Skip to main content

コードの機能(機能和声)

4. 機能の順行と逆行

そんなわけで、メジャー三人衆とマイナー三人衆はそれぞれ異なる役割を持ち、音楽のストーリー作りに貢献します。

機能種名 メジャー系 マイナー系
トニック機能(T) I VIm
ドミナント機能(D) V IIIm
サブドミナント機能(S) IV IIm

コードのTDSを変化させていくことは、曲の流れ作りに大きく関わってきます。TDSの機能が異なるコードへ進んだ場合に起こる曲想を「着地・浮遊・緊張」という表現になぞらえてまとめると、下図のようになります。

機能環

自由派音楽理論では、この内回り(反時計回り)の動きを機能の順行Prograde Motion、外回り(時計回り)の動きを機能の逆行Retrograde Motionと呼ぶことにします1

機能の順行

内回りを「順行」と呼ぶ理由は、このTSDTという向きのサイクルが、順当に「緊張」を積み重ねてから一気に「緩和」させるという、「緊張と緩和」のセオリーに則った典型的な動きだからです。

機能順行は自然で快いとされ、特にDからTへと進む結びつきは強いと言われます。この流れはクラシック時代からの定番であり、ジャズ理論でもこのSDTという流れを土台にして理論をドンドン発展させていきます。

機能の逆行

仮に「順行」が自然な動きであるとしても、それは逆向きのTDSTのサイクルが音楽的に良くないなどということを全く意味しません。「逆行」のコード進行にもそれぞれ特徴的な面白さがあり、曲想を実に豊かにしてくれます。

TからDへ一気に緊張度を高める動きはドラマティックに働かせられますし、DからSへと降りる動きは緊張の解放を先送りする“焦らし”などに利用できます。またSTのソフトな着地は柔らかい雰囲気を演出するのにぴったりです。「順行」と「逆行」は表現において等しく重要な存在です

逆進行

ただし、「機能逆行」のうちDSというモーションはクラシックやジャズでは好まれておらず、それゆえ一般的な音楽理論では「不可」「避けよ」「イレギュラー」「基本的でない」といった否定的な説明がしばしばなされます2。そのためDSの進行は俗に逆進行Retrogressionと呼ばれることも。

このモーションを忌避する背景には、「Dの緊張感を一気にTで解消するのが心地よいのであって、Sへ引き返して中途半端に緊張を解放するのはよろしくない」という考え方があります。ただしこれは本当に古い考え方で、現代のポピュラー音楽において逆進行は普通に使われています。それどころか、ジャンルによっては逆進行の方が好まれてすらいて、ブルースやロックンロール、レゲエといったジャンルではV-IVの動きなんかは禁則どころか定番中の定番です。


1-1-4-1-5-4-1の進行

1-5-4-4の進行

序論で述べた、「音楽理論が唱えるルールはしょせんローカルルールでしかない」という話がまさにこういうところです。

ですから普段はこのような話を気にする必要は全くなく、伝統的なクラシカル曲や典型的なジャズの調子を出したい場合にだけ、“郷に入っては郷に従え”で、逆進行の使用を控えればいいでしょう。こういうかつての禁則がいかに破られてきたか、今ではいかに活用されているかについては、I章後半の「接続系理論」ゾーンでさらに詳しく解説していくことになります。

5. コード機能の文脈依存性

メジャー三人衆とマイナー三人衆、それぞれが綺麗にTDSへと分かれている。しかし実際の曲では、これら「六つの基調和音」は合わさってワンチームとなり、さまざまなコード進行を作ります。そこではマイナーコードがメジャーのお供として勤めたり、またその逆も然り、より複雑な調性環境が構築されます。結果として、その前後関係しだいでは和音の果たす役割もひとつではなくなってきます。その典型例となるのがIIImさんです。

IIIm

このコードは絶妙に複雑な立場にいて、メジャーキー環境の中に入っていった場合にはIの亜種であるとみなした方が妥当と思われる場面に遭遇します。これはざっくり言うとIの和音とIIImの和音とで構成音が2つ共通していることに原因の一端があって3……

