和声 : 連続八度・連続五度

コード編 Ⅶ章:古典の世界

#1 完全八度・完全五度の特異性

完全八度と完全五度は、すごく特別な度数です。「度数と倍音」の回に、最も周波数比がシンプルになるのがこの2人だと紹介しました。完全八度は比率1:2、完全五度は2:3です。

これらのインターバルはあまりにも協和しすぎるため、単純な音色で奏でるともはやひとつの音に聞こえるという話もいたしました。それが、この2つのインターバルの特異な点です。

1-8-5

こちらは、220Hz・440Hz・660Hzを同時に鳴らした「和音」です。しかし、とても和音には聴こえませんね。ひとつのカタマリと化しているからです。

これと同じ現象をカジュアルに行なっているのが、ロックのパワーコードです。

パワーコードは、Root・P5・P8という3つのインターバルを重ねて鳴らすコード。3本の弦がひとかたまりになって、分厚い単音のように聴こえます。特にギターアンプで歪ませると、真ん中のP5なんかはほとんど単音としては聴こえてこない。

完全八度・完全五度は特別である。コレが今回のお話のスタートラインです。

#2 連続八度・連続五度の禁則

何もサイン波やエレキギターに限らずとも、管弦楽器だってコレは同じこと。P5・P8のインターバルでフレーズを奏でると、一体感が強くあります。いくつか聴き比べてみましょう。

3度の響き
ずっと3度
6度の響き
ずっと6度

3度や6度は、普通に音階に沿っていると長音程と短音程が混合しますから、この時点でまず彩りに長けているわけですね。豊かなサウンドの色彩が感じられます。

完全5度の響き
5度

対する五度は、音階に沿うとほぼほぼずっと完全五度。たまーに減五度になるくらいです。その点も相まって、非常に一体感があります。

完全8度の響き
8度

もちろんオクターブは常にオクターブですし、聴いてのとおり、一体感もマックスです。

ではもし四声のアンサンブル中で、どこかの二声が「完全8度」「完全5度」を保ったまま動き続けるとどうなるか? そこだけ妙に一体感が出て、カタマリになってしまいますね。それは、四声の平等なパワーバランスが崩れてしまうことを意味します。危険な状態なのです。

混ぜるなキケン

ですから和声では、ある二声で「完全8度」の距離関係が連続することを連続八度Consecutive Octaveと呼び、また「完全5度」の距離関係が連続することを連続五度Consecutive Fifth呼び、これを禁則としています。

禁則

一回だけ8度や5度になるのは全く問題ありません。その後さらにもう一回続けて8度、5度になるのがダメということですね。二回続けた瞬間に、そこだけがカタマリと化してしまうからです。

ユニゾンと連続八度の違い

この「連続八度・連続五度」は、言葉だけが一人歩きしてしまって、本来の意図が伝わっていないところがありますので、きちんと補足をいたします。
よく批判されるのは、先ほどのようなロックのパワーコードで、P5P8の連続なんて当たり前のようにやっているじゃないかと。何が禁則なんだと言われます。

しかしそれは、全く見当違いな指摘です。

というのもパワーコードって、「三本の弦が巨大なひとつのカタマリとなって聴こえてくるから分厚くてカッコイイ」、そういう理屈なんですよね。もちろんクラシックにおいても、演出として意図的に同じ動きをする「ユニゾン」であれば問題ないのです。それは皆やっていること。

ギターの弦一本じゃ弱いから、3本束ねてパワフルにする。管弦楽も一緒で、1パートだけじゃ迫力が足りない時には、ユニゾンやオクターブで音を重ねてパワーを合わせる。それによって、主旋律・ハモり・オブリガートなどの音量バランスを適切に作っていくわけですよね。それは当たり前のことで、禁則でもなんでもありません。

セルフコントロール

連続八度・五度が禁則になるのは簡単な話で、「そのような“特別な手法”を、気づかぬうちに使ってしまうような技量では、美しいバランスのアンサンブルなんて作れないでしょ? ちゃんと使うべき時以外は使わないようにセルフコントロールしなさい」ということなのです。

