目次
5. 応用テンションと異名同音
応用テンションのうち+11th-13thは、P5thの隣にいるという位置関係上、フラットファイブ/シャープファイブと異名同音程の関係にあります。
IV章では一応「音をずらすか足すかで違うんや」という説明をしましたが、実際のところコードの5thというのは頻繁に省略されます。やはり半音のぶつかりが無い方が良いという場合もたくさんあるし、あとは単に指が足りなくなったとき、“無色透明のサポート役”であるP5thは絶好のリストラ候補です。
5thが省略された場合、そのコードはいよいよフラットファイブ・シャープファイブと外見上の区別が全くつかなくなります。
厳密な理論で言えば「ここは(-13,omit5)と書く方が正しい」なんて時も多くありますが、ただまあそれだとずいぶん冗長ですし、こういう場合には好きな方で書くことが慣習的に許容されています。(+11)と(-5)、(-13)と(+5)が実質的に繋がっているということは、頭の隅に置いておくとよいでしょう。
プラマイでスッキリ見やすく
+11th-13thをシャープファイブ/フラットファイブに置き換えると、4つの応用テンションは「±9,±5」という形で非常にスッキリまとめられます。
つまり、「通常の9thと5thの両隣に応用テンションがいるのだ」という形でテンションの位置を把握することができますね。こういう覚えやすさもあって、この異名同音の“書き替え”は日常的に行われています。
6. オルタード・ドミナント・コード
見てきて分かったとおり、応用テンションが活躍するのは主にドミナントセブンスの時。そしてその時には、4つの応用テンションの全てが選択肢として挙がってきます。だから即興演奏の際には、これらを自由に織り交ぜることで豊かなサウンドを作り出します。
でもよくよく考えると「4つの応用テンションを“好きに”使っていいよ」ということを、コード譜ではどう伝えたらいいのでしょうか? もし4つのテンションを全て書いてしまったら、その4つ“全て”を使えとも読めてしまいます。
そこでジャズ理論では特別なコードシンボルが用意されていて、「7alt」という表記でこれを伝えます。
コード譜に「7alt」と書けば、それだけで以下のような細かいメッセージを伝達することができます。
- 4つの応用テンションを好きに使ってよい
- ノーマルな9th11th13thは使わない
- P5thは抜く
アドリブを大前提とするジャズ理論ならではの発想です。このコードタイプのことを、オルタード・ドミナントAltered Dominantといいます。
P5thを抜く決まりになっているのはおそらく実践上の都合が大きいでしょう。アドリブ演奏のことを考えたら、±5thと変な衝突をする可能性のある彼には消えてもらった方が安全です。
オルタード・ドミナントのパターン
テンションの使用は“任意で”。そうすると単純計算すればテンションの使用パターンは15とおり存在することになりますが…
実際に使いやすいものとなるともう少し限られてきます。“任意”だからといって大量にテンションを盛り込んでも、濁りあってテンションの個性が活きません。盛り込み方を考える際には、前ページでやったような内容が参考になるでしょう。「このルートだとこの音がダイアトニックになるから乗せやすいな」といった形で、少しずつ暗記していくことになります。
7. オルタード・ドミナント・スケール
よりアドリブに焦点をあてて考えると、じゃあこの「7alt」と書いてあった時に、どんな音階を弾けばいいだろうかという疑問が湧き起こります。“任意でテンション足して”なんて裁量を残したまま、アンサンブルが成り立つのでしょうか?
そこに関しては、「±9,±5」が全部入ったスケールを使って演奏するという策があります。
ご覧のように、Rt3rd7thに「±9,±5」を加えると、良い具合に七音音階が出来上がってオクターブが埋まりました。これなら滑らかにフレーズを演奏することができます。
この音階のことを、オルタード・ドミナント・スケールAltered Dominant Scaleといいます。この演奏に関しても、ただ音階をなぞるだけでは応用テンションの乱れ打ちになってしまうので、フレージングの塩梅は考えてあげる必要があります。
テンションに裁量のある「オルタード・ドミナント・コード」と、それに対応した「オルタード・ドミナント・スケール」。これらは「アドリブ中に破綻しない範囲で、自由かつ手軽に特殊な音を繰り出せる」ように練られたジャズならではの武器だと言えます。
オルタード・テンション
また日本では「ナチュラル・テンションとオルタード・テンション」という分類用語もよく用いられますが、これは定義が人によって2とおりに分かれる不安定な用語です。
- オルタード・テンションとは、変位したテンション、つまり ♭9,♯9,♯11,♭13 を指す。
- オルタード・テンションとは、変位したテンション、つまり楽譜上で臨時記号の♯♭を伴うテンションを指す。
要は「シャープ・フラットがつくテンション」という意味では統一されているのですが、その♯♭が「テンションの度数に付く」のか「楽譜上の音符に付く」のかで意見が割れるのです。
この2つは似ているようで、全然違います。コードネームの♯♭と楽譜上の♯♭は関係ないわけですからね。V7やIΔ7上ではどっちの意味でとっても同じ結果になるのですが、コードによっては分類が食い違ってしまいます。
……毎度おなじみの語義ブレは、悲しいかなこんなハイレベルなところにも潜んでいるのです。どちらかの肩を持つとすれば、「臨時記号の有無」という話だったらダイアトニック・テンション/ノンダイアトニック・テンションという言い方も存在しているわけなので、「オルタード・テンション」は度数の♯♭の方に使ったほうが、語彙として経済的ですね。ただこういう高度な話題での語義がブレているのは困りものですから、自由派音楽理論ではこの語をあまり積極的には使わないようにします。
まとめ
- -9,+9,-13はもっぱらドミナントセブンス上で利用されます。
- +9は短3度と異名同音であり、「変位のキャンセル」の形で登場することが多くあります。
- +11はドミナントセブンス以外のコードクオリティでも使用のチャンスがあります。
- ±9,±5から任意にテンションを選ぶ裁量の余地を残した「7alt」というコードシンボルがあります。
- 「7alt」上で即興演奏をする場合、原則的に「オルタード・ドミナント・スケール」という音階を使用します。