目次
1. 前置き
まずは、ジャズ理論におけるコード理論の基礎を学びます。とはいえ、「ダイアトニックコード」も「コードの機能」ももう、とっくの昔に勉強し終えていますよね。そこでこの記事では、ジャズ理論が通常の理論とはどこが異なっているか、またなぜ異なっているかという「文化的差異」に焦点をあてながら解説することで、ジャズ理論の根本哲学に対する理解を深めていこうと思います。
コードの表記法
さて、この章はがっつりジャズ流でコード理論をやっていくので、せっかくですからコードの表記法もジャズ方式で統一していきます。
メジャーセブンスは「Δ7」と書くほうがポップス系では一般的かもしれませんが、今回は「The Jazz Theory」の方式にのっとっていきます。
「Δ7」から「7」を剥奪することには視覚上のメリットがあって、こうすると「7」という文字を目にするのが「短7度」系のコードだけに絞られます。これまでは「7」の字を見つけても、その隣に「Δ」があるかないかを確認する手間というのがあったわけなので、それが省けるぶん脳の負担が減りますよね。
また、英語圏ではメジャーコードは大文字のローマ数字(II、VIIなど)を使い、マイナーコードには小文字のローマ数字(ii,viiなど)を使うという慣習もあります。今回そのような表記も、部分的に交えていきたいと思います。
こういった細かいところから、郷に入っては郷に従え、それぞれの流派にのめり込んでいくことにしましょう。
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2. ダイアトニック・セブンスコード
ジャズ理論でもまず基盤となるのがダイアトニックコードですが、ジャズではセブンスの状態が基本となります。
セブンスコードであることを強調するために、「ダイアトニック・セブンスコード」と呼ぶこともあります。
そもそも何故、ジャズ理論は基本がセブンスコードなんでしょうか?
セブンスが基本の理由
もちろん「複雑なサウンドを基盤にしているから」というのも、理由のひとつとしてあるんですけども。セブンスが基本である理由として、やはり「頻繁な転調」と「アドリブ演奏」の存在も大きいです。
ジャズの世界で、ただ「C」とだけ書かれている状態というのは、ちょっと収まりが悪いです。「C」といってもその奥にあるのが「CΔ」なのか「C7」なのか、ちょっとハッキリしません。そこが不明瞭だと、アドリブ演奏ができないわけですよね。
「そんなのキーから判断すれば普通に分かるじゃん」と思いますか? でも、そこで出てくるのが「頻繁な転調」という要素。転調がおきている中では、「常識的に判断」なんてやり方は適用できないのです。
自由派を含む一般的な音楽理論において「C」と「CΔ」は別モノですし、これは区別すべきです。Cだったらそれはストレートなサウンドにしたい旨が伝わるし、CΔといったら意図的に濁りを加えたサウンドにしたい旨が伝わりますからね。コードのクオリティといったらそれはまず3rdが決めるもので、7thの音はいわば「おまけ」のポジションでした。
でもジャズ理論は違います。「3rdと7thの掛け合わせでコードクオリティが決まる」と考えた方が、ジャズ理論を進めていくにあたっては何かと理解が捗るのです。
こういうこと。「メジャーセブンスとドミナントセブンスの間には果てしなく大きな違いがある」という認識が、ジャズ理論においては重要です。これまでは「コードは大きく分ければ、メジャーとマイナーの2種類」って感じだったかもしれませんが、ジャズの世界では「大きく分けたって、メジャーセブンス、マイナーセブンス、ドミナントセブンス、マイナーメジャーセブンス、ディミニッシュセブンスの5種類。これ以上は譲れない」って感じなのです。
3. コードの機能分類
また一般的なジャズ理論では、コードの機能分類もクラシック系とは異なっています。III–7がトニックに分類されるのです。
ジャズ理論上での「ドミナント機能」に対する一般的な定義づけは、「シ-ファのトライトーンを有するコード1」です。 キー内でドミナントに分類されるコードは、まずV7。それから同じトライトーンを有する“裏コード”の♭II7。この2つということになります。
