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1. メロディ主体の理論モデル

さて、メロディ編のIV章では、シェルについての理論をより分厚くしていくのですが、まずはそのための前提を確認していきます。

IV章の内容はII章よりも込み入っていて、濁りをもたらす偶数のシェルの扱いを学んでいきます。そこで重要なのが、「許容できない濁りが生じたとき、修正すべきなのはコードなのかメロディなのか」という、理論じゃなく“実践”上の問題です。

濁りの発生

例えばIのコード上では、「ファ」の音がコードトーンの「ミ」とぶつかり強い濁りを発生させます。このような出来事に対し一般的なポピュラー理論では、「Iのコード上ではファは濁ってしまうので長く伸ばせません」という説明をします。この時のファは、回避すべき厄介な音、回避音Avoid Note/アヴォイド・ノートと呼ばれます。

アヴォイド

この理論モデルの場合に優先されているのは、コードの響きを守ることです。ドミソの美しい響きを守るために、ファに控えてもらう。そしてこのモデルの根底にあるのは、アドリブ演奏です。アドリブ・セッションの場合、コードが既に決まっていて、もし誰かが勝手にそれを乱してしまったら良いアンサンブルは作れません。だから皆でコードの響きを尊重するようなフレーズを演奏しよう。「アヴォイド・ノート」は、そういった観点から作られたシステムです。

しかしポピュラー音楽の「作曲」を主眼においた場合、必ずしもこのプライオリティの置き方が正しいとも言えません。そのメロディラインが魅力的であるならば、むしろコードがメロディに道を譲るべきです。やっぱりいいメロディラインを作ることこそがポピュラー音楽における正義ですし、何より即興と違って自分の意思ないし周囲との話し合いでじっくり音を決めていけますから、例えばミの音を抜いてしまうとかして、ファに活路を与えるといった考え方が現実にはありうるわけです。

アヴォイド化をアヴォイド

想定する状況によって、どちらの立場が適切かは変わります。幸い自由派音楽理論はメロディ編とコード編を分離しているので、メロディ編ではメロディの方にプライオリティを置いて理論を展開します。「即興演奏」より「作曲」のモデルを重視するということです。

すなわち、メロディとコードがぶつかる場合に、それを回避する方法として「メロディを解決させる」以外に「似ているコードで違うものに置き換える」という方法も紹介します。そうすることで、「このメロディとこのコードの感じで行きたいのに、なんかうまく行かない」という時に、メロディを変えることなく対処するやり方が身につきます。

コードを優先するか、メロディを優先するか。それをこの章では「コード優先型」「メロディ優先型」などと呼び分けて区別したいと思います。

2. シェルの復習

さて、III章の旋法の話を挟んでずいぶんと時間がかかったはずなので、Ⅱ章でやった「シェル」の話を少し思い出しましょう。

コードに対してメロディが何度の位置をとっているかは、すごく重要です。それによって例えば、メロディの傾性が変化します。基本的には、1・3・5・7の「奇数度」は安定していて、対する2・4・6の「偶数度」は濁りが強く、不安定さや緊張をもたらします1

コードと傾性

傾性だけでなく、3rdをメロディにとれば長短の質感が増幅され、Rtをメロディにとればストレートな響きになるなど、曲想にも多大な影響を与えました。
一方で、それはⅠ章で述べた「カーネル」、つまり調の中心からの位置によって生まれる性質を否定するものではありません。その両者が複合されて、最終的な曲想が決定します。そのことをⅡ章では、「二重の位置情報」と述べました。

コンビネーション

調の中心から数えた位置を「スケール・ディグリー」と呼び、さらにコードのルートから数えた位置を「コード内ディグリー(ICD)」と名付けました。そして後者によってメロディに与えられた付加的な性質を、「シェル」と呼ぶんでしたね。
ちなみに「カーネル」「シェル」「コード内ディグリー」は、既存の用語が無かったために自由派が新しく名付けたものでした。

