目次
1. 接続系を総おさらい
さて、前回までで各系統それぞれの接続系が持つ特質を確認しました。
系統 | 意味 | 特徴 |
---|---|---|
2▲2▼ | 2度上/下 | 穏やかでスムーズ、色彩豊か |
5▲ | 5度上行 | 明快な推進力、個性的 |
5▼ | 5度下行 | 明快な推進力、かつ聴きやすい |
3▲ | 3度上行 | 音色変化が少なく、独特の浮上感 |
3▼ | 3度下行 | 音色変化が少なく、安定している |
これらがもつ印象の違いを理解することで、表現したいものにピッタリはまった進行が作れるという話でした。ザックリとした傾向としては、「下行」の方が落ち着いて安定的な展開を作り、「上行」の方に個性的なコード進行が目立ちます。
『かつての禁則』のまとめ
『かつての禁則』たちの説明は各回に分かれていたので、ここでもう一度まとめて解説します。
禁則は大きく分けて2種類あって、ひとつは2▼5▲3▼に含まれる「D機能のコードを綺麗に解決させない」パターン、そして残りは3▲における「同機能内での、マイナーからメジャーへの進行」です。
こんな風にまとめて覚えておくと、暗記の負担が減らせますね。
改めてみると、IIImが一番のクセモノであることが本当によく分かります。伝統的なクラシック理論に則れば、その進行先はIVかVImの二択しかありません。
禁則の根拠について
こうした接続を禁則とする根拠は乏しく、結局のところ理論が形成された当時の人々の感性や音楽スタイルにそぐわなかったということでしかありません。音楽理論は良く言えば統計によって形成されたのであり、悪く言えばその場その場の経験則で出来たものにすぎないのです。
無論かつて西洋の理論家たちは、自分らが編み出した“偉大な西洋の理論”が人類普遍の真理であることを証明するためにたくさんの仮説を立てました。しかし決定的なものは示せていません。そうしているうちにジャズが生まれ、エレキギターが生まれ、シンセサイザーが生まれ、ターンテーブルやサンプラーが生まれ、全く異なる新しい音楽が生み出されてきました。そしてV→IVのような『かつての禁則』がどんどん一般のリスナーに定着していき、浸透していった。これが現実に起きていることです。
序論の歴史話では、数百年前にもその時代の気鋭アーティストによって禁則が破られていった歴史も紹介しましたね。本当は音楽スタイルが変わったら理論も変わって当然なのです。
だからこそ自由派音楽理論は、そのような古い規則に縛られることなく自由に作曲することを推奨しています。もちろん自由には責任が伴うと言いますから、そこで出てくるのが接続系理論というわけです。
機能チャートのアップグレード
TDS機能分類の回で掲載した機能チャートも、接続系理論をふまえて下のようにアップグレードができます。
7本ある矢印を逆さまに進むのが、従来の禁則進行たちとなります。これに逆らわなければ、誰からも「禁則だぞ」と言われない安心な進行が作れるということです。ただ今後ジャンルのミクスチャーが進むにつれ、このようなことを気にしなければいけない場面はどんどん減っていくでしょう。
2. データの分析
『かつての禁則』が破られてきているということですが、多少なりとも数的なデータがないと説得力がないですよね。ここからは少し、ビッグデータの紹介をいたします。特に興味のない方は、次の目次まで飛ばしても差し支えません。
こちらは、ポピュラー音楽11,000曲のコード進行をデータベース化したサイトです。こういったサイトを活用すると、コード進行の統計的情報の一端を得ることができます。
Vの進行先について
例えば従来理論においてVの進み先といえばIVImIIImで、IVIImは禁則か「イレギュラー」などと言われます。実際どうなのでしょうか?
そこでGのコードをクリックすると、これがすなわちVのコードということで、その次の進行先のパーセンテージが表示されます。それを見ると…
なんとIもIVも同率で21%というなかなか衝撃の結果が表示されました。「Other」内にあるクオリティチェンジ版などをもろもろ合算すると、従来理論が許可するIVImIIIm系列は合計51.5%、禁則とされるIVIIm系列は30.9%となります。1
確かにこれはアメリカが中心のデータですので、ポピュラー音楽全ての傾向を反映しているとは言い難いですが、それでも無視できないだけの様々な情報がここには蓄えられています。そして1000曲を超える実例がある以上は、これを「例外」として無視していくよりは、きちんと説明をしようというのが自由派のスタンスです。
分析をしよう
こうしたビッグデータを扱えるようになったこと自体が本当に最近のことですから、ひと昔の理論書が言う「ほとんどの曲はTで始まります」とか「1-6-2-5が最もよく使われる進行」といった統計らしき情報は、ハッキリ言って何の保証もない言説です。
けっきょくのところ、最大の指標となるのはあなたが取り組んでいるジャンルの実際の楽曲であり、そこは自分で分析をする以外にありません。
3. 理論の限界と捨象
ところで、接続系理論はたった2コードの接続に着目しましたが、もし3つのコードの連なりで考えると話はさらに複雑です。例えばVのコードに関して、「進行先」だけでなく「進行元」も合わせた3コードの接続で分析してみると、面白い結果が現れます。
I : 21% / IV : 21%
I : 40% / IV : 9%
I : 17% / IV : 43%
この3つのデータが示唆するものが分かりますか? まず単にVだけで見た場合、Iに行くかIVに行くかは先述のとおり共に21%で拮抗します。しかし「IImからVへ来た」場合だけに絞り込むと、その圧倒的多数がIへと向かっている。そしてそれとは対照的に、VIm→Vと来た場合には、本来禁則であるはずのIVへと大多数が殺到していきます。
つまり、本当のところ「あるコードがどこに進みやすいか」というのを徹底的に論じるためには「手前からの流れ」もパラメータとして考慮することが必須なのです。ただ流石に3コードの接続となると組み合わせは150とおり、多すぎて説明しきれません。人間の暗記力の限界を超えています。つまり我々は複雑な音楽の世界を完全に理論化することはできず、その世界の解像度を落とすことでどうにか頭で扱えるレベルに収めているのです。
例えば理科の計算のときには「ただし空気抵抗や摩擦は考えないものとする」なんていう前提がよくつきますが、音楽理論がやっているのはそれと全く同じことです。現実の世界は複雑すぎるから、ややこしい部分は切り捨てて、それでどうにか理論を運用可能なものにしています。
改めて見渡すと、コード理論においては「考えないものとする」部分がたくさんあります。
- 音楽のジャンル
- リスナーの音楽経験・体験
- 楽器の音色
- コードのヴォイシング
- 前後関係による影響
実践において何か理論で説明のつかない現象に出くわしたときには、より難しい理論を探すというよりは、このように切り捨てられた部分をまず観察してみるとよいでしょう。物事を抽象化する際には、それと引き換えに捨てられる部分というのが必ずあって、その行為を「捨象」といいます。抽象と捨象は、離れられない表裏一体の存在なのです。
この「音楽理論は音楽を簡略化している」という意識があると、変に頭でっかちになってしまうことも防げたりしますので、ぜひ頭の隅に置いておいてください。