Skip to main content

1. おまけ

この回は、ちょこっとしたおまけです。いちばん初めの序論にて、「戦場のメリークリスマスをマネして静かで冷たい雰囲気を出そうとしたピアノ曲」を用意したのを覚えているでしょうか?

序論ではこれを「ヘタクソ」と評し、「理論的に見ると実は“冷たさ”とは正反対で暑苦しい表現がたくさん詰め込まれている」と述べました。前回「シェル」のコンセプトを得たことで、その「暑苦しさ」の原因を理論的に分析可能になりました。だからちょっと種明かしというか伏線回収というか、ここで改めて楽曲分析をしておきたいと思います。

コード頭のシェル

シェル分析の際には、特にコードが変わった瞬間の頭に注目するとよいです。頭に鳴る音の印象というのはやはり大きいですからね。頭の音か、さもなくばロングトーン。この辺りが重要になってきます。

まずは冒頭4小節を楽譜化しました。見てのとおり、5thシェルがかなり多いですね。だからそれがまず硬いし強いです。そしてメロディは2小節をかけて少しずつ上昇していって、3小節めで3rdの音に着地します。コレもじわじわ順次上昇というのは明らかに盛り上がりの波を構築していくやり方なので、静かな雰囲気を作りたいのだったら少し表現として暑苦しい感じがします。

さらに4小節めラストのところでは、強傾性音のファが初めて登場します。そこまではファを使わない「四抜き音階」で進んできているんですが、こんな場所でファを打ってもファはさほど生きてこないし、せっかく四抜き音階が演出してきた世界観もここで消失してしまいました。このファは次に隣接する音へは進まずラへと中途半端に跳躍していて、あまり意味のある傾性音の使い方とは言えません。I章では、こういったムダ撃ちが伝えたい想いのパワーにブレーキをかける“摩擦力”になってしまうという話をしました。今回はまさにその典型例です。

続いて5-8小節目。まずシェルに注目すると今度は7,8小節めで、Rtを2連続でとってます。これもやっぱりサウンドとして単純すぎて、ロック音楽のユニゾン演奏のようなパワーが出てきてしまっています。

そして、5小節目冒頭のメロディも微妙で、せっかくさっきの3小節目でかなり高いところまでいって最高音の「レ」を叩いて、盛り上げてから下降してきたのに、ここでまた中途半端に「ド」に終止しています。これではストーリー展開としてメリハリがないですよね。終止の無駄遣いであると言えます。「声域区分法」の時にやったような盛り上がりの配分が、うまくできていません。さらに9小節目以降を見ると……

最後の最後まで5thRt押しでした。そうなると、全小節で頭のメロディが1・3・5度のどれかだったことが分かります。それもやっぱり、冷たく美しい雰囲気を演出したいのであれば表現が単調すぎます。前回紹介した7度や、今後紹介していく2度や6度などをうまく織り交ぜた方がより大人っぽい曲調にできます。この曲は全編通じてストレートすぎるのです。

さらに言えば、メロディのモチーフとして3連符1を採用しているのも、全然よくないです。3連符というのは特殊なリズムを突っ込むことでメロディを強調する技法であり、どちらかというとパワーを出すときに使われます。静けさをテーマにする時に使ってもその良さが活きてこなくて、逆効果になってしまいます。他にも細かいハーモニーの付け方が変だったりして、そういったところでも良さを損なっています。
そんなわけで、このピアノ曲は単純で、直線的で、硬くて強くて暑苦しい。マッチョのおじさんが炎天下のビーチでポーズを決めてるような曲を、「静かで冷たい雰囲気をマネしてみました!」と言ってたわけですね。しかしながらそれでも、ただ「スローなピアノソロ」という表面的な部分のおかげで、多少それっぽくは仕上がっています。非常に粗い情報の解像度でこの曲を眺めれば、「戦メリに似ている」と言えなくもない。

素人目にはそこそこ似ているように聴こえるかもしれないけれど、しかしその中身には歴然としたクオリティの差が確かに存在する。音楽に根本的な正解不正解はないけれども、表現したい内容に適した音かという観点からみた良し悪しはある。それが音楽という目に視えない芸術に取り組むことの難しさであり、理論という言語を持つことがいかに大切かという話であります。


こうやって、調性引力論を活用することで、「曲想の正体」を幾らか詳細に暴くことが出来ました。こういうところは、知識として脳が意識していなければその正体を感じ取ることすら難しいのではないでしょうか?
こうやってカーネル・シェルの観点からメロディを分析していくことを、自由派音楽理論では頭文字をとってK/S分析(ケーエスぶんせき)と呼びます。

「3連符がなんか似合ってないな」は、理論を知らない人でもけっこう勘付けると思います。リズムというのは、身体にダイレクトに来ますからね。でも「なんか和音に対するメロディの乗せ方が、硬くて強い響きを作ってる気がする」なんて具合に違和感の原因を突き止められる人は、そうそういないでしょう。それが目に見えない音楽という芸術に対する、素のままの人間の知覚能力の限界であると思います。だから、メロディメイクにこそ、理論によるサポートが重要です。ぜひうまく曲作りに活かしてください。

まずは作曲/分析をする中で1・3・5・7度の質感の違いを意識できるようになれば十分ですね。そこからさらにスキルアップしたいという時には、メロディ編のⅣ章へと足を踏み入れるのがいいでしょう。

まとめ

  • カーネルとシェルの両面からメロディを分析することで、より詳細な解析が可能となります。
  • シェル分析に関しては、小節頭、コードチェンジ頭といったリズムの要所、または最高音、ロングトーンといった展開の要所に着目することから始めるとよいでしょう。
  • カーネルもシェルも、表現上のムダを削ぎ落とすことでより音楽を伝わりやすいものにすることができます。
Continue