目次
6. 展開 : リズムのみの保持
さらに変形を推し進めたバリエーションとして、カーブの上がり下がりに関係なくリズムだけを保持する形が考えられます。
Klaus Badelt, Hans Zimmer – He’s a Pirate
こちらは「パイレーツ・オブ・カリビアン」の音楽ですね。思わず口ずさみたくなるようなキャッチーなメロディですけども、0:05からの「タタタンタン」というリズムがモチーフの核となり繰り返されています。
1つ目、2つ目はカーブが同じですが、3つ目だけ上下の動き方が異なります。
リピート構造をゆるくすることで、記憶の定着度こそ少し落ちるものの、作れるフレーズの自由度は格段に増します。
BUMP OF CHICKEN – プラネタリウム
こちらは冒頭の「四畳」が示す「タタタン」というリズムがモチーフとなり、メロからサビまで延々と繰り返されています。「四畳・半を・広げ・たくて」だけでももう「タタタン」を4回リピートしていて、モチーフが短いゆえにリピート数はとんでもなく多いです。しかし音の上り下りはかなり自由なので、単調には聞こえないですよね。
その一方でサビ冒頭の「消えそう・なくらい・かがや・いてて」ではモチーフ内のカーブは全て上り坂、でもモチーフ間の推移で言うと位置はどんどん下がっていくという、造形的に統一された美しい形を作っている点もポイントです。
また歌詞との関連に着目すると、「タタタン」という3音でひとかたまりを成すモチーフに対し、サビでは「消えそうな・くらい」「触れようと・手を」「伸ばして・いた」のように4音+2音で成る詞をあてている場面が目立ちます。
そうするとご覧のとおり、モチーフの切れ目で言葉が区切れずに繋がっているため、区切り感覚に揺れが生じ、モチーフの聴こえ方が微妙に変わってきます。「タタタン・タタタン」だったのが、「タタタンタ・タタン」になるわけですね。
こんなシンプルに見えるところにもすごく玄妙な現象が起きているのがメロディの世界で、注意深く分析するとそれだけ発見があります。
槇原敬之 – 世界に一つだけの花
この曲も、パート間を越えてモチーフが継承されています。メロディはほとんど同じリズムを、Aメロ・Bメロ・サビで一貫して用いているのです。
このアクセントですね。全てこれ一本で、Aメロはメロディの抑揚を抑え気味にし、Bメロはコードを変わったものに替え、サビで一気にサビらしく盛り上がるというペース配分になっています。それから、このリズムパターンがまたモチーフの入れ子構造を有している点も見逃せません。
この「リズム保持」は、作曲の際にモチーフを意識する初めの一歩としてもオススメです。ようは「一定のリズムに合わせてメロディを作る」ということですので、リズムを先に作ってからそれに乗せてメロディを作るだけでリピート構造が構築できます。
Zedd – Stay
今回は説明のしやすさからJ-Popを多く題材にとりましたが、このような構造性はかなり幅広いジャンルで見られるものです。こちらはEDMでよく見られる、ドロップ(=J-Popでいうサビに相当する部分)が歌ではなく楽器中心で進むタイプの構成ですが、ここでもやはり「A-A’-A-X」の再帰型構造が見られます。
「All you have to do is」という歌の切り抜きをリクイデーションとして機能させていて、J-Popとは主従関係が逆なのが面白いところ。これはEDMでの定番手法で、これによってリスナーは区切りやまとまりをしっかり認識できます。
ですから、どんな構成法が定番かというのはジャンルによって微妙な違いがあります。ぜひ自分が興味のあるジャンルを「提示-展開-解消」の視点で観察して、特徴を見つけ出してもらえたらと思います。
変形のまとめ
さて、さまざまなバリエーションの作り方を見てきました。まとめると次のようになります。
変形度 | 変形方法 |
---|---|
0 | 純粋なコピー |
1 | 語頭・語尾などの一部だけ変形 |
2 | カーブの概形を保ったまま高さを変える |
3 | リズムだけを保ってカーブは自由に変える |
ほか、紹介していないところでは「リズムを伸縮させる」とか「前後反転させる」とかいった技法もあり、技巧的なものは特にクラシック音楽で見られます。
