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モチーフの提示・展開・解消

さて、いよいよメロディ編の本論に入っていきますが、一音一音の細かな分析論に入るより先に、初めはメロディラインのカタマリ、フレーズの構築の話から始めたいと思います。

1 メロディと記憶

良いメロディとは何か、というのはなかなか難しい問題です。ジャンルによってもその答えは変わってきそうです。ただ逆に、良くないメロディは何かというのを考えると、ひとつ思い当たるところがあります。それは、覚えられないメロディ。印象に残らないメロディです。

実際問題として、理論を知らないからといってメチャクチャなメロディを作ってしまうなんていう人はそうそういないでしょう。しかし作り方のポイントを知らないがために、何だか特徴のない、記憶に残らないメロディが出来てしまうという可能性は十分ありえます。

こちらのトランペットのメロディ、特に音が伴奏とぶつかったりすることもなく、綺麗につらつらと流れていきます。でも一度聴き終わった今、フレーズを思い出せるでしょうか? きっと前半のメロディはもうほとんど思い出せないはずです。

それは単にこのメロディを初めて聴いたからというだけでなく、実際にまとまりに欠ける構造をしているのが大きな原因です。
心に思い浮かんだメロディをそのまま口ずさんで、メロディラインを生み出していく……と言えば聞こえはいいですが、構成をまとめるセンスがしっかりしていないと、取り留めのないメロディが出来てしまうことも。

そこで、この「まとまり」だとか「構成」といったものをセンス任せにせずに、理論的観点から言語化してハッキリ再認識しようというのがメロディ理論の初めの一歩になります。

2 三段階モデル

メロディに「まとまり・構成」をもたらす要素というのは本質的にはひとつしかなくて、それはリピート(反復)構造です。メロディのリピート構造の作り方しだいで、ある箇所が「始まり」だとか「終わり」だとか、ココからココまでで「ひとかたまり」だという感覚をリスナーにもたらすことができます。

クラシックとリピート構造

こちらはベートーベンの「運命」です。冒頭おなじみ「ダダダダーン・ダダダダーン」のフレーズまでが有名ですが、実はその後もこの「ダダダダーン」のフレーズを、リズムは保ったまま音の高さだけ変えて何度もリピートしているんですね。多少変形したとしても、「ダダダダーン」の派生物であるということは聴き手にも伝わります。それがリピートされることで、それが曲のアイデンティティとしてリスナーの記憶に刷り込まれていくわけです。

リピートの終了=かたまりの終了

また、十分にリピートができた頃合いを見て一旦それをストップしている点も極めて重要です。

ここで執拗な繰り返しにストップをかけることで、それが「ハイここで一旦区切ります」という暗示的な宣言、いわば音楽における句読点の役割を果たしてくれるわけです。リスナーはここで一息ついて、そこまでの音楽を脳内で整理することができます。

この「ダダダダーン」のように、フレーズ展開の種となる大元の小さなメロディのことを、動機Motif/モチーフといいます。モチーフを複雑に展開してメロディラインを構成するというのは、クラシック音楽の基本美学のひとつです。

J-Popとリピート構造

フレーズの種を元にしてメロディを発展させていくのは、クラシックに限った話ではありません。こちらは典型的なJ-Popソングですが、「僕の記憶が」というワンフレーズが、「運命」で言うところの「ダダダダーン」、つまりモチーフに相当します。

よくよく聴くとこのサビ、最後の「Monster」というフレーズ以外は全て最初のモチーフの派生形になっています。歌詞があるぶん気が付きにくいですが、改めて聴くとリズムや音の上がり下がりが似ているのが分かります。
そして最後の「Monster」は、リピートを止めて区切りをつける役割を果たしている。そうしてみるとこの曲は、構造的にはベートーベンの「運命」と本質的に同じものを有しているとも言えますね。

一見かけ離れているように見える音楽からも、共通する構造を見つけ出すことができる。これが音楽理論の楽しいところです。フレーズの反復と変形というのは、ジャンルを問わずメロディ作りの基本概念となるものです。

提示・展開・解消

つまるところメロディラインというのは、まずその萌芽となるような小さなフレーズを「提示」し、それを適度に「展開」してリピートを積み上げていき、最後にリピートをやめることで積み上げたものを「解消」するという、この三段階でひとまとまりである。そのようなモデル化ができます。

3つのフェイズ

この三段階に決まった名称があるわけではないのですが、ここでは「提示・展開・解消」という言葉を一貫して用いることにします。

「展開」の段階でモチーフを変形したものはバリエーションVariationと呼ばれ、最後の「解消」の部分は英語ではリクイデーションLiquidationと呼ばれます。1

3つのフェイズ

「リクイデーション」は必須ではなく、単に新しいフレーズを「提示」してしまえば、それでそれなりにリスナーも「ああ新しいのが始まったってことは、さっきのでひとまとまりだったんだ」と認知はします。ただ、きちんと終わりを演出した方がより大衆的な作りにはなりますね。

