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今回は「新しいコードネームを知る」回です。

基本的にロック系音楽を中心に使用される技法で、ジャズやクラシックではあまり使われません。ただ、発想自体は様々なことに応用可能ですし、難しい回でもないので、知識として頭に入れておくとよいと思います。

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1. オミット

I章の「クオリティ・チェンジ」では、音の位置を微妙に変える「変位」について学びました。しかし、音の位置を変えるのではなく「音を抜く」という手法も存在します。今回はそんな技法の紹介。

コードから音を抜くことを「オミットOmit」といいます。“omit”は「除外する」という意味の英単語ですから、まあ専門用語というほどでもないかもしれません。
ただ”omit”はコードネームとしてもきちんと存在しており、たとえば「C」から3rdを抜いた和音のことを「Comit3」のように表現します。

omit3

音を抜くことを明言したいときにだけ使うコードネームということですから、使う機会はそこまでは多くありません。そもそもなぜコードから音を抜くのか?そこから考えていきたいと思います。

2. パワーコード

omitの中で圧倒的に多く使われているであろうものが、コードの3rdを抜く「omit3」でしょう。というのも、これがロック音楽の分野で極めて日常的に用いられているからです。理論的な話を深める前に、まずはそのサウンドを聴いてみましょう!

歪んだギターと共に演奏されるomit3のコードはとてもパワフルに聴こえます。それに由来してか、ロックの世界ではomit3のコードはパワーコードPower Chordと呼ばれ、愛用されています。特にハードロック、パンク、メタルといったジャンルでは、通常のメジャー/マイナーコードよりもパワーコードの方を基本にして演奏する曲が本当に多く、とりわけ非バラード系のアップテンポな曲なんかではパワーコードの方が多数派なのではないかというくらい、それくらい日常的にこのパワーコードは使われています。

ロックのパワーコードとしてomit3が使われる場合、コードシンボルとしては「5」という表記がしばしば用いられます。Rt5thしか構成音がないから「5」ということですね。

ロックではこのパワーコードを本当に頻繁に使うので、バンドスコアなどでは「omit3」や「5」をわざわざ書くことはせず、単純にトライアドのまま表記することもあります(その場合は、タブ譜の方でパワーコードであることを示したりします)。

なぜロック系のジャンルではパワーコードが愛用されているのでしょうか? そこにはいくつもの面白い背景が存在します……。

かんたんに曲が弾ける

まず第一に、パワーコードはギターでの演奏が非常に簡単です。

How to play power chords

3本指の比較的わかりやすいフォームでパワーコードは押さえることができます(なんなら重複している高いRtの音を省略し、人差し指と薬指の2本だけで演奏するフォームもあります)。ひとつフォームを覚えれば、あとは手の位置をずらせばドンドン違う高さのパワーコードが弾けるわけなので、本当に簡単に12個のルートのコードが弾けるようになります。

この演奏の極端な簡単さが、20世紀後半のロック音楽の急速な普及の手助けになった側面は確実にあるでしょう。

“God Save The Queen”は1977年にリリースされた、非常に有名なパンクロックの楽曲です。曲はおおよそパワーコードで演奏されており、特に2:47~の箇所では、手をただスライドさせてコードを演奏しているさまが映像でも確認できます。

かんたんにコード進行が作れる

そもそも3rdというのはコードにとってすごく大切な音で、この位置取りによってメジャーコードかマイナーコードかが決まるという、メチャクチャ大事な役割を担っています。

メジャー・マイナー

3rdを抜いてしまえば、CもCmもどちらもC5なり、元々どっちであったのかは見分けがつかなくなります。しかしながらこれも、特に音楽理論に詳しくない人々にとっては幸運な現象となりました。というのも、これなら「キーのI,IV,Vはメジャー、II,III,VIはマイナー」という調性音楽の基本システムを全く気にかけずに済むからです。

例えば1-5-6-4の進行をCメジャーキーで使うというとき、基本的にはCGAmFとするものであり、Aだけはマイナーコードにするというのは理論を知らない人からすればちょっとした罠、つまずきどころです。しかしパワーコードを使っている限りは、そういった懸念が関係なくなります。ただ単にC5G5A5F5とすれば、それでイイ感じにサウンドするわけなのですから。これがパンク・ロッカーたちの作曲をどれほど楽にしたかは、想像に難くないでしょう。

スッキリしたサウンド

もうひとつ、音響的な側面からもパワーコードがロックギタリストに愛用された理由があります。ディストーションのかかったギターの音は周波数成分が豊富で、平たく言えば弦1本1本の音がギラギラと分厚く鳴ることになります。そのためド-ミ-ソくらい音どうしの間隔が空いていたとしても、音色が互いに干渉して濁りが強く感じられるという事態が発生しがちです。

こちらピアノとギターとでの音色聴き比べですが、ギターの方はやはり1本あたりのサウンドがゴージャス過ぎて、少しグチャっとなっているところがあります。パワーコードであれば、このような濁りを避けることができます。

メジャー/マイナーの質感は失われたものの、それ際も場合によっては歓迎される事態となります。例えばマイナーキーやマイナーコードの表現において、悲しい感じや憂鬱な感じを“出しすぎないで済む”とも言えるのです。例えば1-5-6-4の進行なら、VVImの際に曲想が暗い方へ傾くわけですけども、パワーコードであればそれが起きません。

通常のメジャー/マイナーコード
パワーコード

結果としてコード進行全体の印象は比較的カラッとして元気な感じになります。

伝統からの離反

3rdはコードのカラーを決定する音ですから、クラシックでは「特別な効果を求める場合にしか省略しない音」などと説明され、ジャズでもやはり最も重要な音であるとして、原則的に抜くことはありません1

