Skip to main content

西洋音楽理論の歴史と流派

By 2024.07.15序論

5. ジャズ理論の発展

20世紀以降の音楽ジャンルの発展は目まぐるしく、世紀の序盤でブルースやカントリーなどが現れますが、なかでも音楽理論史の観点から決定的だったイベントは、ジャズの誕生と発展です。

20世紀② : ジャズの誕生

ジャズは19世紀末頃、アメリカ南部でいくつかの音楽ジャンルがミックスされて生まれたとされますが、それが特に1920年代ごろから人気を博していきます。

Louis Prima “Sing, Sing, Sing” (1936)
Duke Ellington “A列車で行こう” (1939)

ダンスホールなどでジャズが演奏されるようになり、それが当時の“パリピ”たちにとって最先端のダンス・ミュージックでした。しかしジャズもしだいに芸術性を高めていき、1940年代には激しい展開や即興演奏を特徴とする「ビバップ」というジャンルが隆盛します。

「即興」といってもその場でゼロから曲を生み出すわけではなくて、元となる曲があって、その原型をある程度は残しつつアレンジを加えたり、伴奏に対しその場で考えたメロディをあてたりします。

こちらは実際のパフォーマンス映像。冒頭でまずサックス奏者(チャーリー・パーカー)とトランペット奏者(ディジー・ガレスピー)は全く同じフレーズを弾いていて、これはもちろん即興ではなくて決められたメインテーマです。そのパートが終わった後から、サックスのアドリブソロパートが始まります。伴奏するミュージシャンたちも、大まかな演奏内容までは決まっていますが、楽譜で完全に指定されてはいないので、それぞれが自分なりにアレンジしたうえで演奏しています。

このようなビバップの時代からしばらく続いた新しいジャズたちのことを「モダン・ジャズ」と呼びます。

即興演奏のためのルール/システム

複雑性という観点なら、近代クラシックもジャズに負けていません。だから革新的だったのはやっぱり即興演奏です。楽譜で決まってない演奏をその場で作り上げる—。もし各メンバーが気の向くままにプレイしたら、すぐに音楽がグチャグチャになってしまうことは、想像に難くないでしょう。

即興の難しさ

どんな風に崩せばいいのか、どこまで崩しても音楽は原形を保てるのか、自分が弾くつもりの内容を相手に伝えるにはどうすればいいのか…。
こればっかりは、緻密で完ぺきな作曲が大前提だったクラシック理論書ではどれだけページをめくっても載っていません。「アドリブ演奏」に最適化された、ニュータイプの理論が必要になりました。

ただニーズの発生から理論がまとまるまでにはやっぱりタイムラグがあって、ジャズ特化のニュー理論の書籍化が進んでいったのは1950-60年代ごろだといいます1。 主にボストンやオハイオといったアメリカ東部から、有名なジャズ理論家が輩出しています。

ジョージ・ラッセル(1923-2009)
斬新な即興演奏のメソッドを提案したよ
ジョン・メヒーガン(1916-1984)
斬新すぎない即興演奏のメソッドを提案したよ

ジャズ界はクラシック理論から多くの用語や概念を引き継ぎつつ、ジャズにフィットするように細部までカスタマイズしていきました。新しい一大流派、モダンジャズ理論の誕生です! こうした理論書は「こういう場面ではこういう演奏をすればいい」というアドリブ指南書のような役目も果たしたわけですが、そこで「アドリブ演奏時のガイドライン」として生まれたものがまた“禁則”として現代まで語り継がれているのです。

20世紀後半 : ジャズも「型の破壊」

なお、理論家たちが必死に理論を整備している間もトップアーティストたちはどんどん前衛的な方向へと進んでいきます。

Ornette Coleman “Free Jazz” (1961)
Miles Davis “Bitches Brew” (1970)

メロディが口ずさめないどころかリズムさえも不規則に流動し、もはや一般大衆には理解できないような世界へと突入していきました。こうしたジャズは当然ながら、一般向けに作られたモダンジャズ理論には沿っておらず、彼らが考えた別の方法論によって成り立っています。
普通のことがしたければ普通の理論を使い、斬新なことがしたければ自分たちで理論を考える…。このジャズの動向は、先ほど見たクラシック音楽界の流れと似ています。できあがった型をぶっ壊すのは、もはやアーティストの使命なのかもしれません。

20世紀後半 : 様々なポピュラー音楽の発展

そうしてジャズが難化して大衆から離れていく中で人気は他のジャンルへと移ろっていき、1960年代にはイギリスからポップスのシンボル的存在であるビートルズも登場し、ジャンルの多様化はさらに進んでいきます。

