メロディ理論をはじめる

メロディ編 Ⅰ章:構造の分解

§1 メロディ理論の意義

メロディメイクとは感性のたまものでしょうか? もちろんそのとおりです。でも、和音の世界にも、明るい・暗いや安定・不安定といった、逃れることのできない音楽的性質というものがあります。それは、メロディにしても同じです。

例えば、音が下がっていくメロディで心の高揚を伝えられるか? すごく早口のメロディで、ゆったりした曲想を表現できるか? それはなかなか難しいはずです。やっぱりメロディにも、「こうしたらこうなる」という法則のようなものが、いくつもあるわけなのです。

それは上記のような当たり前のものから始まり、そして言われなければ気づくことの難しい奥深いものまで、実にたくさんあります。知識というのはいつでもグラデーションです。

数学の場合

「なんとなく理解していること」は、きちんと「言葉」として覚えた方が便利だし、「気づきにくいこと」は、教えてもらった方が早い。だからメロディメイクこそ、理論でサポートしてあげた方がいい。そのように考えます。

感覚vs理論の話ふたたび

しかし、ことメロディに関しては、こう思う人がいるかもしれません。

やっぱりメロディって口ずさみながら感覚で作ってくものだし、歌ってて気持ちいいとかも肉体的なものじゃん。だから理論とかで考えちゃうと良いメロディって作れないと思うし、そういう風に作るものじゃないと思う。俺は俺の個性とかスタイルを貫きたいし。それって理論でどうにか出来るもんじゃないよね

これは、本当に正しいです。最終的に感性が重要であるとか、歌ってて気持ちいいという感覚が大事といった側面は、コード以上に強いでしょう。

先に断っておくと、自由派のメロディ理論は「メロディはこのように構築すべきだ」というルールを課したりは決してしません。メロディにはこんな要素があって、それをこう呼ぶ。こういう曲想にしたいときは、こんな音使いが定番である。そういう「音の名前」や「音の用法」を、淡々と提供していくだけです。

三段階

学んだからといって、創作が束縛されるわけではない。これは結局、序論でした話の繰り返しですね。実際問題、メロディ理論を頭に入れた人間であっても、いざメロディを作るときには、いちいちチマチマと一音ずつ理論的に考えながらメロディラインを作っていく人は(オーケストラの大編成作曲などでない限り)珍しいのではと思います。

ですから、感覚を大切にするのは大前提。そのうえで、メロディラインというごく複雑な存在を言語化、データ化することが自分にとってプラスになると思うか否か。これがメロディ理論を習得するかどうかの判断基準になると思います。

サンプル

こちらはたった7音のメロディラインが内在している「音楽的情報」を、幾らか可視化したものです。たった7音でも、めまぐるしいイベントが起きていますね。メロディの高さ、コードとの位置関係、上がるのか下がるのか、大きく跳ぶのか…その一つ一つが曲想と関わります。こうしたメロディの響きと動き一つ一つが生み出すモノを、感覚だけで全て理解するのはものすごく大変です。でも理論立てて説明されれば、誰だってすぐ理解できます。

サポートツールとしての理論

そして言語的・データ的にメロディを理解できれば、そこから自分のスタイルを追求していく過程も、より確信を持って明確に進めていくことができます。例えばスガシカオさんや桜井和寿さんといった一流のメロディメイカーでも、自分の癖と向き合うために音楽理論を活用していると語っています。

コードが展開していく中で、ルートの音に対して何度の音が好きか、何度の音を気持ちよく聴かせるかという自分の好みがあるんですね。それがメロディを決定するんです。例えば、メジャーの6度の音が好きだったら、無意識のうちに6度の音が一番気持ちよく聞こえるメロディを組むんですよ。それがメロディの癖になっていく。例えば何度の音でロングトーンを使うか、とか。それもいつも同じだったりする。この話は桜井(和寿)くんに聞いたんだよね。彼はものすごく音楽的にモノを考える人だから。

スガシカオ. 愛と幻想のレスポール (Kindle の位置No.203-209)

「メジャー」とか「6度」とか、準備編で学んだ言葉が使われています。スガさんの場合、自分のメロディの癖に自覚的になり、同じような曲を量産しないように意図的にそこから脱却するために理論を活用したようです。そんな風に自分の檻から抜け出すためにも理論は使えるし、逆に自分の癖を個性として貫き通すにも、理論で明確化していた方が分かりやすいでしょう。