Ⅱ章ではまず基本である「奇数度」が持つそれぞれの質感を理解するところに留まっていましたが、そろそろ残りの2・4・6度にも着手しようというのが、このⅣ章です。想定としては、Ⅱ章でシェルを学んでから曲を15曲くらいは作り、「シェル」という存在の手ざわりを体感してきているくらいの前提で話を進めていきます。

3. 偶数シェルの解決

改めて、2・4・6度の音は偶数シェルEven Shellと呼びます。偶数シェルは音に濁りを生み、聴き手はその後澄んだサウンドに戻ることを自然と期待します。ドミナントのコードがトニックへ解決を望むように、偶数シェルも基本的には解決されることが望まれるわけです2
ただ解決の仕方はたくさんあるし、あえて緊張を解決しないという手法だってもちろんあります。だからそこで生じた濁りをいかに扱うかが、曲想を論じるうえでカギになってきます。まずはミニマムな単位で、じっくり観察してみましょう。


こちらはAメロのはじめのような、ちょっとしたメロディですが、途中でメロディが切れてしまっています。

途切れている※楽曲はAキーですが、楽譜はCキーに移してあります。

コードに対するメロディの位置(ICD)は、ご覧のとおり、2ndの位置を取ったところで止まっています。2ndは濁りを生みますから、今まさに傾性が増していて、どこに解決しようかというところなわけです。これを実際にいくつかのパターンで解決させて、違いを観察します。

順次下行による解決

今回のパターンでは、最もベーシックな形と言えるのは順次下行です。

I章のカーネル論で「音重力」という通説を述べました。メロディは上行か下行かだったら、原則としては下行の方が自然なモーションであるという説です。これはシェル論でも通じるところで、2・4・6度シェルはいずれも下行が最も基本的な解決法とされます。

アニメ「けいおん!」の劇中歌、「天使にふれたよ」は、偶数シェルの順次下行解決を連発する非常に分かりやすい例です。サビのメロディを見てみましょう。

天使にふれたよ

緊張とその解決を絵文字で表現してみました。こうして眺めると、毎回毎回ていねいに順次下行で解決を繰り返していることが分かります。こんな風に構造が美しいと、聴き手にとってもメロディの流れが自然に感じられ、とても心地よいメロディになります。

順次上行による解決

今回の場合は、順次上行すれば安定感のある3rdに行き着くことが出来るので、上昇しても十分な解決感が得られます。

2・4・6度シェルの濁りは、こうやって順次進行で解決してあげると、聴き手にとって効果が最も分かりやすいものになります。ちょっと、実際の例も見てみましょうか。

跳躍上行による解決

そうはいっても、順次進行せずにあえて跳躍するのだって面白い。試しに、3rdを跳び越して5thまで跳んでみましょう。

当然ながら、かなり高らかでパワフルな感じがします。これだとAメロはじめというより、サビ終わりという感じ。結果として濁りは解消されているので、一応「解決」の一種と言えるでしょうね。

跳躍下行による解決

それでは逆に、下方にある7thの音へと跳んだらどうなるでしょうか?

これはずいぶん物憂げな表情が生まれました。それもそのはず、着地先の7thは今「導音」であり、奇数のシェルとはいえ強傾性音ですから、これを「解決」と呼べるかは微妙なところです。でもやっぱり、この割り切れない感じは魅力的ですよね。
だから、ドッシリと解決するのが「基本」だけども、それを「応用」してこんなことをしても全然アリなわけです。これもまたカーネル論と同じで、表現したいもの次第ということです。

他の偶数度数へ跳躍

さらに一歩進めて、今度は6thへ進んでみましょう。

これは聴く人によっては、2ndの濁りをうまく処理できていなくて気持ち悪いととられるかもしれません。全く繋がりのないところへジャンプして来てしまった感じがあります。ただ、この何とも言えない不思議な雰囲気が欲しい!という場面であれば、あえてこのような変わった展開を作るのもアリです。理論は何が「正しい」かを規定するものではなく、何が「ベタ」で何が「奇抜」かを判断する物差しのようなものですからね。