IとIIIm:ミ・ソの2音が共通している

いつもではないのですが、状況次第ではTとみなすべきケースがあります。

こちらはその典型的な事例で、コード進行は次のようになっています。

IVIIVIIVIIImIImVI

4-1という穏やかなSTのモーションを2回繰り返してから、3回目はメロディは全く同じですがコードは4-3と変化がついて、最後は2-5-1という定番のSDTの動きで終わります。
この状況を見ると3回目のIVIIImのところはそこまでのIVIの部分と呼応していて、そこに少しアレンジを加えた状態であるように見受けられます。繰り返される単一のメロディとSTの動きといった文脈が、この箇所のIIImにどことなくT機能の面影を与えているのです。

加えて、もう少し後ろには明確なドミナント機能のコードであるVが待ち構えていて、その手前には“助走”となるIImがいる。このラストの2-5-1が演出する盛り上がりを考えると、このIIImの方はどうも展開のピークであるというよりは、何か弱々しい着地を表現している箇所として映ります。先ほどの折れ線図を使って表現するなら、こんなイメージです。

緊張-弛緩の流れ

よりイメージを掴みやすくするために、IIImの箇所をIVで置き換えて、聴き比べてみましょう。


Iの方は3連続で4-1のモーションを繰り返すことになって、当然のことながら自然にこの場所にフィットしています。一方Vに変えた方はそこでグイッと音楽に勢いが生まれていて、元々の穏やかでメロウな雰囲気とはかなり変貌してしまいました。ハッキリ言って、不自然です。こうして聴き比べると、やはりあの箇所でIIImが果たしていた役割というのは、緊張の山を作るD機能ではなく、いったん音楽を落ち着かせるT機能に近いものだったと言えます4

他にもIIImのコード上で奏でられるメロディにIの構成音とVの構成音どっちが多いかなんていう点も印象を左右する一因となっていて、これに関しても今回はIにしかない構成音が使われていて、それがこの箇所をさらにTっぽく見せていました。

このように、本当に繊細な要素の積み重ねによって、IIImの機能には揺らぎが生じます。マイナー組の3人だけでつるんでいた時には生まれることのなかった、より複雑な人物相関図がここに発生しているのです。

IとIIImの関係性のイラスト

そして多くの機能和声論では、実際にこのようなIIImT機能とみなします。冒頭でコード機能を「展開・文脈上で与えられた役割」と定義したように、コードの機能というのはそれ単品で決まるものではなく、全体の流れがあってこそ定まるものなのです。

  • コード機能の文脈依存性
    見かけ上は同一構造のコードであっても、前後の音楽的文脈次第でコードの担う“役割”は変わることがある。例えばIIImは、DTのいずれかの機能を果たしうる5

機能のジャッジをどうやるかについては、本来は上で見たようにあらゆる要素を考慮して総合的に判断すべきものですが、後世の機能和声論ではその辺りも簡略化されていて、しかも流派によってルールが違っています。クラシック系だと「後続がIVかIImの和音だった場合にはTとみなす」などと条件分けをしていたり、またジャズ系はもっとざっくばらんに「長調でのIIImは一律でT」と定めていたりします6

あるコードが緊張/弛緩のどちらの役割にもなりうるというのは何だか不思議な感じがするかもしれませんが、それくらい前後関係だったり上に乗るメロディの影響というのは大きいものです。音響上は同一なコードが、異なる役割を果たせる。これは音楽のすごく奥深いところで、これを明らかにすることこそ機能和声論が作られた本来の目的のひとつでもあります。

小まとめ

そんなわけで、同じリーダー役を務めるIVImはトニック機能、やや穏やかな展開性を感じさせるのがサブドミナント機能のIVIIm、展開上のピークとなる点を作るのがドミナント機能のVIIImで、しかしIIImには一筋縄ではいかない二面性がある……。これが六つの基調和音の概観となります。

3つのグループ

1 2 3 4