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4. 音階の選択

さて、身近な実践の場で今回の知識が鍵になってくるのは、「クオリティ・チェンジ」でメジャー化したIIIや、「二次ドミナント」の原理で持ち込んだIII7のコード、またはそれに類する諸々のコードを使用する際です。既にソにシャープが付いている状態ですが、そのまま演奏すればハーモニック・マイナーを演奏することになり、さらにファにもシャープをつければメロディック・マイナーを演奏することになります。

IIIのコードと、ミ-ファ-ソ♯-ラ-シ-ド-レという音階。ファにシャープを付けるか否か

シャープを付けるのも付けないのも、どちらも現実的な選択肢としてあり得るもので、本来のファが持つ強傾性音としての特徴を活かしたいか、あるいは段差を滑らかにしたいか。作りたいメロディラインや曲想に応じて決めていくことになります。それぞれの実例で、サウンドの違いを見てみましょう。

メロディック・マイナーの採用例

メロディック・マイナーの魅力は、なめらかさです。の音を自然にメロディラインに盛り込みたい場合の選択肢と言えます。

スピッツの『夢追い虫』はサビのド頭がいきなりIII7で、「ミ-ミ-ファ-ソ-ラ」と来るショッキングなパターン。メロディック・マイナーにすることでその変化を和らげ、ロック音楽の中にうまくソを持ち込んでいます。
実際に歌い比べてみると分かりやすいのですが、もしこれをハーモニック・マイナーにしてしまうと大きく開いた段差が中東っぽい雰囲気を出してしまって、このシーンで出すべき曲想とは全く合致しません。完全にメロディック・マイナーが功を奏している場面です。

ビートルズの『イエスタデイ』は「メロディック・マイナーといえばコレ」という感じでたびたび参照される有名な一曲です。冒頭で「All my troubles seemed so」と駆け上がるところが「ミ-ファ-ソ-ラ-シ-ド」となっています。これもやっぱり、メロディック・マイナーでなければこの整った全音上行のラインは生まれませんね。

ハーモニック・マイナーの採用例

一方でハーモニック・マイナーの魅力は、ファ-ソという「大きな溝」が生み出す強い感情の揺らぎです。悲しさや切なさのあるバラードでは、こちらを取る選択も考えられます。

DREAMS COME TRUEの『LOVE LOVE LOVE』は冒頭のパート「伝え“た”いだけ」のところが、ハーモニックマイナースケールのファ-ソという増2度の段差がもたらす独特な響きを活かしたフレーズになっています。

LOVE LOVE LOVE

増2度はいわば“毒っ気”の強い音程ですが、それをうまく利用して“スパイス”として活用することもできるのです。

そもそもファは強力な傾性音であり、「III7上のファ」はバラードにおける必殺技のひとつ。ファの魅力と、ソの魅力、両方を使って曲を強固なものにしています。

ホラーゲーム「歪みの国のアリス」のBGMのひとつ『玻璃のオルゴール』はIImIIIを繰り返すコード進行から始まります。そしてメロディは「レ-ミ-ファ-ミ」を2回繰り返した後、「レ-ミ-ファ-ソ♯-ファ-ミ」とフレーズを展開させます。大きな溝がもたらす独特の情感を、ここではホラー風の不気味で不穏な雰囲気の演出にうまく利用していますね。
どちらの例でもソ♯をピークとして下に折り返している点は注目すべきところで、こうした場合なおさらファにはシャープをつけない方がきちんと短調としての調性を保ちやすいです。

そんなわけで、それぞれの短音階に魅力があり、それぞれの活きる場面が存在しています。適切に使い分けることが要求されるわけですね。

5. VIm上での使用

クラシック音楽では、III系のコードの時だけでなく短調のボスであるVImの時にも、これらの音階を使います。ポップスではさほど一般的ではないことなので、これを実行すると簡単にクラシック風な雰囲気を作り出すことができます。

こちらはメロディック・マイナーを使用した場合で、冒頭のメロディがVImのコードに対して「ミ-ファ♯-ソ♯-ラ」となっています。平常時から2音も変位していることもあって、どこかファンタジックで闇へ引き込まれるような深みがあります。

一方こちらはハーモニック・マイナー。冒頭のメロディと、それから終盤のベースラインにてファ♮が使われたことで先ほどと違いが現れています。やはり、コードが何であろうと「増2度」の溝が大きく、メロディの滑らかさには欠けます。とはいえ、これはこれで独特の不気味さがあるので、表現したい内容によってはこれも全然アリですね。いずれにせよ、ラドミの和音に対しソ♯が絡んでくることにより強い濁りが生じているのがポイントです。

最後に参考までにナチュラル・マイナー。今回のようなクラシカルなピアノ曲においては、これだとちょっと野性味がありすぎて違和感を覚えます。格調高いマイナー調を演出するにあたって、この短音階のバリエーションを知ることは本当に重要なのです。

6. スケールとコード

既に経験的に理解しているかと思いますが、作曲において使用するコードとスケールは表裏一体の関係にあります。コードをIII7にすると決めたらメロディに利用する音階としてナチュラル・マイナーはやや使いづらくなります。逆にメロディでメロディック・マイナーを使う、ファ♯の音を鳴らすと決めたら、IImのコードはファ♮を伴うため基本的に選択肢から外れます。
では、ハーモニック・マイナーやメロディック・マイナーをスケールとして採用しているとき、どんなコードが基本の選択肢となってくるのでしょうか? それを最後に確認したいと思います。