これらはいずれかが優れているわけではなく、「記憶定着の強度」と「展開性の豊かさ」のトレードオフ関係にあります。一般論としては、ロックやダンスミュージックのように「ノリ」を楽しむジャンルではより単調なリピートも受容されやすく、バラードのようにメロディや展開性を楽しむジャンルでは多彩な変形が求められる傾向にあるでしょう。
そのバランスの見極めはやはり、経験やセンスということになります。でもこの概念が頭にあれば、そのバランス感覚も養っていきやすいはずです。
7. 連続対句の構成
さて、これまで「モチーフをひとつ提示、そのあとひたすら変形、最後に解消」というパターンを見てきましたが、リピート構造の作り方は他にも色々と考えられるということを、最後に補足しておきます。例えばポップスのサビで時折り見られるのが、次のような編成です。
まずモチーフAが出て、それに対する応答A’。その次すぐ別のモチーフBが出て、またそれに対応するB’という風に、矢継ぎ早に2つのモチーフが登場する形。ちょっと抽象的で分かりにくいと思うので、曲を先に聴いてみてください。
歌詞とセットで考えるとより分かりやすく、AとA’が、もしくはBとB’が明確な対句になっているような曲が散見されます。
– | A | A’ | B | B’ | X |
---|---|---|---|---|---|
糸 | 縦の糸はあなた | 横の糸は私 | 織りなす布は | いつか誰かの | 傷を… |
家族になろうよ | いつかおじいちゃん… | いつかおばあちゃん… | 貴方となら | 生きてゆける | そんな… |
SAKURAドロップス | 恋をして | 終わりを告げ | 誓う | ことは | これが… |
HANABI | 巡り会えたことで… | 世界が美しく… | 想像さえも… | 単純だって… | 君に… |
Kite | Who’s to say… | Who’s to say… | I don’t know | …the wind will blow | (なし) |
Aの変形をA’のたった一度で切り上げることで対句が際立つようになっているのは、芸術的なことです。リピートを強化したいからといって、「ナナメの糸は…」なんて付け足そうものなら全てが台無しですよね。ここから分かるのは、決して数を稼がなくても、明快な構造美があればそれで十分メロディを印象的なものに出来るということです。
さて、初回から早速かなりのボリュームでお送りしました。とはいえ、メロディラインにこうしたリピート構造があること自体はなんとなく既に理解していたことではないかと思います。その「なんとなく」を可視化し、言語化し、分類して整理することでクリアにするのがメロディ理論の役目ということです。
これを実践に活かす道というのはたくさん考えられます。分析の際に使用するのはもちろんですが、メロディが持つリズムの統一感というものを意識してみたり、まとまりの大きさを考えてみたり、あるいは練習と割り切ってモチーフの展開を色々と思案してみるのも良いかもしれません。
理論でガチガチになってしまいたくない場合には、作るときには何も気にせず作って、作った後から自分で分析してみるというのもアリでしょう。「習得」から「体得」までの道のりが長いのは、メロディ理論の仕方ない性質です。
理論とは本質的には、ルールではなくツールとなる存在です。メロディ編ではこの先もこんな風にして、メロディが持つ構造を徹底的に解剖していきます。
まとめ
- リピート構造の組み立て方次第で、メロディラインにさまざまな「まとまり」を与えることができ、リスナーがそのまとまりを理解したとき初めて、その曲の展開性を享受することになります。
- フレーズを展開させていく元となるアイデアフレーズのことをモチーフと呼びます。
- モチーフを提示し、その「バリエーション」を積み重ね、最後に「リクイデーション」を行うのが典型的なまとまりの構成法です。
- 「バリエーション」はその変形度の大きさからその効果・性質を推し量ることができ、「記憶の定着」と「展開性」のバランスを考えることができます。
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