これからジャズ理論を進めていくうちにドンドン見えてきますが、「トゥー・ファイヴ・ワン」が何よりも基本のジャズにおいて、V7の和音は特別です。そのトライトーンが持つ推進力が、ジャズの自由な音楽性の原動力とも言えます。
ここで改めてIII–7をみると、このコードは「トゥー・ファイヴ・ワン」の「ファイヴ」には到底配置できないし、トライトーンもない、推進力の弱いコードです。したがってこれはトニックに分類されるのです2。
パラレルマイナーコードと機能
またジャズ理論では、TDS機能論を拡大させて、パラレルマイナーコードたちに「マイナー」の名を冠した機能を割り振って論じる場合もあります。
その場合上譜のように、I-7と♭IIIΔは「トニック・マイナー機能のコード」、IIø・IV-7・♭VIΔ・♭VII7はみな「サブドミナント・マイナーのコードたち」などと呼ばれます。ことバークリー系をはじめとする一部流派においては、ラ♭の音をコードトーンに有しているコードたちを総称し「サブドミナント・マイナー機能」としています。
♭VII7については、やはり「シ-ファ」を有していないのが主因でドミナント機能とみなしません。しかしこのコードがドミナントセブンスコードであり、しかもIへの推進力を持つことは否定しがたいので、やや特別扱いで紹介されたりもします。
またV-7については、上に乗るスケールや前後関係により話が変わってくるため、「The Chord Scale Theory Jazz Harmony」では、この4音だけをみて機能を断定することを避けています。
一般的に「サブドミナントマイナー」と言えば、それはIVmのコードのみを指すことが多いと思いますが、この言葉がこうして「機能」として使われることがジャズ界ではあるということを知っておくと安心です。
4. ジャズのコード進行規則
そしてジャズ理論においては、コード進行に「規則」はありません。結びつきの“強い・弱い”や、“進行・逆行”といった感覚的な説明に留まり、それ以上にルールを設けたりはしないのです。「アヴォイド・ノート」のような演奏知識については、アドリブの作法として重要になるので厳格ですが、コード進行は作編曲の領域ですから、変に干渉はしないというスタンスなのでしょう。進行について詳しい「The Berklee Book of Jazz Harmony」では、以下のようにコード進行を分類しています。
名称 | 内容 | 具体例 |
---|---|---|
Progression(進行) | 前進する動き | ii-V、I-IVなど |
Prolongation(延長) | 同機能内での変化付け | IV-ii、iii-viなど |
Retrogression(逆行) | 緊張状態からの後退 | V-ii、V-IV |
Resolution(解決) | 緊張の解決 | V-I、IV-I、V-iiiなど |
そこでは3度上行は「弱い進行」と説明され、iii-Iの進行は「ほとんど見られない」などと説明されます。ドミナントからサブドミナントへの後退は「逆行」と説明されるものの、かといって「禁則」とは言われません。
5. 定番のコード進行
「The Jazz Theory」「The Jazzology」のような実践向けの書籍では、定番コード進行の紹介コーナーが設けられています。「ジャズ理論書」というと何だかすごくキッチリ体系的に論じているイメージがあるかもしれませんが、「実際の名曲、名プレイヤーの演奏から学ぶことも重要」というスタンスも全然あります。ここでもそれにならい、いくつか例示をすることにします。
ii-V-I
まずは、もはや説明不要のおなじみコード進行である「トゥー・ファイヴ・ワン」です。SDTの型を象徴する存在といえます。ポップスではIVVIの方が優勢だと思いますが、ジャズではやっぱりIImからの強進行2連発の方が、定番とされています。この進行は、ジャズ理論書ならまあどれであっても載っているであろう、ジャズの基本中の基本となります。
ブラケットとアロー
ちなみにバークリー・メソッドにおいては、この「ii-V」と「V-I」という際立って特別な動きを楽譜上でわかりやすくするため、以下のような書き方を定めています。
ii-Vは括弧(bracket)で、V-Iは矢印(arrow)で表現する。非常に見やすく便利な記法なので、この章でもこれを採用します。
