない状態もありうる。

現段階で、2つを聴き比べて上の音源の方がベタで普通な感じがする、下の方が“外し”にいっていてどこか穏やかでない感じがするという印象を抱いたなら、既にある程度ポピュラー音楽の型みたいなものを体得していると言えます。特に歌や楽器の経験がある人は、そうした経験を通じて耳がパターンを学習していても不思議はありません。

逆に、現状あまり「ベタ」「スッキリ」「落ち着き」「終わった」といった言葉のいずれにもピンと来ない人もいるでしょう。その場合、逆説的ですがピンと来ないからこそこのままさらに理論を学び進めることが重要です。たいていの場合この「中心」というのは使われているメロディやコードの構造から理論的な分析によって特定することができるので、まず理論で音楽を言語化していくことで、「中心」という言葉の意味するところがだんだんと分かってくるはずです。

3. 中心音の認知

では中心音というものが実際の楽曲の中でどのように機能しているのか、いくつかの曲を例にとって分析します。

HoneyWorks – 可愛くてごめん

『可愛くてごめん』のサビは、中心音のはたらきが非常に分かりやすい構成になっています。「ごめん」で終わるフレーズが4回あってひとまとまり、これが2周あって最後に「ざまあ」で終わる構成ですが、このひとまとまりの中の4回の「ごめん」に着目します。

『可愛くてごめん』のメロディ分析

こちらはサビのメロディ(前半一周分)のメロディラインを線で表現したもの。この曲はレの音が中心音となっていて、メロディが中心に対してどんな距離、どんな音高をとっているかを可視化しました。

色を変えたところが「ごめん」の箇所に相当します。その「ん」のピッチを確認すると、1回目と3回目は上の中心音へ、4回目は下の中心音へ着地していて、2回目だけはそのどちらからも離れたかなり中間の位置についていることが分かります。

そして実際に聴いてみた感じとして、2回目の「生まれてきちゃってごめん」のメロディではまだまだ続きがある感じがして、対する4回目の「気になっちゃうよね? ごめん」では一区切りついたような、そういった印象の差があるはずです。この印象差が発生する理由として、まあ「だいたいこういうのは4回でひとまとまりになるから」といった構成論の側面もありますけども、やはりメロディが中心音に着地しているか否か、これが要因として大きいわけです。

あまり違いが分からないという場合は、試しに4回目と8回目の「ごめん」、そしてサビラストの「ざまあ」を全てこの2回目の「ごめん」のメロディに変えて歌ってみてください。メロディの明快な着地が失われたことで、何かパートが終わりきれない不満足感が残るはずです。

Ado – 新時代

『新時代』も、メロディが中心音へ進む/進まないの選択の妙が分かりやすい一曲です。冒頭で「変えてしまえば」と2度繰り返すところ、1回目は低い中心音へ着地しますが、2回目は高い中心音の方へ行くと見せかけて、そのほんの少し下を位置取ります。

『新時代』のメロディ

かなり不安定な位置の音なので、ビタッとピッチを当てるのにはなかなかの歌唱力が要求される難しいメロディとなっています。もし中心に着地すればより安定した雰囲気でこの冒頭パートを終わらせることになるわけですが、曲の幕開けであるこの場面ではそのような選択をせず、宙ぶらりのままドラムが入り、ベースが入りと進んでいくことで、何かが始まるという緊張感をキープさせているのです。先ほどは中心音に落ち着くのがベタな形という話がありましたけども、まさにここはあえてベタから逃れることで、文字どおり“新時代”の表現を見せつけているわけです。

そのまま曲が進んで1番サビではこのような“変則球”を仕込むような場面ではないので、2回ある「変えてしまえば」は普通にどちらも中心音に着地します。しかし一方で2番サビ(2:57~)になると、1回目こそ1番サビと同様に着地するものの、2回目はまた中心から大きく離れた場所へと跳びます。

『新時代』 2番サビのメロディ

これは奇しくも『可愛くてごめん』の2回目の「ごめん」と同じ位置です。ここはサビの最後の周回へと繋がるシーンなので、中心に着地しないで勢いを保つことを選んでいるわけです。このように、中心音に行くか行かないかという観点は、メロディの展開作りにおいて重要なひとつのポイントとなっているのです。

そしてこれは音階だけに限らずコード進行だとかキーだとかいった他の音楽理論の基本的な概念においても同様で、中心音の存在はポピュラー音楽のかなり根幹的なメカニズムとなっています。

簡単な統計

せっかく指標を得たので、簡単な分析を試みてみましょう。例えばApple Musicのプレイリスト「2010年代 邦楽 ベスト」の100曲を調べてみると、曲のラストフレーズの終わり方は次のように分布されました。

終止78%、高揚6%、その他16%

ちょっとサンプル数は少ないですが…やはりJ-Popだと、大衆性の観点から中心にしっかり着地するものがマジョリティになります。ポップスのヒットソング100曲のうち約8割が中心音で曲を終えているというただならぬ偏りがあった。「中心音」という概念を得たことで、J-Popが持つ傾向をひとつ客観的に見抜くことができました。こうやって目に見えない音楽を“視る”ためのツールが、音楽理論というわけです。

4. 作曲の根幹

そんなわけでこの段階で、早速もう作曲をするのに最低限必要な根本はマスターしたも同然です!

  • 全パートで同じ音階を使うとよい
  • ピアノの白鍵7音を使って曲を作るのが一番初歩的
  • その場合、ドが中心として働けば明るめ、ラなら暗めの曲調になる

「ひとつの音階を基本的に使う」「中心がある」ということがわかれば、初歩段階の作曲・編曲はそこそこ実践できます。まず全パートの音階を統一しさえすれば、極端な音の衝突は起こらない。全パートで共通した一つの音階を使うという大原則をまず今知りました。

そして今後曲を聴く時にはぜひこの中心音の存在を意識してもらいたいです。中心音への着地が耳で認識できるようになると、それが音感を鍛える第一歩になりますからね。曲を作る際にも、中心の位置を意識しながら作曲することをお勧めします。

まとめ

  • 12音のうちどの音を中心に使うのか? 使用する音を羅列したものが、「音階」です。
  • 曲が構成される中で、人間は音階の「中心」を認知します。その音を、「中心音」と言います。
  • メロディが「中心音」に到達した時、人間は「着地した感じ」「安堵感」を覚えます。
  • 曲中で使う音階を変えると、曲想が大きく変化して感じられます。
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