Skip to main content

接続系理論 ❾ 総括

By 2024.10.20接続系理論

1. 接続系を総おさらい

さて、前回までで各系統それぞれの接続系が持つ特質を確認しました。

系統 意味 特徴
22 2度上/下 穏やかでスムーズ、色彩豊か
5 5度上行 明快な推進力、個性的
5 5度下行 明快な推進力、かつ聴きやすい
3 3度上行 音色変化が少なく、独特の浮上感
3 3度下行 音色変化が少なく、安定している

これらがもつ印象の違いを理解することで、表現したいものにピッタリはまった進行が作れるという話でした。ザックリとした傾向としては、「下行」の方が落ち着いて安定的な展開を作り、「上行」の方に個性的なコード進行が目立ちます。

『かつての禁則』のまとめ

『かつての禁則』たちの説明は各回に分かれていたので、ここでもう一度まとめて解説します。

禁則は大きく分けて2種類あって、ひとつは253に含まれる「D機能のコードを綺麗に解決させない」パターン、そして残りは3における「同機能内での、マイナーからメジャーへの進行」です。

禁則をまとめて暗記

こんな風にまとめて覚えておくと、暗記の負担が減らせますね。

改めてみると、IIImが一番のクセモノであることが本当によく分かります。伝統的なクラシック理論に則れば、その進行先はIVVImの二択しかありません。

禁則の根拠について

こうした接続を禁則とする根拠は乏しく、結局のところ理論が形成された当時の人々の感性や音楽スタイルにそぐわなかったということでしかありません。音楽理論は良く言えば統計によって形成されたのであり、悪く言えばその場その場の経験則で出来たものにすぎないのです。

無論かつて西洋の理論家たちは、自分らが編み出した“偉大な西洋の理論”が人類普遍の真理であることを証明するためにたくさんの仮説を立てました。しかし決定的なものは示せていません。そうしているうちにブルースが生まれジャズが生まれ、エレキギターが生まれ、シンセサイザーが生まれ、ターンテーブルやサンプラーが生まれ、全く異なる新しい音楽が生み出されてきました。そしてVIVのような『かつての禁則』がどんどん一般のリスナーに定着していき、浸透していった。これが現実に起きていることです。

序論の歴史話では、数百年前にもその時代の気鋭アーティストによって禁則が破られていった歴史も紹介しましたね。本当は音楽スタイルが変わったら理論も変わって当然なのです。だからこそ自由派音楽理論は、そのような古い規則に縛られることなく自由に作曲することを推奨しています。もちろん自由には責任が伴うと言いますから、そこで出てくるのが接続系理論というわけです。

機能チャートのアップグレード

TDS機能分類の回で掲載した機能チャートも、接続系理論をふまえて下のようにアップグレードができます。

機能チャート

7本ある矢印を逆さまに進むのが、従来の禁則進行たちとなります。これに逆らわなければ、誰からも「禁則だぞ」と言われない安心な進行が作れるということです。ただ今後ジャンルのミクスチャーが進むにつれ、このようなことを気にしなければいけない場面はどんどん減っていくでしょう。

2. データの分析

『かつての禁則』が破られてきているということですが、多少なりとも数的なデータがないと説得力がないですよね。ここからは少し、ビッグデータの紹介をいたします。

Hooktheory Trends

こちらは、ポピュラー音楽11,000曲のコード進行をデータベース化したサイトです。こういったサイトを活用すると、コード進行の統計的情報の一端を得ることができます。

Vの進行先について

例えば従来理論においてVの進み先といえばIVImIIImで、IVIImは禁則か「イレギュラー」などと言われます。実際どうなのでしょうか?

