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ここまでメロディ理論の中心には「半音」がありました。I章ではファ・シの特殊性にスポットライトをあて、このIII章では臨時記号を利用してでも半音の段差を作り出してきました。しかしこの回でやるのは、その正反対。半音関係の存在しない音階を新しく紹介します。
1. ホールトーンスケール
半音関係を消した音階といえばファ・シを抜いた”四七抜き音階”がありましたが、今回はもっと極端。全ての段差を全音差にした、その名も全音音階Whole Tone Scale/ホールトーン・スケールです。
まあ音階というのはどれをとってもユニークな存在ですが、この「すべて全音差」というのがとりわけ特殊であることは、何となく想像がつくでしょう。
「全全音」の特異性
音階というのは本来、全と半の組み合わせによって様々な情感が生まれるもの。たとえば「長音階」では「シ・ド」と「ミ・ファ」の半音差がもつパワーを活かすことがメロディメイクにおいて重要という話をメロディ編でしました。
全音音階にはそういう情緒が全くありません。1オクターブを機械的に6等分すると出来上がる、極めてシステマティックなスケールなのです。そのせいなのかは不明ですが、このスケールは「無機質」「無重力」「非人間的」「SF」「魔法」的な感じを演出するのにぴったりで、そういった意図でたびたび用いられます。この音階をただ順次上行していくだけでもうそのような雰囲気を出すことができます。
テレビの効果音なんかでもよく使われるので、耳にしたことがあるかもしれませんね。
こういった曲で用いられています。これをさらに曲へと発展させれば、かなり不思議な雰囲気を生み出すことができます。
こちらは「世にも奇妙な物語」の「猿の手様」という不思議サスペンスストーリーのBGMとして使われた一曲。不思議で不気味な感じの演出としてホールトーンスケールが使われている、まさに典型例と言えます。
2. 近代クラシックとの関係
ホールトーンスケールは、近代クラシックにおける重要なキーワードのひとつです。古典派・ロマン派の時代に築き上げた従来の調性音楽を超越する目的で、ドビュッシーやバルトークといった作曲家が積極的に用いていたのです。
こちらはホールトーンの奇妙さを巧みに生かしたドビュッシーの楽曲。迷路に迷い込んだような雰囲気が漂うのは、ホールトーンスケールの力です。
こちらがバルトークの使用例。もうタイトルに全音音階って入っていることからもお判りのとおり、一曲まるまるホールトーンスケールというテーマで作られています。
また、古くはモーツァルトが「音楽の冗談」という曲で、ヴァイオリンのフレーズに全音音階を用いています。これはタイトルのとおり、演奏のヘタなヴァイオリン奏者をからかうような意味合いになっています。
3. ポピュラー音楽での例
極めて特徴的で曲想が限定されるため、ポピュラー音楽で使われることは多くありませんが、やや前衛的な方向性を狙ったプログレッシブ・ロックなどではたまに見かけます。
こちらは「プログレバンド四天王」に数えられるキング・クリムゾンの楽曲『Fracture』。全体的に全音音階のフレージングが多く見られます。
こちらも「プログレバンド四天王」のひとつ、ピンク・フロイドの楽曲『Dogs』です。ソロの終盤の展開作りで、ホールトーンのフレーズがスパイスとして使われています(13:56~)。
4. 編曲
それにしてもいざホールトーンスケールを使おうと思ったとき、コードやメロディラインをどう構築していけばいいのか分からないですね。でも実は、とりあえず全パートでホールトーンを使ってさえいれば、後はなんとなくフレーズやバッキングを重ねていくだけで曲としてちゃんとした形になります。
こちら、一応トーナル・センターがC音ということを意識しつつ、あとは適当に音を重ねていったサンプルです。その時その時のコードが何になるかなどは、全く気にしていません。
音楽理論はどこいったんや!と思うかもしれませんが、理論的に見ればこそ、あまり深く考えても仕方がないことが分かります。
まずコードの構築に関して、音階上にはメジャーコードやマイナーコードの5thを作る[7半音]の距離関係がひとつもありません。ホールトーンは全ての音が全音刻みですから、半音数でいえばどんな2音を組み合わせても偶数の距離しか発生し得ません。だからそもそもスケールの構成音だけでは、聴きやすいメジャーコード/マイナーコードは絶対に作れない。しかもトライトーンは頻繁に発生するため、不安定な状態が当たり前になっています。この点からして、これまで学んできた「メジャー/マイナーキー環境における緊張/弛緩の理論」に頼れないことが分かります。
その一方で半音差の関係は絶対に生じないため、どう積んでも許容できないような強烈な濁りもなかなか発生しません。結果として、任意に音を積めばそれだけでもうホールトーンのサウンドは演出され、逆にそれ以上の差異や個性は生み出しにくいのです。
またベースラインの進行においてもやはり従来の機能和声論が通じる音階ではなく、作れる展開や表現は限定的です。やれるのは「主音か、そうでないか」という意識のもと安定/不安定をいくらか調整するくらいではないでしょうか。
メロディのライン作りに関しても、「均等6分割」という性質上、正直どうやったってホールトーンスケールのサウンドになります。メジャースケールならファとシをどこに挿すかで個性が決まりましたし、その解決の動きが重要になりましたが、ホールトーンにはそういった要素が希薄です。こちらについてもやはり主音の意識と、あとは上行/下行のどっちにするか、順次/跳躍のどっちにするかくらいしか曲想や展開について理論的にアプローチできる部分がありません。
このようにもろもろ考えますと、あまり従来理論の介入する余地がなく、気ままに作っていくしかないという話になります。強いてポイントを挙げるとすれば、トライトーンの音程がいちばん分かりやすく奇妙さを出してくれるということ、長3度によるハーモニーでメロディに「3度ハモリ」を構築してメロを補強する技は引き続き使えること。このあたりは編曲上のカギになってくるかと思います。
特に3度ハモは、一見すると聴き慣れた三度堆積の音楽観に沿っていながら、その実ずっと長3度オンリーで短3度が登場しないため、ホールトーンの異常な雰囲気もしっかり出してくれるという、実にバランスのいい存在です。
瞬間的ホールトーンの場合
単一のコード上で飛び道具的にアクセントとしてこの音階を用いる場合は、基本的には長3度・短7度の音程を構成するので、ドミナントセブンス系のコードの時に使うのが最も簡単です。V7や、二次ドミナントのII7III7などです。
ただし完全5度はなく増5度なので、ホールトーンスケールと完全に調和させるなら、コードクオリティは「オーグメンテッド・セブンス」という、コード編III章で扱う応用コードになりますね。もちろん、ホールトーンを使う瞬間だけコード理論のことを忘れて思いっきり逸脱するというのも面白いと思います。
まとめ
- 段差がすべて全音差である6音から成るスケールを「ホールトーンスケール」といいます。
- 段差が均等であるために、メジャースケールにおける「ファ・シ」のような“鍵を握る傾性音”が無く、トーナル・センターへの引力構造のようなものが希薄です。
- その性質から、奇妙な感じやSF感を演出するのに最適です。