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パラレル・マイナー ❷

2. 名称について

さて、ここまでこの技法の「名前」について紹介していませんでしたね。というのもこの名前がややこしくって、流派によっても異なるし、また指す内容や範囲もちょっと曖昧。実はビシっと定まっていません。いくつかコレに関する名前を列挙していきます。

  • 準固有和音
    クラシック系流派での基本的な呼び名。ただし、クラシックの様式に基づいた借用を行うため、「借り方」は現代のものとは微妙に異なる。
  • モーダル・インターチェンジ (Modal Interchange)
    ジャズ系流派での基本的な呼び名。ただし、これはミ・ラ・シのフラットに限らず「よそから音階を借りてくる」技法全般を指すため、今回説明した内容よりも広義の内容を表す言葉である。
  • 同主調変換/同主調借用
    ライトなポピュラー理論でよく用いられる呼び名。ただし、ミ・ラ・シのうち部分的にフラットをつけたパターンのうちどこまでをコレに含むかは説明されないことも多く、曖昧になっているところがある。
どの名称にも、「ただし…」と“但し書き”が続きます。百年以上の歴史と話者人口を考えると、この辺りは仕方ないものがあります。ただ怖いのは、こうした言葉を用いたために各地の言葉に厳しい人たちと一悶着起きてしまうことですね。
クラシック系の怖い人
君の言うそれは準固有和音ではない。訂正したまえ。

ジャズ系の怖い人
君はずいぶん狭い意味でモーダルインターチェンジという言葉を使っているみたいだが、それは誤解を招くのでよろしくないね。そもそも君は「モーダル」という言葉の意味を分かっているのかね?

普通に怖い人
ラだけにフラットなら、果たしてそれは同主調からの借用と言えるのかな? きみ、ちょっと「調とは何か」を説明しなさい。

ヒイッ

自由派はこういった面倒ごとを避けるために新しい流派を名乗っているわけなので、厄介な部分には新しい名前をつけて対処します
自由派音楽理論では、ミ・ラ・シのいずれかにフラットのついた音階から借りてきたコード群のことをまとめて、「同主短調」を意味する英語からとって、パラレルマイナー・コードParallel Minor Chordと呼ぶことにします。

パラレルマイナー・コード (Parallel Minor Chords)
メジャースケールのミ・ラ・シのいずれかにフラットをつけた音階から一時的に借用してきた和音たちの総称。

また、文脈から通じる場合にはもうちょっと縮めて「パラレルマイナー」という言い方も使用していきます。「このIVmはパラレルマイナーですね」なんて言えば、「パラレルマイナーキーからの借用コードだ」というニュアンスは十分に伝わるはずです。

どのキーからやってきたコード?

ところで、♭VIIVmといったコードは、Cメジャーキーで言うところのB♭Gmであって、これはCマイナーキーに限らず、例えばFメジャーキーの基調和音でもあります。

Fメジャーの基調和音

Vmの説明の時にもそんな話をちょっとしましたね。

ですから、この記事では「Cマイナーキーからの借用」としてこれらを紹介したわけですが、実際こうしたコードと遭遇した場合には「Fメジャーキーからの借用」と解釈した方がふさわしい場合もある点にちょっぴり注意が必要です。

こちらは「二次ドミナント」の回に紹介した、IVを一時的なリーダーとして2-5-1の3連コンボを決めるというコード進行。この時のVm7は、Fメジャーキーからやって来たもので、Cマイナーキー由来とは言い難いものがあります1

だからこうしたコードの意味を厳密に分析するのはけっこう奥深いものがあって、状況によってはどっちだか判断がつかないというパターンもありえます。この「見た目が同じでも、由来の異なるコードがある」という現象は音楽のすごく面白いところで、楽曲分析の楽しみの一つでもあります。

3. 表記法について

ところで臨時記号のつける位置といえば、「ファ」や「B」のように右側でしたよね。でもディグリーに対してシャープやフラットをつける時は、左側につけるのが伝統的な表記法です。これはクラシック・ジャズ両流派に共通であり、また日本の一般的な「ポピュラー理論」も、左に書くのがおそらく優勢です。これは、楽譜との統一性を重視したことから形成された慣習と考えられます。

一般的な音楽理論楽譜で♯♭が左だから、左。

確かに、楽譜上では記号が左なんですよね。その方が音符を弾く前に見逃さず見つけられるというのが、左で定着した理由でしょう。ディグリーに直した瞬間に右から左へフラットが移動するというのに違和感があるかもしれませんが、慣れていってほしいと思います。

ただ一方で、「III・VII」といった風に、♯♭を右側に書くコンテンツもあります。この背景にある考えは、やはりコードネームとの統一性という観点でしょう。

一般的な音楽理論コードネームで♯♭が右だから、右。

こちらの表記はマイノリティですが、プロの作曲家や紙の書籍でこちらが採られる場合も目にするようなってはきました2

表記に関しては特にクラシック理論でバリエーションが多く、そもそもフラットなどつけないで別のシンボルを用いる流派も普通に存在します。それぞれの表記に一定の合理性があるので、好みや状況に応じて最適なものを選べばよいと思います。
これはディグリーに限らずセブンスコードの表記などでも言えることですが、例えば自分より目上の人間に何か自分の書いたものを見てもらうという場合には、相手に馴染みのある表記を選んであげられたらそれがベストな配慮ですよね。


さて、III・VI・VIIという新しいルートのコードを得たことはII章の最大の収穫と言えます。これでコード進行の幅がかなり広がりましたよね。

次のIII章では「aug」「dim」といった、メジャーコード・マイナーコード以外の変わり種コードを扱いますが、いずれも“飛び道具”的な存在です。ストレートなロック音楽やダンス・ミュージックでは重要性がけっこう落ち、一方J-PopやFuture Bassのようにカラフルなサウンドを求めるジャンルではかなり即戦力になる知識が詰まっています。自分にとっての必要性や学ぶタイミングを見極めながら進んで頂ければと思います。

まとめ

  • ミ・ラ・シのいずれかにフラットのついた音階から借りてきたコード群を、自由派では「パラレルマイナー・コード」と呼びます。
  • この考えに基づいて使えるコードはIm♭IIIIVmVm♭VI♭VIIの6つで、特にIVm♭VIIが使いやすいです。
  • ♭III♭VI♭VIIの3つは、ロック風の調子を出すときに活用できます。
コード編 Ⅱ章はここで修了です! おめでとうございます。次にどの編へ進むか、あるいは制作や分析の期間を設けるかを考えながら進んでください。
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