目次
1. ホールトーンスケール
音楽の世界には、非常に特徴的な音階が存在します。その名も、全音音階Whole Tone Scale/ホールトーン・スケールです。
段差を見ると、すべてが全音差です。だから、全音音階。まあ音階というのはどれをとってもユニークな存在ですが、この「すべて全音差」というのがとりわけ特殊であることは、何となく想像がつくでしょう。
「全全音」の特異性
音階というのは本来、全と半の組み合わせによって様々な情感が生まれるもの。たとえば「長音階」では「シ・ド」と「ミ・ファ」の半音差がもつパワーを活かすことがメロディメイクにおいて重要という話をメロディ編でしました。
全音音階にはそういう情緒が全くありません。1オクターブを機械的に6等分すると出来上がる、極めてシステマティックなスケールなのです。均等な分割のためにトーナル・センターも希薄で、特別な傾性音も存在しない。
そのせいなのかは分かりませんが、このスケールは「無機質」「無重力」「非人間的」「SF」「魔法っぽい」な感じを演出するのにぴったりなのです。そのため、特殊な目的でたびたび用いられます。
シンセサイザーでこの音階を弾くだけで、もうかなりのSF感が生まれます。
サウンドエフェクトとして、どこかで聴いたことがあるかもしれませんね。
こういった曲で用いられています。これをさらに曲へと発展させれば、かなり不思議な雰囲気を生み出すことができます。
こちらは「世にも奇妙な物語」の「猿の手様」という不思議サスペンスストーリーのBGMとして使われた一曲。不思議で不気味な感じの演出としてホールトーンスケールが使われている、まさに典型例と言えます。
こちらは、一番はじめのフレーズや途中に少しだけホールトーンスケールを混ぜ込んだパターンです。合間に普通のスケールを挟むことで調性音楽としてのバランスを保っているところが巧み。ゴーレムや魔法楽器を作成する工房のBGMということで、まさに「魔法」と「SF」の世界観を表現するために活かされていますね。
2. 近代クラシックとの関係
ホールトーンスケールは、近代クラシックにおける重要なキーワードのひとつです。ロマン派が築き上げた従来の調性音楽を超越する目的で、ドビュッシーやバルトークといった作曲家が積極的に用いていたのです。
こちらはホールトーンの奇妙さを巧みに生かしたドビュッシーの楽曲。迷路に迷い込んだような雰囲気が漂うのは、ホールトーンスケールの力です。
こちらがバルトークの使用例。もうタイトルに全音音階って入っていることからもお判りのとおり、一曲まるまるホールトーンスケールというテーマで作られています。
また、古くはモーツァルトが「音楽の冗談」という曲で、ヴァイオリンのフレーズに全音音階を用いています。これはタイトルのとおり、演奏のヘタなヴァイオリン奏者をからかうような意味合いになっています。
3. ポピュラー音楽での例
極めて特徴的で曲想が限定されるため、ポピュラー音楽で使われることは多くありませんが、やや前衛的な方向性を狙ったプログレッシブ・ロックなどではたまに見かけます。
こちらは「プログレバンド四天王」に数えられるキング・クリムゾンの曲。全体的に全音音階のフレージングが多く見られます。
こちらも「プログレバンド四天王」のひとつ、ピンク・フロイドの楽曲です。ソロの途中にちょっとだけ全音音階のフレーズがスパイスとして使われています。
4. 編曲
しかし、このような特殊なスケールを使う場合、コード進行をどうするかが分からないですよね? でも実は、とりあえず全パートでホールトーンを使ってさえいれば、後はなんとなくフレーズやバッキングを重ねていけば、それでちゃんとした形になります。
こちら、一応トーナル・センターがC音ということを意識しつつ、あとは適当に音を重ねていったサンプルです。その時その時のコードが何になるかなどは、全く気にしていません。
理論的に適当で良い
「そんな適当なやり方で音楽理論と言えるのか!」と思うかもしれませんが、コレに関しては音楽理論的に考えればこそ適当にやっても大丈夫なことが分かるのです。それは、すべて全音差というホールトーンゆえの特質です。
まず第一に、「半音差」がどこにも存在しないため、許容できないような強烈な濁りは発生し得ない。一方で増4度関係が大量にあるため、増4度の不協和はどうやっても避けられない。そうなるとむしろ、「増4度に注意しなきゃ」とか「増4度を解決しなきゃ」なんて話にもならないため、この辺りも気にする必要がないのです。
第二に、音階上には完全5度の関係がひとつもありません。だからそもそもスケールの構成音だけでは、マトモなコードは作れない。そうならば、もう「コードネーム」とか「コード進行」とかいう概念を捨ててしまった方が、曲が作りやすいのです。
最後に、「均等6分割」という性質上、ハッキリ言って「どうやったってホールトーンスケールのサウンドになる」ということ。メジャースケールならファとシをどこに挿すかで個性が決まりましたが、そういう観点は、ホールトーンを使うときにはあまり関係ありませんので、そのような「使うときのポイント」もこれといって無いのです。
度数に着目
強いてポイントを挙げるとすれば、オクターブを2分割する「増4度」の音程と、3分割する「長3度」の音程を意識して使用すると、スケールの魅力が出るかなというところ。
上の音源では、ベースラインがC→F♯と増4度で動いていますし、トランペットとサックスはずーっと長3度でハモっています。この辺りは、聞き慣れたメジャースケールとのコントラストを作りやすいのです。
– | メジャースケール | ホールトーンスケール |
---|---|---|
3度 | 長3度と短3度が合わさって様々なカラーを作る | 長3度しか無いので異常に明るい |
4度 | 完全4度が基本。たまに増4度が“揺れ”を生み出す | 増4度しか無いので常に不気味 |
こういった、スケール各音の度数関係の特徴に着目すると、ホールトーンスケールの使い方というのは自ずと見えてくると思います。もし通常の調性音楽の中に入れ込みたい場合は、IやIVのような明るいコード上で挿し込むと成立しやすいですよ。
ドビュッシーや下村陽子さんの例のようにホールトーンを普通の和音にうまく融け込ませたいという人は、コード編を頑張ってⅦ章まで進めて、ハーモニー構築の知識を学ぶとよいでしょう。
まとめ
- 段差がすべて全音差である6音から成るスケールを「ホールトーンスケール」といいます。
- 段差が均等であるために、メジャースケールにおける「ファ・シ」のような“鍵を握る傾性音”が無く、トーナル・センターへの引力構造のようなものが希薄です。
- その性質から、奇妙な感じやSF感を演出するのに最適です。