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今回は「新しい音階を知る」回です。
「教会旋法」の概念を前回は知りましたが、その具体的な導入をします。まず最初に解説する「ドリア旋法」は、特にゲーム音楽や映画音楽で異国風の雰囲気を出すのによく使われる音階です。
教会旋法は、全部で7つ。そのうち実質的にメジャー/マイナースケールであるアイオニアンとエオリアンを除けば、解説する必要があるのは5つです。今回は比較的用途の幅広い「ドリア旋法」について解説していきます。
用語を整理
前回確認したとおり、旋法には旋法単体に目指す“中心”の音があり、一方でコード進行もコード進行で“中心”を形成する。二者が目指す中心を一致させることで、リスナーに狙いどおりのサウンドを聴かせられます。
そうすると、「旋法の中心」、「コード進行の中心」、そして「最終的にリスナーが感じる中心」という3つの中心についてここでは論じなければいけません。用語の混乱を避けるため、ここで一時的に、この章の中での用語の使い分けを明確にしたいと思います。
- モーダル・トニック
旋法(メロディライン)が構築する中心。 - キー・トニック
コード進行が作り出す中心。 - トーナル・センター
最終的に感じられる音楽全体の中心。
ですから、「モーダル・トニックとキー・トニックがケンカしてしまうと、トーナル・センターは不明瞭でよく分からない音楽になってしまう。モーダル・トニックとキー・トニックを一致させてあげることで、リスナーに狙いどおりのトーナル・センターを感じてもらえる」というような説明になります。
1. ドリア旋法の構造
改めて確認しますと、ドリア旋法は、メジャースケールのメンバーをそのままに、「レ」をリーダーとして並び直した音階です。
これは「Dドリア旋法」ということになります。まず最初にチェックしなきゃいけないことは、これが普通の音階とどのように違っているかですね。そのためには、「D音から始まる普通のスケール」を思い出さねばなりません。それは・・・
もちろんDメジャースケールとDマイナースケールですよね。
こうして見比べますと、まずDドリア旋法は、どちらかというとDマイナースケールの方に似ています。というのも、中心であるD音から「お団子がさね」でコードを作ったとき、出来あがるのがDマイナーコードだからです。
では、マイナースケールとドリア旋法で何が違っているのかを見ると、それは第vi音に♭が付いているか否かですね。
こうして並べてみると、「ドリア旋法」と「短音階」は、一音しか違わないことがわかります。つまりドリア旋法とは、「マイナースケールの6番目の音を半音上げたもの」なのです。鍵盤で表現するなら、こういうこと。
ですから、ただのマイナースケールよりも浮き上がったような雰囲気をかもし出します。この、ドリア旋法と短音階の違いを決定づける音のことを特性音Characteristic Note / Character Noteといいます。このほんの半音の違いが、異国情緒を生むのです。
2. ドリア旋法のサウンド
では、改めてドリア旋法がもたらす異国のサウンドを再確認してみましょう。
上がこれまで慣れ親しんだDナチュラルマイナースケール、下はDドリア旋法です。差は第vi音に♭が付くか付かないか。やはり浮き上がった感じがあります。
実際の曲も聴いてみましょうドリア旋法(ないしそれと同等の音階)は、中世ヨーロッパでは教会音楽に限らず世俗音楽や、またケルトや北欧の音楽で見られます。この旋法にどこか民族的な異国情緒を感じる理由は主にそうした実際の文化的側面からの影響があるでしょう。
楽器のユニークさに注目が行ってしまいますが、実は音階自体が普通のものとは違うのです。この曲の異民族らしさの陰には、クラシックの基本と違う音階が使われているという、非常に理論的な理由があるのですね。
またそういった民族的な雰囲気を演出できる能力が買われて、ゲーム音楽でも頻繁に使われます。
ファンタジックで、なんとも言えない魅力がありますね。
ポピュラー音楽とドリア旋法
ポピュラー音楽では、決して一般的に使われるものではありませんが、この独特な雰囲気を活かすために使われることはあります。
こちらはサビがドリア旋法。地球規模の神秘的なメッセージを伝えるために、あえて民族調を取り入れたという感じですね。
比較して聴いてみる
改めて、それなりの曲にした状態で聴き比べてみましょう。
上が通常の短音階、下がドリア旋法です。たった半音の違いといえど各所のメロディラインが変わり、またコードもクオリティ・チェンジを多発させている状態に等しいので、大きな違いがあります。やはり音がシャープしているぶん、浮き上がった感じの雰囲気があるかと思います。
3. ドリア旋法の用法
さて、ここまでは「Dドリア旋法」で話を進めていましたが、例えば最も馴染み深い「Aマイナースケール」を加工して、ドリア旋法に変身させてみましょうか。
6番目の音を半音上げるわけですから、Aマイナースケールにとって強傾性音であるFにシャープが付くことになります。ここからは、この「Aドリア旋法」で話を進めていこうと思います。
ライバルのキーを確認
思い出しますと、たとえばDドリア旋法は、白鍵だけを使った音階。だから、作り方が悪いとCメジャーキーの曲だと間違えられる可能性もあります。
Aドリア旋法の場合はどうでしょうか? シャープがひとつ増えたので・・・
Gメジャーキーと同じですね! こんな風に、ドリア旋法には必ず「ライバルのキー」が存在しますから、要注意です。言ってみればこの7つの音は、「放っておけば勝手にG音をトーナル・センターに仕立て上げる7人」です。作り手がきちんとそこをコントロールしてあげないと、「ウッカリしてたらいつのまにかGメジャーキーみたいになってた」という事態も起こりうるのだ。
こちらは、さっきと同じメロディ。でもウッカリいつものノリでコードをAmDEmなんて進行してしまった例。そうなれば、これはもう「Gメジャーキーの2-5-6の進行」になっちゃいます。案の定、Emに来たときに、ドミナントがトニックに落ち着く解決感が芽生えてしまっていますよね。
意図していた「モーダル・トニック」はA、でも「キー・トニック」はGにしか聴こえない。こんな風に“衝突”が起こってしまうと、勝つのはキー・トニックの方です。メロディの下地にあるコードの影響というのは、計り知れないですからね。
メロディが狙っている位置の中心音の確立を、コード進行もきちんとサポートしてあげる。「モーダル・トニック」と、「キー・トニック」を一致させてあげる。それによって初めて、ちゃんとした「Aドリア旋法の曲」になります。
とはいえ、そういう“引力”の確保というのは、そんなに難しい話ではありません。とにかくモーダル・トニックのコードを弾きまくればよいのです。
こちらは前回のサンプル音源ですね。コードはVIm一発で、とにかく低音がずっと中心音を弾き続けているんでした。こんな風にやってあげれば、リスナーが感じる「モーダル・トニック」と「キー・トニック」の位置を合致させることができます。
通常の曲では、IVから始めてメロウな雰囲気を・・・なんてのが当たり前にありますけど、教会旋法を使うときにはそういう軟弱なのはやめて、潔く主和音から始めて主和音で終わるとよい。そうした方が、旋法の魅力も活きやすいです。
まあ、先ほどの2-5-6のような「いかにも」のコード進行を使わない限りは、普通に作っていればちゃんと「ドリア旋法の曲」になりますので、さほど心配することはありません。