ここからは、バリエーションのパターンとしてどんなものがあるのかをさらに細分化してみます。

3 展開 : 純粋なコピー

まず最もシンプルなものとして、形を全く変えることなくフレーズをそのままコピー&ペーストして繰り返す形が考えられますね。

柴田聡子 – 後悔

こちらは0:28〜のBメロの執拗なリピートが特徴的ですね。「背筋を伸ばして準備する」というひとかたまりのフレーズの概形を図にすると、以下のようになります。

「後悔」の概形

最初に提示したモチーフを2回そっくりそのままリピートし、最後はポンと一音伸ばすことでまとまりの終わりを示していますね。このように提示&展開:解消が3:1の比率で構成されるのは、メロディの典型構造のひとつです。

入れ子構造

またより大きな目線でBメロ全体を眺めると、この「背筋を伸ばして準備する」がまた一つの「提示」であり、それをリピートしているという構造も見つけることができます。

「後悔」の概形2

「気持ちを抑えて準備する」「みんなは気づいてないみたい」までで2回のリピート、「暗闇の中で」でリピートが終わり、最後に「踊り出す」が句点の役割を果たします。この場合、リピートは「2.5回」というような表現ができるでしょうか。そして最後の「0.5」でリクイデーションを済ませています。

このように、リピートの構造が二重三重になっていることは、入れ子Nest/ネストと表現します。ネストの効力は凄まじいものがあり、Bメロでは「背筋を」のモチーフが実に11回現れることになり、それだけ印象に残りやすいと言えます。

ちなみにポピュラー音楽においては、こういった「まとまり」というのは4の倍数の枠組みで構成するのが最も基本形になります。上の例で見ても、綺麗に4列×4段でBメロが収まりました。

RADWIMPS – おしゃかしゃま

うってかわってロックソングですが、こちらはサビ冒頭の「来世があったって」という塊がモチーフにあたり、これを約2回反復し、「いうんだ」でそれを解消します。

「おしゃかしゃま」の概形

先ほどの曲とよく似ていますが、こちらは「それがなんだって」の「て」はクイっと少しだけ音が上がっていて、完全なコピーではない所が違っていますね。とはいえ、ほぼほぼ単純な繰り返しだけで成り立っているメロディであることに変わりはありません。これほど簡単なリピートで1パートが成立してしまうという認識は重要ですね。

また、この曲も先ほどと同様にネスト構造を有していて、このカタマリをまるまる4回リピートし、サビの中でモチーフは計12回現れます。

4 展開 : 語頭/語尾の変形

さて純粋なリピートというのは、当然ながら記憶の定着に最も効果的であるわけですが、しかし曲が単調になるリスクもあるという、完全な諸刃の剣です。そこで「おしゃかしゃま」の例に見たように、モチーフのうち一部だけちょこっと変形させるというアイデアが重要になってきます。

ビゼー -「カルメン」より 前奏曲

こちらは軽快なリズムでおなじみの一曲で、「タンタカ タカタカ」がひとつのモチーフです。これもまた提示&展開:解消が「3:1」の比率になっていますが、リピートに関して「タンタカ」の部分は完全なコピー、対して語尾の「タカタカ」は毎回ピッチを変えてバリエーションを作っているのがポイントです。

「カルメン 前奏曲」の概形

比較のためにタテに並べてみました。点線で囲った「タンタカ」の部分が揃っていて、語尾で変化をつけているのが分かります。

嵐 – Monster

先ほど例に挙げたこの曲も、改めて具体的にモチーフの展開構造を分析してみましょう。モチーフを展開させた一発目「全て消えても」では、最後の下がり方だけが違いますね。その次の「生まれ変わったら」では最初と最後がどちらも変形している。4回目は「また君〜」という風に少しだけ歌詞を詰め込んで、リズムを変えています。崩し度合いを少しずつ強くしていってるんですね!

「Monster」の概形

またタテに並べると、語頭・語尾だけにアレンジを加えていて、点線で囲った中央部分は変わっていないことが分かります。語尾を変えるのは定番ですが、語頭の方を変えるというのはなかなか高度なテクニックです。
バリエーションが多様なぶん飽きが来づらいので、このモチーフを8回も重ねて、最後にタイトルでもある「Monster」のフレーズをもってリクイデーションを完了するという、非常に大規模でドラマティックなストーリーを構築することができました。

全体像をイメージする

ですからメロディ作りというのは次から次へとフレーズを継ぎ足していくというより、ひとつのアイデアを膨らませて大きな組織を形成していくようなイメージで行うとよいです。リクイデーションという語の提唱者である近代作曲家/理論家のシェーンベルクの本には、こんなことが書かれています。

人は覚えられるものしか理解できない。どんなものでも広がりすぎてしまったら、知力的限界が来て把握できなくなる。適切に区切りを作ってあげることで、形の理解と認識を円滑にしてあげられる。(中略)
作曲家は、子供が木のブロックで遊ぶかのように行き当たりばったりで曲を組み立てたりはしない。曲の全体像が、自ずと生まれるビジョンとして見えているのだ。ミケランジェロがスケッチもなしに大理石からモーゼ像を細部まで完璧に彫ったように、素材を一気にまとまりのあるフォームに仕上げるのだ。
Arnold Schoenberg, “Fundamentals of Musical Composition” より翻訳

決して、ちまちま計画してメロディを作れとは言っていないのも注目すべきことです。変に意識するのではなく、自ずとビジョンが浮かんでくるのだと言います。そういった感覚というのは、理論を頭で覚えただけで得られるものではなく、実際の制作を重ねる中で少しずつ身についていくものです。

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