Minor ii-V
「マイナーのトゥー・ファイブ」と呼ばれる進行も存在していて、それがVIIIII7の流れです。
これまでにも何度か紹介している、「揺さぶり」のコード進行ですよね。マイナーキーではVImがリーダーですから、そこを1番として番号を振り直していくと、この7-3が短調の2-5ということになるのです。
マイナーのトゥー・ファイブはクラシックでも短調の曲の終止形の基本として使われていて、ジャンルを超えて使われ続けている存在です。
I-vi-ii-V
こちらもクラシック時代から受け継がれてきたTSDTの循環による進行を代表するコード進行ですね。
I-vi-ii-Vを使用した有名な楽曲が、ガーシュウィンの『I Got Rhythm』です。1:14からリズムが軽快になるパートの冒頭、“I got rhythm”と歌うところがIVI–7II–7V7となっています。テンポが速く、かつ2拍ごとにコードチェンジしているので、1-6-2-5の4つのコードを巡るのはあっという間です。
2周目は前半にアレンジを加え、III–7IIIoII–7V7となります。III-7の和音がトニック系コードとしてIの代理となっていることがうかがえますね。2つめの♭IIIのディミニッシュセブンスは、パッシング・ディミニッシュと見るのが自然でしょう。
6. ジャズと機能順行/逆行
ii-V-Iに限らず、モダン・ジャズは「強進行」やT-S-D-Tのようなナチュラルな機能の進行による「自然で結びつきの強い流れ」をとても愛しているジャンルです。
こちらはジャズの有名なスタンダード曲、定番中の定番『枯葉』です。コードはII–7V7IΔIVΔ7VIIIII7VIm7という風に、完全5度下行かトライトーン跳躍で進行していきます。
こちらも定番スタンダードの『Fly Me To The Moon』ですが、こちらも6-2-5-1-4-7-3-6と綺麗に5度下行の連続でTSDを循環していき、その後のパートも2-5-1です。
ポップスでは頻繁に見られるI→Vの進行も、ジャズではいくぶん登場頻度が落ちます。
理論と現実
とはいえもちろん現実のジャズが機能逆行をしないかというとそんなことはなく、ジャズ曲の中でV→IVが使われる例も全然あります。
ハービー・ハンコックの『Watermelon Man』はその一例で、V→IVの繰り返しが登場します。コード進行を見ると、I7I7IV7I7からのV7→IV7ということで、これは明らかにブルースのコード進行様式ですね。考えてみればジャズの成立過程においてブルースの存在は重要な位置を占めていますから、この手のD–Sの進行が取り入れられるのは実に自然なことです。
こちらはYusef Lateefによる『Love Theme From Spartacus』。メロウな雰囲気を漂わせるコード進行はまずII–7VI–7の連続からIVΔVI–7II–7IΔと進み、なんとここまでドミナントのコードが登場しません。
というのもこの曲、アレックス・ノースという作曲家の映画のテーマ音楽のカバーなんですね。ジャズにおいては他ジャンルの楽曲のカバーもひとつの大きな文化としてありますので、そうした際にはこのようにジャズ理論の典型像からは外れた進行の曲になることも当然あるわけです。
序論にもあったように、一般的なモダン・ジャズ理論は1940年代周辺の「ビバップ」時代のジャズをメインターゲットとしながら発展していきました。レコードの発明以後であり、クラシック時代に比べると遥かにジャンルのクロスオーバーが起きやすい時代だったわけですから、この章で述べるような基礎的な理論が捕捉するのはあくまでも典型的なビバップの様式に過ぎないという認識は忘れずに持っておくのがよいでしょう。
さて、基本的な部分の確認はこんなところ。こんな根幹的部分であっても、やはり流派ごとの認識の違いというものがありましたね。Ⅶ章の古典派クラシック理論に進むと、そこでもまた全然別の形式になっていることが分かります。VI・VII章を通じて音楽理論の相対性を理解すると、自由派が超党的なスタンスをとろうとする意味もより明確に見えて来るはずです。逆説的ですが、より自由な精神を獲得するために伝統を学ぶのです。
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