上は何ら問題のない四声のアンサンブル。いいバランスで聴こえてきますね。

下は極端な例で、アルトとテナーがずっと完全五度です。そうすると、本来控えめであるべき副旋律のパワーが強すぎて、肝心のソプラノがしっかり聴こえてきませんね

注目してほしいのは、ベロシティ(音の強さ)や音程の高さはほとんど変わっていないということです。ただ完全五度のブロックになるだけで、これだけ存在感が増してしまうのです。ましてや今回、アルトとテナーは左右でパンを振り分けています。にも関わらず、こんなに「結託」して聴こえるのです。
完全五度の「2:3」という周波数比がいかに強力かを思い知らされますね。さらに、認知の側面でも「ぴったりくっついてハモっているということは大事なラインなんだ」と、ついつい耳を傾けてしまうのではないでしょうか。

もしこういった出来事が部分部分で発生したら、アンサンブルはどうなるか? ときどき、節々でどこかのパートのパワーが前に出てきて、また引っ込む。普段は4本ある独立したラインが、時々3本に減ってしまう。それは純粋に、音響として美しくないという話なのです。

現段階ではもしかしたら、あまり違いが分からないかもしれませんが、聴く人が聴けばハッキリ分かる大きな差です。その聴覚を研ぎ澄ますための訓練が、この和声でやっていることなのです。

それでもちろん、ヴァイオリン一本じゃ主旋のボリュームが弱いというとき、その時にこそユニゾンや完全八度の出番なわけですね。

ヴァイオリンのぴったりオクターブ下に、オーボエを足してみました。トーンの違う音がオクターブ下からサポートすることで、メロディがグッと聴こえやすくなりました。これは、全然「やっていいこと」です。「連続八度の禁則」なんかではない。ボリュームをきちんとコントロールしているだけです。

だから言ってしまえば、連続五度・八度は「禁則」なんかでは全くなくって、ただ「P5・P8は他のインターバルとは違って厚い音のブロックを作るのに必要となる特別な存在であり、使うなら効果的な使い方をしろ」という話なんです。

和声を学ぶにあたって、「禁則よりも哲学や思想の理解が大事」と述べたのはまさにこういうところで、禁則事項の表面だけなぞっても、その目的が分からなくては何の意味もないのです。

連続一度や連続15度

さらに補足を加えますと、8度じゃなくぴったり重なる「1度」だってもちろん「連続一度」と呼ばれ禁則扱いです。そして2オクターブ3オクターブ離れた「15度」や「22度」でも同じこと(これはまとめて「連続八度」と呼んでしまうのが普通です)。そして、これは上行/下降、順次/跳躍、並行/斜行/反行といった移動形態の一切を問わず全て禁則となります。

これも禁則

だんだん、堅苦しくなってきましたね。でも、コレをコントロールできるようになった時、本当に美しいアンサンブルへの道が開かれます。では、実際にどんなコードをつなぐときにこういった事態が起こるのかを見ていきましょう!

V→VIの連結

そうした「硬い響きの発生」は、共通音がなく、しかも限定進行音があるような、ようするに「難しめの連結」をする際にいとも簡単に起こり得ます

禁則だらけ

こちら、初歩段階で圧倒的にやっちゃうミス。この配置自体は、きちんと「原則」と「規則」に沿って完成させたはずなのです。それなのに・・・。ひとまず、このように配置したまでの流れを説明しますね。

まずは「導音は主音に行かなきゃ・・・」ということで、さっそく「限定進行音の規則」に基づいてソプラノを動かします。そして「残りはそれに合わせて一番近いところへ…」と「最短経路の原則」に基づいて残りを動かせば、上譜のような配置が出来上がります。これで模範どおりの動きが出来た・・・はずなのですが・・・。

バス-アルト間に連続八度

まずアルトの動きを見ると、バスの1オクターブ上で全く同じ動きをしていることが分かります。

連続八度

これこそが連続八度の発生です!