そこでキーをRel(=相対的)に設定し、Vのコードをクリックすると、その次の進行先のパーセンテージが表示されます。それを見ると…

Hooktheory Trends

Iが32%で確かに筆頭ですが、禁則とされたDSの進行となるIVも、DTの一種であるVImへの進行と同等の16%という比率を獲得していることが分かります。T系とみなせるI,VI,III系コードを合算すると52%、禁則であるIVとIImを合算すると20%という結果になりました。

Vの進行先について、T系とS系で5:2の比率というデータが出ましたが・・・

クラシック系の人
ほら! やっぱりIが圧倒的ですよね。これは古典派音理論の実証性を示しています。Sへ進むのはあくまでも例外的事柄なのです。
ダンス系の人
いや、例外が20%って多すぎだろ。こんなんもう「例」だから。「例外」じゃなくて「例」だから。
クラシック系の人
ハァーーーーーー君たちは音楽家とは呼べませんね。雑音づくりの専門家テクニシャンメイキンノイズです
ダンス系の人
あ? やんのかオイ
理系の人
そもそも母集団に偏りがある時点でこのデータにはバイアスがかかっていますし、キー判定など抽出のアルゴリズムも完全ではないので、この数値には意味がありません。

確かにこれはアメリカが中心のデータですのでポピュラー音楽全ての傾向を反映しているとは言い難いですが、それでも無視できないだけの様々な情報がここには蓄えられています。そして1000曲を超える実例がある以上は、これを「例外」として無視していくよりは、きちんと説明をしようというのが自由派のスタンスです。

分析をしよう

こうしたビッグデータを扱えるようになったこと自体が本当に最近のことですから、ひと昔の理論書が言う「ほとんどの曲はTで始まります」とか「1-6-2-5が最もよく使われる進行」といった統計らしき情報は、ハッキリ言って何の保証もない言説です。

けっきょくのところ、最大の指標となるのはあなたが取り組んでいるジャンルの実際の楽曲であり、そこは自分で分析をする以外にありません。

3. 理論の限界と捨象

ところで、接続系理論はたった2コードの接続に着目しましたが、もし3つのコードの連なりで考えると話はさらに複雑です。例えばVのコードに関して、「進行先」だけでなく「進行元」も合わせた3コードの接続で分析してみると、面白い結果が現れます。

V?

Vからの進行I : 32% / IV : 16%

IImV?

IIm-Vからの進行I : 60% / IV : 8%

VImV?

VIm-Vからの進行I : 29% / IV : 44%


この3つのデータが示唆するものが分かりますか? まず単にVだけで見た場合、Iに行くかIVに行くかは先述のとおり2:1の比率です。しかしもし「IImからVへ来た」というケースだけに絞り込むと、Iへの進行が圧倒的に増えます。さらにそれとは対照的に、VImVと来た場合には、本来禁則であるはずのIVへと多数が殺到していきます。

ですから本当のところコードの進行傾向を徹底的に論じるためには2コードの接続だけでは不十分で、手前からの流れもパラメータとして考慮することが必須なのです。ただ流石に3コードの接続となると組み合わせは150とおり、多すぎて説明しきれません。人間の暗記力の限界を超えています。つまり我々は複雑な音楽の世界を完全に理論化することはできず、その世界の解像度を落とすことでどうにか頭で扱えるレベルに収めているのです。

例えば理科の計算のときには「ただし空気抵抗や摩擦は考えないものとする」なんていう前提がよくつきますが、音楽理論がやっているのはそれと全く同じことです。現実の世界は複雑すぎるから、ややこしい部分は切り捨てて、それでどうにか理論を運用可能なものにしています。

改めて見渡すと、コード理論においては「考えないものとする」部分がたくさんあります。

  • 前後関係による影響
  • 音楽のジャンル
  • リスナーの音楽経験・体験
  • 楽器の音色
  • コードのヴォイシング

実践において何か理論で説明のつかない現象に出くわしたときには、より難しい理論を探すというよりは、このように切り捨てられた部分をまず観察してみるとよいでしょう。物事を抽象化する際には、それと引き換えに捨てられる部分というのが必ずあって、その行為を「捨象」といいます。抽象と捨象は、離れられない表裏一体の存在なのです。

