機能和声の変遷 ❶ リーマンの”原作”

コード編 Ⅷ章:研究室
この記事ではときおり「IIIm」でなく「III」や「IIIの和音」という表現が登場することがありますが、基本的にはクラシック的な文脈で、その「III」は「IIIm」の和音のことを指すと考えてください。

コードを「機能」という概念でもって分類する「機能和声」は、コード進行論の基礎ですから、I章にて紹介しました。しかしそのとき、特に自由派以外で既に理論を学んでいた人は、驚いたかもしれません。
機能論が音楽理論界の中では若輩で、ひとつのムーブメントであること。そして機能論を採択しない書籍があるということにです。

TDSの歴史的位置付け

また、このVIII章に至るまでに、機能論に対して誰しもがそれぞれ何がしかの不満というか、腑に落ちない部分というのがあったと思います。流派ごとに異なる見解や定義について、なぜこんな風になっているのか、あるいはなったのかという疑問です。

自分の感覚に合致しない分類を唱える理論系に対して異論を唱えたくなる人もいるでしょう。あるいは、もっと情熱的な人ならば、自分でより改善された機能論をデザインしようという人もいるはずです。

この記事ではそうした人たちに向けて、機能論の誕生とそこからの変遷を辿っていく、2回ぶち抜きの長編ストーリーを展開していきます。

キーパーソンはIIIm

機能論の誕生と変遷を辿るにあたって、キーパーソンとなるのが、IIImの和音です。

IIIm

I章では、DTの二重人格であり、カモノハシのような存在であると説明しました。流派によって分類が異なるんですよね。だからIIImを中心人物に据えて各流派の機能論を眺めることで、「機能」というものが各派でどのように認識され、どのように利用されてきたかというのがよく見えてくるのです。

それではまず、機能論について真に正しい理解を得るために、その誕生まで遡ることにします。序論以来2度目の「歴史探訪」に出発しましょう。

タイムマシン

§1 「機能」のおこり

音楽理論の歴史に詳しい人間に、「機能和声って誰が提唱したの?」と訊けば、たいていはフーゴー・リーマンを挙げるのではないかと思います。このサイトでも序論からずっと登場している、世界的に有名な音楽学者です。

フーゴー・リーマン(1849-1919)
やあまた会いましたね。私が機能和声論のさきがけ、どうも。カール・ヴィルヘルム・ユリウス・フーゴー・リーマンです。

しかし、彼がその当時「どんな形で」「どんな目的で」機能和声論を提唱したのか? という質問になると、そこまでは気にしていなかったという人も増えてくると思います。原点である彼自身の書籍に立ち返って、機能論をより深く知ることにしましょう。

機能の誕生とその定義

リーマンが「機能」を唱えたのは、1893年の「Vereinfachte Harmonielehre」という書籍にてです。かなり序盤の方で、彼はこう述べています。

Hugo Riemann - Vereinfachte Harmonielehre (p.9)
Es giebt nur dreierlei tonale Funktionen der Harmonie (Bedeutungen innerhalb der Tonart), nämlich die der Tonika , Dominante und Subdominante. In der Veränderung dieser Funktionen beruht das Wesen der Modulation.
いやドイツ語わからんて!

リーマンがドイツ人なのだから、機能の起源がドイツ語なのは仕方ありません。でもちょっとこれでは話が進まないので、3年後に出版された英訳版を参照することにしましょう。

There are only three kinds of tonal functions (significance within the key), namely, tonic, dominant, and subdominant. In the change of these functions lies the essence of modulation.

調性上の機能(調内における意味)は3種類しかない。すなわち,トニック,ドミナント,そしてサブドミナントである。これらの機能の変化にこそ転調の本質がある。

Hugo Riemann – Harmony, Simplified (p.9)

19世紀の時点でここまでビシッと「3種類しかない」と断言しているのは、先進的なことだったのです。そして、これがコードの「機能」というコンセプトのおこりとされています。

機能とは、和音の「意味(significance)」。人によっては、「何だそりゃ、全然説明になってないじゃん」と思うかもしれません。しかしこの言葉の意味するところは、とてつもなく重いのです。そのことを、これからじっくりと読み解いていきます。

リーマンにとってのIIIの和音

ここでさっそく、今回のキーパーソン、IIIの和音の話をしましょう。今ではDTかで意見が割れるIIIの和音、機能論の始祖であるリーマン はどちらに分類していたのでしょうか? ある意味これが”答え”みたいなものですもんね。

リーマンがどのように考えていたかというと、こうです。

DかもTかも

ドミナントかもしれないし、トニックかもしれない」。なんと、まさかの提唱者自らが「どっちかもしれない宣言」なのです。ちょっとコレは、”看板に偽りあり”な気がしますよね。ここはきちんと、クレームを入れないといけません。

クレーマー
ちょっと! あらゆる和音はTDSで分類可能なんじゃないですか? このような曖昧な態度には問題があるとおもいます!! 説明責任を果たしなさい!!😠

リーマン
和音の機能が構成音からひとつに定まるなんて、私は一言も述べていませんよ。構成音ではなく意味から和音を分類するのが機能和声論の本質であって、曖昧なのはむしろ「III」などという記号を用いているあなたたちの態度です。
クレーマー
エッ・・・・・・・・・・・・それどういう意味?

そう、ここにはリーマンの機能和声論に対する根強い誤解が隠れているのです。

改変され続けた100年間

リーマンの「機能」に対する定義はシンプルなもので、「調内における意味」でした。しかし、簡素であるがゆえにそこには多大な解釈の余地があり、その結果この「機能」という言葉は、各流派で良いように利用されてしまったようなところがあります。100年経った今となっては、機能論のうち何をどの流派が言い出したのか、丁寧にほどかないと分からない状態になっているのが現状です。

そこで、ちょっと早めのこの段階で、ありそうな誤解を解いておきたいと思います。「Harmony, Simplified」においてリーマンは・・・

  • ①機能が3種類であると述べたが、3だとは述べていない。
  • ②すなわち、「同一種類の機能」の和音どうしが「同一機能」だとまでは明言されていない。
  • 構成音から機能が一意に定まるとは述べていない。
  • ④ましてや「安定感」を基準に和音を分類したのではない。
  • ⑤そもそもローマ数字で和音を表す方法自体を採用していない。
  • ⑥同一種類の機能どうしであれば置換えが可能とも述べていない。

ですから、もし機能和声論を「構成音の共通性やサウンドの安定性をもとに和音の機能が3個に分かれて、同群の和音は機能が同一であるから、置換えが可能」という理論だと考えているようであれば、それはリーマンが唱えた本来の機能和声論とは全く異なります。拡大解釈どころか、そもそも理論の目指す方向自体が逆なのです。

では本来の、リーマン・オリジナルの機能和声論、いわば”原作”はどのようなものだったのか?それをきちんと確かめましょう。