目次
3. V→VIの連結
そうした「硬い響きの発生」は、共通音がなく、しかも限定進行音があるような、ようするに「難しめの連結」をする際にいとも簡単に起こり得ます。
こちら、初歩段階で圧倒的にやっちゃうミス。この配置自体は、きちんと「原則」と「規則」に沿って完成させたはずなのです。それなのに……。ひとまず、このように配置したまでの流れを説明しますね。
まずは「導音は主音に行かなきゃ」ということで、さっそく「限定進行音の規則」に基づいてソプラノを動かします。そして「残りはそれに合わせて一番近いところへ」と「最短経路の原則」に基づいて残りを動かせば、上譜のような配置が出来上がります。これで模範どおりの動きが出来た……はずなのですが……。
バス-アルト間に連続8度
まずアルトの動きを見ると、バスの1オクターブ上で全く同じ動きをしていることが分かります。
これこそが連続8度の発生です!
音源は、アルトとバスだけを強調したもの。改めて二声だけを聴くと、ガシっとスクラムを組んだかのように、二声がひとつの「カタマリ」になってしまっていることが分かると思います。
バス-テナー間に連続5度
同様にしてテナーの方も問題あり。こちらは、バスと「完全5度」の関係が2回連続してしまっています。
8度と比べるとまだ微かに響きがあるので意識しにくいのですが、やっぱり響きが硬いことに変わりはありません。なるほど今の状態を見返してみると、下三声が完全に1・5・8のパワーコード状態になっています。そう、サウンドでごまかされちゃってますが、このアンサンブルは今めちゃくちゃロックなのです!
このままではいけない。
解決策
では、今回のV→VIの場合はどうしたらよかったのでしょうか? 正解はこちらです。
なんてことはない、上がっちゃダメなら下がるのです。これにより、VIは3rdが重複してしまいましたが、禁則を避けるためならば止むを得ないと判断し、これを標準配置のひとつとして認めることになりました。
こんな風に、「導音の限定進行」と「禁則の回避」を優先した結果、この連結では必ずラが消えることになるのです。
規則に勝る特例
必ずラが消える。・・・とそう言いたいところなのですが、実はこの規則をさらに上書きする「特例」も存在します。ウーンだんだんと頭が痛くなってきましたね。でも、理屈を聞いたら納得できるはずです。
これが「特例」の発動するパターンです。これは論理で考えましょう。
はじめに、「規則を守る」と「禁則を避ける」を比べたとき、基本的に優先度が高いのは「禁則を避ける」ことです。だからまず、ソプラノは絶対に下がるしかない。テナーもですね。するとどうでしょう。アルトは究極の二択を迫られることになります・・・
(A) とにかく導音を解決するぞ!
もし「限定進行音」のルールにのっとって上行すると、アルトはソプラノと全く同じ場所へ重なりに行くことになります。
もちろんソプラノとアルトが絶対重なっちゃダメというルールはないのですが、声部が重複してしまうのは、もちろん響きに偏りを生じますから、やっぱりなるべく避けたい事態です。
(B) ここは諦めて下降しよう。
そこで登場するのが先ほどの特例というわけ。「ソプラノさんがドを鳴らしてくれるんだから、もうそれで導音は解決したってことでいいじゃん! 私は下がらせてもらいますわ」という動きです。
こっそり導音の解決をバトンタッチ。ちょっとズルい気もするけど、おかげでVIの配置は美しくなりました。
いかがでしょうか? 「和声」では、こういう場合、どちらを選んでもいいとしています。どちらにすべきか?最終決定はもう、私たちの聴覚に委ねられるのです。
私は今回(B)の方が響きが豊かで美しいと感じますが、それはこの音源のソプラノ(ヴァイオリン)とアルト(ヴィオラ)の音が似ていて、「導音の解決をソプラノにバトンタッチした」ことに気づきにくいのが大きな要因でしょう。これが例えば合唱なんかになって来ると、(A)の方が美しく聞こえる可能性もあります。
多数の人間、多数の楽器によって曲を構成するクラシックにおいては、単に楽譜上の並びだけで全てを決定することはできないのです。サウンドも含めて音楽がある。
それは理論が不完全であるということなのでしょうか? 個人的には、最終的に聴覚が決定権を持つということはむしろ音楽理論の在るべき姿だと思います。だって、音楽は数学ではなく芸術なのだから。
「和声」不人気の理由ここにあり
しかしながらですね、まず ①原則 があり、それを上書きする ②規則 がある。そして、それよりも優先される ③禁則 があり、結果として ④特例が生じる。こんなの、勉強する側からしたらたまったモンじゃないですね。「和声」の本には、嫌になるくらい「ただし・・・」から始まる「但し書き」があって、それを実習の中で頭に入れていかねばならないのです。
だから、どちらかというと囲碁や将棋みたいなひとつのテーブルスポーツの定石をひととおりマスターするような感覚に近いかもしれませんね。基本的な原則はあれど、結局は膨大なパターンがどれだけ身体に染みついているかで勝負は大きく左右される。
今回の内容は、これまでより格段に難しかったと思います。ですが、この辺りの内容を深く理解することで、よりサウンドバランスの取れたアレンジが可能になります。
ここまでのまとめ
- 和声の世界では、「限定進行音」と呼ばれる、進行先の限定された音が存在します。
- なめらかな半音進行先を多声部に横取りされてしまうことを「対斜」といい、これを避けます。
- 「完全8度」と「完全5度」は「響きが硬い」と言われ、和声の運用上注意がいる度数です。
- そんな5度・8度がある二声間で連続してしまうものは「連続5度」「連続8度」と呼ばれ、禁則です。