保留する

そして忘れてはいけないのが、音を変えずに保留して連打するという選択肢です。

今回のパターンだと、レの音の傾性がそこまで高くないので、問題なく良い浮遊感を生み出していますね。これよりも強い傾性音だと、保留して伸ばしにくい場合もあります。


ですから、最後の保留を除くと、以下のような選択肢が用意されているわけです。

選択肢

だから、すごくザックリ言っても8とおり。もちろん実際には無限の可能性が広がっています。順次進行で解決するのが模範的だけども、演出したい曲想次第では、どんな方法もあり得ます。

4. 内部解決と後続解決

しかし、ここまで扱ってきたのは全て、そのコードの中で和声音を解決するという、非常に狭い目線での観察でした。実際には、メロディを伸ばしっぱなしにして、次のコードに進んでから解決するということもあり得ます。

コレはとても良い例です。4thの濁りが強烈だという話は、II章でしましたよね。だから音を伸ばしている間に2ndだったものが4thに変わるこのパターンは、緊張を上乗せする構造になっています。十分に蓄積された緊張感が、小節を超えて解消されるという、とても緻密な展開が構成されているわけです。

このように、偶数シェルの緊張感を抱えたまま次の小節に突入してそこで解決するというのは、技法のひとつとして重要ですが、取り立てて名前がつけられていません。自由派音楽理論では、小節内で解決する方法を内部解決Local Resolution、後続の小節で解決する方法を後続解決Inherited Resolutionと呼び分けることにします。まあ、そう何度も登場する言葉では無いでしょうが、こうやって名付けておくことで記憶の隅っこに今日の話が残ればと思います。

5. 解決の競合

先ほどはIVImという分かりやすいパターンでしたが、コード次第では非常にややこしい構造にもなりえます。

IVと進んだ場合、保留している間に濁りが解消され、着地したつもりが今度は4thが形成されるというシチュエーションになります。絵文字くんももう、どんな表情をしていいのか判りません。こんな風に、水平的目線の解決と垂直的目線の解決が衝突してしまうことがあるというのは、Ⅱ章でも紹介しましたね。

競合

その時にも説明したように、これは決して悪いことではありません。ジャズやクラシックの理論では基本的にハーモニーとメロディは協力するのが前提ですから、こういうパターンはあまり存在を認められていませんが、現代の音楽においては全てが重要です。「メロディは堂々と落ち着き、それでいてコードは高揚している」というこの状態でなきゃ出せない曲想というものがあります。
後々に備えて、この現象にも一応名前をつけておきましょう。水平的目線では解決しているのに垂直的目線では緊張が増している状態、あるいはその逆の状態のことを、解決の競合Conflict/コンフリクトと呼ぶことにします。


さて、Ⅱ章の時から薄々気づいていたかもしれませんが、シェルの世界はメチャクチャ奥が深いです。Iのコードでの2nd Shellの扱いだけでコレですからね。しかもコレはたった2音の動きのみ。実際には、「レシド」のように3音で解決に至るものだってあるわけですから、その可能性は無限大です。
なので、やはりこうなってくると大事なのは、頭より身体。聴覚や指さばきをドンドン鍛えて、カーネルやシェルの質感を、数字や楽譜を飛び越えて耳で直接把握できるようになるのが肝心ですよ。

まとめ

  • コードに対して2・4・6度の位置をとる場合はサウンドに濁りが生じ、解決への欲求を生みます。
  • そうした濁りは、順次進行で解決するのが基本としつつも、実際には様々な処理法が存在します。
  • 小節をまたいで、後続の小節で解決する方法もあり、これを「後続解決」と呼びます。
  • 水平的な解決と垂直的な解決がぶつかってしまう状態を、「競合」と呼びます。「競合」は、ジャズやクラシックでは基本的に望ましく無い事態とみなされます。
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