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前回はフレーズのカタマリとリピート構造について述べました。やや大きい目線での分析となりましたが、今回は一気にミクロな視点で、メロディがある音からある音へ移る時の動き方を言語化して整理していきます。

1. メロディの進行種別

上行と下行

メロディが次の音へつながるとき、その音程の変化は当然上がるか、下がるか、同じかの3種類しかありません。音楽理論ではそれぞれ「上行・下行・保留」といいます。「保留」だけちょっと、聴きなれない用語だと思うので、覚えておいてください。

移動種別

これは直感的なことですが、上行するメロディには力強さや高揚感が、下行するメロディには落ち着きや安らぎなどが感じられます。日本の音楽理論家である島岡譲氏は、この性質を”重力”に喩えてこう表現しています。

音はまた「上行」するときには緊張を増し、「下行」する時には緊張を減ずる。あたかも空間的上昇に際しては重力の抵抗を覚えるのにも似ている。(中略)上行は音重力に逆らうことを意味し、下行はこれに順応することを意味する。
島岡譲,外崎幹二 「和声の原理と実習」,p230 / p250

音楽理論においては、「落ち着いている状態」の対義語として「緊張」という語がたびたび用いられます。「音重力」というのはもちろん比喩ですけども、メロディラインとはそもそも我々の感情やある情景を反映させたメタファーとも言える存在ですから、メロディの動きを比喩的に噛み砕くことには実践上の意味があります。

順次と跳躍

さらに細かく分類を考えると、移動量についても「ドレミファミレド」のように一音差で滑らかに移動するのか、はたまた「ドミソ」や「ドからオクターブ上のド」のように大きく移動するのかで分かれます。

となりの音(2度差)への滑らかな移動を順次進行Stepwise、それより大きい高低差のある移動を跳躍進行Skipwiseと呼びます1

保留/上行/下行と組み合わせると、メロディにおける2音の継時的関係は5種類に分別されることになりますね。

移動の5種別

これもまた直感的な説明になりますが、順次進行は穏やかな曲想を、跳躍進行はより激しい曲想をもたらすと言えます。そしてその激しさは、跳躍の度合いが大きいほど強い。
3度、4度くらいの跳躍であればさほど特別に注意することもないですが、5度くらいになってくるとだんだんインパクトが強くなってきて、展開上のアクセントとしての機能を増していきます。

3,4,5度の跳躍

「跳躍下行」と「跳躍上行」を比べると、やはり「上行」の方が注目に値します。というのも、跳躍下行は「激しさ×落ち着き」という風に互いを打ち消し合うような関係であるのに対し、跳躍上行は「激しさ×高揚」という風に、相乗効果でより劇的な演出効果を生むからです。

2. 跳躍上行の活用例

したがって、分析/制作の際には、「大きな跳躍上行」をどのタイミングで用いているか、それがどのような効果を生んでいるかに着目するとよいでしょう。いくつか、実際の曲を分析してみます。

[Alexandros] – ワタリドリ

跳躍の幅がすさまじいのがこちらの曲。「一心に」から「羽ばたいて」のところで、実に10度の跳躍上行をしています。実は純粋に音の高さでいえば、「羽ばたいて」の「羽」は、「追いかけてとどくよう」の「ど」と同じです。でも「羽ばたいて」パートの方が、大きな跳躍で到達するぶんドラマチックに感じますよね。こういうところに、時間芸術である音楽の面白さがあります。

ワタリドリのライン同じ高さでも、どう到達するかで感じられ方が違う

時間上の配置でいうと、この大ジャンプはリクイデーションの場面にあたります。「(追い)かけて」「届く」「一心に」といった部分が実は同じリズムモチーフのリピートになっていて、それを“解消”するのがココです。
リクイデーションはどちらかというと印象に残らないフレーズを使う方が多いのですが、今回は逆にココだけめちゃくちゃ目立つラインにすることで区切りをつける形になっている。これも面白いですね。

また、この大きなジャンプが「羽ばたいて」という歌詞と完璧にマッチしているところも見過ごせません。ポピュラー音楽においては、歌詞とメロディの合わせ方はめちゃくちゃ重要です。足し算じゃなく掛け算というか、相乗効果を起こすことがカギになります。