音源は、アルトとバスだけを強調したもの。改めて二声だけを聴くと、ガシっとスクラムを組んだかのように、二声がひとつの「カタマリ」になってしまっていることが分かると思います。

バス-テナー間に連続五度

同様にしてテナーの方も問題あり。こちらは、バスと「完全五度」の関係が2回連続してしまっています。

連続五度

8度と比べるとまだ微かに響きがあるので意識しにくいのですが、やっぱり響きが硬いことに変わりはありません。なるほど今の状態を見返してみると、下三声が完全に1・5・8のパワーコード状態になっています。そう、サウンドでごまかされちゃってますが、このアンサンブルは今めちゃくちゃロックなのです!
このままではいけない。

解決策

では、今回のVVIの場合はどうしたらよかったのでしょうか? 正解はこちらです。

V-VIの理想的連結

なんてことはない、上がっちゃダメなら下がるのです。これにより、VIは3rdが重複してしまいましたが、禁則を避けるためならば止むを得ないと判断し、これを標準配置のひとつとして認めることになりました。
こんな風に、「導音の限定進行」と「禁則の回避」を優先した結果、この連結では必ずラが消えることになるのです。

規則に勝る特例

必ずラが消える。・・・とそう言いたいところなのですが、実はこの規則をさらに上書きする「特例」も存在します。ウーンだんだんと頭が痛くなってきましたね。でも、理屈を聞いたら納得できるはずです。

特例

これが「特例」の発動するパターンです。これは論理で考えましょう。

はじめに、「規則を守る」と「禁則を避ける」を比べたとき、基本的に優先度が高いのは「禁則を避ける」ことです。だからまず、ソプラノは絶対に下がるしかない。テナーもですね。するとどうでしょう。アルトは究極の二択を迫られることになります・・・

(A) とにかく導音を解決するぞ!

もし「限定進行音」のルールにのっとって上行すると、アルトはソプラノと全く同じ場所へ重なりに行くことになります。

導音を解決する

もちろんソプラノとアルトが絶対重なっちゃダメというルールはないのですが、声部が重複してしまうのは、もちろん響きに偏りを生じますから、やっぱりなるべく避けたい事態です。

(B) ここは諦めて下降しよう。

そこで登場するのが先ほどの特例というわけ。「ソプラノさんがドを鳴らしてくれるんだから、もうそれで導音は解決したってことでいいじゃん! 私は下がらせてもらいますわ」という動きです。

特例

こっそり導音の解決をバトンタッチ。ちょっとズルい気もするけど、おかげでVIの配置は美しくなりました。

いかがでしょうか? 「和声」では、こういう場合、どちらを選んでもいいとしています。どちらにすべきか?最終決定はもう、私たちの聴覚に委ねられるのです。

私は今回(B)の方が響きが豊かで美しいと感じますが、それはこの音源のソプラノ(ヴァイオリン)とアルト(ヴィオラ)の音が似ていて、「導音の解決をソプラノにバトンタッチした」ことに気づきにくいのが大きな要因でしょう。これが例えば合唱なんかになって来ると、(A)の方が美しく聞こえる可能性もあります。

多数の人間、多数の楽器によって曲を構成するクラシックにおいては、単に楽譜上の並びだけで全てを決定することはできないのです。サウンドも含めて音楽がある。
それは理論が不完全であるということなのでしょうか? 私は、最終的に聴覚が決定権を持つということはむしろ正しいことだと思います。だって、音楽は数学ではなく芸術なのだから

「和声」不人気の理由ここにあり

しかしながらですね、まず ①原則 があり、それを上書きする ②規則 がある。そして、それよりも優先される ③禁則 があり、結果として ④特例が生じる。
こんなの、勉強する側からしたらたまったモンじゃないですね。「和声」の本には、おかしくなっちゃいそうなくらい「ただし・・・」から始まる「但し書き」があって、それを実習の中で頭に入れていかねばならないのです。

だから、どちらかというと囲碁や将棋みたいなひとつのテーブルスポーツの定石をひととおりマスターするような感覚に近いかもしれませんね。基本的な原則はあれど、結局は膨大なパターンがどれだけ身体に染みついているかで勝負は大きく左右される。

Go Go

今回の内容は、これまでより格段に難しかったと思います。ですが、この辺りの内容を深く理解することで、よりサウンドバランスの取れたアレンジが可能になります。

ここまでのまとめ

  • 和声の世界では、「限定進行音」と呼ばれる、進行先の限定された音が存在します。
  • なめらかな半音進行先を多声部に横取りされてしまうことを「対斜」といい、これを避けます。
  • 「完全8度」と「完全5度」は「響きが硬い」と言われ、和声の運用上注意がいる度数です。
  • そんな5度・8度がある二声間で連続してしまうものは「連続五度」「連続八度」と呼ばれ、禁則です。

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