着実な成長のために

現実的に考えれば、たとえ理論を知らないからといって、デタラメでメチャクチャなメロディを作ってしまうなんて人はそうそういないでしょう。みんなこれまで聴いていた音楽の蓄積で、それなりのものを形にはできるはずです。ただ陥ってしまう可能性が十分にあるのは、なんの特徴もないメロディを作ってしまうことです。ストーリー性のない音の流れ、メリハリのない展開の連続。冗長なライン…。もしそうだった時、理論なしでそこから抜け出すのはなかなか大変です。

例えばピアノ、ドラム、ギターのような楽器を演奏するときには、指の置き方や手首の使い方がかなり重要で、そしてそれは教わらないとなかなか正解が分かりません。どうせたくさん練習するのなら、それが分からないままよりは、簡単にでも教わってからの方がいいですよね。メロディ作りも同じようなところがあって、どうせいっぱい曲を作るのだったら、気にするポイントというものを知ってから数を重ねた方が、闇雲でない成長が期待できるだろうという点は大いにあります。

§2 メロディ理論なんてあるの?

そもそもメロディの理論なんてあるの? そこはまだ理論化されてなくって結局センスだって聞いたことあるよ

そうですね、メロディの音楽理論が存在しないと思っていた方もいると思います。そこも説明しておきましょう。

実は歴史的に見れば、メロディに関する理論というのはたくさんあります。特にクラシック系理論は、かなり細かく理論立てがされています。ただそれらはみんな、ちょっと細かすぎたり、考えが古かったり、ポピュラー音楽での運用性・整合性があまり高くないという問題があります。

細かすぎ

一方のジャズ理論も、音階の種類に関する情報は豊富なのですが、メロディ構築に関する理論は思ったほど充実していません。というのも、ジャズはそもそもが即興演奏を主軸に置いた理論だからです。

ソロフレーズに関する技法なんかは充実していますが、それはやっぱりポピュラー音楽の「歌メロ」にあてはめて使うには、根本の目的にズレがあることは否めません。

だからけっきょく、「メロディ作りのコツ」ていどの情報であればいろいろ出回ってはいますが、しかし「理論」として順序立てて、本格的にまとめているコンテンツに出会うことはなかなかないわけです。

§3 自由派音楽理論の理論構築

だから、メロディ理論は断片的にあっちにもこっちにも、ずっと昔からあります。ただそれがポピュラー向けに体系化されていないために陽の目を浴びていないのです。せっかく素晴らしいアイデアなのに、和訳されてなかったり名前がつけられてないせいで普及していないものもありました。自由派音楽理論のメロディ理論は、そういう「埋もれた財宝」を集めて、磨いて、並べて展示したにすぎません。その内容は、基本的なメロディの用語から始まり、様々な音階の知識、それからポピュラー音楽(中でも特に歌モノ)に特化した構築・分析の理論へと進んでいきます。

実践がメチャクチャ大事

メロディ編、特にⅠ章は、とてつもなく簡単です。読むだけならⅠ章は2時間で読破できると思います。ただこのメロディ理論というのは、読んで終わりではなく読んでからが始まりです。なぜならこのメロディ編の内容は、「理解」ではなく「体得」すべきものだからです。

バスケのシュート、「左手は添えるだけ」。こんなの言われれば1秒で理解できることです。さらにはヒザ、やれヒジ、やれ手首とポイントを教わったとて、3分もかからないでしょう。

じゃあ教わったその日からバシバシ簡単にシュートが決まるか? そんなわけないですよね。一見シンプルな動作でも、ヒザ、腰、背筋、腕、ヒジ、指・・・それら全てのモーションを「体得」するまでにはたゆまぬ鍛錬が必要です。

メロディ理論も同じ。Ⅰ章で学ぶのは、本当にどれも当たり前のこと。音の高さ、長さ、タイミング、動きの方向、動きの量・・・どこまでいっても当たり前のことしか書いてありません。ただそこで紹介されるヒット曲のメロディ構造を知れば、メロディメイカーたちがどれほど高い次元でその基礎を実践しているかを目の当たりすることになります。

スポーツの「合理的な動き」と「センスや発想」が表裏一体で互いを高め合う関係であるのと同じように、メロディも理論と感性は表裏一体です。理論を体得することで、センスを高めましょう。

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