この「音楽理論は音楽を簡略化している」という意識があると、変に頭でっかちになってしまうことも防げたりしますので、ぜひ頭の隅に置いておいてください。

4. 終わりに

さて、I章の接続系理論はここで終わりです。ちょっと情報量は多すぎたかもしれません。でも、冒頭に述べたとおり、全部を丸暗記しないと曲作りに進めないなんてことは全くありません。この中から気に入ったコード進行を曲に使ってみるなどして、好きな順に覚えていけばいいのです。

接続系統図

そして、名前や分類は本質ではありません。接続系理論を通じて伝えたいことはシンプルで、それは音楽に禁則なんてないということなのです。ルートとクオリティという「コントロール・ファクター」があって、そこからあらゆる曲想が生まれて来るということ。それさえ理解すれば、暗記なんてほとんどしなくたって、何がどんな曲想をもたらすかは解ります。

音楽は自由

音楽は自由です。あらゆる音の組み合わせが、様々な彩りをつくる。そのどの色にも魅力があって、それでなきゃ表現できない世界がある。全てのコード進行には存在意義があります。「このコード進行は、理論的に正しいんだろうか?」とか、そんなことに悩む必要はなくって、正しい音楽なんてものは初めから存在しない。接続系理論は、単にそれを示すためのものにすぎません。

今回ジャンルとそれに似合う接続という話がありましたが、もちろんあえてそのジャンルにとって定番でないものを持ち込むチャレンジだって、やっていいわけです。実際にそうした試みは行われていますしね。

この考え方は決して、伝統に反するものではありません。バークリー音楽大学で30年以上講師を務め、学長も務めた、同校のアイコンとも呼べる存在であるBarrie Nettles氏も、自由なコード進行を認めています。

Any diatonic chord may progress to any other diatonic chord. The control factor is in the relationship between the roots of the chords and the voice leading between chords.

どのダイアトニックコードも、他のどんなダイアトニックコードにでも進むことができる。それをコントロールする要素は、コード同士のルートの関係と、ヴォイス・リーディングだ。

Barrie Nettles “The Chord Scale Theory Jazz Harmony” (p.31)

コントロール・ファクターという言葉は、実はここから引用したものです。ポピュラー音楽理論の始祖であるバークリー・メソッドも、本当のところはコード進行に禁則など科してはいないのです。音楽理論がコード進行に正解・間違いの区別をつけるようなイメージは、何か古い時代の堅苦しいイメージだけが一人歩きしているようなところがあります。

もちろん発展的なコードになってくると、「この次にはこれが来た方がいい」という定型が登場しますが、少なくとも基調和音の世界の中では、コードは自由に繫げることができます。

ちなみに接続系理論はココで終わりではなく、III章で基調外和音を含めた接続系、Ⅵ章ではジャズにおける接続系、Ⅶ章では古典派クラシックにおける接続系、Ⅷ章では調性が安定しない環境下での接続系・・・と話が広がっていきます。ジャンルの数だけ定番の接続系があるわけなので、ぜひ自分の個性を出すための「オリジナル接続系」を頭の中に築き上げていってもらえたらと思います。


さて、I章で「度数」や「基調和音」「TDS」など基本概念はかなり固まりましたし、基調和音だけでもすごくディープな世界が広がっているということは、ここまででご覧のとおりです。「クオリティ・チェンジ」や「テンション」まで加えたら、なおさらですね。だからこそ、ジャンルによってはI章の知識で十分なのです。

特にメロディ編の「調性引力論」と、この「接続系理論」は、音楽を形作る極めて重要な「基盤」です。先を急ぐことなく、基礎の定着に力を注いでほしいと思います。

まとめ

  • 『かつての禁則』はあくまでそのジャンルの経験則から生まれたものであり、新しい音楽ジャンルには新しい音楽様式があります。
  • 音楽理論とは音楽の部分的な抽象であり、そこには必ず捨象された部分があります。
  • 基調和音どうしではどんな接続も可能であり、それをコントロールして適切に使える技能が、センスと呼ばれるものの正体のひとつです。
コード編I章はここで修了です! おめでとうございます。次にどの編へ進むか、あるいは制作や分析の期間を設けるかを考えながら進んでください。
トップへ戻る