ハーモニックマイナーの場合の基本コード。全ての和音について、ソにシャープがつくことになる。要注意のコード:AmΔ7, C+Δ7, Gº7.Aハーモニックマイナーの場合

ハーモニック・マイナーの音階に沿ってセブンスコードを作っていったものがこちら。ハーモニック・マイナーの使用時にはこれらのコードが基本的な選択肢となってきます。ただ単にソにシャープがついただけですが、コードシンボルはだいぶ難しくなりました。とりあえず全てシンボルを記載しましたが、コード編III章を読んでいないと分からない応用的なコードがチラホラ見られます。とはいえ既に強調しているとおり、コードネームの暗記は作曲において必須ではない。音階に沿ってコードを作ればいいというだけの話です。

続いてメロディック・マイナーの場合は次のとおりです。

メロディックマイナーの場合Aメロディックマイナーの場合

ファにもシャープがつくため、いよいよ見慣れたコードがひとつもなくなりました。一番親しみが持てるのがIII7という異様な状況です。

応用的コード、どこまで使う?

「クオリティ・チェンジ」で昔からおなじみのIII7で既にお分かりのとおり、臨時記号がひとつ付くだけでコードのテイストはずいぶん変わりますから、上のコード群はいずれも単純なナチュラル・マイナーではない世界観を演出するうえでの重要なカギとなります。

ソ♯系コードの有用性

特にリーダーであるVImをセブンスまで積んだ際に生まれる「VImΔ7」はなかなか強烈なサウンドで、濁りは激しいのですが、ナチュラル・マイナーではないことを明確に提示する能力に優れています。澱んだ雰囲気を演出してくれる優秀な存在で、上の比較音源でもこのコードは多用しました。ド-ミ-ソ♯-シと積んで作る「I+Δ7」というコードも、かなりキャラの強い濁りを持っています。この2つを反復するだけでも、かなりおどろおどろしい空気が漂います。

VImΔ7I+Δ7VImΔ7I+Δ7

ナチュラル・マイナーでは絶対に出すことのできないダークなサウンドが魅力的です。

シンプルなコードを使う

しかしそもそもマイナースケールを改造した本来の目的はメロディラインの引力や段差を調整することであって、コードの濁りや澱みはあくまでもその副産物です。シチュエーションによってはコードで余計なことをせずに、臨時記号の登場はさりげない範囲に抑えたいという場面だって当然あります。その場合は、VImだったらセブンスを積まずに単にそのまま三和音で使えばいいし、ド-ミ-ソ♯-シなんて危険物は使わずにド-ミ-ラ(VIm/I)で代用するなど、臨時記号をコードに含めないやり方はたくさん考えられます。

VImIm/IVImVIm/I

この辺りはコード編II章の「パワーコード」の話に通じるところがあって、濁ったものから澄んだものまで使い分けることが重要になります。

ファ♯系コードの難しさ

特にメロディック・マイナー由来のファ♯を含むコードは使い勝手に難しさがあります。先述のとおりメロディック・マイナーは構造的にメジャースケールに近しく、本来のマイナーキーが作る音楽観から逸脱しがちです。中でもとりわけIIII7は自然に聴かせるのが困難です。

VImΔ7II7VIm/IIIIII7VIm

こちらは前後をしっかりVImで挟んでマイナー感を強調しながらII7を差し込んでみた例ですが、これでもずいぶんII7単独で持っているファンキーな明るさによって全体のテイストがかき乱されてしまった感じがします。クラシカルなマイナー調の楽曲の中でこのコードを利用することは稀ではないかと思います。メロディメイクにおいても下行時はファ♯を避ける配慮が重要でしたが、そうしたケアはコードを考えるうえでも同様に要求されるのです。
ですからベースがレのコードを使うとなった時にはメロディックマイナーは避け、コードはコードはいつものIImにするといったバランスどりが推奨されます。なお他のファ♯系コードに関しては前後の流れをうまく用意してあげれば、自然に聴かせられる余地はそこそこあります。

メロディック・マイナーやハーモニック・マイナーを基本とした作曲をする際には、場面場面で繊細に3種類のマイナースケールを行き来して使い分ける技術が大切ということです。簡易的には、以下のようなポイントを押さえておくとよいでしょう。

  • IIImがクオリティ・チェンジしたIIIの上では、ハーモニック・マイナーとメロディック・マイナーの二種類が選択肢としてありうる。旋律のなめらかさを求めるなら後者、「大きな溝」が生み出すサウンドをあえて利用する場合には前者がよい。
  • VImのコード上でハーモニック・マイナーやメロディック・マイナーを弾くと、クラシカルな調子が生まれる。
  • メロディ上のファ♯は上行させる形が基本。下行の流れの中ではファ♮の方が自然に聴こえる可能性があるので、常に検討する。

まずはIII系のコード、次にVIm系のコードで各種マイナー・スケールを実践し、それぞれへの理解を深めていってもらえたらと思います。

まとめ

  • 短音階には、主要なものが3種類存在します。
  • 特殊な音階を使う場合、コード進行にも気を使わないといけません。
  • IIIのコード上では和声的短音階と旋律的短音階が選べます。
  • クラシカルな短調では、III以外のコード、たとえばVImのコードにおいても、主音と導音の美しいメロディラインを作るために、和声的短音階や旋律的短音階を使うことがあります。
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