目次
今回は「新しいコードネームを知る」回です。
I章で解説を省いたVIIm(♭5)、II章で省いたIIm(♭5)の和音と再会し、その使い方を確認します。
前回はメジャーコードの上げ下げを行なったので、今回は当然マイナーコードの話になります。
1. マイナーの♯5と♭5
コードネームの規則は前回と変わらず、5thを上げればシャープファイブ、下げればフラットファイブという名前が追加されます。
単純ですよね。
メジャーコードのときは「シャープファイブ」の方が重要という話でしたが、今回は「フラットファイブ」の方が圧倒的に重要です。「マイナー・シャープファイブ」のコードは、現実世界で滅多に目にすることがないもので、ここでは紹介を省略します1。
「マイナー・フラットファイブ」の方は理論上も実践上も非常に大きな意味を持っているので、今回はそちらだけにフォーカスを当てていきます。
2. VIIと再会する
マイナーフラットファイブのコードは、以前にもチラッと登場しています。ドレミファソラシドの「シ」をルートにしたコードです。
自由派では基本のコード群から除外されていたんでしたね。ここへ来てようやくの再会です。今ならもうすっかり分かることですが、もしシをルートにしてマイナーコードをつくるなら、シ・レ・ファ♯と行かないとダメなんですよね。このシ・レ・ファだと、5thが半音下がっている。だからフラット・ファイブということです。
フラットファイブした結果、このコードは「シ-ファ」というトライトーン関係を有することになりました。ちょっと不気味さのあるコードということでI〜II章ではスキップしましたが、これを良きスパイスとして活用する段階に来たということです!
VII番目の和音の使い方
このコードが活きる進行というのは限られていて、原則的にIIImかIIIのどちらかに進みます。
- VIIm(♭5)III7VIm
楽譜で書くと下のようになります。
ルートの動きに着目すると、コードが5度下行する「強進行」が2回続く形になります。だから聴き心地が良いし、フラット・ファイブの不安定さからIII7の持つ感情の昂りへと繋がり、最後はVImに着地するという流れも、パーフェクトな展開ですよね。この進行はかなり感情を揺さぶる感じがあるので、ポップスではバラードでよく活用されています。
3. セブンスコード化する
これはマイナーフラットファイブのコード全般に言えることですが、三和音のままだと音響の不安定さがとても強く、使いづらさがあります。そこで、セブンスコードにして音のボディを強化するのが一般的です。やり方は6つの基調和音と同じで、音階にそってもう一段“お団子がさね”をすればよい。
コードネームに関しては、「フラットファイブ」はあくまでも付加的な属性とみなすため一番最後に回し、「マイナーセブンス・フラットファイブ」となります。これまで親しんできたメジャーセブンス、マイナーセブンス、ドミナントセブンス以外に臨時記号なしで作れる最後のお団子コードがこのVIIm7(♭5)ですね。サウンドを聴き比べてみましょう。
まず音響がリッチになりましたし、またレ-ラがガッチリした「完全5度」関係にあるため、骨組みが硬くなったというか、コードとしてのパワーが増しました。
メジャーコードやマイナーコードでは、シンプルな3和音もそれはそれでスッキリしていて魅力的でしたが、マイナーフラットファイブの和音に関しては、セブンスの方が圧倒的に優位です。トライアドだとどうしても響きが貧弱なので、ポップスにおいては「理由がなければセブンスで」くらいの感覚でよいかと思います。
楽曲での実例
この7-3-6という流れは、リスナーに揺さぶりをかける強力な進行のひとつで、特にポップスのバラード系楽曲では武器になります。
いずれもバラードの部類ですね。7-3-6が登場する箇所は、サンプル中の以下の部分です。
曲 | VIIm7(♭5) | III7 | VIm |
---|---|---|---|
ありがとう | (この)道を | 確かめて行 | くように |
青春の瞬き | (止ま)れ | 何一つ変わ | って |
ハナミヅキ | (止ま)りま | すよう | に |
ベイビー・アイラブユー | I love U | これからも | Only one |
強い感情の表現に本当に適した進行で、音響的には VIIm7(-5)III7はどちらもトライトーンを持つ不安定なサウンドで、それが2連発で来るわけです。そしてベースの動きは、パワフルな“強進行”がこれまた2連続です。そういった観点から、理論的に見て“揺さぶる”パワーが非常に強い進行であると言えます。
「6つの基調和音」にこのVII番目の和音を加えると、一般音楽理論のいう「ダイアトニックコード」というグループが完成します。ただ他とは違う不安定な音程を含んでいること、それゆえに有効な進行先が限定されていることを踏まえると、やはりこのコードが特殊な立ち位置にいることは認識しておくべきことです。
3. VII7とも再会する
II章では「二次ドミナント」を紹介しました。基調和音の各人の“相棒”となるコードたちでしたね。
IIImのコードにもVII7という相棒がいましたが、VII番目の和音ということで紹介を省略していました。コレについてもここで消化しておきましょう。
VII7のコードは通常のIIImではなくIIIやIII7へ進むのが定番で、クラシック短調における定型のひとつになっています。
- VImIImVIIm(♭5)IIIVIm
まず比較対象として、こんな風にノーマルなVIIm(♭5)の和音を用いた進行があったとします。コレをVII7に置き換えると…
- VImIImVII7IIIVIm
こんな感じで、とても上品な雰囲気の漂う進行が出来上がりました。ポップスに持ち込まれることは多くありませんが、いかにもクラシカルなテイストを演出したい場合には便利です。個人的には、「ドラキュラの棲む洋館」みたいな雰囲気が醸し出されるコードというイメージがあります。
『願いごとの持ち腐れ』『ジョバイロ』ではどちらもVImVII7IIIVImという典型的なクラシック短調テイストの進行が使われています。
どちらの曲も、どこか古風なテイストがしないでしょうか? その要因として、現代ポップスであまり使われないクラシカルなVII7を持ち込んでいることが考えられます。
『ブラックアウト』はアクセントとしてVII7を用いている例で、ラストの「しなやか」という部分でこれが登場します。