Ado – うっせぇわ

こちらもお手本のような作りで、今度はサビ冒頭に8度(=1オクターブ)の跳躍が連続します。それだけでも印象的ですが、後半部分がうって変わってほとんど「順次進行」になっているコントラストが、より構造を美しく分かりやすいものにしています。

うっせぇわのライン前半・後半の明確な対比が構造把握をしやすくする

また今回も、「うっせぇわ」という強い口調に対し激しい跳躍進行、「健康です」という丁寧口調に対して穏やかな順次進行という風に、歌詞の合わせがピッタリであるところも注目です。

Maroon 5 – She Will Be Loved

こちらもコントラストが活きる一曲。サビが始まってしばらくは、メロディはゆらゆらと揺れ動くだけでほとんど移動しません。それが後半「And she will…」のところでいきなり5度の跳躍をします。5度は決して大きな跳躍ではないですが、そこまでがあまりにも動いていないがため、相対的な落差からこの5度が大きく感じられます。

もし前半でもっと動いてしまっていたら、5度の跳躍はさほど目立って聴こえてこなかったでしょう。全体を通じての配分感覚というのが重要になわけです。

3. 音域とその配分

音楽においてある範囲におけるメロディの最低音〜最高音までの幅のことを、音域Rangeといいます。これはある楽器や個人が出せる音の限界範囲を指すのにも使われる言葉ですね。

跳躍上行に限らず、あるパートや曲全体におけるメロディのピーク、つまり最高音がどこに配置されているかは、楽曲の特徴を決める大きな一要素となります。

最初にピークを置いた曲

出し惜しみせずピークをサビの最初に置くと、分かりやすく最初から盛り上げを演出する曲になりますから、明るい曲や激しい曲ではこれがよく似合います。

In My Place*比較のためCメジャーキーに高さを移しています

サビ頭の「Yeah」がそのまま最高音という、実に明快な例です。そこがピークであとはなだらかに下っていくだけという明快な造形は非常にキャッチー。シンプル・イズ・ベストの、とても良いメロディです。

ソラニン*比較のためCメジャーキーに高さを移しています

こちらもサビ頭の「たとえば」のところでいきなり最高潮となります。最初からピークを迎えてしまって、後の配分はどうするという話になるのですが……上の2曲が共にそうであるように、その後しばらくはスルスルと下行していき、ひとまとまりが済んだらまた再びピークまで一気に跳躍上行してまた盛り上がる。この繰り返しという戦略を取ったりできますね。

それからどちらの例でも、高音域から一気に跳躍して降りてきていることが共通しています。つまり「そこそこ高い」というエリアがポッカリ空いていて、「ピークと、それ以外の脇役」という風に二極化しています。これもやはりコントラスト、メリハリの演出に繋がっています。

最後にピークを置いた曲

逆に壮大な感じのバラードでは、やや上に余裕のある高さから入って、最後にピークが来る形がよく見られます。

himawari*比較のためCメジャーキーに高さを移しています

こちらまさに、壮大なバラードの典型。前半もそこそこの盛り上がりを作ってはいますが、最初のブロックは「ミ」がMAX、次は「ファ」がMAXと、少しだけ天井に余裕を残しています。そしてラストの「そんな君に」のところでピークに到達する。盛り上がりを順々に積み立てていく、完璧な配分プランであることが分かります。

特にAメロBメロの段階でかなり音階を広くとってしまうと、いざサビに入った時にもう上に余裕がないという事態に陥ることも考えられます。ピークから逆算して、他の場所では“天井に余裕を残す”意識が大切になります。

非ボーカル音楽の場合

歌モノではなく器楽曲の場合には、楽器による音域差と音色による役割差という要素が入ってくるので、話はもう少し複雑です。例えばオーケストラでいうとグロッケンは音域こそ“高い”ですが音として“細い”ので、音の圧が強くない。トランペットの方が音域は低いけどよっぽど盛り上がりに相応しい…といった具合です。ただそれでも1つの楽器に着目した場合には同様の原則はあてはまるでしょう。うまく応用してもらえればと思います。

まとめ

  • メロディの進行は「保留(同音進行)」「順次上行」「跳躍上行」「順次下行」「跳躍下行」の5つに分類できます。
  • 順次進行と跳躍進行の配分やコントラスト構成は、印象的なメロディの鍵となります。
  • 全体の音域配分も同様に重要で、最高音を持ってくる位置しだいで様々な演出効果が得られます。
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