クラシックは基本3rdを抜かない
ジャズも3rdを抜かない形が基本

したがって、3rdを抜いたサウンドは結果的にこうした上品なジャンルからの離反を意味することとなり、それがまたロック音楽とパワーコードがマッチした理由のひとつと言えるかもしれませんね。

こうした様々な角度からの要因が全て重なって、パワーコードはロックを象徴する奏法となりました。ギターやアンプといった楽器・機材の特性が音楽に大きな影響を与えるという、興味深い歴史的背景がパワーコードにはあるのです。

調性からの自動補完

ちなみに、コードのメジャー/マイナーがなくなってしまって音楽として成り立つのか、疑問に思う人がいるかもしれませんね。そこについても私たちの「認知」の力が優秀で、聴き手の脳内に調性が思い描かれていれば、ちゃんと普段どおりに音楽を感じることができます。

パワーコードでカノンの進行

こちらは王道進行のひとつである「カノンの進行」から始まって、最後はVIのパワーコードで〆てみた音源。
3rdは一切なし、全てパワーコードですが、前後の文脈や聴いてきた記憶のストックからそれぞれのコードの印象が補完されてちゃんとCメジャーキーの曲に聴こえます。あるいはもちろん、上にメロディが乗っていればそれによって情報が補完される部分もかなりあります。既に「接続系理論」のラスト回で、こうした「経験」や「前後の文脈」によってサウンドの聴こえ方が影響される話はしましたよね。これもそうした現象のひとつです。

ただそうは言えども、例えば曲の冒頭でジャーンとA5のコードを鳴らしたとして、そこから曲がAメジャーキーとして進むのかAマイナーキーとして進むのかは初見のリスナーには知り得ません。

A5D5E5

こちらかなり極端な例ですが、A-D-Eと3つのコードが並んでも、まだAメジャーキーなのかAマイナーキーなのか分かりません。このあとどんな風に音楽が進んでいくと思いますか?
典型的なのはおそらく、Aメジャーキーで演奏が進むこと。その場合には、使用する音階はc,f,gにシャープがついたAメジャースケールとなる。

A5D5E5

しかし、これがAマイナーキーの楽曲であるという可能性もゼロではありません。

A5D5E5

作った側は全てを知っていますが、初めてこの音楽を聴く人はまだ先の展開を知りません。「明るい曲だと思ったら暗かった」とか、あるいはその逆の現象が起こり得ます。作り手が意図したものと聞き手の受け取るものの間にズレが発生してしまう可能性があるということで、やはり3rdが不在であることで何が起きるかを認識して配慮できるのが理想的です。

3. 音響学的特質

もうII章に入ったので、少し「音響学」の側面からも補足をさせてください。

実は音というのは特定の条件のもと重なり合うと、私たちの耳にはカタマリになったひとつの音のように聴こえるという性質があります。そして歪んだギターのパワーコードは、実はそれを引き起こす条件にあてはまっているのです。そのため、コードを弾いているはずのに、3つの音が束になって1本の分厚い音のように聴こえることがあります。

こちらは、6-7-1-2というルートでパワーコードを弾いた例。VIIのところでは、度数の関係上ファの音を鳴らすことになります。これは臨時記号を伴う、キー本来の音階から外れた音ですよね。しかしそのような特殊な音が鳴っているということは、まあよっぽど耳を澄まさない限りは感じられないはずです。分厚いラ-シ-ド-レというラインが聴こえてくるだけだと思います。

この音響的特質を覚えておかないと、理論を学んだ今となっては、このファが”理論上気持ち悪い”からといって避けようとしてしまう可能性があります。しかし現実には、このファは、ソに換えてもファに換えても不自然に目立ってしまうのです。

ソに換えた場合
ファに換えた場合

わずかな差ですけども、こっちの方がよっぽど不自然です。ですからこのような場合に限っては、ファを鳴らすのが最も標準的な選択肢ということになります。これは時折ロックギターのこうした事情を知らない“理論派”からはキーから外れた演奏、間違った演奏などと言われたりもするのですが、音響学まで視野に入れて考えればファを使うのは真っ当な方法論です。

もちろん楽器の種類や音色の歪み具合、それからコード進行や編曲によってもまた状況は変わってきますから、実際にやる時には耳で確かめるしかありません。このような「音響」に関わる部分は、楽譜をいくら眺めたところで分からないわけですので、実際に音を鳴らしてみることがいかに大事か、それを忘れないでいてください。

4. パワーコードでリフを弾く

ロック音楽では、曲中で繰り返し演奏する印象的なフレーズをリフRiffといいます。

こういう、「一回聴いたら忘れられない」系のやつですね。リフのフレーズがそんなに高速でない場合には、フレーズをパワーコードで演奏して分厚くすることができます。

コードを奏でているというより、もうこれはメロディラインという感じです。束になってひとつの音に聴こえるというパワーコードの特質があってこそですね。


パワーコードを常用するジャンルはロックくらいですが、他ジャンルにおいても「3rdを抜くことで長短カラーのないサウンドを作る」「3本の音を束にして迫力を出す」といったアイデア自体は、いくらでも応用の聴くものです。「セブンス」や「テンション」といった足し算だけでなく、引き算も使いこなせるようになったらまたステップアップということです!

まとめ

  • コードから音を抜くことを「オミットする」といい、「omit」で表します。
  • メジャー/マイナーコードから3rdをオミットしたものを、「パワーコード」といい、ロック音楽でよく使われます。
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