こちらはいずれも1960年代の音楽で、音質こそレトロに感じるかもしれませんが、中身としてはハードロック、シンセポップ、レゲエ、ファンク、ボサノバなどなど、ここまで来てようやくいわゆる現代のポピュラー音楽と編成や様式面で直接一致するところまで近づきました。こうした音楽の源流としてあるのは主だっては19-20世紀のアメリカで流行したジャンルだったり、サンバやルンバといったラテンアメリカ系の音楽だったり、実にさまざまな流れが混ざりあっています。もちろんクラシック・ジャズの影響もありますが、かといって彼らの“直系の子孫”と考えるにはかなり微妙な関係です。

ポピュラー音楽の理論は?

そこで、この新しいブームに伴って理論家たちがまた新しい理論系を生み出したかというと、残念ながらそうはなりませんでした。

理論開発がさほど進まなかった理由はたくさん考えられますが、ミュージシャンからの需要が高まらなかった、従来理論の流用で事足りていたなどなど、ありそうな要因はいくらでも挙げられます。ともあれ、ポピュラー音楽のための「第三の流派」が体系的に確立されることはありませんでした。

理論の二大流派

そんなわけで、今現在でも「音楽理論」と言えばまず「古典派理論」と「モダンジャズ理論」がメジャーな“二本柱”として立っていると思ってもらえれば、イメージとしてかなり実像に近いと思います。

二本柱

ですから今我々が音楽理論を学ぼうとするとき、どちらの流派を選ぶかで中身はずいぶん違ってくるんです。共通部分もありますが、逆に基本レベルで考え方が食い違っているところもあります。またクラシック理論・ジャズ理論と言ってもその中身は時代やサブジャンルによって違うし、もっと言えばそれらすら近代の欧米の一部の音楽の理論にすぎません。

世界地図

改めて見れば、すごく狭い世界の話です。この範囲の外にも独自の理論体系を持った音楽はたくさん存在します。だから音楽理論というのは決してひとつではありません。「音楽理論」は、ある範囲の音楽を主なターゲットとして論じる数々の人為的システムの“総称”なのです。
こうやって歴史を眺めれば、「音楽理論とは人類が気持ち良いと感じる音の法則集である」といった宣伝はいささか誇張であると分かります。そして音楽は常に変化していくのだから、この2つの理論にあてはまらない表現が現行の音楽で好まれていたとしても、それは何ら不思議でない、当たり前のことです。

ルールの正体

改めまして、この話の中で、「禁則」というワードは2回登場しました。ひとつは、古典派の人々が定めた“標準型”から外れた表現たち。もうひとつは、ジャズ界が制定した「アドリブのマナー」から外れた表現たちです。

古典派理論
クラシックで定番の型や音の配置法をまとめました。定番じゃないものには「不可」とか言わせてもらってます
モダンジャズ理論
アドリブが円滑に行えるようにガイドラインみたいなの作りました。和を乱しそうな音使いには「避けよ」とか言わせてもらってます

どちらも限定的な話であって、強いてルールという言葉を使うなら“ローカルルール”にすぎません。あるいはジャンルごとの“型”、つまり様式であるとも言えますね。「型破りを目指すならまずは型を学んで…」という言葉は一理ありますが、型はジャンルによって全く違います。だからもしあなたが作る音楽がロックなら、知るべきはむしろロックの型であって、みながみなクラシックかジャズの型から入らないといけない理由などどこにもありません。

このサイトでもこうした理論が唱えるルールは紹介しますが、あくまでも守った場合・破った場合それぞれに面白さがあるという観点から解説します。盲目に従うのではなく、主体的に判断し、場面に応じて理論を活用する。それが理論を「従える」という言葉の意味です。


さて、これで歴史探訪は完了です! 大変でしたが、これを読み通したことの価値はとても大きいです。音楽理論の極めて根本のところに対する理解が深まりました。

  • 音楽理論はひとつではない。全ての音楽に通用する音楽理論はない。
  • 常にその時代の流行や様式が、音楽理論に反映されてきた。
  • だからこそ、目的に合わせて複数の理論を使い分けることもできる。
  • 常に音楽理論は作曲家によって破られ、そこから新しい音楽が生まれてきた。
  • その新しい音楽をまた理論化するというサイクルを繰り返してきた。

音楽理論の本当の姿を知ったことで、心持ちがずいぶん自由になったのではないかと思います。次は、明確な流派が存在しない中で、いわゆる現行の「ポピュラー音楽理論」の中身というのはどうやって構成されているのかを確認します。

Continue

1 2 3